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高等部とイケメンハーレム
120:新婚・3【ヴィンセントSIDE】
しおりを挟む居心地が悪い中、
俺はひたすら食事を続ける。
何故居心地が悪いかというと
公爵夫人がにこやかに笑って
俺を見つめているのだ。
夫人の前にはティーカップが
1つだけ置かれていて、
何かを食べる素振りはない。
俺は夫人にすすめられるまま
食事を始めたのだが、
美味い料理の筈なのに
味がしない。
だが腹は減っている。
肉にサラダにパンとスープ。
全部腹の中に押し込んで、
食後のお茶を飲んだ時、
ようやく夫人が声を出した。
「ねぇ、イクスのこと
どう思っているの?」
は?
と、口をあけそうになった。
何をいまさら。
いや違う。
俺がイクスを大切にしていることは
誰もが理解している筈だ。
公爵殿だって、俺のイクスへの
愛の深さを知っているからこそ
信頼してくれているのだろう?
俺の顔を見て夫人は笑った。
「違うのよ。ごめんなさいね。
あなたには感謝しているわ。
あの子のことを大切にしてくれて
あの子のために動いてくれる。
でもほら。
あなたも、あの人も、
あの子のことで私に秘密事があるでしょう?」
ドキっとした。
夫人にはイクスの『力』に関しては
秘したままにしている。
「いいのよ。
あの人が私が知らなくていいと
判断したのなら、
私はそれでいいの。
あの人はそれで私を
守ってるつもりになってるんですもの」
無理に暴くつもりはないわ。
と笑った顔に、俺は冷たい汗が
背中に流れるのを感じた。
「本当はね。
レックスを追い出して、
あなたをパットレイ公爵家の
跡継ぎにしてもいいと
私は思ったの」
俺は気を取り直して
お茶を飲もうとしていたが、
その言葉に思わずむせる。
「そ、その、
御心使いは嬉しいですが」
「そうなのよねー。
私が提案したら
あの人、困った顔をするんだもの。
ハーディマン侯爵家の跡継ぎが
いなくなるだろう、って
あの人は言うんだけど、
レックスがなればいいんじゃない?
って思ったのよ」
ヤバイ。
大丈夫だろうか。
夫人の発想がかなりヤバイ。
「ふふ、大丈夫よー。
そんなこと、本当に
するわけないじゃない」
コロコロと夫人は笑う。
良かった。
と安堵したが。
「だってあの人が
あんなに困った顔をするんだもの。
あんな顔を見ちゃったら
できないわよね」
いや、ハーディマン侯爵家の
跡継ぎに関わる話なのだが?
夫人であれば、
どうとでもなるとでも言うのか。
夫人の顔を見ていると、
本当に何でもできそうだと思ってしまう。
俺は呼吸を整えた。
本気で向き合わねば
夫人に呑まれてしまう。
俺が背筋を伸ばしたからか
夫人は目を丸くして
また笑う。
だが今度の笑みは、
表面上に浮かべる笑顔ではなく
心底愉しそうな、
面白いものを見たというような顔だった。
「私はね、
あの子のことが心配なの」
夫人はじっと俺を見る。
「あの子を生んだ時から
私はイクスが特別だって感じていたわ。
いえ、お腹の中にいたころから
他の子とは違うって思っていた。
だってお腹の中から感じる
あの子の魔力は、
私が今まで感じたことが無い
不思議な魔力だったのよ」
ふふっと夫人は口元を緩める。
「きっとイクスは特別な子。
この国にとっても、
この世界にとっても。
そうでしょう?」
そう言われて俺は返事もできず固まる。
「私は最初から知ってたのに
あなたたちってば、
私を仲間外れにして、
失礼しちゃうわ」
俺は何も言えない。
何かを言えば夫人に嘘を
つくことになるし、
だが、夫人に同調すれば
公爵殿を裏切ることになる。
「あなたは賢い子ね。
そして愛情深い子だわ。
だからね。イクスをあなたに
託すことにしたの。
レックスはイクスと遊んでいても
イクスを置いて一人で
他の遊びに夢中になって
しまうこともあったけれど、
あなたは違ったわ。
いつでも、イクスを見てたし
イクスを守ってくれた。
あなた、
ハーディマン侯爵家より
イクスのことが大事でしょう?」
うぐ、と声を詰まらせていまう。
これには返事をしてもいいだろうか。
「だからね。
あなたをパットレイ公爵家に、
レックスをハーディマン侯爵家の
当主にしたら?って思ったのよ」
なにが『だから』なのかわからない。
わからないが、
この夫人がその妙な案を
押し通さなくて良かった。
心の底からそう思う。
「じゃあ、最初の質問ね。
あの子のこと、どう思っているの?」
「……愛してます。
ハーディマン侯爵家と
イクスを天秤に掛ける日があれば、
イクスを迷わず選ぶぐらいには」
夫人は満足そうにうなずいた。
「そう。
じゃあ、赦すわ」
なにを?
「私が許可してあげる」
夫人は一口お茶を飲んだ。
「私の可愛いイクスを
あなたが奪っていくことを
まずは赦してあげる。
イクスもあなたのことが
大好きみたいだし、
仕方が無いわ」
「ありがとうございます」
俺は素直に頭を下げる。
何か思わないわけではないが
この夫人と対立する気はないし
勝てる気もしない。
「そしてね。
あの子が望むのなら、
あなたのところに、
嫁ぐ許可を出してあげるわ」
「……嫁ぐ?」
俺たちの婚姻はすでに
陛下の了承の元、
成り立っている筈だ。
俺が首を傾げると、
夫人はまたコロコロ笑う。
「だってあなた、
イクスを早く娶りたいのでしょう?」
「そ、それはそうですが」
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深読みしても構わないのか?
「大丈夫よ。
陛下だって婚姻の許可を
出したのだし、
婚姻すれば、イクスはもう
成人と同じ扱いになる」
それは。
その意味は……!
「ただし、あの子が望めば。
それが条件よ」
「ありがとうございます」
俺は先ほどよりも大きな声で
心を込めて頭を下げた。
「あの人のことなら
心配しなくても構わないわ。
私が許可したのですから」
公爵殿のことだな。
「あの子とハーディマン侯爵家で
新婚期間を過ごしても良いでしょう。
ただし、あの子は学ぶことが
大好きな子よ。
今後のことはあの子と相談して
あの子の望む形にすること」
「もちろんです」
「それとハーディマン侯爵家に
行きっぱなし、というのは
やめてね。
あの人が悲しむから」
それはそれで面倒なのよ。
と笑って夫人は席を立つ。
俺も慌てて立ち上がり
尊敬を込めて礼をする。
「今日はあの子のために
仕事を早退したのでしょう?
ゆっくりしていけばいいわ。
イクスについていてあげて」
「はい、もちろんです。
ありがとうございます」
俺の返事に夫人は頷くと
足音も立てずにサロンを後にした。
その背を見送り、
俺は力が抜けて椅子に座り込んだ。
冷たい汗が背中に滝のように流れている。
夫人とは面と向かって
きちんと話をしたことがなかった。
いつも公爵殿か、イクスか。
誰かがそばにいて、
夫人は意見を言うことはあったが、
淑女の印象から外れることはなかった。
たが、全く違った。
とんでもない人だった。
あれが夫人の素であるなら
夫人の印象操作は完璧だと思う。
しかし。
「イクスと新婚期間を過ごす……」
夫人の言葉に俺は戸惑いと、
期待を隠せない。
いいのか?
イクスを公爵家から連れ去っても。
イクスがそれを望んだら、
俺とイクスは新婚として……
想像するだけで体が熱くなる。
もし、それが叶うなら。
俺は気を落ち着けるために
何度も息を吐き出した。
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