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魔法と魔術と婚約者
48:最善はなにか
しおりを挟む俺はヴィンセントに
すぐに公爵家に戻りたいと訴えた。
来たばかりで何を言っているんだと
呆れられるか、宥められるか。
何を言われても領地に戻ると
言い張るつもりだった。
だが、俺が事情は言えないが、
すぐに父に会う必要があると
俺が必死に訴えると
ヴィンセントは頷いてくれた。
ただし、急ぐと俺が言ったせいか、
リタはハーディマン侯爵家で
預かってもらうことにして
俺はヴィンセントの乗る馬に
乗せて貰うことになった。
リタにはすぐに戻ってくるから
侯爵家で待っておくように言う。
リタは不満そうな顔をしたが、
俺が、お願い!というと
しぶしぶ頷いてくれた。
俺は図書室で見つけた本と
俺が描き写したノートを持って
ヴィンセントの馬に乗せてもらう。
馬車だと半日以上はかかる道のりだが、
馬だとずっと早い。
出たのは昼過ぎだったので
夜までには公爵家に着くだろう。
公爵家に着くと、案の定、
母に驚かれた。
兄はカミル第一王子の外遊に
同行するとすでに家を出ていたので
母は大急ぎで王宮にいる父に
連絡を取ってくれる。
急ぎの用で戻って来たと
俺が言ったので母が気を利かせてくれたのだ。
俺はヴィンセントの相手を
母に任せて、自室に戻る。
そして自分が持っていた
例の古書とこれまで書き溜めていた
ノートを全部鞄に押し込んだ。
俺が準備を終えると
ヴィンセントが俺を呼びに来た。
父が戻ってきてくれたらしい。
俺は鞄を持って父の元に急いだ。
父の執務室に行くと、
父は俺を出迎えてくれる。
何があったのか、と尋ねてくれるが
さすがに気安く言える内容でないため
俺は父に人払いをお願いした。
父はヴィンセントに視線を向けたが
ヴィンセントにだって
俺は何も言っていない。
ヴィンセントは首を横に振った。
父は、わかった、と言い、
心配そうにしてた母や、
お茶の準備をしていた使用人たちに
部屋の外に出るように言う、
母は不安そうに俺を見たが
俺は、大丈夫です、と
母に笑顔を見せる。
母はそれで安心したのか
頷いて部屋の外へと出た。
「えっと、ヴィー兄様も……」
外に出ろ、と言いたかったのだが、
鋭い目つきに、言葉が小さくなる。
なんだ、その怖い顔は。
俺、泣くぞ?
泣くからな!
子どもの俺はちょっとしたことで
すぐ涙が出てくるんだからな。
俺の瞳が、うるっとしたせいか
ヴィンセントが焦ったような顔になる。
「違う、その、俺も一緒に聞く」
「ヴィー兄様はだめ」
「何故だ?」
「……危険、だから」
俺が言うと、ヴィンセントは
なら、なおさら聞くという。
「イクス」
父に声を掛けられ、
俺は、はい、と返事をした。
「危険というのはどういう意味だい?」
俺はどう言おうか悩む。
「そうですね。
たとえば……今から
僕が話す内容を知ったら
他国や王家に命を狙われるぐらい?」
その言葉に、父もヴィンセントも
動きを止める。
「それは以前、
イクスが部屋に閉じこもってた時に
言っていた話と同じか?」
ヴィンセントの声に俺は頷く。
「なるほど。
ならやはり、俺も聞こう」
ヴィンセントの頑なな声に、
そうだな、と父も頷く。
「イクスの話を聞いてからでないと
判断はできないが、
イクスの思い違いの可能性もある。
それにヴィンセント君なら
大丈夫だろう」
父!
なぜそこまで
ヴィンセントを信頼する!?
俺は反論しようとしたが
父にソファーに座るように促され、
ヴィンセントは自然に俺の隣に座った。
仕方が無い。
こうなったら一蓮托生だ。
ここで父たちを説得するのに
時間がかかって
被害が拡大したら
俺が秘密を話すことさえ
無駄になる可能性がある。
俺は鞄にしまっていた
古書とノートを取り出した。
「これは?
イクスが絵が綺麗だと
集めていた古書だね?
それと、ノート?」
父が俺に言う。
俺は頷いて、古書とノートを開いた。
「これはなんだ?
古語を描き写したのか?」
ヴィンセントが俺のノートを見て言う。
「この文字は、日本語、と言うんです」
俺の言葉に、父もヴィンセントも
首を傾げた。
そうだよな。
でも、この話をしないと
俺の自動翻訳機のことを
理解してもらえないし、
古書や古語が読めることを
証明しないと、辺境伯領を
助けることもできない。
俺は大きく息を吐いた。
きちんと伝えなければ。
俺が転生したこと。
前世の記憶があること。
そして、すべての文字が、
たとえ学んだり、使ったり
していない言語でさえ
理解できるということを。
俺が話している間、
父もヴィンセントも口を挟まなかった。
俺は10歳の時、神殿で属性を
調べた時、樹と光の属性が
あったことも伝える。
隠してしまうと、
次に言う機会を無くすかもしれないからだ。
それからヴィンセントの屋敷で
見つけた絵本を広げて見せた。
「ここに書かれている文字と、
僕が古書屋で買ってもらった本に
同じ文言が書かれているんです。
『光と水を重ねたら種になり、
樹であればしずくになる』
そして絵本の内容を鑑みると
今の辺境伯領で起こっていることは
精霊の樹の寿命ではないかと推察しました。
そして新たな『種』が必要になり、
その『種』を授かる方法のヒントが
この絵本にあると思います」
俺はそこまで一気に話した。
父もヴィンセントも唖然として
俺の話を聞いている。
「本当は、僕のこの魔法属性や
転生のことも、黙っておくつもりでした。
魔法と魔術の関係も、
僕が古書を読むことで読み解けると
知られてしまえば、
きっとこの力を求める権力者が
でてこないとは言えません。
この力に気が付いた時、
僕はまだ子どもで……
まぁ、まだ子どもですが。
自分で自分を守ることもできない
何もできない存在だと
気が付いたので、父様にも
内緒にすることに決めました。
黙っていて申し訳ありません」
俺は頭を下げる。
「でも、僕の知識なら、
辺境伯領を助けられるかもしれない。
僕には自分の身の安全を、
家族の安全を優先して
辺境伯領の人たちの命を
犠牲にする決断は
できませんでした。
本当なら、一人で資料を持って
辺境伯領に行ければ良かった。
でも、今の僕には無理です。
だから父様に、この話をすると決めました」
俺は顔を上げて、
まっすぐに父を見た。
父は俺の瞳を見つめ返し、
そうか、と呟いた。
それから手を伸ばし、
俺の頭を優しく撫でる。
「一人で、頑張ったな。
偉いぞ」
なんだ、それ。
そんなこと言われたら、
俺、ほんとに、泣いちゃうじゃんか。
今は優しくされたいんじゃなくて
一人で突っ走る時なんだよ。
そんなことされたら、
心がぎゅーってなって、
甘えたくなる。
とにかく俺は一人でも
辺境伯領に行く。
その準備を父にお願いしたいのだ。
俺が涙を堪えていたら、
俺の腰を隣に座っていたヴィンセントが
抱き寄せて来た。
「では、公爵殿。
俺がイクスと一緒に辺境伯領に
行ってきます」
「え?」
驚いて涙が引っ込んだ。
「良いのか?」
「はい。
もともと成人の儀で辺境伯領には
行く必要がありましたし、
なによりイクスは
俺が守ると決めていたので」
「わかった、頼む」
え?
え?
「イクス、もっと詳細を聞きたいが
今は辺境伯領に急いだ方が良いだろう。
学校も長期休暇に入ったところだ。
思うように行動してみなさい。
ヴィンセント君から離れないようにな」
話の展開が早すぎて追いつけない。
「え? 父様、僕、辺境伯領に行ってもいいのですか?」
「行きたいかったのだろう?」
「そう……ですが」
本当にいいのかと俺が聞くと、
父は笑った。
「子どもが自立したいと言うのに
止めることはできないだろう。
ただレックスや君の母様には内緒だ。
長期休暇中はずっと
ヴィンセント君のところで
遊んでいることになったと言っておこう」
父はそう言い、
優しい瞳で俺をも見た。
「気を付けて行っておいで」
「はい!
父様、ありがとうございます」
俺は心の底から感謝を告げて
勢いよく頭を下げた。
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