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子ども時代を愉しんで

31:幼い婚約者の秘密【ヴィンセントside】

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 ヘルマン辺境伯と話をして
3日後の朝、俺はタウンハウスに戻った。

現状、俺ができることは
自分を鍛えることぐらいだったし、
恐らく親父は、俺に戦う覚悟を
持つように、話し合いに参加させたのだと思った。

それはそれでよかったのだが、
俺がタウンハウスに戻るなり、
パットレイ公爵家から使いが来た。

俺が帰るのを見張っていたかのようだ。

何事かと使いから手紙を受け取ると
なんでもイクスが部屋から出てこないらしい。

扉に鍵を閉めて、
家族が声を掛けても、
返事もなく、食事をすることもなく
ただ閉じこもっていると言う。

一体、何をやってるんだ!?

たった3日。
その3日すら、問題なく過ごせないのか?

俺は馬車ではなく
馬に飛び乗り、パットレイ公爵家に向かった。

屋敷に着き、俺は馬を預けて
公爵家の屋敷に入る。

すぐに、リックスが駆けて来て
俺に縋りつくように
「イクスの声が聞こえない」という。

俺がイクスの部屋の前に
走っていくと、
公爵も侯爵夫人も、リタと言う侍女も
イクスの部屋の前にいた。

「ヴィンセント君、
呼び出してすまない。
我々の言葉では、
イクスには届かないようだ」

公爵が俺に頭を下げる。

俺になんか、
頭を下げる人ではないのに。

俺は何をやってんだ!と
魔力を足に込めた。

そして思いっきり、
部屋の扉を蹴り上げる。

思った通り、扉は壊れ、
デスクに座るイクスの背中が見えた。

「イクス!」

俺は思わず大声を挙げてしまった。

「何をやっている!」

デスクの前に行き、
ペンを持つイクスの腕を掴む。

掴んだ手は細く、
俺を見るイクスの顔は青白かった。

目の周囲にはクマまである。

「食事もしてないと聞いたぞ!」

よく見るとデスクには
古い本と、何やら書き散らしたような
紙が散乱していた。

目を凝らしてみたが、
俺にはその紙に何が書かれているのか
まったくわからない。

ただ食事や睡眠をとらずに、
家族に心配までかけて
することではない筈だ。

俺は憤りのまま
イクスを見た。

が。

俺と視線を合わせた途端、
イクスの綺麗な碧い瞳から
みるみるうちに
涙が溢れ出てくる。

「ちょ……、なぜ、泣く!?」

俺は焦った。

今までイクスを泣かしたことはない。
というか、泣くところなんて
見たことが無かった。

泣かせてしまった罪悪感で
俺は焦る。

イクスは涙をボロボロ流した。

「う、うぇええーっ」

と小さな子どものように
上を向いて、声を挙げて泣き始める。

「俺が怒鳴ったからか?
悪かった。
驚かせたか?」

俺は必死でイクスを抱き込み、
あやすように背中をさすった。

だがイクスの涙は止まらない。

イクスは散々泣いて、
そのうち俺の腕の中で眠ってしまった。

俺は途方に暮れつつ
部屋の外を見た。

すると公爵や公爵夫人、
リックスが、安堵したような顔で
俺とイクスを見ている。

「……スミマセン、
扉を壊してしまって」

俺は今更ながら、
派手に壊れたドアに目を向けた。

「いや、構わない。
助かった、ありがとう」

公爵はそう言い、
心配していた夫人に
休むように言う。

リックスには学校に行くように。
そして俺には、もうしばらく
イクスについてやって欲しいと言われた。

夫人もリックスも
イクスが心配なようだったが
公爵の言葉に従うようだ。

俺はイクスをベットに寝かせてから、
応接室で軽食を食べさせてもらった。

それから公爵に
しばらくイクスを見てて欲しいと
頼まれる。

もちろん、頼まれるまでもなく
俺はそのつもりだ。

「なんだろうね。
イクスはどうやら君が
特別らしい」

公爵は苦笑して
そんなことを言う。

「私や妻やリックスでも
ダメだったのに。
君の言うことなら聞くようだ」

その言葉を嬉しく思うが
顔には出さないように気を付ける。

「家族ではないからこそ、
言えることや、
素直に感じることも
あるのかもしれません」

俺が言葉を選んで言うと、
公爵は頷いた。

公爵と話をしていると
侍女がイクスが目を覚ましたと
知らせに来た。

俺は公爵と共に
イクスの部屋に急ぐ。

途中、夫人とも合流して
俺はイクスの部屋に戻ったのだが。

部屋には扉の代わりに
カーテンがかかっていた。

なんか、申し訳ない。

目を覚ましたイクスは
幾分、元気そうに見えた。

公爵たちの姿を見て
素直に心配かけたと謝罪をする。

公爵は何かを言いかけたが、
叱る気も失せたのだろう。

「イクス。
私は息子がやりたいことを
止めるつもりはないが、
ものには限度がある」

と、冷静な声で言った。

「はい、夢中になりすぎました。
ごめんなさい」

イクスはあやまるが、
何をしていたのかは
話そうとしない。

公爵は俺に視線を向けた。

イクスを頼む。

そう言われ、
俺はもちろんです、と
頭を下げた。

公爵はその後、
夫人を連れて部屋を出ていく。

俺はイクスと二人っきりになった。

そこで改めて俺はイクスを見た。

不安そうな顔に
思わず髪を撫でてしまったが、
うやむやに終わらせるわけにはいかない。

今後のこともあるし、
何をしていたのかは
知っておきたい。

「それで?
何があった?
いや、どうしたんだ?」

俺が聞いても、
イクスは何も言わない。

いつも俺を見て、すき、と
口にする顔を作り、
俺はイクスの顔を覗きこむ。

「イクス?」

だが、イクスはまた
目に涙をためる。

待て待て。
泣かれるのは、さすがにダメだ。
俺はどうすればいいのか
わからなくなる。

「俺にも言えないのか?」

そう聞くと、
イクスは頷いた。

俺はまず、何が言えないのかを
聞いてみることにした。

言え、話せ、と押し付けるだけでは
ダメだと思ったのだ。

「それはなんでだ?
いや、まず、何が言えない?

部屋に閉じこもってた理由か?

それとも、言えない理由が言えないのか?」

俺が聞くと、イクスは首を傾けた。
考えるように視線を揺らす。

俺はさらに押すことにした。

「言えることだけでいい。
何でもいいから教えてくれ」

懇願するように言うと、
イクスは、だって、と呟いた。

「知ったら、危険だから」

「危険?
イクスは危険になるようなことを
知ってしまったのか?」

なんだ、それは。
そんなことを、いったい、
いつ、どうやって知ることができたんだ?

「でも、僕が知っていることは、
誰も知らないから。

僕がこのまま何も言わなかったら、
何も変わらない。
何も……起こらない」

イクスはそう願うように言う。

その涙をためて
堪えるように言うイクスに
俺はそれ以上、何も聞けなかった。

まぁ、いい。
何があっても俺はイクスを守るだけだ。

ただ確認のために聞いておく。

ダメなんだな?」

将来は話せるかもしれない。
そう言うことだな?

と念を押すと、イクスは頷く。

よし。
ならば今はいい。

「公爵には俺からうまいこと
言っておいてやる」

俺がそう言うと、
追及されると思っていたのだろう。

イクスは意外そうな顔をする。

「ただし、言えるようになったら
俺にだけは必ず言うこと。
いいな?」

イクスがまた頷くので
俺はイクスの頭をまた撫でる。

「まったく。
たった三日、
離れただけなのに、
ほんと、目が離せないな」

過保護だと言われても、
イクスのそばにいないと
心配で仕方が無い。

「ほんと、あまり心配かけるな」

俺がそう言ってイクスを抱き込むと、
イクスは俺に甘えるように
俺にすり寄る。

その仕草に、俺は安堵する。

公爵が言ったように。

きっと俺はイクスにとって
特別なのだと。

本当の兄であるリックスにも
こうして素直に甘えることがない
イクスが、俺には甘えてくるのだ。

俺はイクスに気づかれないように
美しい銀の髪に唇を押し当てる。

俺が、守るから。

俺は胸の中で、改めて誓う。

イクスを何者からも守るのだ、と。

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