130 / 214
溺愛と結婚と
130:秘密基地
しおりを挟む何もかもが順調な日々に戻った。
ヴィンセントとは、ちょっとだけ
ギクシャクしたけれど、
それは照れたからだし、
仲が悪くなったとかではない。
ただ、俺からキスしてしまった日から
ヴィンセントはさらに俺に
甘く接するようになった。
休みの日は必ず俺を誘って
お茶を飲んだり、
図書館に連れて行ってくれたり。
これってデートって言わないか?
なんて思って恥ずかしくなったが
ヴィンセントは惜しみなく
俺に愛情を示してくれた。
出かける時は、馬車に乗ると
エスコートしてくれるのは
今までと同じだが、
下りる時に俺の手を取ると
ヴィンセントはたまに
俺の指先にキスをする。
もう俺の心臓はバクバクだ。
仕事が終わった後も
時間に余裕があるときは
俺の顔を見に屋敷にきてくれるので
そんなヴィンセントと俺を見る
屋敷の使用人たちの視線は
日々、生暖かいものになっていく。
俺は侯爵家の嫁になってしまったと
あの時は焦ってしまったが、
全然現状維持だった。
母が「新婚期間を過ごして良い」
なんてことを言ってくれたが
俺にはまだ早いと思う。
だってまだ俺は学生だし、
ヴィンセントにも聞いたけど、
まだ今のままでいいって
返事を貰っている。
レオナルドも学校に
また来るようになったが、
前ほどの無茶ぶりは無くなった。
何故かと言うと、
隣国からレオナルドの
乳兄弟という青年が
やってきたからだ。
クラスメイトではなく
護衛という立場らしいが、
一緒に授業を受け、
レオナルドが何かやらかそうと
するとすぐにそれを
止めにかかる。
俺がずっと叱りつけていた役目を
かわりにやってくれているので
大助かりだ。
ついでに、その護衛がいるから
俺とレオナルドは以前のように
ベッタリと言うわけではなくなった。
たまに駄犬らしく
俺に満面の笑みで走ってくることもあるが、
実害はほぼゼロになった。
平和な日は俺の心も
穏やかにしてくれて
俺の体調も随分と良い。
そんなわけで俺は
あの秘密基地に行ってみようと
急に思い立った。
今まで気になっていたけれど
体力も気力もなかったので
行く気になれなかったのだ。
だが日常が落ち着いている今、
きちんと調べるべきだろう。
自分の力のことも
把握しておきたいし、
魔術に関しても
今のこの世界で使えるのか
それとも過去の遺物で終わるのか。
そう言ったことも調べてみたい。
とはいえ、俺が一人で
どこかに出かけることが
出来るはずもなく、
学校をさぼることもできない。
俺が一人になることが
できるのは夜中だけだ。
そこまで俺は考えて
よし、と心の中で決意する。
夜寝る時間になったら
秘密基地に行ってみよう。
多少寝不足になるかもしれないが
このままあの場所を
放置するなどできるわけがない。
俺は決行の日、夕飯を食べて
風呂に入ると早めに寝ると
リタに言った。
「今日は騎士科の応援に
ミゲルと行ったから
疲れちゃったんだ」
というと、リタはすぐに
就寝の準備を整えて
ベットサイドに飲み水を準備した。
枕元にはリラックス効果があると言う
ポプリまで用意してくれている。
騎士科の応援に行ったのは本当だが
ここまでされるとやや罪悪感が生まれてしまう。
それでも俺はリタにお礼を言い
「おやすみ」とベットに潜った。
すぐにリタが部屋から出ていく音がして
俺はそっとベットから下りる。
あの秘密基地に行きたいと思えば
きっと行けると思うのだが
俺はエスパーではないので
テレポートするという
イメージが掴めない。
そこで俺はクローゼットの
扉と秘密基地を繋げることを思いついた。
何もない場所から瞬時に移動するより
扉を開けたら別世界でした、
みたいな方が自分なりに納得できる。
俺は両手に魔力を込めて
クローゼット黒の扉を掴む。
俺は魔力を指に込めた。
今までは何となく
これは『光』魔法、とか
これは『樹』魔法といった具合に
何となく使う魔法の属性を
イメージして使っていたのだが、
もう俺はそんなことはしない。
というか、できない。
だって、俺は
『すべてをひとつに』してしまったから。
あのいい加減な神様が
俺の魔法属性やスキルを
全部ひとつにまとめてしまったから
俺はもう、魔法属性がどうとか
スキルがどうとか考えなくていいのだ。
便利になったと言えばそうなのだが
むちゃくちゃすぎる。
あの神様、この世界の立て直しに
疲れて面倒になってるとか
やけくそになってるんじゃないか?
次に会う機会があったら
そのあたりも聞いてみたい。
俺の魔力が今後、
また分裂する可能性があるとか
そういうのも知っておきたいし。
「開けたら秘密基地」
俺はよし、と気合を入れて
クローゼットを開けた。
「おぉー!」
思った通り、クローゼットの中は
あの秘密基地だった。
よしよし。
うまくいったぞ。
俺はクローゼットの中に入り、
そのまま実験室のような
秘密基地に足を踏み入れる。
「さて。
何からするか」
本を読むか、それとも……
と考える俺の目の端に、
前世妹の設定集が見えた。
「あ」
思わず声が漏れた。
設定集が少し光ったように見えたのだ。
前世で見たことがある
科学実験室のような器具が並んだ
長く広いテーブルの上に
設定集があった。
妹の「初ちゅーはいつ?」という
失礼きわまりないメモの
返事を挟んだ設定集だったが。
俺はテーブルの前に行き、
設定集をぺらぺらとめくってみる。
と、一枚の写真が入っていた。
こちらの世界では、
まだ写真の技術はない。
だから前世妹が挟んだものだろう。
そう思って写真を摘まんで
俺は、う、っと喉を詰まらせた。
「……はは、あいつ」
写真には、満面の笑顔のバカ妹と
優しそうな彼との結婚式の
写真が入っていた。
写真の裏には
『めちゃくちゃ幸せ!』って書いてある。
バカ妹め!
こんなことされたら、
お兄ちゃんは泣いてしまうじゃないか。
ヤバイ。
涙が止まらない。
俺は写真と設定集が濡れないように
テーブルに設定集を置いてから
そっと離れた。
ヤバイ、ヤバイ。
嬉しすぎて、そして妹に
「おめでとう」と言えないことが
寂しくて、悲しくて。
俺は泣き止むことがなかなかできない。
俺が必死で涙を止めようとしていると
にゃーん。
と、急に声が聞こえた。
「……ジュ?」
俺は手のひらで涙を拭って
周囲を見回すと、ジュが何もない
空間から、急に現れた。
パタパタと羽で空を飛び、
俺の顔の真ん前まで来ると
涙でぐしゃぐしゃだった俺の
鼻の頭や頬をぺろぺろ舐め始める。
「はは、心配してくれてんのか?」
俺はジュを抱き上げた。
またジュの身体が小さくなっている。
リスぐらい、は言い過ぎかもしれないが
子猫ぐらいの大きさだ。
「また何かあったのか?
この世界って、そんなに不安定なのか?」
いや、きっと不安定なんだろうな。
だって世界は広いはずなのに
神様はあの小さい神だけのようだし。
そもそも世界を創った神様が
いなくなって交代って、
どーなの?って思う。
そしてこの世界の魔力を
バカ妹たちの腐った妄想パワーで
賄っているというのも
どうかと思うし。
この世界、グダグダ過ぎなんだよな。
と言っても、世界が崩壊するのは
俺も遠慮して欲しいから
できることがあれば
強力はするつもりではいるが。
「ジュ。
大丈夫か?
あの神様に
コキ使われてるのか?
労働基準法に違反してたら
ちゃんと言えよ。
俺が文句言ってやるから」
神様とジュの間の雇用契約が
どうなってるのかわからないから
絶対になんとかできるとは言えないが。
ジュは俺の言葉を聞きつつ、
じっと俺を見つめる。
ジュの鼻と俺の鼻がひっつきそうだ。
ジュは小さく首を傾げた。
うん。
ネコ?に労働基準法は難しかったな。
だがおかげで涙が引っ込んだ。
「ジュ、俺のバカ妹が
結婚したんだ」
俺はジュを連れてテーブルに戻る。
「ほら、俺の妹だぞ。
バカばっかしてて
いつまでも小さい妹だと
思ってたのにな。
結婚だって。
こんなドレス着て
……うん、
幸せそうだ。
それに、美人だ。
ウエディングドレスって
どんな女性でも美人にするって
本当だったんだな」
前世妹が聞いたら
目くじらを立てて怒りそうだが、
純粋に綺麗だ、なんて
家族としてはなんか、
気恥ずかしくて言えそうにない。
でも妹のこの写真は
本当に嬉しかった。
死んでしまった俺には、
もうこんな幸せそうな笑顔の
バカ妹の姿は見れないと思っていたから。
「なんか、肩の荷が下りた気がする」
死んで、この世界に転生してまで
前世妹に対する責任を
感じる必要なんて無かったのかもしれないが。
俺の中ではまだバカ妹は
俺の大事な妹だったのだ。
でも、もう俺が見守らなくてもいいんだな。
寂しい気もするが、
これで良かったのだろう。
「よし、兄ちゃんもお前に負けず
幸せになるからな」
俺は写真に向かって宣言して、
それってヴィンセントと結婚するって
ことになるのか?
と、急に思い立ち。
「今の無し無し!」
と、俺とヴィンセントの結婚式が
浮かぼうとした頭を
ブンブンと振って無かったことにした。
ヤバイ。
俺がドレス着るところだった。
ははははは。
299
お気に入りに追加
1,145
あなたにおすすめの小説

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる