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溺愛と結婚と
130:秘密基地
しおりを挟む何もかもが順調な日々に戻った。
ヴィンセントとは、ちょっとだけ
ギクシャクしたけれど、
それは照れたからだし、
仲が悪くなったとかではない。
ただ、俺からキスしてしまった日から
ヴィンセントはさらに俺に
甘く接するようになった。
休みの日は必ず俺を誘って
お茶を飲んだり、
図書館に連れて行ってくれたり。
これってデートって言わないか?
なんて思って恥ずかしくなったが
ヴィンセントは惜しみなく
俺に愛情を示してくれた。
出かける時は、馬車に乗ると
エスコートしてくれるのは
今までと同じだが、
下りる時に俺の手を取ると
ヴィンセントはたまに
俺の指先にキスをする。
もう俺の心臓はバクバクだ。
仕事が終わった後も
時間に余裕があるときは
俺の顔を見に屋敷にきてくれるので
そんなヴィンセントと俺を見る
屋敷の使用人たちの視線は
日々、生暖かいものになっていく。
俺は侯爵家の嫁になってしまったと
あの時は焦ってしまったが、
全然現状維持だった。
母が「新婚期間を過ごして良い」
なんてことを言ってくれたが
俺にはまだ早いと思う。
だってまだ俺は学生だし、
ヴィンセントにも聞いたけど、
まだ今のままでいいって
返事を貰っている。
レオナルドも学校に
また来るようになったが、
前ほどの無茶ぶりは無くなった。
何故かと言うと、
隣国からレオナルドの
乳兄弟という青年が
やってきたからだ。
クラスメイトではなく
護衛という立場らしいが、
一緒に授業を受け、
レオナルドが何かやらかそうと
するとすぐにそれを
止めにかかる。
俺がずっと叱りつけていた役目を
かわりにやってくれているので
大助かりだ。
ついでに、その護衛がいるから
俺とレオナルドは以前のように
ベッタリと言うわけではなくなった。
たまに駄犬らしく
俺に満面の笑みで走ってくることもあるが、
実害はほぼゼロになった。
平和な日は俺の心も
穏やかにしてくれて
俺の体調も随分と良い。
そんなわけで俺は
あの秘密基地に行ってみようと
急に思い立った。
今まで気になっていたけれど
体力も気力もなかったので
行く気になれなかったのだ。
だが日常が落ち着いている今、
きちんと調べるべきだろう。
自分の力のことも
把握しておきたいし、
魔術に関しても
今のこの世界で使えるのか
それとも過去の遺物で終わるのか。
そう言ったことも調べてみたい。
とはいえ、俺が一人で
どこかに出かけることが
出来るはずもなく、
学校をさぼることもできない。
俺が一人になることが
できるのは夜中だけだ。
そこまで俺は考えて
よし、と心の中で決意する。
夜寝る時間になったら
秘密基地に行ってみよう。
多少寝不足になるかもしれないが
このままあの場所を
放置するなどできるわけがない。
俺は決行の日、夕飯を食べて
風呂に入ると早めに寝ると
リタに言った。
「今日は騎士科の応援に
ミゲルと行ったから
疲れちゃったんだ」
というと、リタはすぐに
就寝の準備を整えて
ベットサイドに飲み水を準備した。
枕元にはリラックス効果があると言う
ポプリまで用意してくれている。
騎士科の応援に行ったのは本当だが
ここまでされるとやや罪悪感が生まれてしまう。
それでも俺はリタにお礼を言い
「おやすみ」とベットに潜った。
すぐにリタが部屋から出ていく音がして
俺はそっとベットから下りる。
あの秘密基地に行きたいと思えば
きっと行けると思うのだが
俺はエスパーではないので
テレポートするという
イメージが掴めない。
そこで俺はクローゼットの
扉と秘密基地を繋げることを思いついた。
何もない場所から瞬時に移動するより
扉を開けたら別世界でした、
みたいな方が自分なりに納得できる。
俺は両手に魔力を込めて
クローゼット黒の扉を掴む。
俺は魔力を指に込めた。
今までは何となく
これは『光』魔法、とか
これは『樹』魔法といった具合に
何となく使う魔法の属性を
イメージして使っていたのだが、
もう俺はそんなことはしない。
というか、できない。
だって、俺は
『すべてをひとつに』してしまったから。
あのいい加減な神様が
俺の魔法属性やスキルを
全部ひとつにまとめてしまったから
俺はもう、魔法属性がどうとか
スキルがどうとか考えなくていいのだ。
便利になったと言えばそうなのだが
むちゃくちゃすぎる。
あの神様、この世界の立て直しに
疲れて面倒になってるとか
やけくそになってるんじゃないか?
次に会う機会があったら
そのあたりも聞いてみたい。
俺の魔力が今後、
また分裂する可能性があるとか
そういうのも知っておきたいし。
「開けたら秘密基地」
俺はよし、と気合を入れて
クローゼットを開けた。
「おぉー!」
思った通り、クローゼットの中は
あの秘密基地だった。
よしよし。
うまくいったぞ。
俺はクローゼットの中に入り、
そのまま実験室のような
秘密基地に足を踏み入れる。
「さて。
何からするか」
本を読むか、それとも……
と考える俺の目の端に、
前世妹の設定集が見えた。
「あ」
思わず声が漏れた。
設定集が少し光ったように見えたのだ。
前世で見たことがある
科学実験室のような器具が並んだ
長く広いテーブルの上に
設定集があった。
妹の「初ちゅーはいつ?」という
失礼きわまりないメモの
返事を挟んだ設定集だったが。
俺はテーブルの前に行き、
設定集をぺらぺらとめくってみる。
と、一枚の写真が入っていた。
こちらの世界では、
まだ写真の技術はない。
だから前世妹が挟んだものだろう。
そう思って写真を摘まんで
俺は、う、っと喉を詰まらせた。
「……はは、あいつ」
写真には、満面の笑顔のバカ妹と
優しそうな彼との結婚式の
写真が入っていた。
写真の裏には
『めちゃくちゃ幸せ!』って書いてある。
バカ妹め!
こんなことされたら、
お兄ちゃんは泣いてしまうじゃないか。
ヤバイ。
涙が止まらない。
俺は写真と設定集が濡れないように
テーブルに設定集を置いてから
そっと離れた。
ヤバイ、ヤバイ。
嬉しすぎて、そして妹に
「おめでとう」と言えないことが
寂しくて、悲しくて。
俺は泣き止むことがなかなかできない。
俺が必死で涙を止めようとしていると
にゃーん。
と、急に声が聞こえた。
「……ジュ?」
俺は手のひらで涙を拭って
周囲を見回すと、ジュが何もない
空間から、急に現れた。
パタパタと羽で空を飛び、
俺の顔の真ん前まで来ると
涙でぐしゃぐしゃだった俺の
鼻の頭や頬をぺろぺろ舐め始める。
「はは、心配してくれてんのか?」
俺はジュを抱き上げた。
またジュの身体が小さくなっている。
リスぐらい、は言い過ぎかもしれないが
子猫ぐらいの大きさだ。
「また何かあったのか?
この世界って、そんなに不安定なのか?」
いや、きっと不安定なんだろうな。
だって世界は広いはずなのに
神様はあの小さい神だけのようだし。
そもそも世界を創った神様が
いなくなって交代って、
どーなの?って思う。
そしてこの世界の魔力を
バカ妹たちの腐った妄想パワーで
賄っているというのも
どうかと思うし。
この世界、グダグダ過ぎなんだよな。
と言っても、世界が崩壊するのは
俺も遠慮して欲しいから
できることがあれば
強力はするつもりではいるが。
「ジュ。
大丈夫か?
あの神様に
コキ使われてるのか?
労働基準法に違反してたら
ちゃんと言えよ。
俺が文句言ってやるから」
神様とジュの間の雇用契約が
どうなってるのかわからないから
絶対になんとかできるとは言えないが。
ジュは俺の言葉を聞きつつ、
じっと俺を見つめる。
ジュの鼻と俺の鼻がひっつきそうだ。
ジュは小さく首を傾げた。
うん。
ネコ?に労働基準法は難しかったな。
だがおかげで涙が引っ込んだ。
「ジュ、俺のバカ妹が
結婚したんだ」
俺はジュを連れてテーブルに戻る。
「ほら、俺の妹だぞ。
バカばっかしてて
いつまでも小さい妹だと
思ってたのにな。
結婚だって。
こんなドレス着て
……うん、
幸せそうだ。
それに、美人だ。
ウエディングドレスって
どんな女性でも美人にするって
本当だったんだな」
前世妹が聞いたら
目くじらを立てて怒りそうだが、
純粋に綺麗だ、なんて
家族としてはなんか、
気恥ずかしくて言えそうにない。
でも妹のこの写真は
本当に嬉しかった。
死んでしまった俺には、
もうこんな幸せそうな笑顔の
バカ妹の姿は見れないと思っていたから。
「なんか、肩の荷が下りた気がする」
死んで、この世界に転生してまで
前世妹に対する責任を
感じる必要なんて無かったのかもしれないが。
俺の中ではまだバカ妹は
俺の大事な妹だったのだ。
でも、もう俺が見守らなくてもいいんだな。
寂しい気もするが、
これで良かったのだろう。
「よし、兄ちゃんもお前に負けず
幸せになるからな」
俺は写真に向かって宣言して、
それってヴィンセントと結婚するって
ことになるのか?
と、急に思い立ち。
「今の無し無し!」
と、俺とヴィンセントの結婚式が
浮かぼうとした頭を
ブンブンと振って無かったことにした。
ヤバイ。
俺がドレス着るところだった。
ははははは。
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