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溺愛と結婚と
140:光明
しおりを挟むオーリーの話は素晴らしかった。
俺が咄嗟に考えた音響を使う方法で
王都の地下のあちこちに空洞があることが
わかったというのだ。
しかも、王宮の魔術師団全員の
魔力を使って確かめたらしい。
どうやったのか俺にはわからないが
魔法を使う者と音を聞く者が
ペアになって調べてくれたのだろう。
「そこで俺は気がついたんだ。
今回は王都中の地下に魔力を流し、
反響の度合いを調べたが、
音で判断しなくても、
空洞の形を感知できるのではないかと」
ヴィンセントは首を傾げたが、
俺は咄嗟にオーリーの言いたいことがわかった。
いわゆるレントゲンのような
方法でわかるのではないかと
オーリーは言っているのだ。
「それはこういうことでしょうか」
俺はヴィンセントの膝から立ち上がり
空の皿の上にビスケットを置いた。
そして上から紅茶を注ぐ。
それからすぐにビスケットを
白い皿から取ると皿はビスケットの
部分だけが紅茶で濡れておらず、
ビスケットの形が白く残っている。
つまり、地下全体にまんべんなく
魔力を流すことが出来れば、
魔力が通る場所と通らない場所を
知ることで、空洞の形が分かると言う仕組みだ。
オーリーは頷いた。
「ですが、土は魔力が通るはず。
もちろん、空気も魔力は通るでしょう。
どうやって土と空洞の差を
理解するのでしょうか」
「流す魔力の濃度を変える。
そうすれば土は通りにくいが
空洞は魔力を通す」
それは良い方法だ。
いや、まてよ。
「空洞があるとわかったとして。
その穴をどうやって埋めますか?」
俺の質問にオーリーは
目を見開いて黙った。
なるほど、そこまでは
考えてなかったんだな。
レントゲン方式を思いついて
喜んで報告に来てくれたのか。
それは嬉しいが、
空洞があることが
わかっただけではダメなのだ。
俺がため息をつくと、
テーブルの前で立っていた俺を
ヴィンセントが後ろから
座ったままの状態で
ぎゅっと抱きしめてくれた。
「おやおや、可愛らしい恋人たちだ」
オーリーがからかうように言う。
「ヴィンセントは君のことが
心配で仕方がないらしい」
ヴィンセントは反論しなかったが、
不機嫌そうな雰囲気を出している。
「まぁ、そうにらむな。
今回は画期的な方法を見つけたから
急いで知らせにきただけだ。
陛下に報告してくるよ」
オーリーはそう言って立ち上がる。
「逢瀬を邪魔して悪かったよ」
と言ったのは絶対に本心ではない。
だって口元がにやにやしていたから。
とはいえヴィンセントは何も言わず、
来た時同様にあっという間に
部屋から出ていくオーリーに
頭を下げただけだった。
俺は再びヴィンセントの
膝に座らされる。
「オーリー魔法師団長は
平民の出なんだ」
だから家名は無い、と
ヴィンセントは口を開いた。
「平民の出?
あんなに魔力量が多いのに?」
俺は驚いた。
「そうだ。
だからこそ平民出であっても
学校に通うことが許可され、
魔法師団に入団して、
実力でのし上がった人だ」
それはすごい。
「だからたまに、
あのような暴挙をする」
なるほど。
「でもきっと学校時代は
父様たちと仲良かったんでしょね」
会議室の様子を思い出して言うと
ヴィンセントも苦笑して
そうだな、という。
「僕もヴィー兄様と
一緒に学校に通ってみたかったな」
「そうか?」
「うん。一緒に食堂でご飯食べて、
図書室で本を読んで。
それからヴィー兄様が
騎士科で試合をしたら応援に行くんだ」
「それは嬉しいが、
今までとあまりかわらないな」
そう言われて、俺はそうか。
と思い直す。
だって俺はヴィンセントと一緒に
ご飯だって食べてるし、
ハーディマン侯爵家の領地では
図書室で本を読ませてもらってるし。
ヴィンセントの試合は
応援がてら見に行ったこともある。
「なんだ。変わらないや」
なんか俺、やっぱり小さなころから
ヴィンセントのことが好きだったんだな。
なんて再確認してしまう。
「イクス、好きだよ」
急にヴィンセントが俺の耳元で言う。
「何度も言う。
何度だっていうけれど。
イクスが俺のことを兄と思ってても構わない。
たまに恋人だったって思いだしてくれたら。
俺がイクスの伴侶だって、
たまに思い出してくれたら
今はそれでいいんだ」
ずっと兄の代わりは勘弁だけど、
なんてヴィンセントは笑う。
「兄弟みたいにずっと過ごしてきたんだ。
いきなり伴侶と言われても
戸惑うこともあると思う。
俺といる時、無意識に
俺を兄として慕い、
甘えてくるのも悪くはないと
俺は思ってるんだ」
ヴィンセントはそう言って
俺の身体を持ち上げて
俺の身体の向きを変える。
俺はヴィンセントの膝を
両足でまたぐような恰好で
ヴィンセントと向かい合わせになった。
「さっき、公爵殿に抱きつきに行った時、
俺が手を伸ばしたら、
咄嗟に俺の胸に飛び込んできただろう?」
あれは条件反射だった。
仕方がない案件だ。
「公爵殿には悪いとは思ったが
俺は嬉しかった。
イクスに選ばれたみたいで」
そう言ってヴィンセントの
大きな手が俺の頬に触れた。
「兄でもいい。
たまに、俺をこうやって
イクスが意識してくれるのを
垣間見るのも、楽しい」
大きな手のひらは
俺の頬を包み込んでいるのに、
長い指が俺の唇をなぞる。
「イクスが望むときに
兄になったり恋人になったり
伴侶になったりする。
俺はなかなかお買い得だろう?」
おどけた口調だけれど、
ヴィンセントの顔は少しも
笑ってなかった。
俺の反応を伺うかのように
唇を何度もなぞり、
目を細める。
「今は兄にはなれないが、
構わないか?」
そんなことは、聞かないでくれ。
そう思ったけれど。
俺が頷くと、ヴィンセントは
やんわりと笑った。
そしてゆっくりと唇が近づいてくる。
やわらかい感触が、唇に触れ、
俺はぎゅっとヴィンセントに抱きついた。
ヴィンセントはそんな俺を
引きはがしたりはしなかったけれど。
もう一度俺の頬を両手で包み込み、
深く、深く口づけた。
何度も唇が重なり、
俺はキャパオーバーだったけれど。
こうやってヴィンセントと触れ合うのは
嫌じゃない……というか、嬉しい。
俺はそんなことを考えながら
ヴィンセントに身を預けた。
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