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魔法と魔術と婚約者
54:驚異の能力【ヴィンセントSIDE】
しおりを挟む辺境伯領まではかなり遠い。
だができるだけ早く着くために
俺たちは馬車を使わずに
馬で駆けることにした。
公爵殿の力で
旅は難なく続けることは
できたのだが、
イクスの体力がもちそうにない。
移動中はイクスはずっと
俺に背中を預けてウトウトしていたし、
宿に泊まる時も、食事をする以外は
ずっと眠っていた。
さすがに心配になったが、
イクスが、何が何でも早く
辺境伯領に着きたいと言うので
俺も必死で馬を走らせた。
イクスは、辺境伯領の話に
精霊の樹の寿命が尽き掛けているのではないかと
推測しているようだった。
精霊の樹が枯れる前に
『種』を手に入れなければならないと言う。
だが、どうやって?と聞くと、
それはわからないらしい。
まぁ、俺はイクスを信じて
自分にできることをするだけだ。
辺境伯領に着くと、
使用人も、ヘルマン叔父上も、戸惑いの顔をした。
それはそうだろう。
だがここは強引にでも
話をしなければならない。
叔父上は正直、圧が強い。
目つきは悪いし、
身体もデカイ。
付き合えば、
部下の面倒見の良い
優しい人物だと気が付くが、
初対面の場合は、
必ずと言っていいほど
怖がられる。
子どもであれば、
叔父上を前にすると
すぐに泣き出すぐらいだ。
案の定、イクスも叔父上を見て
不安そうな顔をしている。
だが、俺が大丈夫だと、
身体を支えてやると
イクスは安心したように
古書を広げた。
そこからはイクスの独断場だった。
叔父上に古書の説明をしてみせ、
その後、辺境伯当主に代々
伝わっているという箱を見せられた後は
当主の椅子を陣取り、
何やら必死でノートに書き始める。
どうやら箱の内側には
古代文字が描かれていたようで
それを描き写し、絵本を見たかと
思うと、数多く持って来ていた
イクスのノートに視線を移す。
その様子は鬼気迫るものがあった。
俺も、叔父上も、一言も話せなかった。
イクスがぶつぶつと何かを言っているが、
聞き取れても、何を意味しているのか
俺にはさっぱりわからない。
叔父上に視線を向けたが
叔父上も首をふるばかりだ。
2年前にイクスが部屋に
三日間籠っていたことがあったが、
恐らくこんな状態だったろうと想像がつく。
俺はイクスの身体が心配で
休ませたいとは思ったが、
声を掛けるきっかけがない。
声を掛けるタイミングを計るために
俺はイクスの顔をそばで見ていたのだが、
ふっとイクスが顔を上げた。
瞬間、俺と視線が合う。
イクスは驚いたようで
椅子から落ちそうになったので
俺は慌ててイクスを支えた。
「大丈夫か?」
「うん、ありがと」
疲れた顔でイクスは笑う。
叔父上が何かわかったのかと聞くと、
イクスは首を振った。
ただ。
「解決策と言う意味では
まだ何もわかりません。
でも、古書を読み比べてみて
試したいことがいくつか
出てきました」
と言う。
それは解決の糸口を
見つけたと言うことか?
驚く俺の前でイクスは叔父上に言う。
「できれば、僕を
精霊の樹のところに
連れて行って欲しいのですが、
それはできるものでしょうか」
叔父上は了承の返事をした。
もちろん、俺も一緒に行く。
本来であれば、
他領の者を精霊の樹の元に
連れて行くことは
良いことではないのだろう。
だが、緊急事態だ。
叔父上も否定できないようだ。
俺はとにかくイクスを休ませたくて
時間がかなり立っていることを
イクスに知らせる。
するとイクスは驚いた様子で
頭を下げた。
だが、叔父上はそんなイクスに
感謝を告げる。
「我が領地のために
ここまでしてくれることに
感謝している。
さすがだな。
ヴィンセントは良い婚約者を見つけたものだ」
その言葉に、イクスの首が傾いた。
そりゃそうだ。
イクスは俺と婚約をしていることなど知らないのだ。
だがヘルマン辺境伯には
婚約のことは伝えていないし、
王都の社交場にいない辺境伯が
何故それを知っているのかと
俺も首を傾げたくなる。
まぁ、ヴァルターが知らせたか
いくら王都から離れているとはいえ、
ヘルマン叔父上は辺境伯だ。
王都にはこの辺境伯領の
間者ぐらいいくらでもいるのかもしれない。
問題はイクスに婚約を知られないようにすることだ。
だから俺はイクスが
「いえ、ヴィー兄様は
僕の幼馴染……」
と言いかけたところで、
大声でその言葉を遮った。
今絶対に、幼馴染だって
言おうとしたに決まっている。
そんなこと言ったら、
ヘルマン叔父上は、イクスを
辺境伯領に取り込もうとするかもしれない。
今までのイクスの様子を見て
イクスが稀有な存在だと
さすがの叔父上だって
気が付いたはずだ。
イクスは独学で古代の文字を
解読できるようになったと
言っていたが、
そんなことができる者など、
少なくともこの国にはいないと思う。
この国にも古語、
つまり古代文字や古代魔法などを
専門的に研究する機関が
過去にはあった。
だが古代の文字は解読が難しく、
誰も読み解くことができなかったのだ。
古代魔法や魔術に関しても
多くの研究者がおとぎ話のような
過去の世界を紐解こうとしたが、
誰ひとり紐解くことはできず、
そして国の機関は閉鎖された。
それ以降、古代文字や
古代魔法、魔術と言ったものは
研究してもどうせ理解できないもの。
価値のないものとして
扱われるようになった。
だから街の古書屋に
貴重な古代文字が書かれた古書が
流れつくようになったのだ。
本来であれば、
貴重な過去の資料になるべきもだろうに。
そんな古代の文字を
物凄い早さで読み解いていく
イクスの能力はありえない。
しかもその能力で、
辺境伯領を守っている精霊の樹を
蘇らせる知識を得ることができると
知ってしまったら。
叔父上だってイクスを
手に入れたいと思うはずだ。
それこそ、息子のヴァルターと
イクスを結婚させて
辺境伯に嫁入りさせようと
画策するぐらいには。
だから俺は叔父上を牽制する。
誰であろうとイクスは渡さないし、
敵対するのであれば
容赦はしない。
俺がイクスの言葉を遮り
叔父上を見ると、
叔父上は俺と視線を合わせた。
苦笑した、けれども
穏やかなまなざしに、
奪う気はない。
落ち着け、と言われているように見える。
「イクスも疲れているでしょうし、
夕食まで部屋に下がりたいのですが」
俺が安堵して言うと、
叔父上は頷いた。
叔父上もまたイクスの顔が青白く、
疲れていることに気が付いていたのだろう。
「あぁ、そうだな。
気が利かなくてすまない。
客間ももう整っているだろう。
自由に使ってくれ」
と言う。
そして叔父上が机のベルを鳴らすと
執事がすぐにやってきて
俺たちを客間へと促した。
よし。
ようやくイクスを休ませることができる。
ただし。
イクスにはきちんと
話を聞いておきたい。
危ないことを一人で
させるわけにはいかないし
俺にだって役に立つことがあるはずだ。
俺はそう思って頑張ろうと決意していたのだが。
案内された客間が、
夫婦用の客間だったことに
思わず持っていたイクスのカバンを
落としそうになってしまった。
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