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魔法と魔術と婚約者
58:精霊の樹の中身は
しおりを挟むおいおいおい!
俺は倒れることを止められず、
そのままゼリーのようなものの中に
埋まってしまった。
呼吸が一瞬出来なくなったが、
すぐに息ができるようになる。
「なんだ、ここ」
俺が前に突き出した両手は
いつのまにか固い床に触れている。
俺は両手を前にしたまま
倒れ込んだので、
まるで腕立て伏せをするかのような
体勢で、精霊の樹の中に
入ってしまったようだ。
息は、できる。
ここは精霊の樹の中だと思うが
空洞になっていて
ほんのりと明るい。
俺は立ち上がり、
周囲を見わたした。
結構広い。
壁まで歩いて指で触れると
ちゃんと木の幹の感触がする。
「えーっと。
こんにちは」
俺はもう一度、挨拶をした。
きっと俺を精霊の樹の中に
招待した者がいるだろうと
思ったからだ。
それがこの精霊の樹なのか
この樹木に宿ると言われている
精霊なのかはわからないが。
だが、返事は返ってこない。
困った。
反応が無いと、
どうすればいいかわからない。
策も立てることができないし、
このままこの樹木の中に
いつづけるってのも困る。
ヴィンセントはきっと心配してるだろうし。
俺は壁にもたれて座った。
ずっと立ってたら体力を消耗する。
残念ながら鞄を地面に置いていたから
ノートも本も何も持っていない。
俺の魔法で何とかなればいいんだが
じゃあ、どうするかと言われると
返答に困る。
色々試していくしかないのか?
「あー、ノート、
しっかり持っとけばよかった」
うがーっと俺は唸った。
「めちゃくちゃ頑張って書き上げたのに!
『光と水を重ねたら種になり、
樹であればしずくになる』
なんて書いてある。
ってやつ。
あれ、俺なりに色々考察したんだぞ!」
あまりにも悔しくて
つい、独り言が長くなる。
と。
俺は顔を上げた。
何故か周囲が明るくなった気がしたからだ。
俺は絵本を思い出した。
女の子が、精霊の樹に
毎日語り掛けていたと言う
あの話だ。
「ノートってのはさ、
俺の力作なんだ。
古代文字ってやつを
俺が読解いて。
俺なりに、魔法を組み合わせて
魔術が作れないかと思って……」
俺が声を出す度に、
それに反応するかのように
周囲の明るさが変化する。
「そもそもさ。
なんで俺が古代文字を
読めるのかって話なんだけど。
って。
精霊の樹ってのは、
人間の事情とかわかるのかな?
古代文字とか古語とかわかるか?
そこから説明した方が良いかな」
俺はここに来た経緯を話し、
それから俺に前世の記憶があることや
魔術に興味があることを
とめどなく話してみた。
話をしているうちに
記憶が整理されていく気がする。
「それでさ、前世の妹ってのが
イクスのこと。
あ、俺のことなんだけどさ。
毎朝、イクスの絵が描かれた
ファンブックを拝むわけよ。
ありがたや、ありがたや、って。
そんなイクスに生まれ変わった俺、
ほんと、戸惑いしかないだろ?
しかも、どうみても
身体が弱そうな病弱少年だったし。
そりゃさ、整った顔はしてると思う。
でも、顔がいいからって
拝まれて喜ぶのは、作画を担当した
スタッフとか、作者だろうし、
俺は妹に拝まれても全然嬉しくないしさ。
っつーか、あいつ。
幸せになったかな。
変に俺が死んじゃって、
迷惑かけてないかな。
俺さ、シスコンの自覚はあるぐらい
妹は可愛がってたから。
ほんとなら、妹に
どうだ、俺、イクスに生まれ変わったんだぞ。
拝んで見ろーっとか言って、
揶揄ってやりたいぐらいだ。
って、そんなこと
絶対に無理なんだろうけど」
いつのまにか俺の話は
前世の妹の話になっていた。
前世の話なんて、
詳しいことは誰にも言えなかった。
今更言っても仕方が無いことだし、
そんなことを話されても
聞かされた方は困ると思う。
たとえば俺の兄に、
前世妹の話をしたとして
それでどうしろと?って
ことになるだろ?
だって今の俺には妹はいなくて
兄しかいないんだから。
そんなモヤモヤを、
俺は知らず知らずのうちに
吐き出していた。
誰も聞いてないかもしれない。
でも、もしかしたら
精霊が聞いてくれているのかも。
どうせ精霊も精霊の樹も、
俺の話を聞いているかどうかも
わからないし、たとえ聞いていても
誰かに告げ口などしないだろう。
そう思うと、
ずっと心の奥底にあった
前世の後悔とか、
妹のと話とか。
今まで蓋をしていた
記憶と感情をすべて
吐き出してしまった。
思わず涙まで出てきて
膝を抱えて俯いてしまう。
そんな俺の髪を、
優しい風が撫でた。
まるで俺をなぐさめるかのように、
俺の頭を撫でるかのように。
俺が顔を上げると、
この空間の中心に淡い光が
集中しているのが見えた。
まるで卵のように、
丸い形をしているように見える。
俺は立ち上がって
光のそばに移動した。
「これ、たまご……?
いや、種、か?」
俺は、つばを飲み込んだ。
『光と水を重ねたら種になり、
樹であればしずくになる』
つまり、光魔法と水魔法を
この淡い光に掛けたら
種になる……かも?
光魔法は一度も使ったことは無い。
人前で使ったらダメだと思って
試したことが無かったからだ。
でも、ここなら大丈夫。
誰にも、バレない。
俺は淡い光に右の手の平をかざした。
それから、体の中にある
魔力に意識を集中させる。
この世界で大きな魔法を
使うためには、呪文が必要だと
言われている。
でもそれは、今から自分が
魔法を使うと意識をし、
そして集中するためだ。
つまり、集中できるのであれば
呪文など必要はない。
俺は学校では皆と同じように
呪文を唱えてはいたが、
本当はものすごく恥ずかしかった。
だって中二病みたいだし。
だからここでは、何も言わない。
ただ右の手の平に魔力を集中させる。
まずは、水魔法を発動させ、
霧のように細かい水を淡い光に当てる。
ただの水だったら、
床が濡れるだけで終わると思ったからだ。
そして左手で光魔法を発動させた。
イメージとしては、
雨の中に見える車の
ヘッドライトの光だ。
光に照らされて雨水が見える。
そんなイメージ。
通常、二つの属性の魔法を
一度に使うことは不可能だとされている。
だが、俺にはできた。
古書の中にやり方が書かれていて
俺はそれを読みながら練習したのだ。
だって4属性も持ってるのに、
一度に1つの魔法しか使えなかったら
もったいないし、意味ないじゃん。
密かに練習していた成果が
役に立った。
「よし」
俺は意識を更に集中させる。
俺の魔力を右手だけでなく
左の手にも分け与えるのだ。
両方から別々のイメージで
魔力を放出させる。
と、急に左の手の平から、
目の前の光よりも
もっと強い光が生まれた。
「え!?」
思いもよらなかった強い光に俺は焦る。
光魔法は初めて使ったので
力の加減がわからず、
めちゃくちゃ眩しい光が
手の平から生まれてしまった。
やばいかも!
俺はその魔法の強さに
思わずぎゅっと目をつぶる。
どうか暴発とかしませんように!
自分が発動させた魔法なのに
俺はものすごく他力本願になり、
「頼むー!」とカミサマとか
精霊とか、とにかく
助けてくれそうなものに
ひたすら祈ってしまった。
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