上 下
67 / 214
魔法と魔術と婚約者

67:転生の意味

しおりを挟む
 
 体がだるくて、重い。
きっと熱が出てきたのだろう。

俺は目を閉じたまま
息苦しくて何度も
口を開けて呼吸をした。

俺はきっとベットの中なのだと思う。

やわらかいもので
身体が包まれていて
身体は辛いが、安心感はある。

きっとあのまま俺は
眠ってしまったから
ヴィンセントがベットまで
連れて来てくれたのだろう。

うとうとしながら
そんなことを考えていると
優しく髪を撫でられる感覚がした。

だが、手つきは優しいが
指は細く、ヴィンセントの
撫で方ではない。

まるで風が俺の髪を
梳くような感覚なのだ。

こんな繊細な仕草で
俺の頭を撫でる者などいるだろうか。

ヘルマン辺境伯か?

あの怖い顔で?
いや、先入観は良くないが、
一週間一緒に過ごしてみたが、
ヘルマン辺境伯はそんなことを
しそうなキャラではなさそうだ。

それに絶対に指はぶっとくて
繊細とは程多い仕草……の筈。

俺は目を開けようとしたが
瞼が重くて無理だ。

どうしようかと
無駄に身体に力が入ったと行き、
声がした。

『まだこのままでいい』

脳に声が響く。

『私のジュが世話になったね』

私のジュ?

ジュの飼い主か?

って、誰だよ、飼い主って。
精霊とか言わないよな。

俺の思考を読んだかのように
声の主はクスクス笑う。

『君のおかげで
世界がまた重なったよ』

世界が重なる?

『そうだ。
君たちが精霊の樹と
呼んでいたものは、
この世界を1つにするための
楔だったのだ」

は?
なんか急に壮大な
物語りになってきてないか?

そうか。
夢か、夢物語だな。

俺がそう思うと
また声の主が笑う。

『君をイクスにして正解だった』

その言葉に、どくん、と
大きく心臓が鳴った気がした。

どう言う意味だ?
俺をイクスにしたって。

俺がこの世界に生まれ変わったのは
あんたが……いや、
あなたが関わっているのか?

声の主はその言葉には答えなかった。

その代わりに、
俺の脳裏にある映像が浮かぶ。

それは前世の妹の姿だった。

妹のそばには見知らぬ青年がいる。

どうみてもそこは
葬式会場だ。

小さな式場で、
参列客はいない。

そして式場に飾られた遺影は
前世の俺の笑顔の写真だった。

通夜の夜なのだろう。

式場の係員の姿もなく
その場はひっそりとしていた。

妹は眠ったような姿の俺に
ひたすら話しかけている。

その妹の肩を守るように
青年が抱きよせる。

彼が妹の恋人に違いない。

見るからに好青年だ。

良かった。

安堵した俺の耳に
妹の声が響く。

「お兄ちゃん、ほんと
バカなんじゃないの?

仕事でソロキャン?
山登りもしたことないくせに、
なんで山の中でたった一人で
キャンプなんてできると思ったの?

普通のキャンプ初心者は
キャンプ場に行くもんなんだよ」

そういやそうか。
目からうろこだ。

でもキャンプ場だと
ソロキャンプにならないんじゃないのか?

俺はそう思ったから
一人で山に登ったのだが。

ほんと俺、なんであんな山に
一人でキャンプなんかしに行ったんだろう。
前世の俺、アホすぎる。

「お兄ちゃんは頭がいいのに
ほんと、どっか抜けてて
ポンコツで……

ほっとけないから、
次に生まれ変わる時は
イクス様がいいよ」

はぁ?
何を言ってる、妹よ。

「ほんとはね。
棺を燃やす時に、
燃え残ったらダメだから
大きなものは棺に入れたら
ダメだって言われてるんだけど」

言いながら妹は俺の棺の中に
妹が毎朝拝んでいいた
ファンブックのフルカラー表紙を入れた。

「イクス様だったら、
何もしなくても美しいし、
イケメンにモテモテだし、
お兄ちゃんがどんなにヘマしても
絶対にスーパーダーリンが
フォローしてくれるから!

ね、イケメンハーレムだよ」

いやいや、妹よ。

俺は異性が好きな人間で
イケメンにモテても嬉しくはない。

というか、イケメンハーレムを
兄に勧めるのはどうかと思う。

「お兄ちゃん、イクス様だよ?
絶対にイクス様に生まれ変わって
幸せになって。

あとね。
ファンブックは大きすぎて無理だけど
この設定集なら薄いから、
これを一緒に入れてあげる。

天国でこれを見て勉強してね」

いや、無理だし。
っつーか、妹よ。
お前はバカなところが可愛いと
思っていたが、やっぱりバカだったな。

俺がポンコツなら
お前はバカ可愛いだ。

「お兄ちゃんがイクス様になって
ちょっとやんちゃなクルト様に
乱暴に押し倒されたり、

冷静なカミル殿下様に
言葉責めされたり、

大人の魅力のヴィンセント兄様に
甘く溶かされる姿が見たかったよー」

わーん!とバカ妹が泣く。

恋人と死んだ兄の前で
なんてことを言うんだ。

さすがに恋人青年だって
軽く引いてる……ことはなかった。

なんだか優しく妹を見ている。

なるほど。
バカ妹は恋人の前でも
同じ様にバカ可愛いだったのか。

ある意味、それはそれで安心だな。

っつーか、この言葉で
そういや俺は、いやイクスは、
様々な登場人物たちに愛される
主人公だってことを思い出した。

しかし幼馴染の王子兄弟たちに
俺がやらしいことされるとか、
絶対にないぞ。

ヴィンセントは……まぁ、うん。
ない、かな?

俺が思考を飛ばしていると
妹はさらに泣きながら
決して見逃せない言葉を言う。

「イクス様にはまだまだ
イクス様を愛するイケメン
ダーリンたちがいるのに!

新しいシナリオだって
どんどん出てきているのに。

お兄ちゃんが居なかったら
私はどうやってあのパズルを
解けばいいのよー。

私、もう一生、
新しいイクス様の美味しい話を
読めないじゃん!」

妹よ。
俺は純粋に俺の死を悲しむ
お前の姿が見たかったのだが。

それは贅沢なことなのか?

「そうだ。お兄ちゃん、
イクス様に生まれ変わって
私のためにパズルを解かなくても
イクス様が愛されまくる話を
私に聞かせてよ。

お兄ちゃん、私のこと
大好きだったでしょっ」

いや、まぁ。
バカ可愛い妹は大好きだったが
お前がそんな無茶を言うバカとは
兄は思ってもみなかったぞ?

っつーか、もっと素直に
悲しんでみせろ。

なんで俺とイクスを重ねようとする……?

と思った瞬間、
目の前の画面が真っ暗になる。

『強い思いだったよ』

また脳内に声が響いた。

『純粋な、強い思いだった。
だからいいかと
そう思ったのだ』

何が?って聞きたかった。

でも俺はその答えに気が付いた。

怖くて口に出せなかったけれど。

きっと。
きっと俺の転生は……
このバカ可愛い妹の言葉が引き金になっていたんだ。



しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

処理中です...