15 / 214
子ども時代を愉しんで
15:入学式とパートナー
しおりを挟むハーディマン侯爵家の図書室は
最高だった。
騎士の家系だというだけあって
兵法や歴史の本が山ほどあったし、
過去には他国との戦争もあったのだろう。
俺が読んでも良かったのか
若干不安にはなるが、
図書室には過去の侯爵家当主の
日記のようなものもあり、
当時の他国との情勢や
交流の仕方、異文化に対する
感情なども読むことができた。
偏見や差別も入っていたが
生々しい言葉に
俺は感動さえした。
今、辺境はハーディマン侯爵家の
分家が辺境伯として
他国との領地の境を守っている。
分家とは言っているが、
最初に辺境伯を賜ったのは
過去のハーディマン侯爵家の
当主だったらしい。
戦時中だったらしく、
弟を本家の跡継ぎにして
自分は辺境を守るのだと
決意に満ちた手記を読んだ時は
思わず涙が出た。
俺はなんとなくこの世界は
あのパズルゲームの世界だと
思っていたけれど、
そうではない。
この世界はゲームなどではなく、
現実であり、多くの人たちが
築きあげた歴史があるのだと
そう感じることができた。
俺は今、ここに生きているのだ。
兄が学校の宿題が終わったと
言い出す頃、俺たちは
公爵家に帰ることになった。
さすがに他人の家に
何週間も居座るわけにはいかない。
俺は後ろ髪を引かれる思いで
図書室を後に押したが、
ヴィンセントは自分が学校に
行っている間でも、
好きに本を読みに来てもいい、
なんて言ってくれた。
やばい。
「ほんと、好き」
って口から出た。
ヴィンセントは笑って
「イクスは本が好きだな」
って俺の頭を撫でる。
そんな俺たちの様子を
使用人たちが、優しい瞳で
見守っていてくれた。
兄が俺の荷物も含めて
まとめている間、
俺は手持ちぶたさで
玄関前を歩いて見ることにした。
ちょうど綺麗な花が咲いていて
それを見ていたのだ。
そんな俺のそばに
ヴィンセントがやってきて
「イクス」と俺を呼ぶ。
俺が見上げると、
ヴィンセントは少しだけ
照れたような顔をした。
「入学式の後の
新入生歓迎会、
俺がエスコートするから」
「え?」
俺は驚いた。
「嫌か?」
「嫌じゃない」
ヴィンセントの傷付いた声に
慌てて否定するが、驚いた。
だって。
貴族子女のデビューは
たいてい13歳から15歳ぐらいだ。
けれど、学校は貴族の
子女しかいないので、
学校内では身分は不問と
されてはいるが、
本当のところは
ある意味、社交界の縮図に
なっているところもある。
いわば学校は社交界の
練習場でもあり、
入学式の後の新入生歓迎会は
公式デビュー前の
プレデビューの場になる。
幼い頃から婚約者が
決まっている者は婚約者に
エスコートをしてもらうが
そうでない者は家族が
エスコートをして参加する。
逆に言えば、家族以外の
エスコートを受ければ、
その相手が婚約者だと
思われてしまうのだ。
だから兄のときは
父がエスコートしたらしいし、
俺は兄がエスコートする予定だと
そんな話を聞いた気がするのだが。
だが記憶はいまだに
曖昧だし、本当かどうかは
わからない。
もしかしたら兄や父の
都合が悪くてヴィンセントに
頼むことにでもなっていたのだろうか。
「えっと、ごめんね?
僕、エスコートの話を
思い出せなくて」
知らなかった、ではなく
記憶が無いから、
反応が遅れたのだと言いたくて
俺は思い出せない、という言葉を使った。
「兄様がエスコートしてくれると
ばかり思ってた」
俺がそう言うと
ヴィンセントは俺の頭を
大きな手で撫でた。
「俺は高等部で生徒会に
かかわっていてな。
入学式にも参加するから
ちょうど学校にいるんだ。
俺がエスコートしてもいいだろう?」
「もちろん、嬉しい」
凄いな、生徒会か。
そういや学校は
貴族子女しかいないから
転入生なども、ほとんどなく
初等部から中等部、高等部と
メンバーはほぼ変わらないと聞く。
クラスは成績順に毎年
決められるようだが、
生徒会に入るには
成績上位のクラスであること以外に
先生や生徒たちからの
推薦も必要らしい。
王族は有無を言わさず
生徒会に入らねばならないらしく
兄も一緒に生徒会に
入ることになり、
メンドクサイ、忙しいと
良く愚痴を言っている。
あれ?
でもそうなると
兄も生徒会で入学式に
かかわっているわけだし……
「イクス」
俺の頭を撫でていたヴィンセントが
俺の顔を覗き込む。
「制服姿、楽しみだな」
甘い声と笑顔で言われ
俺は今までの思考が吹き飛んだ。
やばい。
絶対に今、俺の顔、
真赤になってると思う。
「あぁ、それと。
制服に着けるタイピンは
俺が贈るから」
「え?」
「入学祝だ。
入学式と新入生歓迎会は
絶対にそれを付けて来いよ」
「う。うん、ありがとう」
強く言われて俺は
反射的に頷いた。
俺はヴィンセントの
入学式の時、
何もしてなかったのにな。
なんか、申し訳ない。
でもお祝いされるのは嬉しい。
なんて俺はその時は
気軽に考えていた。
だが。
その後、兄が俺を迎えに来て
公爵家に戻ったのは良いが、
その数週間後、
ヴィンセントから贈られてきた
タイピンに俺は固まった。
だって。
タイピンについている
どうみても高価な宝石は
ヴィンセントの瞳と同じ
濃い群青色だったし、
タイピンはハーディマン侯爵家の
紋章と同じ剣を模したものだったのだ。
いやいや、さすがに俺も
これはおかしいと思うぞ?
これじゃ、どう見ても
俺、ヴィンセントの婚約者
みたいじゃんか。
俺はさりげなく父に
貰ったタイピンを見せて
「これは、僕が身に付けて
良いのでしょうか」と言ってみた。
だが父は
「せっかくいただいたのだ。
無下にはできない。
それをつけていきなさい」
と言う。
公爵家の当主がそう言うなら
俺は気にせずつけるけどさ。
いいのか?
ほんとに。
まぁ、子どもの学校の
入学式だし、そこまで
気にすることはないのかもしれないな。
俺はそう結論つける。
だってヴィンセントが贈って
来たとは言っても、
こんな宝石が付いたものは
ハーディマン侯爵家が
お金を出したのだろう。
つまり、ハーディマン侯爵家からの
入学祝も含まれていると
言うことになる。
ずっと仲良く家族ぐるみで
付き合いがあるようだし、
10歳の俺があれこれ
考える必要はないよな。
と、その時は思ったのだが。
この数か月後、
俺はまた首を傾げることになった。
634
お気に入りに追加
1,144
あなたにおすすめの小説
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~
於田縫紀
ファンタジー
ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。
しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。
そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。
対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる