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隣国へ
168:村長の言い分
しおりを挟む村長さんの話を聞いていると、
マイクが町で聞いてきたウワサ話とは
随分と違うことに気が付いた。
村長さんはもともと、
別の村で大工の仕事をしていたそうで、
仕事で大怪我をして、
この泉に来たらしい。
その怪我は足が動かなくなるほどの
大怪我だったらしく
村長さんは縋る思いで、
女神の泉のウワサを聞き、
この場所にやってきたそうだ。
足も不自由だったし、
ここまで来るのは本当に大変だったらしい。
当時のここは、ただの森だったろうしね。
けれど、泉の水を飲んだり、
足を泉の水に浸したりすると
怪我は徐々に治り、足を動かすことも
できるようになってきたんだとか。
それでも大怪我だったので
すぐに完治することはなかく、
村長さんは泉の傍に
小さな小屋を建てそこで寝泊まりするようになったそうだ。
そうして一人で怪我を直しながら
森で生活をしていると、
別の人間が泉を求めてやってきた。
家族が病気だったり、村長さんと同じように
怪我を治したいと思ってやってくる人たちだ。
そういった人たちを村長さんは
小屋に泊まらせてあげるようになった。
けれど、ウワサ話が広がり、
泉を求めてくる人たちは増え続ける。
そこで村長さんは大工の経験を活かし、
集まってきた人たちに
家の建て方を教えることにした。
そうして小さな集落が生まれ、
いつしか、村になった。
そして村長さんは、村長になった。
ところが、
村として機能しはじめた頃、
一人の若者が村にやってきた。
村の生活は家の傍に畑を作ったり
森で狩りをしたり。
裕福では無かったが、
病気や怪我の者が来る場所でもあったので
全員が助け合って仲良くやっていた。
ところがその若者が
泉の水を販売しようと持ち掛けてきたのだ。
村長さんは反対したらしい。
泉の水は村の所有するものでもないし、
女神の恩恵だ。
お金に変えるべきではないと言ったが、
村人たちは誰ひとり、話を聞かなかった。
泉の水を水筒に入れて売り、
また泉の水を引いた入浴施設を作って
そこで入浴料を取るようになった。
大金が動くようになり、
村人たちは意識が変わった。
誰もが自分は損をしないように
考えるようになっていった。
村長はいつのまにか、
村長として扱われなくなり、
泉の傍の小さな小屋で
一人ぼっちになったそうだ。
けれど。
ある日急に村人たちが
村長さんの小屋に押しかけて来たらしい。
村の入浴施設にあった大金が
盗まれたらしく、
その容疑がかけられたのだ。
「ワシハ ヤッテナイト ナンドモイッタ」
村長さんは悲しそうに言う。
「信じて貰えなかったんだ。
悲しいね」
私がそう相槌を打つと、
村長さんは、「カナシイ」と呟いた。
「ソウダ、カナシイ……。
ワタシハ、悲しかったんだ」
急に感情が戻ったかのように、
村長さんの体が薄く赤く光る。
興奮しているのだろうか。
口調も……たどたどしかったのに、
随分と滑らかに変化した。
「私は何度も言った。
金儲けは欲に目がくらむからダメだと。
なのに私の声は最後まで届かなかった。
私は村人に殴られた。
怖くて女神の泉に逃げたが、
そこで背中から……刺されたのだ。
誰が刺したのかは、わからん。
だが最後に私は村人たちを見た。
そして、言ってやったのだ。
これがお前たちの望んだことか、と。
欲に目がくらみ、金欲しさに人殺しをする。
それが女神の泉の恩恵を手にした結果なのかと。
ここで私を殺しても、
金は戻っては来ない。
そして金を盗んだ者は味をしめ、
また金を盗むだろう。
お前たちはまた隣人を疑い、
怪しい者は殺すのか?
本当に金を盗んだ者は
楽しいだろうな。
金は盗み放題。
疑われた者は殺され、
誰も真実を見ようとしないのだから、と」
そこまで一気に話をして、
村長さんは黙った。
「村の人たちはそれからどうしたの?」
私は思わず聞く。
できれば改心したとか、
そういう話が聞きたかったからだ。
けれど、村長さんは、わからん、と言った。
「私の意識はそこまでだ。
あとは気が付いたら……この通りだ」
自嘲気味に村長さんは言う。
けれど私は気が付いてしまった。
「村長さんは、村の人たちを守ってたんですね」
だって、泉があるから争いが起こったのだ。
それならば、泉の水を止めてしまえば
争いは起こらない。
村長さんはそう思ったんじゃないだろうか。
すごい、と思った。
純粋に。
だって闇の魔素なんて、
女神ちゃんだって操れないんだよ?
それを村人のために
自分を闇に堕として、
闇の魔素を生み出す存在になるなんて。
普通ではできないと思う。
「村長さんは……村長、だったんですね」
村人を守る責任があるから。
だから、頑張ったんだ。
誰も話を聞いてくれなくても、
自分が守らなくては、って頑張ったんだ。
「優しい……ううん、違う。
強い、ですね。村長さんは」
私とは大違いだ。
「強い、か。
そうじゃないな。
私は村長ということに誇りを感じていた。
だからそんな私の言葉を蔑ろにする村人に
怒りを覚えた。
どちらが正しいかを証明してやると思ったんだ」
それは嘘だと思った。
全てが嘘ではないかもしれないけど、
それだけじゃないと思う。
だって、本当に証明したいのなら
泉の水を止める必要はなかったのだから。
だから私は村長さんに提案する。
「そろそろ、泉の水を止めるの、
やめてもらえませんか?」と。
「女神ちゃんが困ってるんです。
無理にあなたを浄化するのも嫌だし、
この村はもう廃村になってるので
誰も住んでいませんよ?
なら、泉の水を止める理由はないですよね?」
「廃村!?」
村長さんは驚いたような声を出したが、
それもそうか、と小さく言う。
「泉があっての村だからな。
泉が無くなれば村も無くなる、か」
「寂しいですか?」
そう聞くと、ふん、と強く息を吐く。
顔が無いので表情はわからないけれど
随分と人間くさくなってきた。
私が笑うと、村長さんは
お餅のような体をくねらせて
少し細長く……背を高くするように伸びた。
まるで座っている私と視線を合わせうように。
「お前は、何者だ?
なぜ、女神のことを知っている?
女神が困るとはどういう意味だ?」
はは、そうなりますよね?
私は迷ったけれど、
村長さんはこの世界ではもう死んでるわけだし、
全部話してもいいかな、って思った。
私も村長さんみたいに
きっとしゃべりたかったんだ。
心の中にある、このモヤモヤを。
1
このお話の前作です。
良ければ、ご覧ください。
【R18】女なのでBとLのみの世界は勘弁してください!「いらない子」が溺愛に堕ちる!
このお話の前作です。第一章↑には、番外編として悠子と入れ替わった男の子、勇くんと
年上残念イケメンとの男×女R18 サイドストーリーも掲載しています。
ご興味があれば、併せてご覧ください。
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