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愛される世界?

9:前世【義兄・ジェルロイドSIDE】

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 俺には前世の記憶がある。
それも消し去りたいぐらいの
苦しい記憶だ。

前世の俺には、生まれた時から
父親はいなかった。

いや、いたのかもしれないけれど
俺が物心つく頃には
すでにいなかったし、
家族の誰も父親の話をしなかった。

だから俺は父はいないと思っていた。

俺の家族は母と年の離れた兄の三人で
ものすごく貧乏に生きていた。

母は看護婦で、夜勤ばかりしていたし
兄も勉強とバイトばかり。

ゆっくりしゃべる時間もなく、
テストの点数や進路の相談など
なに一つ話すことができなかった。

後で思えば、生活費を稼ぐために
頑張ってくれていたんだろうが、
小学生頃は本気で
「俺には俺を心配してくれる家族なんていない」
と思っていたぐらいだ。

俺が中学生になり、
そんな母が過労で倒れた。

医者には働き過ぎだと言われ、
俺は兄がいないときに
「なんでそんなに働いたんだよ」と
母の病室で泣きながら
訴えたことがある。

すると母は笑って言ったのだ。

「だって、可愛い息子たちを
幸せにしてあげたかったのよ」と。

その時俺は、母は俺たちのために
頑張ってくれていたんだと
やっと理解できた。

母は俺の髪を撫で、
細くなった指で俺の頬に触れ、
「大好きよ」と言う。

俺は泣くしかできなくて。

そう言うことは
もっと早く言ってくれよって
何度も思って。

でも母は、その数か月後、
俺と兄の目の前で息を引き取った。

俺は悲しくて。
動くこともできなかった。

気が付くと母の葬式になり、
家を引っ越した。

俺は新しい中学校に通い、
兄は……今度は兄が、
毎日、毎日、仕事ばかりで
家に帰ってきても顔を合わせる日が
少なくなった。

俺は兄も母みたいになるんじゃないかって
ずっと不安だった。

もっと俺の話も聞いて欲しいと思ったし、
休みの日ぐらいは一緒に
出かけたいと思ったりもした。

でも兄はいつも家にいなくて……。
俺はもしかしたら、兄は年の離れた
弟のことが邪魔なのかもしれないと
そう思うようになった。

兄はもう仕事をしていたし、
学生の俺がいなければ
一人でのんびり。

それこそ恋人とか作って
幸せに暮らせたんじゃないかと
そう思ったのだ。

そう思うとどんどん自分が嫌になり
兄に八つ当たりをするようになった。

声をかけられても、うぜえ、とか
そんなことしか言えなくなった。

いっそ嫌われて見捨ててくれたらいい。
そんなことも考えた。

そんな日々が続き、俺は高校生になった。

だが俺はあまり良い高校生ではなかった。
勉強は嫌いではなかったが、
クラスとか同級生とかが苦手だった。

一人で勉強するのは良いが、
集団行動ができなかったのだ。

なにせずっと一人だった。
唯一の家族である兄との関りすら
どうすればいいのかわからないのに、
友だちなんてできるはずがない。

俺はクラスで浮く存在になっていたし、
俺もそれでいいと思っていた。

そして、あの事件が起こったのだ。

その日は朝から文化祭の準備がある日だった。

俺はクラスで浮いていたし、
何の役割も与えられていなかった。

別段学校に行く理由もなく、
ただ街をうろつくことにした。

制服を着たのは、おそらく
朝帰りであろう兄が、
俺が制服を残して姿を消すと
心配すると思ったからだ。

昨日の朝も、寝不足でふらふら
しているのに出勤しようとする兄に
心配だから休め、と言おうとしたが
言えずに「うぜえ」と言ってしまったのだ。

玄関で靴を履くのにのろのろしている兄に
「そんなふらふらしてると
ぶつかるだろ、うぜえ」と。

すると兄が「悪い、すぐに出かけるから。
夕飯は一人で食べててくれな」と
そう言って出て行く背中に俺は言ってしまった。

「帰ってくんな、シね」

そんなの、言うつもりじゃなかった。

ただ心配だったし、
俺の夕飯の心配するぐらいなら
自分の心配しろ、って言いたかったんだ。

そしてやっぱりその日、兄は帰宅せず、
また会社に泊まったんだと俺は思った。

その日俺は、思い切って
俺が夕飯でも作ろうかと考えていた。

俺は家事もあまりせず、
兄貴にまかせっきりだったから
今夜は俺が頑張ろうって思った。

俺もこのままじゃダメだった思ってたし、
最近の兄を見ていたら
母の最期の顔を思い出す。

このままじゃ、兄まで倒れてしまうと
俺は危機感を感じていた。

夕飯は何を作ろうか。
兄は何を作ったら喜ぶだろうか。

俺はそんなことを考えながら
学校とは反対方向へと歩き出す。

安売りのスーパーに行くつもりだったのだ。

何を買うか。
そんなに予算はない。

俺の小遣いなんてしれているから
できるだけ安くてうまい物。

そんなことを考えていたら
急に大きな声が聞こえた。

なんだ?と顔を上げたら
車が俺に向かって走ってくるのが見えた。

逆走してるのか?
なんで?

物凄いスピードで車が迫ってきて
俺は恐怖で足がすくんだ。

動けない、轢かれる!

って思った瞬間。

俺は何かに突き飛ばされた。

驚いて。
地面に倒れた瞬間、
俺は車を見た。

俺を突き飛ばしたのか。

車が、にぶつかり
弾き飛ばした。

それを俺の視線が追う。

兄だ、と思った目の前で。

兄は、俺と視線を合わせて、
微笑った。

まるで俺が助かってよかったと言わんばかりに。

あの、かつての母に似た顔をして。

俺は動けなかった。

女性の悲鳴が聞こえて、
パトカーのサイレンがして。

救急車が来て。

でも俺は動けなくて。

動かなくっちゃ、って。
兄のそばに行かなくっちゃって。

でも、怖くて。
兄がいなくなったことを、
確認するのが怖くて。

俺は救急車に乗せられたけれど、
兄がどうなったのかを
聞くことが出来なくて。

病院でアスファルトに擦れて
傷を負った手足に包帯を
巻いてもらった後、
俺はようやく、兄に会えた。

目を開けない、
穏やかな顔の兄だった。

兄が眠るのを見たのは何年ぶりだろう。

兄は、やっと休めたのだろうか。
俺と言う重荷を下ろして。

俺は泣くことしかできなくて。

俺を心配してくれた看護婦が
兄の葬式をするために役所の人を
呼んできてくれて。

その役所の人が、事故に対応するための
弁護士を紹介してくれて。

俺はただ流れるように日々を過ごし、
兄の死を受け入れたのだ。



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