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終章

190:保養地?

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 翌朝、学校でミゲルとヴァルターに
「父様にいちゃいちゃする許可をもらった」と
告げたら、二人の顔から表情が抜け落ちた。

「本当に邪魔されてたのか?」
と言うヴァルターの大声に耳を塞ぐ横で
「本当に許可を求めたの!?」
とミゲルが悲鳴のように言う。

まずかったのだろうか。

そうかな。
まぁ、確かに自分の親に
恋人とイチャイチャする許可を得るって
前世的に考えたらダメだと思うが
なにせあの父だ。

ヴィンセントと恋人らしくなるには
必要なことだったと思う。

俺が丁寧に説明すると
ヴァルターが呆れたように言った。

「恋人じゃなくて伴侶だろ」

伴侶!
良い響きだけど違うのだ。

「僕はそのつもりだけど
ヴィンスは僕のことを
弟だと思ってるんだよ」

「……本気で言ってる?」

ミゲルの厳しい瞳に、
俺は言葉に詰まる。

「それは……弟って言うのは
言い過ぎだとは思うけれど」

弟にあんな触れ方をする兄はいないだろう。

「でも、でも」

俺は欲張りになってしまったのだ。

最初は甘えさせてくれるヴィンセントが
大好きだった。

でも、ヴィンセントに対する気持ちが
俺の中でどんどん変化してきて
恋心を自覚したら、今迄みたいに
接してくるヴィンセントが
もどかしくなった。

俺の片思いなら仕方がないが
ヴィンセントだって俺のことを
アイシテルって言ってくれてるし、
それは嘘ではない、と思う。

優しく触れられて、
唇が重なって。

夜は体中でヴィンセントが
触れてない場所など無いぐらい、
甘い空気の中で過ごすことだってある。

でも。
それだけだ。

俺から手を伸ばして触れることを
ヴィンセントからは望まれてないように思う。

俺から動こうとすると、
ヴィンセントは避けるように
さらに俺を甘い高みへと追い詰めるし、
俺から抱きつきに行くと、
あっと言う間に兄弟の空気になる。

これで伴侶とか恋人とか
言えるのだろうかと俺は思うのだ。

さすがにそこまで
あけすけに相談はできないから
俺は言葉を濁しつつ、
二人に話をする。

二人は顔を見合わせて
「俺は我慢できないからだと思うけどな」
「僕も……」
と小さく言う。

意味が分からず俺が首を傾げると
ミゲルが、あのね、と言う。

「きっとヴィンセントさんは
イクスのことが大切だから
傷つけないように我慢してるんじゃないかな」

「我慢? 何を? なんで?」

俺の頭の中はハテナマークでいっぱいだ。

「イクスのそういうトコだよ」

ヴァルターはそう言って
俺の額をくい、と指で押す。

「それにそういうのは
俺たちに相談するもんじゃないだろ」

「そうだね。
ちゃんとヴィンセントさんに
思ってることを伝えた方が良いよ」

ミゲルにまでそう言われ
俺は頷くしかない。

確かにヴィンセントが何を
考えているのかわからないのに
俺が勝手にヴィンセントの気持ちを
想像して先走っても意味がないだろう。

よし。
今日はもう一度、ヴィンセントに
手紙を出すとしよう。

次の仕事の休みの日を聞いて
会いたいって言うのだ。

もし学校がある日だったら
サボってもいいか。

俺、いつでも卒業できる状態だし、
いや、逆か。

ずーっと学校に通う予定だから
一日ぐらい行かなくても平気だろう。

留年してもへっちゃらだしな。
……するわけがないけど。

その日はミゲルとヴァルターに
呆れられるほどそわそわしながら
授業を終えた。

そして二人への挨拶もそこそこに
急いで屋敷に戻る。

ヴィンセントになんて書こうかな。
こうなるとスマホが無いってのは
不便だよな。

屋敷に戻るとすぐにリタが
俺のそばに来る。

俺はリタに着替えたら手紙を書くからと
準備をお願いしたのだが、
その手紙の準備と一緒に
お茶と、一通の手紙を渡された。

「ハーディマン侯爵家からです」

頭を下げるリタにお礼を言い、
俺は部屋からリタを下がらせた。

「なんだろう」

ヴィンセントから?

家門の蝋印をしてあったが
差出人の名はハーディマンの名だけが
書いてある。

首を傾げつつ封を開けると
一通の招待状が入っていた。

そこには学校が長期休暇に入ったら
ハーディマン侯爵家の別荘に
招待するという旨が書かれている。

ハーディマン侯爵家に別荘なんてあったっけ。

思い出せない。

しかも招待状の末尾に、
ハーディマン侯爵夫人の名が書いてあった。

つまりヴィンセントの母だ。
俺の義母でもあるけれど。

どういうことだ?

家族には内緒で俺に招待状を送って来たとか?

なんのために?

「え、まさか、
俺の婚姻衣装を作るために
別荘に監禁するとか!?」

ありえない話ではない。
俺の母でさえ結婚式に
着る衣装で俺を軟禁状態にするぐらいなのだ。

やたらと俺たちの結婚式を
無駄に張り切って
仕切りたがっている義母が、
無茶なことをしないとは言い切れない。

それに俺もヴィンセントも
あまり結婚式に興味がない……
というか、すでに結婚しているし
今更感があるので、ほとんど義母と
俺の母に任せっぱなしだし。

嫌な予感しかしない。
だが断れるわけがない。

だって俺の義母だぞ!?

そして義理がどうとか
新しい家族がどうとかだけでなく
俺はなんとなく、あの義母には逆らえない。

何と言うか、いつも笑顔で
優しく接してくれるが、
とにかく圧が凄い。

義母は美人だ。
俺の母も美人だが、
負けず劣らず美人で、
そして我が強い、と思う。

どう考えても我が儘を
言っている気がするのだが
笑顔でそれを言われると
誰もそれを咎めることができないのだ。

なぜなら義母の並べ立てる
根拠や理由がどんなにズレていても
真面目に熱心に、自信をもって
順序立てて説明してくるから
間違ってるとも言いにくいし、
話を聞いているうちに、
こっちが間違ってるような気がしてくる。

そんな義母を可愛がって
宥めて振り回されているのが
この国の騎士団長だというのだから
夫婦というのはわからないものだ。

騎士団長をしている義父も
厳つい顔をしているし
圧が強いが、それとは真逆なのに
義母も別の意味で圧が強い。

似たもの夫婦と言えると思う。

とにかくそんな義母に
誘われたのだから
行かないと言う選択肢はない。

俺は招待状を持ち
屋敷にいる母に声をかける。

それから母と一緒に
招待を受ける旨の返事を書いた。

何故母と一緒かというと
母が「準備は私にまかせてね」と
一言俺の手紙に書いたからだ。

何の準備なのか、
これまたよくわからない。

結局俺はよくわからないまま
長期休暇中にハーディマン侯爵家の
別荘に遊びに行くことになり、
あとからそれを知った
父と兄が物凄く不平不満を言い出したのだが
それは母のひとにらみですぐに収まった。

高位貴族の嫁というのは
じつはものすごく強いのかもしれない。

……俺の見習おう。






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