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魔法と魔術と婚約者
50:秘密の宝箱
しおりを挟む最初、ヘルマン辺境伯は
俺の話は半信半疑だった。
俺は転生したことや
自動翻訳機のことは内緒にして
「独学で古語を読めるようになった」
と言うことにしたのだ。
すると、こんな子どもに
古語など読めるはずがない、と
ヘルマン辺境伯は思ったようだ。
まぁ、わかる。
逆の立場だったら俺だってそう思うだろう。
だから俺は父に見せたように
絵本と俺が持っていた本を
並べて見せる。
「見てください。
ここにはこう書いてあります。
『光と水を重ねたら種になり、
樹であればしずくになる』
両方の本に同じ言葉が
書かれているんです」
文字が読めなくても
両方同じだということは
理解できるはずだ。
それから俺は絵本も読んで聞かせた。
これは絵が描いてあるので、
俺が話す内容が合っているのか
間違っているのかはわからなくても、
絵と同じ様な内容を話していると
理解できる筈。
俺の話を聞き、
ヘルマン辺境伯は黙ってしまった。
「この物語が本当であれば
こちらの古書にこの文言が
書かれていたことも
納得できます。
僕はこの絵本は子どもの
知育絵本だと思っています。
きっとこの文言は
大事なことだと思うんです。
精霊の樹のことも、
絵本では物語でしたが、
現実でも似たような何かが……
寿命が尽きる精霊の樹の
『種』を残せる、何か方法が
ある筈なんです」
ヘルマン辺境伯は黙って俺を見た。
「叔父上、この仮説は間違っているかもしれない。
だが、このまま何もしないよりも
可能性があるのなら、
何であろうと、試すべきだ」
ヴィンセントが俺を後押しする。
「そう、だな。
あまりにも荒唐無稽だと思えたが、
手づまりなのは確かだ。
それに……君が古語を読めるのは
どうやら本当のようだしな」
ヘルマン辺境伯はそう言うと
立ち上がった。
「来たまえ」
うん?
「君が持って来た絵本を見て
思い出したことがある。
この辺境伯にも代々、
当主に引き継がれているものがあるのだ。
それを見てもらいたい」
その言葉に俺は目を輝かせた。
「はい。
もちろん、喜んで」
と俺は言ったのだが、
前世の居酒屋の返事みたいだったからか、
ヘルマン辺境伯が俺を振り返った。
それから何故か、ふっと笑う。
「喜んで、か。
私が言った言葉に、
そのように反応した者は
初めてだよ」
そうなんですか?
いや、そうだろうな。
だって、威圧感が半端なくて
めちゃくちゃ怖いもん。
俺はその言葉に曖昧に笑って
ヴィンセントの背中に隠れてみた。
「はは、そうしたところを見ると
年相応の子どものようだな。
さきほどは、子どもとは思えん様子だったが」
あ、さっきのは前世サラリーマンモードでしたので。
俺は内心呟きつつ、
ヴィンセントと一緒に辺境伯の
執務室へと向かった。
ヘルマン辺境伯の執務室は
簡素で、大きなデスクぐらいしか
無いような部屋だった。
ヘルマン辺境伯はそのデスクの
鍵付きの大きな引き出しから
箱を1つ取り出した。
デスクの上に乗せた箱は
古びた箱で、かなりの年代物だとわかる。
あれだ。
前世で見た海賊のアニメに出て来た
海の底に沈んでいた宝箱みたいだ。
大きさは百科事典を数冊重ねたぐらい。
アニメだったら、
蓋を開けたら伝説の武器とか
宝の地図がでてきそうな雰囲気だ。
俺はわくわくしながら
ヘルマン辺境伯が箱を開けるのを待つ。
ゆっくりと宝箱の蓋が開く。
俺はその箱を覗き込み……
無言になった。
だって。
だってさ。
箱の中には何も入っていなかったのだ。
はぁ?だ。
隣にいるヴィンセントからも
戸惑う雰囲気が伝わってくる。
ヘルマン辺境伯は俺たちの戸惑いに
気が付いているのだろう。
苦笑しながら
「これが我がヘルマン辺境伯の
当主に代々、受け継がれているものだ」
と俺に箱を傾けて見せる。
どうみても箱は空だ。
「叔父上、俺には箱の中には
何も入ってないように見えますが」
戸惑うヴィンセントに
ヘルマン辺境伯は、私もだよ、と言う。
「だがね。
歴代の当主にはこの箱と共に
もう一つ、伝わっている言葉があるんだ」
「言葉ですか?」
俺はヘルマン辺境伯を見た。
「あぁ。
『光はすべてを見通す。
その声に従え』
意味はわからんがね」
俺はその言葉を聞いて、
もう一度、箱に視線を戻す。
「あの、この箱に触れてもいいですか?」
「もちろん。
好きに触ってくれていい」
俺は許可を得て箱を手に持った。
少し重たい。
俺は本当に何も入っていないのか
確かめたくて、箱の中に手を入れる。
指先を箱の底にすべらせて
違和感がないかを確かめた。
二重底とか、良くある設定だから
そう言う仕掛けが無いかを
確かめたのだ。
だが、何もない。
俺は箱の底から
指を箱の側面に移動させた。
すると、箱の内側が
微妙にデコボコしていることに気が付く。
なんだ、これ。
もしかして文字……?
俺は、はっとした。
「机!
机貸してください。
それからペンも!」
俺が叫ぶと、
ヘルマン辺境伯は驚いた顔をしたが
すぐに大きなデスクに俺を座らせてくれた。
ここは当主のデスクだと思うのだが
良いのだろうか。
いや、だが机は広いし、
イスの座り心地も良い。
……若干、身長が足りないので
足がぷらぷらしてしまうが、
許容範囲だ。
俺はヴィンセントに公爵家から
持って来た鞄を手渡してもらい、
ノートを取り出す。
そして俺は左手で箱の内側にある
デコボコを確かめながら
ノートにその絵を描いてみた。
じっくり触らないとわからないように
箱の内側に刻まれていたのは
古代文字のようにも見える。
辺境伯当主に伝わっていた
言葉の意味は、この箱の内側を
光で照らすことで、
文字を存在に気が付け、
という意味だったのだろう。
俺は偶然、触れることで
気が付いたが、普通は
箱の内側まで指で触れて
確かめるような真似はしないと思う。
実際に辺境伯当主はこの内側の
文字に気が付かずに
何代も過ごしてきたのだ。
俺は慎重に文字を描き写す。
描き写した後は、箱の中に
顔を突っ込むようにして
描き写したものが
間違っていないかを確かめた。
そんな俺の様子を、
ヘルマン辺境伯もヴィンセントも
ただ黙って見ている。
呆然としているようにも見えるが
今の俺にはそれを気にしている暇はなかった。
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