上 下
97 / 308
婚約騒動が勃発しました

74:同じ香りを纏って

しおりを挟む
ティスは椅子に座ったまま
俺を抱きしめるような形で
俺の胸に顔を押しつつけていたが、
涙が止まったのだろう。

おそるおそるという様子で
顔を上げて俺を見た。

気まずそうな顔だが
俺は笑顔でそれを受け止める。

これでも前世では、
反抗期の癖に甘えたがりの
手がかかる弟を育ててきたのだ。

こういうことだって
慣れたものだ。

ティスが泣いたことなど
気にしてないと笑って
頭を撫でてやる。

花冠が邪魔だったけれど
髪を上から下に
梳くだけでもいいだろう。

「頑張ってるんだもんな。
たまにはこんなのも
いいんじゃないかな」

俺たちは親友だし、
愚痴や泣き言だって
オールオッケーだ。

それに。
ティスは俺よりも1つ
年上だけれど、
どうしても弟として
見てしまうんだよな。

ほっとけないというか、
なんというか。

必死で頑張って王子様を
やってるティスは
凄いと思うし、
応援したい。

でもそんなに早く
大人にならなくても
いいんじゃないかと俺は思うのだ。

王子とはいえ、
ティスはまだ14歳だ。

成人の儀式は18歳だし、
まだまだ俺もティスも
守られるべき子どもなのだ。

壁にぶつかったら
泣いたっていいし、
周囲の大人に頼ってもいい。

ただティスはそういう大人が
周囲にはいないから
俺があまやかしてやりたいと思う。

俺がよしよししていると、
ティスは顔を赤くしながら
「その」と呟いた。

俺は手を止めて
ティスを見下ろす。

すると思ったよりも
見つめ合った顔が
近いことに気が付いた。

っと、これじゃ、
キスする一歩手前みたいだ。

ティスは兄弟じゃなくて
他人だから、もう少し
距離は取った方が良いよな。

俺はティスから少し体を離す。

「あ、アキっ」

離れた俺の手を
ティスが掴んだ。

「その、お願いが……!」

うん?
願い?

「お願いが、あるんだ」

ティスは大きな声を
出したかと思うと、
すぐに小声になる。

大声を出したのが
恥ずかしいと思ったのか、
騒いだら護衛たちが
来ると思ったのか。

顔を赤くしながら
ティスは、もごもごと
何かを小声で言う。

お願いがあるんだ、
からその先が、
小声過ぎて聞こえない。

「ティス、良く聞こえない。
お願いってなに?」

俺はティスの口もとに
耳を寄せる。

「近っ、いや、違う」

「違う? 何が?」

よくわからん。

「だから、その!
私も……欲しいんだ」

「欲しい?」

俺の力作のライオンと
花冠だけでは
満足できないということか?

結構頑張ったんだぞ、ライオン。

「アキルティアと同じ
匂い袋を、私も……っ!」

ティスは顔を真っ赤にして
声は小さかったけれど。

叫ぶように。
吐き出すようにそう言った。

「匂い袋?」

やっぱりか。
義兄も言ってたもんな。
匂い袋を作ってやれって。

もしかして、ティスは
王子様だから匂い袋とか
持ったことが無いのかも。

匂い袋は手作りだし、
王族だから、そんなものより
香水を身に付けてるだろうしな。

現にティスからは
いつも良い匂いがする。

香水に疎い俺には
それが何の匂いかはわからないが。

「でもティスはいつも
香水つけてるよね。
匂い袋はいらないんじゃ……」

「いる!
アキと同じのが……欲しい、んだ」

ダメか?

と悲しそうな顔をされてしまうと
拒否はしづらい。

「それはいいけれど……
公爵家の庭の花を使ってるから
僕と兄様と同じ匂いになっちゃうよ?」

それはさすがにダメじゃないか?

「な、なら、王家の庭の花を
使ったらダメか?

王家の庭は広いし、
花は沢山あるし。

その花で私とアキと
お揃いの匂い袋を作って欲しい」

真剣に言うティスに
俺は思わずうなずいた。

もしかしてティスは
寂しんぼなのかも?

親友と同じものが欲しいなんて
子どもみたいだな。

「なら、花を探しに行こう!」

俺が頷くと、
ティスは物凄い笑顔になり
椅子から立ち上がる。

そしてライオンを袋に
入れ直してから、
俺に手を差し出した。

「行こう?」

もう一度言われて
俺はティスの手を取る。

手を繋いで王家の庭を歩くのは
幼いころから変わっていない。

最初は俺の体力が無さ過ぎて
ティスに手を引いて
貰っていたのだが、
体力がついた今も
ティスは俺と手を繋いでくれる。

子どもの癖に、
過保護なんだよな、ティスは。

俺の周囲は過保護ばかりだ。

ゆっくりと中庭から
さらに奥の庭へと俺を連れて行く。

花の強い香りが徐々にしてきた。

ティスの話では、
王家の庭は広くて、
数も多い。

広い敷地を仕切って
庭をいくつも作ってるらしい。

そしてその庭ごとに
植える花や
モニュメントなど
さまざまな趣向を凝らして
作られているんだとか。

そしてなんと、
各庭の花の匂いも
重ならないように。

香りの強い花は
隣接しないように
植えられているという。

王家の庭師、凄い!

「アキ、こっち」

生垣をぐるりと回り、
俺たちは小さな池のそばを歩く。

随分と庭の奥へと
来たような気がする。

庭は広く迷路みたいに
生垣で区切られているから
はぐれたら一人で
元の場所に戻れるか
自信がない。

俺が不安になって
ぎゅ、っとティスの
手を握った。

「どうしたの?
疲れた?」

俺の様子にティスは
心配そうに顔を
覗き込んでくる。

「大丈夫。
ただ迷子になりそうだと
思って、ちょっと
不安になったんだ」

「そっか!
じゃあ、
ちゃんと私の手を握ってて。
頼りにしてくれて
構わないから」

嬉しそうにティスは言い、
胸を張るようにして
歩き出す。

小さな子が得意な顔をして
張り切って歩いてるみたいだ。

思わず笑いそうに
なったけれど、
我慢、我慢。

俺はティスとしっかり
手を繋いで、
ゆっくりと庭を歩いた。


しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

この恋は無双

ぽめた
BL
 タリュスティン・マクヴィス。愛称タリュス。十四歳の少年。とてつもない美貌の持ち主だが本人に自覚がなく、よく女の子に間違われて困るなぁ程度の認識で軽率に他人を魅了してしまう顔面兵器。  サークス・イグニシオン。愛称サーク(ただしタリュスにしか呼ばせない)。万年二十五歳の成人男性。世界に四人しかいない白金と呼ばれる称号を持つ優れた魔術師。身分に関係なく他人には態度が悪い。  とある平和な国に居を構え、相棒として共に暮らしていた二人が辿る、比類なき恋の行方は。 *←少し性的な表現を含みます。 苦手な方、15歳未満の方は閲覧を避けてくださいね。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします

muku
BL
聖なる山に住む聖獣のもとへ守護騎士として送られた、伯爵令息イリス。 非力で成人しているのに子供にしか見えないイリスは、前世の記憶と山の幻想的な食材を使い、食事を拒む聖獣セフィドリーフに料理を作ることに。 両親に疎まれて居場所がないながらも、健気に生きるイリスにセフィドリーフは心動かされ始めていた。 そして人間嫌いのセフィドリーフには隠された過去があることに、イリスは気づいていく。 非力な青年×人間嫌いの人外の、料理と癒しの物語。 ※全年齢向け作品です。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

処理中です...