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終章
205: 満点の星
しおりを挟むいくつかのアクシデントはあったものの
俺は夕暮れまでのんびり温泉に入って、
その後は屋敷内を案内してもらったりして
時間を過ごした。
娯楽室だとバトラーさんに
案内されたのは、ビリヤードや
チェスが楽しめる場所だった。
俺はどちらもやったことがないから
できそうになかったけれど、
ヴィンセントはできるらしく、
俺がおねだりをすると
ビリヤード台に向かって
15球をノーミスで穴に入れる、
という技をやってくれた。
めちゃくちゃ恰好よかった!
その後は、ヴィンセントが
言っていたように、露天風呂に
夕食が準備された。
前菜からメインの料理まで
すべてが1枚の大きな皿に
乗っているようなものだったけど
俺は大満足だ。
あと、冷たい水と、
それからお酒もあった。
水もお酒も保冷箱と一緒に
準備されていて、
至れり尽くせりだ。
俺とヴィンセントは
すぐに風呂に入れるように
バスローブを着て、
夕食を食べた。
俺は楽しすぎて、
普段よりもたくさん食べてしまった。
それからお酒も。
冷えた赤いワインを、
果実水で割って、
そのグラスを持って
露天風呂に浸かってみる。
真ん中の傘の下の段差に座り、
ちびちび冷たいワインジュースを
飲みながら空を見上げた。
少し冷たい風が頬にあたり、
見上げた空は真っ暗な中に
星が落ちてきそうなぐらい
輝いている。
星が瞬く、って
比喩ではなくて本当なんだ、って思った。
俺の隣には同じように
冷えたワインを持ったヴィンセントが
座っていて、一緒に空を見上げている。
静かな夜だった。
きっと過去の火事で
動物たちがいないからだろう。
何の音もしない。
使用人たちも
使用人用の館に戻ったので
朝まで、この屋敷には
俺たちだけだという。
すごいな。
世界に俺たち二人だけしか
いないように思えてくる。
「綺麗だな」
ヴィンセントの声に俺は
空を見上げたままうなずく。
だが、ヴィンセントの視線を
感じて俺は視線をもどした。
「僕を見るんじゃなくて、
空を見てよ」
俺が言うと、ヴィンセントは笑う。
そしてワインをグイっと飲んだ。
「今日は楽しかったか?」
そう聞かれて俺は大きくうなずく。
「楽しかった!
連れてきてくれてありがとう、
ヴィンス。
明日も明後日も、ずっと
楽しく過ごせそうで
今からワクワクしてる」
俺がそういうと、
ヴィンセントは嬉しそうな顔をした。
そして俺の髪を撫で、
肩を引き寄せる。
「なぁ、今日は朝まで一緒でいいんだよな?」
「うん、うん?」
どういう意味だ?
いつも朝まで一緒に寝てるだろう?
「公爵夫人から……手紙が来た」
「母様から?」
「公爵殿から了承を得たと」
なんの?
意味がよくわからない。
「……イクスが、公爵殿に
俺との……関係を進めたいと
訴えてくれたと聞いたのだが」
違うのか?
と言われて、俺は記憶を探る。
それって、あの時のことだよな?
確か俺はあの時父に
ヴィンセントと密接になりたい、って
言ったような気がするが。
密接になるというと
関係を進める……になる?
そうなるのか。
じゃあ、関係を進めるって
どういうことになるんだ?
俺はヴィンセントともっと
イチャイチャしたい、って意味だったけど。
俺が首をかしげると
ヴィンセントは俺のグラスを取り上げ
もともと持っていたグラスと
一緒に片手で持つ。
そして残りの手で
俺の頬に触れて、
「もう、遠慮しなくていいな」
と言われる。
少し緊張したような表情で
確かめるように顔を覗き込まれて
俺の心臓は跳ね上がった。
え!?
それって、も、も、もしかして
そういうこと!?
俺は思わず立ち上がる。
「はは、よかった」
「な、な、なにが?」
「顔が真っ赤だ。
イクスが俺のことをちゃんと
意識してくれて嬉しいよ」
そりゃ、そんなこと言われたら
意識しないわけがない。
「温泉を堪能したら
部屋に戻ろう」
ヴィンセントはそういい、
グラスを持ったまま
先に湯から上がる。
「あったまったら出ておいで」
そう言われたけれど。
背中を向けたまま
バスローブを着るヴィンセントは
恰好良すぎて、湯に顔から
浸かりたくなる。
ヴィンセントはウッドデッキで
俺を見ながらワインを飲み始めた。
俺もそろそろ出てもいいのだが、
ここから出たら俺はどうなるんだろう。
もしかして……
しょ、しょ、初夜か!?
いや、初夜が無いとか思ってたよ?
なんでヴィンセントは俺と
抱き合う気配がないのかな、とか、
もしかして性欲ない?とか。
思ってたよ、
思ってたさ。
でもこんな急に、
不意打ちみたいに来られたら……。
いや、違うのか?
俺が気が付かなかっただけで
ずっと準備してくれてたのだろうか。
考えてみたら、
この温泉も、特別な部屋も、
全部俺とヴィンセントのためだったとしたら。
新婚旅行の続きだと
考えて侯爵家と俺の両親が
準備してくれていたとしたら
納得できる。
それにここはハーディマン侯爵家と
パットレイ公爵家の領地の
境界線あたりに位置する場所だ。
それこそ、俺とヴィンセントの
結婚祝いと考えてもおかしくない。
なんてこった!
知らなかったのは俺だけか!
俺は唸ってしまう。
あの悩み相談はいったい何だったのか。
「だから心配いらないって言ったでしょ」
なんてミゲルの声が脳裏に聞こえた気がした。
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