【完結】「誰よりも尊い」と拝まれたオレ、恋の奴隷になりました?

たたら

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魔法と魔術と婚約者

66:精霊の奇跡

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俺とヴィンセント、
ヘルマン辺境伯は精霊の樹の前に立った。

いつもなら最初に俺が
羽を使って精霊の樹の中に
一人はいるのだが、
何故か羽を取り出すと、
ジュが樹から出て来た。

しかも、なんかまた
大きくなった気がする。

どれぐらいかと言うと、
子熊ぐらい?

「ジュ、おはよう。
えっと、水、飲む?」

あまりにも急激に
大きくなっているから
俺は遠慮がちに聞いてみた。

ジュは俺を見て、
にゃ。と鳴く。

俺は手のひらをジュに見せた。
こうるすと、いつもジュは
水を飲むために
俺の手にすり寄ってくるのだ。

もちろん、今回もジュは俺のそばに来た。

軽く俺の手のひらに顔をすり寄せ、
にゃ、と鳴く。

それを合図に俺は手に水を
出そうとしたのだが、
それはジュの尻尾にじゃまされた。

え?
と思って顔を上げると
ジュが俺にお尻を向けて
精霊の樹を見上げている。

その視線につられて
俺も精霊の樹を見上げた。

ヴィンセントもヘルマン辺境伯も
つられたように視線を
精霊の樹へと向ける。

「な……!」

ヘルマン辺境伯が焦ったような声を出した。

何故なら、精霊の樹の葉が
驚くほどの早さで
散り始めたからだ。

風が吹き、どんどん葉が散っていく。

「ま、間に合わなかった……?」

俺の声もかすれていた。

でも『種』は?

まだ希望はあるはず。

俺の魔法で水を作れば……

『ジュ・ミズ』とジュの声がする。

「水? 
まだ、水があれば間に合うのか?」

俺が視線をジュに戻した途端、
大きく精霊の樹がまっぷたつに割れた。

何の前触れもなく。
まるで雷に打たれたかのように。

焦ったようなヴィンセントに
力強く抱き込まれた。

だがヴィンセントの視線も
ヘルマン辺境伯の視線も。

もちろん、俺も精霊の樹に
釘付けだった。

真っ二つに割れた
精霊の樹の中に、
光るものが見える。

繭に包まれた……『種』だ。

ジュは俺を振り返った。

「水、か」

俺はヴィンセントの腕から出る。

ヴィンセントは何かを言いたげだったが
それを首を振って遮った。

そして俺は精霊の樹の中にある
繭に向かって手のひらを伸ばす。

水魔法と光魔法。

『イク・ス・ジュ』

ジュの声がする。

あぁ、そうか。

俺は頷いた。

そして『種』に向かって
ジュに与えていた水を。

光と樹魔法を組み合わせた水を
手のひらに生み出す。

そしてその水を『種』に掛けた。

瞬間
繭が割れた。

驚く間もなく
眩しい光に咄嗟に目を閉じ、
次に開けた時には
繭は消えていた。

その代わりに……
若木が生えていた。

「精霊の樹の……次代」

俺のつぶやきに、
ヘルマン辺境伯は我に返ったかのように
目を見開き、声を挙げた。

何を言ったかわからないが
歓喜の声だったと思う。

にゃ。とジュの声がした。

俺が若木から視線を動かし
ジュを探すと、
ジュは割れた精霊の樹の前に
ちょこん、と座っていた。

「ジュ?」

俺はジュに手を伸ばすが
その手はジュには届かなかった。

何故がジュが俺の手を避け
にゃーっと鳴いたのだ。

その声は大きく、
そしてその声に共鳴するかのように
割れた精霊の樹が揺れた。

いや、地面が揺れているのだ。

俺は再びヴィンセントに腕を掴まれ
胸に囲われる。

ジュが鳴くたびに
地面が揺れる。

そして精霊の樹の葉がどんどん落ちてくる。

「……水」

ヘルマン辺境伯が小さく声を出した。

その声に俺とヴィンセントは
ヘルマン辺境伯を見て、
すぐに声を失った。

何故なら……水が生まれていた。

精霊の樹の葉が、
地面に落ちる度に、水となり、
地面を潤していく。

きっと葉は川へと流れ、
水かさを増していくにちがいない。

ジュは何度も、何度も鳴いた。

そして精霊の樹から
葉が一枚も無くなった時、
今度は大きな音がして、
精霊の樹が破裂するかのように
粉々に割れた。

その破片すらも
一瞬で水となり、
地面に落ちる。

まるで涙のようだと俺は思った。

役目を終えた精霊の樹の涙。

その涙を浴びた若木は、
急激にぐんぐんと成長していく。

あっという間に精霊の樹の姿は消え、
成長した若木だけが残った。

気が付くといつの間にか
乾いた地面はぐっしょりと濡れている。

ジュは?

焦ってジュを探すと、
ジュは若木の前にいた。

新たな精霊の樹を
見上げていたジュは
満足そうな声で鳴いた。

そして俺を振り返る。

『カンシャ』

そんな声がした。

「ジュ?」

『シズク』

そんな声が頭に響く。

「しずく? 
さっきの水がしずくってこと?」

俺は聞くがジュは答えない。

そしてジュは、今までで一番大きく、
そして長く、長く鳴いた。

「にゃーっ!」

揺れていた地面は
いつのまにか止まっていたが、
今度は空が揺れた。

いや、雲が揺れたのか。

雲が風で動いたと言うのではなく、
不自然に、割れたように動いたのだ。

驚く俺の頬に、
ポツン、と何かが当たった。

「雨、だ」

呟いたのはヘルマン辺境伯だったのか
ヴィンセントだったのか。

にゃーっという声が
もう一度、空に響く。

その瞬間、
ぽつん、と当たった雨は
あっという間に豪雨になった。

「ヘルマン叔父上!」

「あ、あぁ、ここは危険だな。
一旦、引こう」

俺が反対する間もなく
ヴィンセントが俺を
抱っこするかのように抱き上げた

「まって、ヴィー兄様。
ジュが!」

いきなりの豪雨は
激しく、目を開けていられない。

しかもずっと乾燥していた土地だ。
空気も乾いていたし、
気温だって高かった。

そんな中に急に冷たい雨が
振って来たのだ。

水蒸気のようなものが
地面から煙のように沸き起こり
いい加減、雨のせいで
目をあけていられないのに
視界さえ閉ざされていく。

まさか、ジュが犠牲になって
この雨を降らせたってこと、ないよな?

精霊だかなんだか知らないが
この一週間で俺はジュを
随分と気に入っていた。

大事な友だと思うぐらいには
仲良くなれていたと思う。

なのに、俺がジュの命を
奪ってしまったのだろうか。

いや。
奪ったのではない。

ジュはもともと、
このための存在だったんだ。

理性ではそう理解している。
だが、感情としてはダメだ。

なんでって思う。

あんなに可愛かったのに。

意思の疎通だってできていた。

俺が出した水でどんどん大きくなって
なのに甘えた様子で俺にすり寄って来た。

かわいくて。
全部終わったら、
公爵家に連れて帰りたいって
本当は思ってた。

なのに、なのに。

「こんなのって……
こんな結末なんて、ありえない」

俺はヴィンセントに
抱っこされたまま、
声を挙げて泣いた。

俺の泣き声は、
豪雨に掻き消されたと思うし、
ヴィンセントだって俺を抱っこしたまま
歩いて30分もの道のりを
走ってくれたのだ。

俺の様子に気が付いたとしても
足を止めることはできなかったと思う。

近くにあった川は
枯れ始めていたのがウソのように
増水していて、このままでは
危ないから急ごうと
ヘルマン辺境伯が言う。

ヴィンセントは俺を抱き上げたまま馬に乗り、
何も言わずにヘルマン辺境伯の
屋敷まで走ってくれた。

俺はその間、ずっと声を挙げて
泣いてしまったのだが、
ヴィンセントは何も言わなかった。

それはものすごくありがたかったし、
俺を支えてくれるヴィンセントの腕は
温かくて、力強かった。

俺はその腕にしがみつき、
馬に乗ったまま、何度もジュのことを思う。

ごめん。
って俺は心の中でジュにあやまる。

違う方法があったかもしれないのに。

もっと俺に知識があったら。
もっと俺がちゃんと調べていたら。

そんな後悔なんて
今更しても仕方ないのに、
俺はそんなことを考えて泣くしかできない。

「イクス」

耳元でヴィンセントヴの声がした。

「俺はそばにいる。
絶対に、どこにも行かない」

はは。
なんて殺し文句だ。

でも、そうだったらいいな。

そんな未来だったらいいな。

俺は一瞬だけ、ジュのことを忘れ
そんなことを思った。

そして急に体の力が抜けた。

物凄い眠気が襲ってきて
しがみついてたヴィンセントの腕も
離しそうになる。

「いいぞ、寝ても。
俺が支えている」

力強い声に、俺は頷く。

雨は体に刺さるみたいに強く叩きつけてくるし、
心だって痛くて悲鳴をあげている。

でも。
ヴィンセントのぬくもりと
強さは、俺を安心させた。

そしてヴィンセントがいるなら
大丈夫だと、根拠のない自信が生まれる。

「ヴィー兄様」

俺の小さなつぶやきは
雨に消されると思ったのに。

「……やっぱり、大好き」

俺の言葉に、ヴィンセントが反応した。

「俺もだ」

正気だったら恥ずかしくて
仕方が無かったと思う。

でも、俺は。
その言葉が嬉しくて。

そのままヴィンセントの腕の中で
気を失うように眠ってしまった。









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