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魔法と魔術と婚約者
53:秘密の正体【ヴィンセントSIDE】
しおりを挟む学校の長期休暇になり、
俺はイクスを領地に誘った。
毎年のことだったし、
イクスも喜んで承諾してくれたが
今年はいつもとは違う。
いつもイクスと一緒に来ていた
レックスが来ないのだ。
つまり、この長期休みの間
俺はイクスと二人っきりで
過ごすことができる。
別にやましいことはないのだが
なんだか落ち着かない。
イクスはまだ12歳だ。
成人するまであと4年あるし、
色恋の話をするのも
まだまだ早い。
父や公爵殿とは、
俺とイクスの婚約を
公にするのは、最低でも
イクスが成人するまでは
待つと約束している。
幼いイクスもさすがに
成人を迎えれば、
将来について考えるだろうし
もしかしたら自分から
婚約の話を言い出すかもしれない。
その時になってみないと
イクスが将来について
どう考えるのかはわからないが、
その段階で問題が無ければ
俺とイクスの婚約発表を
しても良いと俺は思っている。
……俺はイクスに惚れてる。
と、思う。
5歳も年下の子に惚れるなんて、
と、正直、今でも思っているし、
弟のようだと思う気持もある。
だがそれ以上に、
イクスを守ってやりたいし
誰よりも近くにいて欲しいし、
何より、ずっと。
あの大きくて可愛い目で
俺を見つめていて欲しいと思う。
イクスは可愛い。
キラキラして目で俺を見て、
すぐに口から「好き」と言う。
その言葉に俺は優越感を感じたし、
幸せな気分にもなる。
だが、その言葉に俺は
焦りも感じていた。
イクスは俺をすぐに
「カッコいい、好き」という。
だがそれは、年上の兄を
カッコいいと慕うのと
同じ感覚ではないかと思うのだ。
何故ならイクスはあまりにも素直だ。
手を繋いでも膝に乗せても、
兄に甘やかされているとでも
思っているのだろう。
あまりにも俺を恋愛対象として
意識していない様子だったから
つい、頬に唇を押し当ててしまった
こともあったが、
俺たちの関係は
何も変わらなかった。
……まぁ、予想通りだ。
俺は来年までに
成人の儀のために
辺境伯領に行く必要があるが
その時は一緒に来て欲しいと
伝えた時も、素直に頷いた。
いや、楽しみだと、
わくわくしたような顔で笑った。
だが。
通常、成人の儀に参加するのは
身内や家族だけだ。
つまり、俺の成人の儀に
一緒に来て欲しいということは
婚約者として参加するという意味合いになる。
だがイクスはたぶん、
何も気が付いていない。
まぁ幼いのだし、
仕方ないとは思うのだが
もう少し意識されたいと思ってしまう。
イクスはまだ社交界に
デビューしていないが、
そろそろデビュタントも
視野に入れなければならない年齢だ。
俺はエスコートするつもりだし
公爵殿もそのつもりだとは思うが、
さりげなく衣装を合わせなければならないので
早めにエスコートは俺がすると
伝えておかねばならないだろう。
イクスとの婚約は内密にして欲しいと
自分で言い出したことなのだが、
今となってはその枷がもどかしい。
俺がイクスを連れて
ハーディマン侯爵家の領地に着くと
ヘルマン辺境伯から手紙が届いていた。
我が領は豪雨で苦しんだが、
ヘルマン辺境伯領は干ばつが激しいらしい。
自然災害は俺たち人間には
どうすることもできないが、
ヘルマン叔父上の手紙には
少なくとも今年は俺の
成人の儀はできそうにないこと。
それから、例の精霊の樹の
状態があまりよくないことが
書かれていた。
頻繁に起こる厄災は
精霊の樹の状態が悪いからだと
手紙には書いてあったが、
それに関して俺が言えることはなにもない。
精霊の樹は見たことが無いし、
精霊などおとぎ話だと思う気持ちもある。
それに、たとえその話が
本当だったとしても
俺にできることは何もないのだ。
そう思っていたのだが。
俺は叔父上に手紙の返事を
書いている間、
イクスは図書室に籠っていた。
そのイクスを図書室に迎えに行ったのだが、
その時、イクスが見ていた古書が
きっかけで、俺は叔父上の
手紙の内容を話すことになった。
他家に言うべきことではないことは
頭では理解していたが、
何故かこの時俺は、
イクスにこの話をした方が良いと
思えたのだ。
俺は魔法が得意ではないが、
勘は働く方だ。
それにイクスに知られたからと言って
悪用されるとも思えない。
俺はイクスを信頼しているし、
むしろ、イクスが将来、
俺の家族になると思っているから
話したとも言える。
俺のそんな気持ちなど知らずに
イクスは俺の話を黙って聞く。
だが口は閉ざしていたが
その瞳は雄弁に何かを語っていた。
何か俺に言いたげなそぶりで、
だが何度も俺を見るのに
イクスはためらう顔をする。
俺がたまらず、言いたいことは
言っていいのだと、
そう伝えようとしたとき、
イクスは突然、公爵家に
戻りたいと言いだした。
ついさっきハーディマン侯爵領に
来たばかりだ。
何を言っているのかと思ったが、
真剣な顔に何も言えなくなる。
そんな顔をされたら
イクスの願いを聞かないわけにはいかないだろう。
俺はイクスの手を引き、
大急ぎで公爵家に戻る準備をして出立した。
イクスは目を丸くしていたが、
俺が深く理由を聞かなかったことに
安堵していたようだ。
公爵家に戻ると使用人たちは
驚いていた様子だったが、
すぐに公爵殿と会うことができた。
タイミングが良かったのだろう。
だがここへきてイクスは
俺を遠ざけようとする。
理由を聞くと
「危険だから」だと言う。
ふざけるな。
何のためにここまで俺が
一緒に来たと思っているのだ。
目をウルウルさせてもダメだ。
俺は何があってもイクスのそばに居る。
俺の決意にイクスは
諦めたのか、
公爵殿の言葉もあり、
俺はイクスの秘密を知ることができた。
驚くような、内容だった。
そしてイクスは公爵殿を見て
しっかりとした声で言う。
「僕の知識なら、
辺境伯領を助けられるかもしれない。
僕には自分の身の安全を、
家族の安全を優先して
辺境伯領の人たちの命を
犠牲にする決断は
できませんでした。
本当なら、一人で資料を持って
辺境伯領に行ければ良かった。
でも、今の僕には無理です。
だから父様に、この話をすると決めました」
イクスの瞳には、覚悟があった。
まるで戦地に向かう騎士のように
ゆるぎない意思が感じられた。
俺と同じことを思ったのだろう。
公爵殿は手を伸ばしてイクスの髪を撫でる。
「一人で、頑張ったな。
偉いぞ」
その言葉にイクスの瞳がまた緩む。
だがイクスは涙をこぼさなかった。
そんなイクスを守ってやりたくて
俺はイクスの腰を抱き寄せる。
そして公爵殿に宣言した。
「では、公爵殿。
俺がイクスと一緒に辺境伯領に
行ってきます」
イクスは驚いたようだったが
公爵殿は俺がそういうだろうことは
わかっていたのだろう。
一応、確認の言葉を言われたが
俺が大丈夫だと言うと、
一言、「わかった、頼む」
と頷いてくれた。
その信頼が嬉しかったし、
決断力も凄いと思う。
さすがはこの国を支える
公爵家の当主だ。
俺はその期待に応えるためにも
必ずイクスを守ると誓い、
辺境伯領に向かって出発した。
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