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溺愛と結婚と
126:離婚の危機!?
しおりを挟む俺はヴィンセントに
ぎゅっとしがみついていたが
大きな胸に耳を当てていると、
ヴィンセントの心臓の音が聞こえて
また無性に恥ずかしくなった。
そこでヴィンセントから
腕を伸ばして離れるが、
今度は長い指で
優しく髪を撫でられる。
「意識されるのは嬉しいが、
離れて行かれるのは困るな」
あうぅ。
甘い声で言われて
俺はぐうの音もでない。
ヴィンセントってこんなに
甘い顔で俺を見てたっけ?
俺はどんどん焦って来たが
そこにノックの音がした。
ヴィンセントがすっと俺から離れ
俺の手を引き、ソファーに座る。
俺が返事をすると
リタがお茶を持って入って来た。
俺はヴィンセントの
隣に座っていたのだが、
リタは俺のカップを
ヴィンセントの前に置く。
「イクス様、もう夕刻ですし、
密室に二人っきりとなると
旦那様が気にされます。
くれぐれもご注意を」
リタは俺に言っている筈なのに
ヴィンセントを見ながら
そう言うと、頭を下げて
部屋から出ていく。
何故俺を見ない?
と思ったら、
ヴィンセントが口元を押さえて
笑っていた。
「ヴィー兄様?」
「いや、パットレイ公爵家の
侍女は優秀だ」
そう言ってヴィンセントは
また俺の頭を撫でる。
俺は大人しく撫でられていたが、
そうだ、と立ち上がって
ヴィンセントの前に座った。
俺、ヴィンセントに話があったんだ。
今なら言えそうだし、
顔をちゃんと見て話したい。
「イクス?」
「あのね、ヴィー兄様。
僕、ヴィー兄様に
話したいことがあったんだ」
俺が真面目な顔をしたからか
ヴィンセントはわかったと、
俺を見つめた。
「あのね」
「あぁ」
「将来は離婚してもいい?」
ヴィンセントの目が見開かれ
驚愕の顔になる。
「あ、違っ、
そうじゃなくて」
しまった。
言い方が悪かった。
いや違う。
言う順番が悪かった。
「そうじゃない、そうじゃなくて」
俺が立ち上がって
ぶんぶん手を振ると
ヴィンセントは顔の頬を緩めた。
そして、ふぅ、と息を吐く。
「イクスに驚かされるのは
今に始まったことではないな。
それで?
なんでそういう結論になったのか
聞いてもいいか?」
「うん、僕ね。
ヴィー兄様のこと、大好きなんだ」
それは大前提。
だから、それは一番最初に
きちんと伝えておく。
そして俺は、自分が考えていた
将来のこととか、
不安とかをヴィンセントに打ち明けた。
俺は学校を卒業したら
魔法や魔術を研究したいし、
ハーディマン侯爵家の嫁はできそうにない。
領地運営とか考えたこともないし
社交界も苦手だから
人脈を作るとかもできそうにない。
俺の母はあんなに可愛くて
可憐なのに、何故か社交界を牛耳ってる?
とかそんな噂がある。
陛下でさえ、母には逆らえないと
苦笑しながら冗談交じりに言うぐらいだ。
そんな母を俺は凄いと思うが
真似できるとは思えない。
今回の結婚がレオナルドの罰ゲームの
話のせいできまったのなら、
レオナルドの留学が終わったら
離婚してもいいんじゃないかと
俺は思ったんだ。
俺が一生懸命説明すると
ヴィンセントは何度も頷きながら
俺の話を聞いてくれた。
そして話終わると、
「おいで」って優しく言われる。
俺はその言葉を拒否できなくて
素直に立ち上がってヴィンセントの
横に座ろうと思ったら、
腰を掴まれて、ヴィンセントの
膝の上に下ろされた。
背中から、ぎゅう、と抱きしめられる。
「ハーディマン侯爵家のことを
考えてくれたんだな。
ありがとう」
いやちがう。
俺は自分が魔法を研究したいから
結婚したくないだけで……
俺はそんな優しい人間じゃない。
俺が嫁になったせいで
ハーディマン侯爵家の評判が下がるとか
不出来な嫁だと迷惑がかかるとか
そんなことも思ったけれど。
でも俺は自分勝手だから、
逃げようとしてるんだ。
ハーディマン侯爵家の嫁という
重圧とか、責任から。
好きなことを研究して
好きな時だけ、ヴィンセントと
会えればいいって、
そんな調子のいいことを考えてたんだ。
それって物凄くヴィンセントに失礼だ。
ヴィンセントはこんなに俺のこと、
大切に大事に思ってくれてるのに。
俺が何を言っても
こうやって受け止めて、
抱きしめてくれるのに。
ヴィンセントが俺の背中越しに
優しい声を出す。
「大丈夫、泣かなくていい」
俺は目から零れ落ちた涙を手で拭った。
「思ってることを
言ってくれて嬉しいよ」
卑怯だ。
俺が、こうやって泣いて
赦してもらおうと思ってる俺が。
俺はこうやって甘えたら
ヴィンセントが許してくれることを
ちゃんとわかってる。
でも、そんな俺を、
俺が許せそうにない。
そんな俺のことまで
分かってるとでも言うように、
ヴィンセントは俺の身体を持ち上げて
互いに顔をあわせることができるように
俺を自分の膝に座らせた。
こんなぐしゃぐしゃん顔、
見られたくなかったのに、
ヴィンセントはコツン、と
俺のおでこに、額を当てた。
「大丈夫だ」
ゆっくりと、確認するように
ヴィンセントは言う。
「俺がずっと一緒に居るから、
心配するようなことはない。
大丈夫」
そんなこと言われたら
また涙があふれてきた。
ヴィンセントはそのまま俺を抱き込む。
「いきなりだったからな。
婚約したと思ったら
あっという間に結婚して。
急激な変化に不安になったんだな」
優しく髪を撫でられる。
「何も心配しなくてもいい。
イクスはやりたいことをやればいいんだ」
「ハーディマン侯爵家の、よ、嫁は?」
ぐしぐし涙をぬぐいながら聞くと
ヴィンセントはそうだな、と
少し考えるような素振りをする。
「当分は俺の両親は元気だろうし、
問題はないだろう。
そもそも俺の父だって
騎士団を率いていて
領地にはあまり帰ってないんだ。
俺の母は領地にいるが、
当然だがサポートしている者もいる。
イクスができなことは、
誰か別の者に頼めばいい。
イクスがずっと王都で
研究したいというのなら
それでもいいし、
王都では魔術を研究する
専門機関はないからな。
何ならタウンハウスか
領地の屋敷にイクス専用の
研究所を作っても構わない」
優しい言葉に俺は
うえぇ、と声を漏らしてしまった。
「ヴィー兄様、優しすぎ。
僕を甘やかしすぎ」
大きな胸に顔を押し付けて言うと、
ヴィンセントはそんなことない、と笑う。
「俺はイクスを手放さないために
必死なんだ。
だから……
どんな願いでも叶えてやるから
離婚するなんてもう言うなよ」
あったい胸に抱き込まれて
俺は、うん、と頷く。
やっぱり大好きだ。
恥ずかしいしドキドキするし、
わけわかんなくなることもあるけど。
でも、こうしていると
安心して嬉しくなって、
幸せな気分になる。
これが「愛してる」ってことなんだと思う。
前世も含めて、
俺が知らなかった感情だ。
だから教えてくれたヴィンセントに
感謝してるし、伝えたい。
「ヴィー兄様」
俺は顔を上げてヴィンセントを見上げる。
ヴィンセントの甘い瞳が俺を見下ろしした。
「僕ね、ヴィー兄様のこと
アイシテル」
ってちょっと体を伸ばしたら
俺の唇がヴィンセントの口元に
ちょん、と触れて。
俺はものすごく恥ずかしくなって
慌ててヴィンセントの胸に
しがみついたのだけれど。
何故かそこからヴィンセントは
固まったように動かなくなってしまった。
……なんでだ?!
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