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溺愛と結婚と
137:科学と魔術
しおりを挟むそれから俺たちは話し合ったが
なかなか良い案がでなかった。
あまり長い時間、
ここで密会をしているわけにも
いかないし、あまり多くの
人数に地下空洞のことを
知られるわけにもいかない。
パニックになる可能性があるからだ。
「本来であれば、
専門家たちを呼んで
議論すべきことだが」
陛下がため息をつく。
そのために先ほどの文官たちが
いたようだったが、
めちゃくちゃ俺に敵意を持っていたし、
あんな人たちを仲間に引き入れたら
足の引っ張り合いになりそうだから
俺はいなくてもいいとは思う。
俺、ああいうすぐ怒鳴る大人、
嫌いだし。
声が大きいと、
場所によっては反響して
めちゃくちゃ怖いんだよな。
俺は前世で高校生の時、
身体と声がデカイ体育教師に
怒鳴られたことを思い出し、
肩をすくめた。
扉を閉めた体育館は
音が反響して大きく聞こえるのだ。
「あ!」
俺は思わず立ち上がる。
「イクス、どうした?」
ヴィンセントが俺の腕を掴んだ。
いや、どこにも行かないから。
腕を掴まなくても大丈夫だぞ。
どうせなら手を繋いでくれ。
って、何を言っている、俺。
落ち着け。
いやそうじゃない。
「音です、陛下」
俺が叫ぶように言うが
大人たちは、首を傾げるだけだ。
「もし地下に空洞があったら
音が違うんです」
あぁ、もどかしい。
どう説明すればいいのか。
前世では水道管の損傷も
音を聞いて確認していたらしいし
地面を叩いていたら
音の反響具合で下に空洞が
あるかどうかわかると思うんだ。
「そうだ。
ヴィー兄様、水筒持ってない?」
ヴィンセントたち騎士は
何かあった時のために
普段でも武器とともに
わずかな非常食と、
水を持ち歩くと言う。
今日は王宮内にいるのだから
そんな準備はしていないかも
しれないけれど、
水筒ぐらいは持ってないか?
そう思ったら、出て来た。
と言っても、大きなものではなく
大きなコップ1杯分ぐらいの
水入れだったが。
細長い筒状の水筒で
蓋を開けると、まだ水は
沢山入っている。
俺は水筒の蓋を開けたまま
上に古書に挟まっていた
固い栞を置く。
そしてその上から
俺の袖口についいた
カフスボタンを外して
軽く叩いた。
鈍い音がする。
「これが今の音です」
次に俺は水筒に中身を
ごくごく飲んで水を減らし、
また栞を置いて叩く。
すると今度はやや高い音がした。
「なるほど。
音が違う……これで地下に
空洞があるかどうか調べるのか」
「はい。魔術で封を
されているとはいえ
空洞は空洞なので、他の場所とは
音が違うのではないかと」
俺が説明していると
「わかった!」と急にオーリーが
立ち上がった。
「陛下、さっそく動きます」
え?は?
「わかった。
仔細、報告するように」
陛下がうなずくと
オーリーは礼をしたかと
思うとあっと言う間に部屋を出ていく。
呆然と見送っていると、
父が笑った。
「やつは魔法バカのようなものだからな。
イクスの話を聞いて、
なにやら思い浮かんだのだろう。
ああいう時は放置しておくのが一番だ。
それなりの成果を持ってくるだろう」
「では我々は、最悪の場合を想定し
王都の民の避難場所の割り出しと
食料などの確保なども
どれほどできるか確認しましょうか」
宰相さんの言葉に、父も
ハーディマン侯爵も頷く。
「騎士団は大規模な避難訓練もするか」
「うちの公爵領なら
ある程度の王都民を保護することも
できるだろう」
頼もしい!
と思っていたら、
ヴィンセントに腰を抱き寄せられた。
「なら俺はイクスが
無茶をしないように
そばにいるとするか」
って耳元で言うから
俺は思わず顔が熱くなる。
大人たちが議論している前で
何を言っている?
しかも恥ずかしいけど
俺、嫌じゃないし。
「こらそこ、イチャイチャしない」
急に父が振り返り
俺の腰に回されていた
ヴィンセントの手をぺしん、と
はたいた。
「イクスはまだ
公爵家の大事な宝だからね」
「何を言う。
すでに婚姻はなされている。
イクス君はハーディマン侯爵家の
一員になったぞ」
まぁ、そうなんだけど。
今、その話をする必要ある?
陛下がこっちを見て睨んでるぞ。
陛下が咳払いをして
意識を引きつける。
「イクスよ。
しばらくはこの件で
協力をして欲しい、よいか?」
「もちろんです」
「うむ。
では王宮に部屋を……」
「いえ、イクスは連れて帰ります」
陛下の言葉を父が遮った。
大丈夫か?
不敬罪とかにならないか?
「だが、王宮にいれば
連絡も取りやすいだろう」
「イクスはまだ学生です」
「だが、成績は優秀と聞く。
数日休んでも大丈夫であろう?」
成績は大丈夫だな。
ミゲルたちに会えないから
それは嫌だけど。
でも国の一大事にそんなこと
言ってられないよな。
「父様、大丈夫ですよ。
この件はできるだけ早く
解決した方が良いと思うんです。
公爵家から王宮までは
距離がありますし。
僕も、ジュがまた何か
神様からの伝言とかを
僕に知らせて来た時、
すぐに対応してもらえる環境の方が安心です」
俺がそう言うと父は悲しそうな顔をする。
「そんなに心配しなくても構わないだろう。
ヴィンセント」
「はっ」
陛下が急にヴィンセントを呼ぶ。
「そなたにも王宮に留まる許可を与える。
イクスの面倒を見てやってくれ」
「御意」
「ダメだ!」と何故か父が
猛反対をしたが、陛下は
決定事項だ、と一歩も譲らない。
そして侍従を呼び、
俺とヴィンセントの部屋を
準備するよう指示を出して
部屋を出て行ってしまった。
「では、我々も」
そう言って、クライス伯爵は
席を立ち、「またのちほど」と
俺に笑いかけて部屋を出ていく。
ハーディマン侯爵も俺の頭を撫で
「ヴィンセント、しっかり
守ってやれ」と声をかけて
部屋を出て行った。
「えっと、父様?」
残るは俺とヴィンセントと父だけだ。
「僕は大丈夫ですから。
母様と兄様によろしく伝えてください」
父はなんだか目がウルウルしている。
「そうだ。
でも僕は学校に行かないのであれば
時間があるので、毎日父様が
お仕事をしている姿を
見学しに行きますね」
俺がそう言うと、
父はがぜん、元気そうな顔になる。
「そうか、父が仕事を
している姿を見たいのか」
「はい。父様はかっこいいので」
「そうか、かっこいいか」
満足そうに頷く父に俺はつい
ヴィンセントと顔を見合わせ
笑ってしまう。
よし、がんばるぞ!と
その時俺は心に誓ったのだが。
俺はまさかその日の夜、
ヴィンセントとあんなことに
なるとは、この時には
思いもよらなかった。
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