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新しい世界
94:逃走
しおりを挟む翌日、少し遅い朝食を食べてから
私とディラン、マイクは露店に向かった。
すでに宿を引き払って
次の町に行く予定にしていて、
ディランもマイクも少し大きめの荷物を持っている。
……私は手ぶらだ。
いつも、ごめん、ディラン。
ついでに昨日買ったリボンは
マイクが持ってくれている。
重ね重ね、申し訳ない。
昨日は沢山の紐やリボンが欲しくなったけど
2人の荷物が増えるだけだから
やっぱりピンだけ買って終わりにしよう。
そう決意する。
露店はまだ店を開けたばかりで
周囲の道にもあまり人はいなかった。
「こんにちは」
昨日の店主さんに声をかけた。
「おー!
また来てくれたのか」
嬉しそうに店主さんは
大声を出す。
「いやぁ、昨日はありがとう。
可愛いぼっちゃんが買い物をしてるって
この通りで随分と有名になっていたが、
大丈夫だったか?」
「へ?」
何を言ってんだ?
って私は思ったけど、
私の隣でマイクは頷き、
ディランはすぐに外を警戒するように
顔を露店の外に向けた。
「え、っと。
はい。大丈夫でした。
それで、あの、今日はですね…」
私はブローチを作りたいので
ピンが欲しいと店主さんに説明する。
店主さんは頷いて、
何種類かのピンを並べてくれた。
その中で一番良さそうなものを選んで
私は3つ、購入した。
もちろん、私のお財布の中のお金でだ。
「それで、そのピンを付けるブローチは
買って行かないのか?」
と、お金を受け取りながら
店主さんが聞いてくる。
「大丈夫です。
じつは、もう作ったので」
私はポケットから、昨日作った組紐を見せた。
「これ……は!」
可愛いでしょ、って私は
ピンを一つ掴んで、
組紐とポンチョを繋げた。
うん。
可愛いぞ、絶対。
その後、マイクとディランにも
組紐を出してもらって、
2人の胸にも付けてあげた。
2人も……うん、可愛い…たぶん。
いや、似合ってる。
「似合ってるよ、2人とも」
手放しでほめておこう。
ハンサムは何を身に付けてもハンサムだ。
「ぼっちゃん、その紐はもしかして
昨日の……?」
「はい。
上手にできました。
ありがとうございました」
ってお礼を言って、
じゃあ、って露店を出ようとしたら
店主さんに腕を掴まれ…そうになったところを
マイクに遮ってもらった。
「ユウさまに、何か?」
「い、いや、あの…分厚いあれを
どうやって加工したのか知りたくて…」
あ、そうか。
そうだよね、そうなるよね。
「そうですか。
しかし、お教えできることはありません」
私がどう説明するか悩んでいるうちに
マイクがぴしゃりと店主さんに言い、
その流れで外にでる。
「マイク、ありがとう」
「いえ、ユウさまの力は
あまり知られない方が良いかと思いまして」
「そうだな。
厄介ごとに巻き込まれるかもしれないしな」
ディランも言うので、
私は素直に反省する。
「じゃあ、次の町に行こう」
「そうだな。
辻馬車の出発までまだ時間がある。
食いものぐらい買っておくか」
ディランの提案に賛成して、
水や非常食になりそうなものを
露店で購入した。
もちろん、荷物は持たない。
でも、今日は歩いているから
まあ、いいか。
いつも移動は抱っこだもんね。
なんて比べる基準がおかしいと思うけど、
いいのだ。
正直、抱っこしてくれた方が
迷子になる確率は減るし、
楽ちんだし。
なんて思いつつ、露店を抜け、
辻馬車の停留所がある場所へと
向かっていると、急にディランが足を止めた。
「どうしたの?」
「いや…マイク、ユウを抱っこしてやってくれ」
え?
ディランが抱っこじゃなくて?
マイクに私を任せるなんて言葉、
初めてなんじゃない?
いや、そもそも抱っこじゃなくて、
まだ歩けるよ。
そう口にしようとしたけど
マイクの目も真剣だったので、
まさか厄介ごとが来たのか、って思った。
もしかして私のせい?
あの露店の店主さん、
じつは悪い人だった?!
「大丈夫です、ユウさま。
私がお守り致します」
マイクが私を抱き上げた。
ディランが足止めしてくれている間に
逃げるってことだよね、これ。
いいのかな。
大丈夫?
「行け」
ディランが短く言ったかと思うと、
マイクが私を抱っこしたまま
走り出した。
荷物もあるのに!
私も走るし、走れるよ!
でも、実際に走ったら
足手まといになるのはわかってるので
もちろん、言わない。
ただ私はマイクにしがみつくだけだ。
後ろでディランが争っている気配がしたけど
私は振り返らない。
ディランを信じてるからだ。
マイクは狭い路地に入り、
後ろから追いかけて来た男たちを
巻くつもりのようだった。
けれど、道を知らない私たちの方が
分が悪い。
いつのまにか行き止まりになっていて、
私はマイクの腕から下りた。
「ユウさま。必ずお守りしますので、
ここでお待ちを」
荷物を渡される。
後ろは壁で、どこにも行けない。
マイクは私の前に立った。
「これでも、聖騎士団候補だったんですよ」
マイクは言う。
「ただ、剣より魔法の方が得意なので
神官になりましたが」
マイクから、冷たい魔力が噴き出した。
追いかけて来た男は10人ぐらい入ると思う。
全員、大柄で、髭も伸び、顔もうす汚れている。
いかにもゴロツキだと
言わんばかりの風体だった。
そんな男たちが、
マイクの放つ冷気に後ずさりした。
「それでも私は剣術も、
それなりに使えると自負しております」
マイクの手に、剣が…
氷で作った剣が生まれた。
こんな魔法、初めて見た。
「か…カッコイイ…」
思わずつぶやいた声が戦闘の合図になってしまった。
けれど。
戦闘は…正直、起こらなかった。
何故かと言うと、
男たちがマイクに近づくと、
マイクが剣を払う前に何故か吹き飛ばされるのだ。
マイクも戸惑っているようなので、
マイクの力ではなさそうだ。
勝負はあっという間に決まる。
「す、すごいね、マイク」
よくわかんないけど、
めちゃくちゃ凄い。
「い、いえ、私も何がどうなっているのか…」
マイクは氷の剣を消す。
「それに、それ、カッコイイ!
凄い。剣を出すなんて見たことない」
「そ、その…光栄です」
褒めるとマイクは恥ずかしそうな顔をすることが
わかってきた。
それが見たくて、つい褒め殺したくなる。
マイクにまた抱っこしてもらったので、
いいこ、いいこ、と頭を撫でてあげた。
マイクは恥ずかしそうだけど、
嬉しそうだ。
来た道を戻っていると、
ディランと鉢合わせする。
「良かった、無事か」
ディランがほっとしたような顔をした。
「うん。マイクがね、すごかったんだよ!」
私はマイクが氷の剣を出したことや
手が触れる前に男たちが吹き飛ばされたことを
マイクに抱っこされたまま、
身振り手振りで説明した。
「ふーん」とディランは面白くなさそうに頷き、
「俺も頑張ったんだぜ」というので
よしよし、って頭を撫でてあげる。
「守ってくれてありがとう、ディラン」
「おう」
ディランは笑う。
だがすぐに真顔になって
「厄介なことになる前に街を出よう」
と私たちを促した。
辻馬車の時間はまだだったが、
思い切って馬を買うことにした。
邪魔になったらまた売ればいいし、
今は街を出ることが先だとディランは言う。
そこでマイクが神官としての立場を利用して
2頭の馬を教会から引き取って来た。
さすが、大神殿の元神官だ。
私もディランもマイクも、
変装とまではいかないけれど、
コートだけは着替えて、
そっと馬に乗って街を出た。
馬で行ける所まで行き、
どこかで馬を売って辻馬車に
乗り換えようと相談した。
私はディランの馬に乗せてもらい、
ひたすら走る。
追いかけてくるとは思えないけれど、
できるだけ休憩を取らずに
私たちは夕方になるまで
先を急いだ。
できればどこかに宿泊したかったが
村も街も見当たらなかったので
私たちは野宿することにする。
非常食を購入していてよかった。
火を起こし、
やっと落ち着いたところで
ディランはあの街での話を始めた。
どうやらディランも、
男たちと戦おうとしたら、
近づいてきた男たちが勝手に
吹き飛ばされたらしい。
なにそれ、って思ったら、
ディランとマイクが二人そろって
私を見た。
「え? なに?」
「マイクも…そう思ったか」
「はい、それ以外
考えられないかと思います。
ユウさまは素晴らしいですから」
何が?
何の話?
可愛いから素晴らしいに変わったって話?
意味わかんない、って心の中で
マイクの発言にツッコんでいたら、
ディランが真剣な顔で私を見る。
「ユウ、お前の作ったお守りだ」
「お守り…あの組紐?」
「あぁ、あれが俺やマイクを守ったんだと思う」
「えーっ、あれはただのお守りだよ?」
そんな効果、ないない。
気休め程度のものだもん。
病は気から、とかそういうものだし。
「私もユウさまからいただいたお守りの
おかげだと思っています。
まさしくお守りですね。
ユウさまのお優しい気持ちが、
私を救ってくれたのです」
うっとりするようにマイクに言われ、
あ、って思った。
そういえば、イメージしたかも。
そういう感じのことを。
それとも元の世界の神様が
融通きかせてくれたとか?
いやー、ないない。
ははははは。
なんかこれ、ヤバくない?
いきなりチートみたいな話になってない?私。
もう組紐作るの、やめようかな。
「んで。
俺たちを襲ってきたやつらの
意識があった奴から聞いたんだが、
狙っていたのは、やはりユウだった」
「わ、私が組紐作ったから?」
「そうじゃない、というか、それもあるが」
ディランの話では、
私たちを襲ってきたのは1組ではなかったらしい。
1組は、昨日私が露店を回っていた時に
あの街一帯のゴロツキをまとめている
統領みたいな人に、どうやら目を付けられていたらしい。
可愛いのがいるらしいから、
攫ってこい、みたいな感じだったそうだ。
そしてもう1組は
あの街の領主が絡んでいたらしい。
私が作った組紐を見せた露店は
領主の息がかかった店らしく、
私が分厚いリボンで組紐を作った技術が欲しいと
露店の店主さんが領主に相談に行ったらしい。
そしてすぐに私を捕まえて、
できれば丁寧にお願いして、
製法を教えてもらうとしたのだとか。
なにそれ、怖っ。
勝手に見初められるとかも怖いし、
作り方教えて欲しいから
攫うっていう考え方も怖い。
「ユウさま、私がおそばにおりますから」
マイクがそう言ってくれるので
私は頷いて、マイクの差し出された手を取った。
そのままマイクの膝に座らせてもらう。
地面に座ってると、
お尻が痛くなるしね。
「おい、なんでそこでそいつの膝上なんだ?
俺の上に来いよ」
ってディランが言う。
そういえば、こんな時はいつも
ディランの膝に乗っていた。
それもそうか、と思って
立ち上がろうとしたけれど、
それはマイクの腕によって阻止された。
マイクの腕が、私の手に重ねられる。
「どうぞ、このままで。
必ず私がお守り致しますゆえ」
こ、拒めない。
マイクのことは、拒めないんだ、私は。
だって私が拒否したら
マイクは私がマイクの全てを
拒否したって思ちゃうとおもう。
そんな感じだったもん、昨日。
迷っていたら、ディランが
物凄く不機嫌になった。
「昨日俺が気を利かせてやったのに、
今度は俺を仲間外れか?」
「違う、違う」
仲間はずれって、子どものいうことだよ、ディラン。
心で思っても、口にはしません。
私は大人だから。
だから大人対応で、マイクの膝の上で
ディランの手を掴む。
「明日はもし宿が取れたら
一緒に寝よ?
ディランも頼りにしてる。
いつも守ってくれてありがとう」
「お、おう」
ディランは顔を赤くして
そっぽを向く。
「じゃあ、明日は頑張って
宿がある街まで行くか」
その夜はそのままマイクと眠ったけど、
マイクとディランは夜中に
交代で見張りをしていたらしい。
起きたらディランの腕の中にいて
私はめちゃくちゃ驚いた。
どんだけ寝相が悪いのかと焦った。
その焦りをディランに笑われ、
マイクに慰められて。
私は次の町まで
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ディラン、人を笑ってはいけません。
ちゃんと覚えておいてよね。
0
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