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子ども時代を愉しんで
19:入学式
しおりを挟む俺の入学式は家族全員で参加した。
入学式の後は新入生歓迎会があるので
在校生たちは今日は休日なのだ。
入学式直前まで、
兄は俺のエスコートをすると
駄々をこねていたが、
すでにヴィンセントと約束しているし
そういうわけにはいかない。
拗ね拗ねの兄を
父と母と一緒に何とか宥めて
俺は入学式へと向かった。
制服は普通のブレザーだったが
ネクタイには、ヴィンセントから
貰ったネクタイピンを付けている。
初等部のネクタイは赤。
中等部のネクタイは緑。
高等部のネクタイは青と決まっていて、
ネクタイピンは自由に
付けることはできるが、
婚約者がいればたいていは
お揃いの物を。
そうでなければ、
好きなものを付けるのが
習慣らしい。
今日の兄も制服で
緑のネクタイをしている。
ネクタイピンは何故か
お揃いの物を2つも付けていた。
「今日はイクスとお揃いの
ネクタイピンのつもりだったのに」
と馬車の中では
小声でぶつぶつ言っているので
1つは俺の物だったのかもしれない。
だが触れるのはタブーだ。
父も母も、誰も2つもある
ネクタイピンに関しては
話題にしなかった。
兄は生徒会に所属しているので
何か役目があるのかと
思っていたが、
入学式を仕切っているのは
高等部の生徒会だけらしく
兄は今日は俺の家族枠で
入学式に参加するだけのようだ。
学校に着き、馬車を下りると
一旦は家族と別れて
俺はクラス発表を見に行く。
入学式はクラスごとに
座る場所が決まっているのだ。
クラスは成績順に
Aクラス、Bクラス、Cクラスに
分かれているが、
高等部になると、
ここにSクラスというのが
追加されるらしい。
初等部、中等部で
優秀だった生徒たちだけが
入ることができるクラスで
全生徒の憧れのクラスらしい。
Sクラスに入るには
成績だけでなく、
魔法や武芸など、
何かで他人よりも
秀でるものが必要らしく
審査は教師がするらしい。
が。
このSクラスに入ると
学校のカリキュラムが
特別仕様になるらしく、
学校の授業もすべて出る
必要もなくなるらしい。
そんなわけで、
公務があって学校を
休むことが多い王族たちは
Sクラスに入ることが
まず最初の課題なんだとか。
最初からハードルが高いので
王族というのは、
なんというか、可哀そうだ。
とはいえ、
ヴィンセントからの情報では、
ヴィンセントもこのSクラスだし、
現王家の第一王子、カミルも
すでに候補にあがっているし、
なんと!
俺の兄のレックスも
候補になっているんだとか。
凄いぞ!兄!
だがそうなると
クルトはかなりのプレッシャーだよな。
俺?
俺は別に出来の悪い弟で
全然かまわないから
Sクラスにならなくても構わない。
でも、クルトは第二王子だし
そうは言ってられないよな。
幼馴染として、少し心配だ。
俺がクラス分けが張り出された
掲示板の前に立つと
「イクス」と声を掛けられた。
タイムリーなことに
クルトだった。
「一緒のクラスだったぞ」
俺がまだ見てないのに、
クルトは先にそんなことを言う。
「あ? もしかして
自分で見たかったか?」
俺が思わず唇を尖らせたことに
気が付いたのか、
クルトは、ごめん、ごめん、と
軽い感じで俺の手を取った。
「じゃあ自分で見てみろよ、こっち」
手を引かれて掲示板を見に行くと
確かにAクラスの中に
俺とクルトの名前がある。
「あの、さ、イクス」
クルトが俺と手を繋いだまま
俺の顔を見た。
「その、怪我……は
もう平気か?」
なんだ、その話題は。
何か月前の話をしてるんだ?
元気だと笑い飛ばしてやろうかと
クルトの顔を見たが、
その顔は真剣で、俺は口を閉ざした。
そういえば、クルトと会ったのは
あの見舞いの時以来だ。
もしかして、
ずっと心配してくれたんだろうか。
「もう大丈夫。
そうだ。
誕生日の時のお花、ありがとう。
とっても綺麗だったから、
押し花にして、栞にしたんだ」
俺がそう言うと、
クルトは目を輝かせた。
「そ、そうか。
あの花は、王家の庭に咲いて……
その、イクスに似合うと思ったから」
ごにょごにょとクルトは言う。
花が俺に似合う?
急に大人びたことを言うな。
まだまだ10歳の子どもの癖に。
俺は今度こそ笑って、
「会場に行こう」と声を出す。
「う、うん、行こう」
俺とクルトは仲良く手を繋いで
入学式の会場に向かったのだが、
会場に入る前にヴィンセントに
止められた。
「あ、ヴィー兄様、
おはよう」
どうやら式の準備をしていたらしい
ヴィンセントは俺とクルトを見て
さりげなく繋いでいた手を離した。
代わりに何故か俺の手を握ってくる。
なにやってんだ?
俺が首を傾げたが
ヴィンセントはそんな俺を
フル無視してクルトに頭を下げた。
「ヴィンセントか」
「クルト殿下、お久しぶりです」
何故かクルトが敵意丸出しで
ヴィンセントを見る。
どうしたんだ?
喧嘩でもしてるのか?
「殿下はどうぞ、こちらへ。
王族の方は専用の席を
準備しておりますので」
なるほど。
ヴィンセントはそれで
クルトが来るのを待ってたのか。
「イクスはあの前の席だ」
ヴィンセントは俺にそう言ったが
一向に手を離そうとはしない。
「ヴィー兄様、手」
俺が言うと、ヴィンセントは
ゆっくりと俺の手を離して、
何故か髪を撫でてくる。
「気を付けて行っておいで」
優しく甘い声に、
俺はまた無意味にドキドキする。
気を付けるもなにも、
席はすぐそこじゃないか。
俺は赤くなった顔を隠したくて、
早口でクルトとヴィンセントに
「じゃあ、また後で」と言って
早足で席に向かった。
ヴィンセントは声が良すぎて困る。
妹よ。
お前の推しの声の威力は本物だったぞ!
妹にも生で声を聞かせてやりたかった。
俺はそんなことを思いながら
ヴィンセントに指定された席に座る。
……あれ?
この席、最前列のど真ん中なんですけど?
なんでこんな目立つ席に!?
慌てて席を移動しようと思うが、
あとから、あとから新入生が
入ってきて席に座るものだから
今更移動できそうにない。
だいたいこういう席は
遠い場所から埋まっていくものなんだ。
俺、ぽつん、と最前列に座ってるんだが
大丈夫か?
「隣、よろしいですか?」
神!
俺は声を掛けられて
勢いよく、笑顔で声の方に顔を向ける。
すると背が低く、
可愛らしい顔立ちの少年が
にこにこと栗色の大きな目で
俺を見ていた。
「はい、どうぞ」
大歓迎です!
と心の中で叫んで、
俺が隣のイスへと促すと
茶色い髪の少年は、
イスに座る前に、
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と名乗った。
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筆頭伯爵家で魔法が得意な
家柄だった気がする。
「僕はイクス・バットレイです。
どうぞ、イクスと呼んでください」
初対面なので丁寧に言うと、
ミゲルは、僕こそよろしくお願いします、
と丁寧に頭を下げてくれた。
「俺も隣、いいか?」
反対側から声を掛けられ
振り返ると、赤い髪に緑の瞳の
少年がいる。
少し目が細くて、
顔立ちがキツイ印象がある。
俺が頷く前に、少年は
「俺はヴァルター・ヘルマン、
よろしく」と言って
俺の隣に座る。
「よ、よろしく。
えっと……」
ヘルマン家って、
確か辺境伯だったよな。
つまりはヴィンセントの親戚?
「会うのは初めてだが、
噂は良く聞いてる。
俺もイクスって呼んでいいか?」
「え、っと、はい」
噂?
どんな噂だ?
「仲良くしようぜ、
俺はヴァルって呼んでくれ」
そういってヴァルはミゲルを見る。
「クライス家のミゲルだっけ?
お前もよろしくな。
俺のことはヴァルでいい」
「ぼ、僕もミゲルと呼んでください」
雑な言葉遣いにミゲルは
戸惑う様子だったが、
忌避感はなさそうだ。
ヴァルの口調は
俺は前世の記憶もあるから
気にはならないが、
貴族らしいかと言われれば
ちょっと……だと思う。
でも辺境では
これが普通なのかもしれない。
なにせこの国のために
戦ってくれているわけだし、
お行儀よくなんてしてられないよな、きっと。
「それにしても、
高位貴族は列の最前列に座れ、
なんて、メンドクサイしきたりが
あるから、いい迷惑だ」
ヴァルは肩をすくめる。
そんなのがなかったら
一番後ろでのんびりしたのに。
そんな言葉を聞いて
俺は思わず尋ねてしまう。
「それ。どういうこと?」
俺が聞くと、ヴァルは
知らずに最前列に座ってたのか?
と、目を丸くする。
「イクスは真面目だなぁ」
いや、君の親戚に言われたんですけど?
俺はそう言いたかったのだが
その後すぐに式が始まり、
何も言うことはできなかった。
でも、初日から友達が2人もできた。
なかなか幸先が良いと思う。
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