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魔法と魔術と婚約者

56:こんにちは、精霊の樹

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 俺たちが辺境伯領に来た翌日、
俺とヴィンセントはヘルマン辺境伯に
案内されて、精霊の樹木へ行くことになった。

昨日は夕方少し眠ったおかげか、
夕食は美味しく食べることができた。

ヘルマン辺境伯はあまり良いものを
提供できずに済まない、とか言っていたが、
夕食は種類はあまりないものの
前菜やスープ、メインの肉もあり
かなりのボリュームだった。

ヴィンセントが前もって
俺が沢山食べれないことを
伝えてくれていたのだろう。

俺の分の料理はやや少なめで
それも良かったと思う。

辺境伯領の食糧事情を知っているのに
食べ物を残すなど考えられないし。

俺は腹いっぱい食べて、
その後、俺は再びベットに潜った。

ヴィンセントの腕を引き、
心地よかった脇の間に頭を
ぐりぐり押し込んで寝たので、
俺は朝までぐっすりだった。

が。

俺はたっぷり寝たから
元気だったが、何故か
ヴィンセントは疲れた顔をしている。

一緒に寝たはずなのに、
俺の寝相がよほど酷かったのだろうか。

精霊の樹がある森には
すぐそばまで馬で移動になった。

俺はヴィンセントの馬に
乗せて貰っているのだが、
途中でヴィンセントの体調が
悪くならないか、心配だ。

「ヴィー兄様、大丈夫?」

俺は馬に乗り、俺を前に乗せている
ヴィンセントに振り返りつつ声を掛ける。

「ん? なにがだ?」

「なんか、疲れてる?」

いや、朝から疲れてる?って
変な言葉だが、
それ以外に言いようがない。

だって顔が疲れているし。

「いや? なんでだ?」

と言われてはそれ以上は
何も言えない。

が、どう見てもその顔、疲れてるぞ。

俺が言葉に詰まると、
ヴィンセントは、危ないから
前を向け、と俺を促す。

もし俺の寝相が悪かったのなら、
今夜はヴィンセントに先に眠ってもらおう。

いや、もしかしたら
脇の間に俺が頭を挟んだから
眠りにくかったのだろうか。

俺にとってはベストポジションだったが
ヴィンセントは違ったのかもしれない。

そんなことを考えているうちに
俺たちは聖樹がある森まできた。

聖樹の森は、辺境伯領の端にあり、
入口付近はただの森で、
領民たちが狩りをすることもあるが
森に深く入るものはいないという。

それは領民たちの間で
森の奥に入ることは禁忌だと
伝わっていることもあるが、
実際に森の奥に行こうとして
足を踏み入れた者は、
ただ一人として森の奥にたどり着けず、
同じ場所をぐるぐると
回ってしまう言う。

馬に乗りながら辺境伯の言葉を聞き、
俺は、ん? と思った。

なら、なんで精霊の樹が
枯れかけているとわかったんだ?

森の中に入ってから
辺境伯から森に着いての説明を
受けていたのだが、
その話が本当なら俺たちは精霊の樹に
たどりつくことはできないのではないか?

俺が怪訝な顔をしたからだろう。

辺境伯は「ただし」と言葉を続ける。

「ヘルマン家の人間だけは
何故か精霊の樹にたどりつけるんだよ」

だからこそ、辺境伯領では
精霊の樹には、本当に精霊が
宿っていると信じられているらしい。

なるほど。

この森も、精霊の意志が
宿ってるってことか。

幸い俺は古書が読めたし、
前世の記憶があるから
ファンタジーな展開だって
素直に受け入れられる。

ヴィンセントはどこか
精霊なんていないと
思っているような素振りだったが
俺は本当に精霊いると信じている。

俺は歩きながら森を見渡した。

木々が生い茂っていて、
ぱっとみはただの森に見えるが、
葉先はところどころ茶色くなっている木が多く
水が足りていないことがすぐにわかる。

足もとの草も、茶色く変色しているものがあり
中にはすでに枯れている草もあった。

それに、どことなく、空気が乾燥している。

精霊の樹の近くには
大きな川が流れていて、
その川の水を辺境伯領に引き込む形で
辺境伯領は潤っていたらしいが、
その川の水の量も、日に日に
減っているらしい。

体感的に30分ぐらい歩いただろうか。

体力のない俺には
かなり辛いハイキングだと
思ったあたりで、水音が聞こえて来た。

噂に聞く川か!

そう思って、音がする方に歩いてみると、
すぐに川が目に入った。

話に聞いていたのとは違う、
小さな……小川が。

いや、川自体が大きかったのだろうが、
流れている水の量が、極端に少ない。

これはそうとう厳しい状況だろう。

辺境伯領では井戸も掘っているらしいが、
井戸水はほぼ飲み水として
使っているらしいので、
川の水が使えないのは痛手だと思う。

それに水魔法を使える者を集めて
魔法で作った水を使い続けるというのも
どう考えても無理がある。

俺の隣を歩いていたヴィンセントも
水量の低さに驚いた様子で
辺境伯を振り返る。

「せめて雨でも降ってくれれば良いんだけどね」

だが辺境伯も、諦めたように
そう言って、俺たちを先に促す。

川沿いにさらに進むと、
急に、ほんとうに急に俺は胸が苦しくなった。

それは、歩いていてしんどくなったとか、
そういうことではなくて。

心臓が痛いというか、
苦しいと言えばいいのか。

俺は咄嗟に、ヴィンセントの腕を掴む。

「どうした?」

心配そうに顔を覗き込まれ、
俺は、何でもない、と言う。

何でもないことは無かったが、
俺は自分の異変に、
精霊の樹がかかわっていると
漠然とだが感じていた。

「疲れたから、
ヴィー兄様、手を引っ張って」

俺がわざとそう言うと
ヴィンセントは笑って俺と手を繋ぐ。

その力強さに安心して
俺は足を進めた。

そして。

急に風が吹いた。

強い風が森の木々を揺らし、
その奥に、大きな、大きな樹木が
1本、立っているのが見えた。

大きな樹だ。

それは俺が3人いて、
全員で手を繋いでも
この樹木をぐるりと囲むことは
できないぐらい太い幹と、

きっと樹木の真下から見上げたら
枝の先なんて見えないだろうと言う程の
背が高く、葉が多い茂った樹だった。

ただ。
大量の生い茂る葉は、どれもすべて
茶色くなっていて、風が吹くと
まるで花吹雪みたいに
枯れた葉が枝から落ちて空を舞う。

「ま……さか。
こんな、急に……」

辺境伯の驚く声に、精霊の樹が
急激に枯れ始めたのだと言うことがわかる。


俺はヴィンセントの手を離し、
一人で精霊の樹に近づいた。

まるで樹が、助けて!って
言っているように思える。

あの絵本に描かれていたみたいに
俺が話しかけたら、
精霊の樹は反応してくれるのだろうか。

俺はおそるおそる精霊の樹の前に立ち、
「こんにちは」と声を出した。


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