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魔法と魔術と婚約者
49:辺境伯領へ
しおりを挟む辺境伯領は遠い。
馬車で行けば、何日も。
それこそ1週間以上かかるような場所だ。
だから俺とヴィンセントは
馬で行くことになった。
俺と二人乗りになるので、
あまり早く駆けることはできないが
それでも馬車移動よりはましだ。
俺は本の入ったカバンと
少しの着替えだけ持って馬に乗せてもらう。
馬は父が手配してくれて
道中、各所で乗り換えることが
できるらしい。
辺境伯にも父から
手紙を送ってくれるようで、
俺たちが付くのが早いか
手紙が着くのが早いか、と
言ったところだろう。
馬での旅は快適では無かった。
お尻が痛かったし、
二人用の鞍を付けて貰っていたが
少し乗っただけですぐに疲れてくる。
もともと体力がない俺だ。
俺は馬に乗っている間は
ほとんど寝ていた。
ヴィンセントは俺の後ろに座り
身体を支えてくれていたが、
正直、移動中の俺はお荷物でしかない。
それでも父が手配してくれた場所で
馬を変えたり宿を取ったりして
俺たちは公爵領を出てから
5日後、辺境伯領に着いた。
正直ヘロヘロだった。
だが、辺境伯領の様子は
想像以上に酷そうだ。
なにせ空気がほこりっぽい。
雨がふっていないからだろう。
道周辺の植物は
ところどころ枯れているし、
これでは農作物も育たないと思う。
ヴィンセントも驚いてはいたが、
馬をゆっくり進めて
俺たちはヘルマン辺境伯の屋敷に向かう。
ただ、道中、誰も見かけない。
畑仕事をしている人もなく、
町は静かだった。
辺境伯の屋敷に着くと、
使用人たちが出迎えてくれたが
全員、一様に顔が暗い。
唯一、ヘルマン辺境伯が
俺とヴィンセントを喜んで
迎え入れてくれたが、
それでも突然来た俺たちに
戸惑っているようにも見える。
父からは俺とヴィンセントが
そちらに行くと連絡をした筈だが
何故俺が辺境伯領に来たかは
知らせていない。
俺の秘密を話すかどうかは
俺とヴィンセントが決めればいいと言われている。
とはいえ、
言わないと話は進まないとは思う。
思うが、俺とは初対面だし、
俺がいきなり古語が読めるとか
そんなことを言ったとしても
信用なんてできないと思う。
さて、どう切り出すか。
俺たちはヘルマン辺境伯に促され
応接室のソファーに座っている。
何でも父からの手紙は
さっき届いたばかりで
客室がまだ準備できていないとか。
いきなりですみません。
「それで?
こんなに急に来るなんて
何があったんだ?」
改めて俺はヘルマン辺境伯を見た。
見た目はヴァルターそっくりだ。
少しきつい目つきに赤い髪。
澄んだ緑の目はいぶかしげに俺を見ている。
うん。
怖い。
ビビっちゃうぞ、俺。
俺が咄嗟にヴィンセントの
服の裾を掴むと、
ヴィンセントが俺の腰を引き寄せる。
はぁ、
守られてる安心感が半端ない。
「叔父上、
今日は頂いた手紙の件で
こちらに来ました」
「手紙?
成人の儀の話か?」
「えぇ、まぁ。
それができない理由の件です」
ヴィンセントが俺の代わりに
話を進めてくれる。
「できない理由?
干ばつのことか?」
「ええ、精霊の樹の話です」
ヴィンセントの声に
ヘルマン辺境伯の視線が鋭くなる。
俺は、ぎゅっとヴィンセントヴの
腕にしがみついた。
怖い。
めちゃくちゃ怖い。
精霊の樹のことは部外者には
知られてはならない
秘密だった可能性がある。
まぁ、それはそうだろう。
だってその事実を知れば、
誰もが精霊の樹を狙ってくる。
それさえなんとかなれば、
辺境伯領を攻め落とすなど
容易くなるのだから。
「あの!」
俺は勇気を振り絞って声を出す。
その話をしたヴィンセントが
悪いのではない。
そんなことで、
ヴィンセントを責められたくはない。
だって俺は、精霊の樹のことは
古書を見て知っていたのだから。
まぁ、絵本だと思ってたし、
ヴィンセントの話を聞くまでは
ただの知育絵本だと思ってはいたが。
でも、そんなことはどうでもいいのだ。
大事なのは、俺が精霊の樹を
何とかしたいと思って
ここにきたってことだ。
「ヴィー兄様を責めないでください。
精霊の樹のことは、
ヴィー兄様に聞かなくても
僕は知っていましたから!」
俺の言葉に、ヘルマン辺境伯は
目を見開いだ。
「どういうことだ?
誰に聞いた?
……ヴァルターか?」
低い声に俺は脅える。
「ち、違います!」
こんなことでヴァルターが
叱られるのもダメだ。
「僕はこれで知ったんです」
俺は必死で準備していた古書を
テーブルの上に乗せた。
「……古書?」
ヘルマン辺境伯が首を傾げる。
「はい。
じつは……」
「イクス、待て」
俺が説明しようとすると、
ヴィンセントが止めた。
「叔父上、今からイクスが話すことは
このヘルマン辺境伯を
救うかもしれない内容です」
ヴィンセントの言葉に
ヘルマン辺境伯は動きを止める。
そしてじっとヴィンセントを見た。
「どういうことだ?」
そして訝しむ様子で
俺へと視線を移す。
ヴィンセントは
今のところ可能性がある、
と言う段階ですが。
と前置きをして、
ヘルマン辺境伯を見つめ返した。
「ですが、今から聞く話は
口外無用です。
この話を知っているのは俺と
公爵殿だけ。
俺の父も知りません」
ヴィンセントの強い眼差しに
ヘルマン辺境伯は驚いた顔をする。
まるでヴィンセントの言葉が
意外だと言う様に。
「俺はイクスを守ります。
何があっても。
たとえ、辺境伯と言えども、
いえ、王家であっても、
俺はイクスを傷つけるのであれば
容赦なく叩きつぶします。
そして。
叔父上がイクスを裏切るのであれば
このヘルマン辺境伯領の領民全てを
見殺しにすることも、
俺は厭わない」
強い、強い言葉だった。
俺は心臓が震えるのを感じた。
こんなにまで誰かに守られ、
そして信じて貰えたことが
あっただろうか。
前世でも俺は頑張っていたとは思う。
だが、こんなにも
俺がすることを信頼して、
俺を守ろうとしてくれた人など
誰ひとりいなかった。
俺の、俺の心の中にある
魔法の根源のような場所が、
やんわりと動くような感覚がした。
例えるなら
俺の魔力が溜まっている泉が、
喜びを表すように
水面にさざ波が生まれ、
暗かった泉に、
日の光が差し込んだかのように
身体の奥が温かくなる感じがした。
なんだこれは。
俺が自分の変化に戸惑っている間に、
ヴィンセントはヘルマン辺境伯に
返答を求めていた。
「叔父上、お約束いただけますか?」
「……それほどまでの、ことなんだな」
ヘルマン辺境伯の問いに、
ヴィンセントは重く頷く。
「わかった。
今から聞く話は、誰にも言わないと誓おう。
たとえそれが王家であっても、だ。
私が持つ剣に誓って、
生涯、秘密を守ると誓う」
剣に誓う、ということが
どれほど重いのか俺にはわからない。
だがヘルマン辺境伯は
戦いに重きを置く騎士の家系だし
ヴィンセントの親戚だ。
もう信じていいよな?
俺がヴィンセントを見上げると
ヴィンセントはいいよ、と言う様に
俺に小さく頷いた。
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