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溺愛と結婚と
132:負の遺産
しおりを挟む翌朝俺は制服に着替えたものの
学校には行かず、
王宮に行く算段をしていた。
授業を受ける気分にはなれなかったし
とにかく早くこのことを
陛下に知らせたい。
だがさすがに俺も、
すぐに陛下と面会ができるとは
思ってはいない。
まずはヴィンセントに話をして、
もしくは父に『力』のことを
打ち明けて、助けて貰おう。
そう考えていたのだが。
なんと、俺が朝食を食べていたら、
父も食堂にやってきた。
父がこんな時間に
屋敷にいるのは珍しい。
父に話を聞くと
最近、仕事が落ち着いて来ていて
少しのんびりできるのだという。
兄はすでに出かけていたし、
母も昼から茶会があるとかで
その準備をしているという。
ということは、
今俺が父について王宮に行っても
兄や母に内緒にできるということだ。
そこで俺は父に王宮に行きたい、
陛下に会いたいと
お願いをしてみた。
父は驚いたようだったが
どうしても必要なことだと
必死で訴えると、
わかった、と頷いてくれる。
俺は大急ぎで朝食を食べて
部屋に隠した古書と地図を鞄に入れた。
アキレスは驚いていたようだが
今日は父と一緒に王宮に行くというと
わかりましたと頷いてくれる。
アキレスは俺の護衛だが
ハーディマン侯爵家の人間だ。
一緒に王宮に行って良いのか
迷ったが、父が大丈夫だというので
俺はアキレスを連れて
父と一緒に馬車に乗り込んだ。
王宮に着くと、
まずは父の仕事場へと行く。
そこでお茶を出してもらっている間に
陛下との面会を希望し、
父は仕事の段取りをした。
さすがにアキレスに
ついていてもらうわけには
いかないので、
アキレスには馬車の近くで
待機していてもらうことにした。
陛下との面会時間が
いつになるのか読めないので
自由に過ごしてもらって
構わないとアキレスに言うと
それなら騎士団に顔を出しても
良いかと聞かれたので
頷いておく。
もしかしたら騎士達と一緒に
鍛錬でもするのかもしれない。
陛下との面会時間は
思ったよりも早く下りた。
陛下の側近が迎えに来てくれたのだ。
そこで父と一緒に執務室を出たのだが
そこでヴィンセントが俺たちを
待っているのが見える。
なるほど。
アキレスが騎士団に行ったのは
このためだったか。
いや、いいんだ。
内緒にするつもりはなかったし
ヴィンセントにも話そうと思ってたし。
アキレスは俺の忠犬のようだが
本当の飼い主はハーディマン侯爵家だからな。
ヴィンセントを一番に考えるのは
仕方がないことだ。
わかってる。
わかってるとも!
だが、ヴィンセントを呼びに行くなら
そう言って欲しかった。
とヴィンセントの後ろで
控えているアキレスに視線を向けると
アキレスは「仕方がないんです」と
いうような目で俺を見て
すっと頭を下げた。
ヴィンセントは俺とアキレスの
やり取りを見ていたはずなのに
何も言わずの俺たちの前に来る。
そして父に挨拶をして
俺に手を差し出した。
「陛下に会うんだって?
俺も同席の許可をもらったから
一緒に行こう」
いや、すごいな。
感心する。
そんなにすぐに陛下と
会う許可がおりるんだな?
どんな手を使ったんだ?
ヴィンセントの有能さにビビりつつ
俺はヴィンセントの手を取り、
父と一緒に陛下の元へと向かう。
俺が話があると言ったからか、
内密の話だと察してくれたのだろう。
案内されたのは
謁見室ではなく小さな部屋だった。
陛下の側近の話では
防音の魔道具を使っているから
部屋の内容は外には絶対に
漏れない部屋らしい。
そんな話を聞きながら
側近の彼は部屋の扉を開け
俺たちを椅子に座らせた。
部屋は簡素な部屋だった。
それこそ、王宮?と
疑うほどに。
殺風景な部屋に、
4人掛けのソファーが
向かい合わせに置いてある。
その間にテーブルも
あったが、家具はそれだけだ。
窓もなく、もし鉄格子でもあれば
軟禁室と言われても
違和感はないと思う。
俺と父はソファーに座り
ヴィンセントは俺の後ろに立つ。
座らなくていいのかと聞いたが
ヴィンセントは首を振った。
俺の背中を守ってくれるらしい。
……頼もしい。
少しすると陛下が来た。
俺と父は立ち上がり挨拶をするが
陛下は手で制止て、
堅苦しいことは必要ないという。
そして陛下は俺たちを座らせ、
「今はこの国の王ではなく、
親友とその息子の話を
聞きに来た隣人だと思ってくれ」
と言った。
俺は陛下の言葉に感謝をして
頭を下げる。
さて、どうするか。
俺の言葉を信じてもらうためには
それなりの証拠がいるよな。
「あの、陛下。
僕のためにお時間を取っていただいて
ありがとうございます」
「かまわんよ。
そなたがわざわざ出向くだけの
何かがあったのだろう?」
陛下の言葉に俺は頷いた。
「はい。でもその前に……
ジュ、いる? ジュ?」
俺はジュを呼んだ。
精霊が関わっていると
最初に示した方が良いと思ったのだ。
ジュは俺が起きた時は
部屋にはいなかったが
呼んだら来てくれると思った。
だって、あの部屋で
あの地図と古書をみたばかりだし。
にゃ。
ジュが俺の前に、
ぼと、と落ちて来た。
羽があるのに、なぜか使わず
俺の膝の上に乗る。
陛下は驚いたようで
動きを止めていたが、
ジュを見て、それが精霊か、と
呟いた。
「陛下、僕はこのジュに
導かれて、ある部屋に行きました」
「部屋?」
陛下が俺の言葉を聞き返し、
ヴィンセントが俺の後ろで
「俺に黙って?いつ?」と
呟く声が聞こえる。
え。
めちゃくちゃ低い声で怖いんですけど。
「イクス。それはいつのことだい?
学校からはまっすぐ
帰ってきていたと私は報告を受けていたよ」
父が優しく俺に聞く。
そこで俺はジュに導かれて
空間を渡り、神様が作った隠し部屋の
ような場所に行ったことを話した。
錬金術っぽいことができたとか、
自分で空間を渡れたとか
そう言う話はまだしていない。
ただジュが導いてくれたから
あの秘密基地のような部屋に
たどり着けたと言うことにした。
そして俺は地図と古書を
カバンから取り出して
目の前のテーブルに置く。
「僕がその部屋に行けたのは、
ジュがこの本と地図を
僕に見せようとしたからだと思います」
俺は本を開いて見せる。
「これは古代文字……」
陛下の言葉に俺は頷く。
「僕はジュのおかげで
古代の文字が少し読めるようになったんです。
そこでこの本を読んだのですが……」
俺は該当ページを開いた。
もちろん、読める者はいないだろうが
そのページに描かれた地図が、
俺が持つ大きな地図と一致するのだ。
「300年前のこの国の状況がここには
書かれています」
俺は説明する。
湖のこと。
地下にある空洞のこと。
その穴を埋めた魔術が
300年しかもたないこと。
そして……その300年は
持つだろうという耐久性が、
そろそろ崩壊するかも
しれないということ。
俺が話し終えても
誰も何も言葉を発しなかった。
重苦しい空気に、俺の膝の上で
ジュが、にゃ。と鳴いた。
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