上 下
32 / 308
閑話

俺の義弟があやしすぎる・2【義兄・ジェルロイドSIDE】

しおりを挟む
「アキ、もう一度言ってみてくれ」

俺は聞き間違いかと思い、
もう一度聞いた。

「ですから、過去30年間の
この国の気候と人口増加の推移が
書かれた資料と、人口分布図を頂きたいと思います」

……待て。
意味が分からない。

そんなもの貰ってどうするんだ?

俺が変な顔をしたからだろう。
アキルティアは、えっと、と言い直した。

「その、もし頂くのが難しい場合は
閲覧許可だけもらえれば。

許可を頂いた時間だけ見て、
できるだけ覚えて帰ってきます」

わからないが、わかった。
ようは過去のこの国の資料が見たいんだな。

だが、自分の年齢をよく考えろよ?

10歳なんだぞ、アキルティアは。

やっぱり兄貴だろう!

そうじゃなきゃ、そんなわけのわからないもの、
欲しがるわけがない。

何度でも言う。

アキルティアは10歳だ!

せめて本とかにしろよ!

この世界はプラモデルとかは
無さそうだから無理だけど、
せめてチェスの駒とかゲーム盤とか。

王家がくれるって言うんだから
馬を貰うとか、なんかあるんだろう。

なんで資料なんだよ!

おかしいだろっ。

そんなの欲しがったら、
あやしまれるぞ!?

そんな資料で何をするのかと問いただされるだろうし、
逆にアキルティアの頭脳を知らしめた後だ。

国家転覆とか、わけのわからないことに
巻き込まれるんじゃないのか?

どうする?

まだ俺が前世の弟だということを
アキルティアは知らない。

それに、前世の記憶があったとしても
弟の記憶があるかどうかもわからない。

曖昧な状態で前世の話題はすべきでないし、
ここには侍女たちもいる。

どうする?

「……アキは変わった物が欲しいんだね」

俺は正攻法で行くことにした。

「アキぐらいの年齢なら
ゲーム盤とかを欲しがると思ったよ」

これでどうだ!
自分の考えがズレてることに
さすがに気が付いただろう。

アキルティアは目を見開いて、
「そ、そ、そうですね」と視線を彷徨わせる。

「で、でも僕はゲームをする相手もいませんし」

確かにそうか。
俺も頻繁には戻ってこないしな。

「馬とかはどうだ?
小さな馬を貰えば乗れると思うぞ」

「馬に乗る!?」

アキルティアの目が輝く。
が。

「乗れる気がしません」

だよなー。
アキルティアは体を動かすのは
極端に苦手らしい。

体力がないだけだとは思うが。

だがどう考えても
過去の資料なんぞ、10歳が欲しがるなんて
怪しすぎるだろう。

「……なんでアキは
そんな資料を欲しいんだ?」

俺が聞くと、アキルティアは
「その、だって」と小さく言う。

「うん?」

「女性の数が減少しているのには
何か原因があって、その結果が
今の状況だと思うのです。

なのでそれを国民の分布図や
過去の気温差、できればその時、その時の
疫病などの記録を比べて、
何か原因を予測できないかと……」

でたよ。
兄貴の好きな、原因と結果と予測だ。

あーっ、と俺はまた心の中で
天を仰ぐ。

そんなことを考える10歳がどこにいるんだよ。
頭いいんだから、ちっとは考えろよ!

馬鹿か?
本当は馬鹿なんだろう。

常識ってことば、知ってるか?

「そうなんだ。
まだ10歳なのに凄いことを思いつくんだね」

どうだっ。
これで考えていることがおかしいって
気が付いたか?

世の中の10歳は、
未来予測なんてしないんだよっ。

くそーっ。
声を大にして言いたい。

くそ兄貴、その詰まった脳みそで
しっかり常識を考えろ! と。

だが言えない。
そう、まだ言ってはならない。

俺は優しい優しい17歳の義兄だ。

俺は気を落ち着かせるべく、
目の前の紅茶を飲んだ。

サリーは俺の前には気を利かせて
ストレートティーを置いてくれていた。

だがアキルティアの前には
甘そうなミルクティーがある。

こんなに甘いものを食べていて
さらに甘い飲み物を飲むって
大丈夫か?

糖尿病になるぞ。

「そう、ですね。
確かに10歳で、そんなこと言うと
変な目で見られそうですね」

アキルティアの声に
ようやくわかったか!と言いたくなる。

「では僕は何を貰えばいいのでしょう。
欲しい物なんて無いですし」

何でないんだよ。
あるだろ?

前世ではひたすら欲しいものを我慢して
俺の学費を稼いでくれてたじゃんか。

俺、兄貴が玄関で
履きつぶした革靴を見ながら
「まずはあいつの運動靴だよな」って
呟いてたの、聞いてたんだからな。

「欲しい物なら何でもいいんじゃないかな。
たとえば、父や母にはお願いできない物とか」

そんなものは無いかもしれないが。
なんたって公爵家だしな。

だが俺のアドバイスに、アキルティアは
「そうですね!」と急に笑顔になった。

なんだ?
再び嫌な予感がするが、大丈夫か?

「何か思いついた?」

「はい!」

「えーっと、それはいったい……」

「内緒ですっ」

って、どやーっって顔をしたけれど。
それ、可愛い顔だけど
前世兄にそっくりだから。

褒賞式は明日か。
大丈夫だろうか。

一緒に行くつもりで学園に欠席届をだしたけれど
遠くで見守りたくなってきた。

それからアキルティアは俺が何を言っても
「内緒なんです」としか言わない。

胃が痛くなってきた。
不安で仕方ない。


その翌日、俺と義父、アキルティアは
王宮へ向かう。

義母は留守番だ。

王宮は義父にはただの職場だし
俺も騎士団で時間がある限り
訓練を付けて貰っているので馴染みがある。

もちろん、アキルティアも
何度も来たことがある場所だ。

俺たちはたいした緊張感もなく
謁見の間に案内され、アキルティアは
さすが前世兄というか、なんというか。

陛下の前で堂々とした姿で褒賞式をこなした。

ただし。
褒賞式の後、陛下のプライベートの場に呼ばれ、
「アキルティアにはわしから特別に
褒美をやろう」と言われた後。

前世兄は……いや、アキルティアは
大きくやらかしてくれた。

その場には陛下と王妃様。
ジャスティス殿下と俺と義父がいた。

護衛達は扉の外にいて、
陛下の完全なプライベートの場だった。

アキルティアはおそらく可愛い10歳を
演じようと思ったのだろう。

両手を大きく広げて
ぴょんぴょんと背伸びをして。

「こーんな、こーんな大きな
くまさんのぬいぐるみが欲しいですっ」

兄よ。
もう一度、言う。

10歳はぬいぐるみなんて欲しがらない。
いや、女子なら欲しがるかもしれないが。

周囲を見ろ。
空気を読め。

ぬいぐるみなんぞ、
王宮に潜り込んだ間者を見抜いた天才児が
欲しがるものではない。

だが。
そんな白い空気を義父がぶちやぶった。

「アキはぬいぐるみが欲しかったんだね!
気が付かなくてごめんよ。
父様が買ってあげるからね」

とアキルティアを抱き上げて
頬をすりすりしている。

さすがだ。
アキルティアの不自然さがすべて消えた。

「何を言う!
王家からの褒美なんじゃぞ。
わしが贈るんじゃっ」

って、なんで国王陛下が
そんなムキになるんだ?

「何を言うの? あなた。
私が可愛いのを選んであげるわ。

そうだ!
キャンディス様とお揃いのぬいぐるみなんてどう?
私も同じのを手に入れれば、
キャンディス様とお揃いになるわ」

王妃様。
それはアキルティアの褒美になってません。

「待ってください。
アキルティアのプレゼントは私が考えます」

ジャスティス殿下。
あんたまだチクチクと
俺に虐められたいのですか?

俺がジャスティス殿下を見ると、
殿下はビクリ、と肩を震わせて俺から視線を外した。

わかればいい。
アキルティアに余計なことをするな。

俺が殿下に視線で制した時、
義父は陛下に向かって一言

「褒美なんぞいらん」と
すべての会話の流れをぶった切った。

せっかく王宮まで来て
褒賞式まで行ったのに、
この一言ですべてが無かったことになった。

もちろん、アキルティアの
ぬいぐるみの話も無しだ。

凄いな、義父よ。
国王陛下も無言だ。

「そうだよな、アキルティア」

義父は一応、アキルティアを伺うように見る。

アキルティアはそんな義父を見て、
はい、と笑った。

「僕は父様と母様と兄様と。
欲しいものはすべて持ってますから」

欲しいものは、家族だけ。

その言葉に、俺が涙を浮かべたことは
誰にも内緒だ。

そしてその後、アキルティアのベットには
アキルティアより大きなクマのぬいぐるみが
まるで主人のように寝そべるようになった。

アキルティアはそれに抱きつき寝ているらしい。

まぁ、あれだ。
本人が満足しているのだから
これで良し、ということなのだろう。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

伴侶設定(♂×♂)は無理なので別れてくれますか?

月歌(ツキウタ)
BL
歩道を歩いていた幼馴染の俺たちの前に、トラックが突っ込んできた。二人とも即死したはずが、目覚めれば俺たちは馴染みあるゲーム世界のアバターに転生していた。ゲーム世界では、伴侶(♂×♂)として活動していたが、現実には流石に無理なので俺たちは別れた方が良くない? 男性妊娠ありの世界

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

婚約破棄署名したらどうでも良くなった僕の話

黄金 
BL
婚約破棄を言い渡され、署名をしたら前世を思い出した。 恋も恋愛もどうでもいい。 そう考えたノジュエール・セディエルトは、騎士団で魔法使いとして生きていくことにする。 二万字程度の短い話です。 6話完結。+おまけフィーリオルのを1話追加します。

英雄の恋人(♂)を庇って死ぬモブキャラですが死にたくないので庇いませんでした

月歌(ツキウタ)
BL
自分が適当に書いたBL小説に転生してしまった男の話。男しか存在しないBL本の異世界に転生したモブキャラの俺。英雄の恋人(♂)である弟を庇って死ぬ運命だったけど、死にたくないから庇いませんでした。 (*´∀`)♪『嫌われ悪役令息は王子のベッドで前世を思い出す』の孕み子設定使ってますが、世界線は繋がりなしです。魔法あり、男性妊娠ありの世界です(*´∀`)♪

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

モブに転生したはずが、推しに熱烈に愛されています

奈織
BL
腐男子だった僕は、大好きだったBLゲームの世界に転生した。 生まれ変わったのは『王子ルートの悪役令嬢の取り巻き、の婚約者』 ゲームでは名前すら登場しない、明らかなモブである。 顔も地味な僕が主人公たちに関わることはないだろうと思ってたのに、なぜか推しだった公爵子息から熱烈に愛されてしまって…? 自分は地味モブだと思い込んでる上品お色気お兄さん(攻)×クーデレで隠れМな武闘派後輩(受)のお話。 ※エロは後半です ※ムーンライトノベルにも掲載しています

処理中です...