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終章
180:前世からの卒業
しおりを挟むバカ妹と甥っ子との生活が
3週間目に入ろうとしていた。
もうすぐバカ妹のダンナも
出張から帰ってくるらしい。
バカ妹は俺がこの世界に来た理由も
最初に話をしていたので、
仕事を再開させ、ネットに
イクスたちの腐妄想を投稿しはじめた。
バカ妹曰く、
「イクス様愛が減ったんじゃなくて
私生活に疲れ過ぎて
妄想する余裕がなかった」らしい。
それに今回、イクス姿の俺が
ヴィンセントたちのポスターだの
抱き枕だのにキスしたり
抱きついたりしている写真を
山ほどとったので、
当分、煩悩は無くならないと
バカ妹は言い切った。
しかもポスターや抱き枕に
飽きたバカ妹は、俺に
キャラクターの絵が付いた
マグカップでミルクを飲ませたり、
貸衣装屋から妙にふりふりした
服を借りてきて俺に着せたりして
ひたすらスマホのシャッターを切る。
甥っ子とお揃いの衣装を
着せられて、ダブル天使だと
拝まれた時は、呆れて声もでなかった。
だがこんなバカなことができるのは
今だけで最後だとわかってるから
俺も素直に言われたことを
やってやった。
バカ妹もわかっている。
俺と、本当の別れが来ることを。
きっともう、俺がこちら側に
来ることは無い。
今回のことはイレギュラー過ぎる。
それに時間の流れが違うことを
考えると、俺たちの世界の
魔力が、こちら側の妄想力を
原動力にしなくても
やっていける日は
きっと、そう遠くない。
今回のことは、前世妹の
妊娠時のつわりや、
出産後の辛さなどで
たまたま、妄想力が流れて
来なかっただけだ。
こんなことは、当分ないだろうし、
次に同じことが起きる頃には
俺の世界でも魔力は自給自足に
なっている、と思う。
そのためにカミサマが
動いているのだから。
だからさ。
そろそろ別れの挨拶を
しておこうと思う。
だって、いつ俺は
あの世界に呼び戻されるかわからない。
あのカミサマは空気を読めないから
何も言わずに俺を呼び戻すぐらい
やってのけると思う。
俺は甥っ子を抱き上げて
やわらかいほっぺにすりすりした。
「元気でな」って小さく言う。
まだお別れじゃないけど、
お母さんのこと頼むぞ、って
言ったら、甥っ子はキャッキャと
手をバタバタさせて笑った。
可愛い。
物凄く可愛い。
頬をすりすりしていると
カシャカシャカシャ、と
物凄いスマホのシャッター音が聞こえる。
すっかり慣れた音だ。
「おい、お前も来い」
俺はバカ妹を呼んだ。
俺は沢山写真を撮られたが、
バカ妹との写真は一枚もなかった。
俺はバカ妹からスマホを奪い、
甥っ子と3人の写真を撮る。
うまく撮れたと思うのだが
甥っ子を抱っこしていたこともあり、
写真を撮るときに動いたのが
気に入らなかったのだろ。
甥っ子は俺の抱っこを嫌がった。
俺は小さい身体をベビーベット戻し、
バカ妹の腕を引寄せる。
「何? お兄ちゃん」
と素の声を出すバカ……可愛い妹の肩を抱き、
俺は密着した二人の写真を撮った。
「大好きだよ」
俺が耳元で言うと、
可愛い妹は顔を真っ赤にして
俺の腕から逃れる。
口をパクパクして驚いた顔で
俺を見つめてくる顔を久しぶりに見た。
昔、俺が可愛い妹を
喜ばせるために内緒で誕生日
パーティーを開いたとき以来か。
「俺はさ、お前がいて良かった。
お前が妹で、こっちの人生は
そう長くなかったけど、楽しかったよ」
俺の言葉に妹は急に笑顔を作る。
作り笑いとわかる顔で、
なに言ってんの、と。
「急になにを言い出すのよ、
お兄ちゃん。
もう、びっくりした」
「そうか?
でも、言っておかないと
おまえ、バカだからいつまでも
俺のこと、引きずるだろ」
妹の目が見開かれる。
「わかってんだろ。
俺はイクスに生まれ変わったんだ。
もう俺はお前の兄じゃないし、
いつまでも家族ではいられない」
「そ……んな、だって」
「俺の私物は、もう捨てろ。
おまえのダンナにも悪いだろう。
このマンションも手狭になったら
引っ越すんだぞ」
「だ、って。
そんなことしたら……」
妹の目に涙が浮かぶ。
俺が妹に手を伸ばすと
今度は妹が俺に抱きついて来た。
俺よりも成長した姿なのに、
子どもの頃と変わらない。
だから俺はその背に手を回し、
背中を撫でてやる。
「もう大丈夫だろ。
今回、沢山思い出も作った。
楽しかったな」
「うん、うん」
俺のシャツをぎゅっと握り
涙を落とした。
このシャツは俺が前世で
着ていたシャツだった。
この世界に着てきた寝間着も
カーディガンも今は洗って
室内干しをしている。
「おまえは俺に世話を掛けたとか
育てて貰ったとかさ、
そんなことを思ってるかもしれないけど
今の俺は……
イクスや、その世界は
お前がいたから救われたんだぞ」
俺の言葉に妹は顔を上げた。
「おまえが、イクスを
尊いと拝んでくれたから。
その力が、俺の世界の魔力になった。
随分と助けて貰ったぞ。
ほんと、ありがとな」
ぐしゃぐしゃと髪を撫でると
妹は、うん、うんと頷いて
ぼたぼた涙をこぼして泣く。
「おまえの想像力で俺たちは
確かに救われている。
でも、無理に推し活をする
必要はないぞ」
俺は妹の頬を撫でる。
目の下のクマは無くなったが、
あんな状態になってもなお、
腐妄想しろなんて言えるはずもない。
「今回のことで、わかっただろう?
こちらと向こうでは、時間の流れが違う。
お前の1時間の妄想が向こうでは
何年分もの魔力に変わるんだ」
だから無理しなくていいぞ。というと
妹は、涙をこぼして笑った。
「無理なんてしてないよ。
無理して妄想するなんて
それこそ無理だし
好きだからするのが推し活じゃん」
「……そう、だな、確かに」
俺がそう言うと、妹は顔を上げた。
濡れた妹の目と視線が重なり、
俺たちは、ふっと自然に笑みがこぼれる。
笑った瞬間、妹の瞳から
大粒の涙が落ちたが、
それが最後に涙だった。
「お兄ちゃん、ありがとう」
妹が俺から離れる。
どこかすっきりした顔だった。
「おう、俺もありがとな」
俺も笑う。
「私はお兄ちゃんにずっと
助けて貰ってたけど、
私もお兄ちゃんを助けてたんだね」
「そうだ。そして今も俺は
助けて貰ってるぞ」
「そっか。
そうだったんだよね。
私ね、お兄ちゃんが私のために
部活をしたり、友達と遊びに行ったり
してないことが、苦痛だったんだ。
お兄ちゃんを犠牲にして
私が生きてるような気がして」
「バ……バカか、そんなわけないだろう」
「うん、そうだけど。
そう思ってたんだもん。
でもね、私がお兄ちゃんに
育てて貰ったみたいに、
今は私がイクス兄ちゃんを
私の妄想で育ててるから
おあいこ、ってことになるよね」
俺は別に育ててもらってないが、
頷くことで可愛い妹が満足するなら
まぁ、そういうことでもいいか。
俺が返事に困っていると、
俺の、俺の前世の可愛い妹は
ほんとに久しぶりに見る満面の笑みを浮かべた。
「私がもっともっと、
幸せになって、イクス兄の、
イクス様の幸せを願ったら。
私もお兄ちゃんも、
もっともっと幸せになるってことだよね」
「そうだな」
それだけは力強く頷ける。
「そうか、そっか」
納得したらしい妹に俺は手を伸ばす。
いつもみたいに頭を撫でようと思ったのだ。
「あの設定集も、
いつまで行き来できるか
わからない。
だけどあの設定集が無くなっても
心配しなくていいぞ。
俺は可愛い妹のお前が大好きで、
ずっと幸せに過ごして欲しいし、
俺は間違いなく幸せだからな」
そう言って俺が妹の頭に触れた時、
いきなり、甥っ子な泣いた。
物凄い声に俺と妹の意識が
一気に甥っ子に向く。
その瞬間。
妹に伸ばしてた俺の手は宙を浮き、
気が付けばあの真っ暗な空間に戻っていた。
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