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溺愛と結婚と
134:泣きますが、何か?
しおりを挟む俺が連れていかれたのは
会議室みたいな場所だった。
広い部屋に楕円形の
テーブルが一つ置いてある。
おそらく一番奥が
陛下が座る席だろう。
椅子の豪華さが違う。
それ以外の席は普通の
執務室用の椅子だった。
俺が案内役に案内されて
部屋に入った時には
すでに何人もの男性がいて
一斉に俺を見た。
怪訝そうな顔に
さすがの俺もたじろいだ。
そりゃそうだろう。
なんか重要そうな内容で
陛下に呼び出されたのに
どうみても学生服を着た
子どもがこんな場所に来たのだから。
しかも場の空気を
読めない案内役は俺を
陛下の椅子の隣の椅子に座らせようとする。
いや、いいんだ。
この案内役が悪いわけではない。
陛下がそう指示をしているのだろう。
だが。見てくれ。
陛下の椅子は空席だ。
その隣に俺が座るだろう?
陛下の逆隣の椅子も、その隣も空席。
もちろん、俺の椅子の隣も空席。
そして向こう側に
俺を怪訝な目でみる面々がいるんだ。
こんな状態で、俺が平然と
この場所に座れると思うか?
いや、待て。
何故俺を置いて行く?
案内役は俺に一礼をして
会議室を出ていくが、
この状況で俺はどうすれば……?
誰も何も言わない。
だが、怪訝な目をしていた
面々の一人が口を開いた。
「君は誰かね?
何故ここに?」
俺は社交界にデビューはしていたが
ほとんど夜会には出ていないし、
出たとしてもヴィンセントや
兄とか父に囲まれていて
まともに挨拶をした人は
ほとんどいない。
父たちが安全だと
思っている相手としか
挨拶をさせてもらってないからだ。
つまり、俺のことを知っている
人間は物凄く限られている。
ましてや、王宮の文官の
人達なんてさっぱりわからない。
俺は名前を名乗ろうと思ったが
別の男性に何故かにらまれた。
「もしかして、
殿下に言い寄り婚約の許可が
下りたとか言うのではないよな?」
確認するように言われるが
その目がめちゃくちゃ怖い。
「何? バカなことを言うな。
殿下たちには私の娘を
妃にと推している。
このような子供が……」
と別の男性が怒鳴るように言うが、
俺は子どもだが、
その王子殿下たちと
そんなに年は変わらないんだが。
ちなみに第二王子の
クルトとは同い年だ。
俺、やっぱり背が低いから
子どもにしか見えないんだよな。
「どうやってたぶらかした?!」
急に怒鳴られ、俺は驚いた。
怒鳴った男性はめちゃくちゃ怒ってて、
物凄く怖い。
というか、俺、何も言ってないのに。
想像だけで、こんなに
憎悪の顔でにらまれるなんて。
それに俺、たぶらかしてないし。
逆にクルトには、
ごめんなさい、をしたんだぞ。
そう言いたいけれど、
怒鳴る声が怖くて何も言えない。
そんなに責められたら泣くぞ?
俺、イクスになってから
人の悪意から遠ざかってたし、
物凄い箱入息子だからな。
大事に大事に守られて
育てられたんだぞ。
そんな俺なんだから
メンタルはよわよわなんだ。
転生前は妹を守らないと
ダメだって思ってたから
必死で頑張ってたけど、
本当は暴力も怒鳴る声も
怖くて、嫌いだった。
そんな俺が、
今は守る相手もなく
ただ守られてるだけになったら。
もう泣くしかないだろう?
ほんとに泣くぞ。
泣くからな。
俺は知らない男たちに
理不尽に怒鳴られ
責められてパニックになっていた。
だって完全なアウェイ状態だ。
俺だって好きでここに
来たわけじゃない。
この国を、王都をなんとか
助けたいって思ったから
俺は動いたのに。
なんでそんなに
俺を責めるんだよ。
俺、何もしてないし、
むしろ助けようと思って……
「う……ぇ……」
思わず声が漏れた。
子どもじゃないから泣くまい、
と思ってたのに、
涙がぽろり、と落ちる。
だって、まだ名前も言ってないのに。
俺は何一つ言葉を発してないのに、
物凄い悪意が俺に襲い掛かる。
俺、何もしないのに……
「ううえ………」
ぼたぼたと涙が落ちて
声を上げた時。
「誰だ!
うちの子を泣かすやつはっ!」
と扉がバン!と開く音がして
父の声が聞こえた。
「イクス!」と名を呼ぶのは
ヴィンセントだ。
涙で良く見えないが
俺がドアの方を見ると
父とヴィンセントの姿が
かろうじて見える。
俺は手を伸ばした。
父が両手を上げて
俺に近づいて来る。
俺も両手を上げて、
うえぇえん、と鳴きながら
大きな胸に飛び込んだ。
そう、ヴィンセントの胸に。
ぎゅう、と抱きしめられ
俺はぐしぐしと顔を
ヴィンセントの胸に押し付ける。
「イクス……」と
両手を広げたままの父が
悲しそうな声を出したが、
スマン、父よ。
俺は小さい時から
飛び込む胸はヴィンセントと
決まっているのだ。
本当は父の胸に飛び込むつもりだった。
嘘ではない。
だが、父の胸に抱きつく直前、
ヴィンセントが腕を広げて
俺を見たのがわかったのだ。
そうなると足は自然と
ヴィンセントに向いてしまった。
そう、条件反射だ。
父をないがしろにしたわけではない。
「なんの騒ぎだ」
俺がぐしぐし泣いていると
陛下の声がした。
俺が泣いたままの目で
顔を上げると、陛下と、
ハーディマン侯爵、
そしてミゲルの父である
クライス伯爵が部屋に入って来た。
陛下の声に、部屋が静まり返り、
誰も何も言わなくなる。
陛下は俺のそばに来ると
そっと髪を撫でた。
「何があった?
この国にとって何よりも
大切なそなたを泣かせたのは誰だ?」
強い言葉に、その場にいた男たちは
身体を震わせて一斉に俯いた。
「イクス? 何があった?」
ヴィンセントに優しく聞かれて
俺は、どういうか迷った。
ここで俺のことを
話ている時間なんて無いと思う。
時間がもったいない。
今は今後の対策を話し合うべきだ。
でも。
「僕、誰もたぶらかしてないもん」
これだけは言いたい。
ヴィンセントは、は?という顔をしたが。
「クルトとの婚約は断ったし、
カミルともそんな話、
したことない。
僕は妃になんてならない」
どんな勘違いかは知らないが
これだけは主張しておく。
だって俺、王家には嫁がないし、
もうヴィンセントと結婚したもん。
俺が泣きながら訴えると、
隣で父が「なるほど」と呟く。
俺の話に陛下がため息をつき、
さらに隣のハーディマン侯爵が
部屋にいた面々をにらみつけた。
「彼は我がハーディマン侯爵家の
嫁だが、何か問題でも?」
嫁だって!
その言い方がなんだか
生々しいと言うか
急に恥ずかしくなり、
俺の涙はひっこんだ。
こうして、グダグダの状態で
会議が始まってしまった。
なんか、大丈夫だろうか。
俺の秘密をこんなやつらに
話すのも不安だし、
仲良くできるとも思えない。
俺は不安な気持ちのまま
ヴィンセントに支えられて
椅子に座った。
……この先、不安しかない。
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