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溺愛と結婚と

172:カッコイイ大人

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 王宮に行くと、待っていたのは
陛下ではなく、文官たちだった。

オーリー曰く、魔術研究所(仮)の
職員(予定)の人たちらしい。

俺はその人たちの案内で
王宮のすみっこの庭みたいなところに
ヴィンセントとオーリーと
一緒に立っている。

もともとは前々王妃様が
愛していた庭だったらしい。

だが王族の居住区とも
かなり離れているし、
近くにあるのは魔術師団や
騎士団の訓練所だ。

つまり、大きな音もすれば
騎士達が訓練している声も
聞こえてくる。

何故こんな場所に庭が?
と思ったが、オーリーがこそっと
前々王妃は、騎士団にいる騎士と
逢瀬を重ねるためにここに庭を
作ったのだと教えてくれた。

不倫の場だったわけか。

恐らくは美しい庭だったのだろうが
今ではあまり手入れを
されていないのだろう。

薔薇のアーチっぽいものが
あったけれど、錆びているし、
花たちもほとんどが
茶色く枯れた色をしている。

文官の話ではこの庭は
前々王妃が亡くなってからは
ほぼ放置状態らしい。

そこで陛下はこの場所に
魔術研究所(仮)を
建てるつもりにしていると言う。

その言葉を引き取り、
オーリーがこの場所だったら、
騎士団も近いし、何なら
王宮内なので、俺の父や兄、
ヴィンセントと一緒に
出勤できるだろう、
的なことを言った。

つまり俺は仕事に就いても
過保護から逃れられないってことだな。

まぁ、いいけど。

庭を見た後は、俺たちは
近くの休憩所みたいなところで
お茶を振舞って貰った。

前々王妃様の侍女たちが
お茶の準備をするための
建物だったらしく、
きっと俺が来るからだろう。

中は綺麗に掃除されていて
王宮の侍女がお茶を淹れてくれた。

普段は侍女が待機している部屋だから
華美な装飾もなく、
内装はシンプルなものだった。

俺はオーリーと文官たちから
学校で聞いた話以上に
魔術研究所(仮)や学校での
魔術師学科、もしくは
古語研究学科のような
新しい学部を増やす内容を
詳細に聞かされた。

だが、返事はできない。
ヴィンセントの手をぎゅっと
にぎるばかりだ。

嫌ではない。
俺は次男だからいずれは
公爵家を出ないとダメだったし、
ヴィンセントと結婚してしまったが
元々働くつもりだった。

魔術を研究したかったし
古書を読み解くのも面白くて好きだ。

そう考えると最高の場が
用意されているし、
断る理由なんてない。

そう、これが3年後だったら。

俺は今、学校生活を楽しみたい。

前世ではバイトばかりしていたし、
虐められてたとかではないが、
放課後クラスメイトと仲良く
遊んだり、テスト前に一緒に
勉強したりもできなかった。

だから俺はそれができる今が
最高に嬉しいんだ。

と、心の中で熱弁するが
俺の口から声が出ることは無い。

断っていいのか、
本心を言っていいのか
判断が付かないからだ。

だって王家主導の話なんだろう?

俺に拒否権があるかどうかもあやしい。

ウダウダ考えていたら、
ヴィンセントが俺の手を引いた。

「イクス、言いたいことがあれば
言った方がいい」

ヴィンセントの声に、
オーリーも文官たちも俺を見た。

「なんだ、嫌なのか?
俺はいいと思うぞ。
なんたって魔法師団長を辞めて
研究職になれる」

って言うのは、オーリーの事情だよな。
それに兼任って話だったじゃないか。

俺は苦笑する。

その顔を見たオーリーにも促され、
俺は「学校に通いたい」と言ってしまった。

飛び級をする気もないし、
俺が高等部を卒業する頃に
たとえば高専で魔術を研究する
専門学科ができていたら
そちらに進むかもしれないし、

魔術研究所(仮)だって、
卒業するころにできていたら
そこの研究員になることも
前向きに考えたと思う。

でも今は友達と一緒に
学校に通いたいし、
その方が楽しくてうれしい。

俺がそう言うと、
オーリーは、大きな声で笑った。

「よしよし、では3年後だな」

ぐしゃぐしゃと頭を撫でられ、
慌ててヴィンセントが俺の肩を
引寄せてくれる。

ふう。
力任せに頭をぐしゃぐしゃ
されると目が回りそうになる。

その点、ヴィンセントが
俺の頭を撫でる手つきは
いつも優しい。

その手を思い出しながら
俺はオーリーを見る。

「3年後?」

「あぁ、いくら陛下が
言ったとしても、研究所なんて
すぐにできるわけがないだろう。

学部もそうだ。
今から教授を探して
研究員も探す必要がある。

この庭を潰して
新しく研究所を建てるにしても
どのような内装にするか、
どんな建物だと使いやすいのかも
これから考えていくんだ。

3年後に研究所が始動しているかも
あやしいものだ」

言われて、なるほど、と思う。

俺は魔法を使って一瞬で
建物を立てるようなイメージだったが
そんなわけないんだ。

「俺も次の魔法師団長を育てないと
ダメだしな。3年後でなんとかなるか……」

などと言うオーリーの話はおいておいて。

3年後だったら、いいかも?
と俺は思った。

もちろん、すぐに返事はできないし
父やヴィンセントとも
ちゃんと話をしたいと思う。

俺がそう言うと、
オーリーはわかった、と言う。

それから文官たちに指示を出し、
席を立った。

そして
「イクスたちは散歩でもして
帰ればいい」
と文官たちを連れて先に部屋を出る。

ドアを出る時に、オーリーが
くるりと振り返り、
「難しいことは大人に任せとけ」
と言った姿は、なんだかとても恰好良かった。



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