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終章
189:子煩悩父
しおりを挟む俺はミゲルの助言を胸に
公爵家の屋敷に戻るなり
リタに父が帰ってきたら
話がしたいと伝言を頼んだ。
その後、母と一緒にお茶を飲み、
ヴィンセントとの結婚式の時に
母が着る衣装の話を延々と聞かされた。
楽しみにしていてくれて何よりだが、
物凄く疲れた。
そうこうしている間に
夕食の時間になったが
父は帰ってこない。
仕方なく母と夕食を食べ
俺は父の帰りを待つ。
もう、明日にするか。
そう思った時、執事が俺の
部屋にやってきて父が帰ったと言う。
俺は慌てて父の部屋に向かった。
今父は着替えた後、
書斎にいると言う。
この後、食事をすると言っていたので
早く言いたいことを伝えて
夕食を食べて貰おう。
執事が部屋の扉をノックして
入室の許可を得て
書斎の扉をあけてくれる。
俺が部屋に入ると
執事は一礼をして扉を閉めた。
内緒の話だとわかってるみたいだ。
「父様、おかえりなさい」
「あぁ、今帰ったよ。
ところで話があると聞いたが?」
父はくつろいだ顔で
俺をソファーに座るように言う。
だが俺は首を振って断った。
「いいんです。
長い話ではないのでこのままで」
「そうか」
父は頷き、自分はデスクの椅子に座る。
「それでどうしたんだ?」
「父様、ヴィンスと何か約束してますか?」
父はうん?と首を傾げる。
「どういう意味だい?」
「僕といちゃいちゃしたらダメだとか」
直球で聞いた。
後から考えたらもっと言いようが
あったと思うのだが、
この時は、それ以外の聞き方など
考えもつかなかった。
父は驚いた顔をして俺を見る。
「ど、どういう……
い、いや、それは誰に、
ヴィンセント君に聞いたのかい?」
……あやしい。
物凄くアヤシイ。
仕事では冷静で
切れ者公爵かもしれないが
俺の前では、父はたまに
こうやって感情を出すことがある。
それは自分の心に
やましいことがあるときだ。
「誰にも聞いてません。
でも、ヴィンスが僕とあまり
その……密接にならないから、
父様がダメだってヴィンスを
止めているのかと思ったんです」
「密接……密接……?」
小さく父は呟き俺を見る。
「イクスはヴィンセント君と
密接になりたいのか?」
「もちろんです!」と意気込んで答えたら
何故か父は傷ついた顔をした。
「そんな……
可愛い、幼いイクスが
密接だなんて……」
さらに小声で父は何やらブツブツ言う。
いや、とにかく俺の話を聞いて?
「父様、僕はヴィンスと
いちゃいちゃしたいんですっ」
力いっぱい俺が言うと、
ガタン!とイスを倒して
父が立ち上がった。
うぉ!
どうした?
大丈夫か?
「可愛いイクスが……」
うん?
俺がどうした?
父はよろよろと数歩歩くと、
何故かテーブルの上にあった
使用人を呼ぶベルをガンガン鳴らす。
いやいや。
おいおい。
父上、御乱心!?
「どうなさいました!旦那様!」
大慌てて執事が部屋に入ってくる。
「土地を用意しろ」
「は? 土地でございますか?」
「そうだ。
この屋敷と王宮の間にだ」
父上!
御乱心!!!
「父様、なぜ土地なんですか?」
「イクスの新居を建てるからに
決まっているだろう」
いえいえ、いやいや。
俺の新居はもうハーディマン侯爵家にあるし。
「僕は家なんて必要ないですよ」
「そんなことはない!
私が目の届くうちは可愛いイクスに
不埒な真似など……っ」
血管が切れそうな様子で騒ぐ
父の声を聞きつけたのだろう。
母がやってきた。
「どうしたの?
そんなに騒いで……イクス?」
父はダメだと瞬時に悟ったのか
母が俺に話を振る。
父は執事に土地がどうだの
監視役がどうだのと指示をだしているが
執事は戸惑った顔で
母をちらちらみているし、
もうカオスだ。
俺は母に事の経緯を説明した。
出来るだけ短く簡潔に伝えたつもりだ。
つまり、ヴィンセントと
いちゃいちゃしたいのに、
父がそれを止めているらしい、と。
それに抗議をしたら父が壊れた。
母は俺の話を聞き頷くと、
父に向き直る。
「あなた、新居は必要ないですわ」
「だ、だが」
「この子はハーディマン侯爵家に
嫁ぐのですから、私たちが
口を出しては、先方も良い気は
しないでしょう」
そうだそうだ!
「いいではないですか。
イクスがそれを望んでいるのですから。
それに、早いうちに動けば
子ができれるのも早いでしょうし。
若ければ若いほど、
子はできやすいもの。
イクスの子どもは、
きっと可愛いですわ」
「イクスの子……私の孫か」
「えぇ。男の子だったら
あなたににて、男らしい顔立ちに
なるでしょうし、
女の子だったらイクスに似た
可愛らしい女の子になるでしょう」
いや、俺に似たら
幸薄美人だから可哀そうだと思う。
「いや、そうだな。
だが女の子だったら
君に似てきっと美しく
聡明に育つだろう」
「まぁ、いやですわ」
と、何故か急に
両親が俺の目の前で
いちゃいちゃしはじめた。
俺がヴィンセントと
いちゃいちゃする話だったのだが。
そして父と母は何故か手を繋ぎ
書斎から出て行こうとする。
いやいや、俺は?
「イクス。
あなたはあなたの望むことを。
やりたいことをしなさいな」
母が俺の横を通り過ぎる時
小さくそっと声をかけてくれた。
なるほど、母は父をおさめるために
わざと茶番を演じてくれたらしい。
「ありがとうございます」
俺は頭を下げる。
そして自室に戻り、
リタに言って手紙を書く準備を
してもらった。
誰に手紙を書くかって?
もちろんヴィンセントだ。
「いちゃいちゃする許可もらったよー」と
短く書いて、俺は封をする。
手紙は本当はもっとちゃんと
定型文とか使ってやりとりを
するものだけれど、
俺とヴィンセントの間では
そんなもの必要ない。
伝えたいことを書いて伝えればいいのだ。
俺は手紙をリタに渡して
明日の朝一番に届けてもらうように
お願いをした。
俺はただ、ヴィンセントと
もっとイチャイチャしたいというか、
深い関係になりたいと言うか。
そう、つまり。
恋人同士になりたかったのだ。
もう結婚してるけれど、
何故かヴィンセントに甘えに行くと
兄弟の関係になってしまうのが
嫌だった。
俺がヴィンセントにされて
ドキドキしたりするように
ヴィンセントにも同じように
甘い空気を感じて欲しかった。
ただそれだけだ。
なのに。
俺のこの手紙が
『初夜を行う許可が下りた』と
解釈されるなど、
誰が思うと言うのか。
俺が送ったこの一通の手紙が、
ハーディマン侯爵家で大きな騒動に
なるなど、この時の俺は
思いもよらなかった。
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