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子ども時代を愉しんで
9:旅はラブハプニングの宝庫
しおりを挟む俺がいる公爵家の領地は
王都から近い場所にあるので
庭は広いが森や泉があるわけではない。
俺はリハビリも順調に終わり
一人で庭にも
出れるようにもなったし、
思い切って父に屋敷の外に
出てみたいと訴えてみた。
本を読むだけでなく
そろそろ外の世界を
この目で見てみたいと思ったのだ。
父は難色を示したが、
それなら自分の領地に
遊びに来てはどうかと
ヴィンセントが提案してくれた。
ヴィンセントの領地は
ここから馬車で数時間だし、
郊外には森や川もあるらしい。
俺の記憶は相変わらず
曖昧なところもあるが、
確かに俺はヴィンセントや
兄と川遊びをした記憶がある。
あれはヴィンセントの領地に
遊びに行った時の記憶だったんだな。
ヴィンセントの提案に、
父は兄を連れて行くことを
条件に許可を出してくれた。
やったぜ。
それからはあっという間に
ヴィンセントの領地に
遊びに行く日が決まった。
俺と兄、それからリタが
一緒について来てくれることになり
出発の日は早朝から
俺はわくわくだった。
俺は兄とヴィンセントと
同じ馬車に乗り込む。
リタは別の馬車に
荷物と一緒に乗ることになった。
俺は兄の隣に座り、
馬車が動き出すと早速、
窓の外にかじりついた。
馬車だ!
初めての馬車は
思ったより揺れなかった。
窓の外には前世の記憶で
ドイツの田舎町みたいな
家が並んでいたけれど、
徐々に人が増えて
人の大きな声が聞こえてくるようになる。
さっきまでは貴族の住む区域
だったらしいが、
そろそろ平民たちの区域に
入るらしい。
兄に言われて窓は閉めたが、
馬車の向こうでは
お店が並んでいるのが見える。
その奥には露店みたいな
店が並んでいる場所も見えた。
おもしろそうだ。
いつか行ってみたい。
平民区域を過ぎると
馬車は平坦な馬車道になった。
田舎道なのだが、
両脇には畑が見えたり、
果樹園みたいなものが見えたり、
それはそれで楽しかった。
途中で兄が
「そんなに面白いものが見える?」
と窓に張り付く俺を
呆れたように見たが、
俺は素直に「見える」と
返事をする。
農作業をしている人達は
馬車が珍しいのか
俺たちの馬車が通ると
作業を止めて馬車を見るので
俺は思い切って手を振ってみた。
すると作業を止めた大人たちは
俺に挨拶をするように
頭を下げたが、
近くにいた子どもは
俺に手を振り返してくれる。
もし馬車を止めれたら
友だちになれるかもしれない。
いや、無理か。
この世界は身分制度があるしな。
俺には同年代の友人が
王子様しかいないから
できれば王子様以外の
友だちが欲しい。
その為の王宮のお茶会だったのに
俺は怪我をしたので
友だちを作れなかった……と思う。
なんせ、記憶が無いから
その時に挨拶してた子どもが
いたとしても
もうわからないし。
学校に行くまでは
もう友達を作るのは
無理なんだろうな。
そんなことを考えていたら
急に馬車が大きく揺れた。
「うわっ」
俺は座っていることが出来ず、
目の前にいたヴィンセントの方に
身体ごと弾き出された。
ヴィンセントもびっくりしたようだが
俺の身体を受け止めてくれる。
馬車が止まり、
扉がノックされた。
「申し訳ありません、
野兎が飛び出してきまして」
御者の声に兄が
「大丈夫だ」と答える。
俺は大丈夫じゃなかったけどな。
心臓はバクバクだ。
しかし思わずしがみついた
ヴィンセントの身体は
体幹がしっかりしているのか
さきほどの揺れも動じてない様子だったし
俺の身体も難なく受け止めてくれた。
すごいな。
腕を背に回してしがみついてみると
安定感が半端ない。
「イクス、いったいいつまで
ヴィンセントに抱きついてるんだい?」
兄に言われて、
俺はヴィンセントに頭を下げた。
「受け止めてくれてありがとう」
「いや、怪我が無くてよかった」
カッコイイ。
「いや、だからイクス?
なんでヴィンセントの膝に
座ってるの?」
兄の声に俺は我に返った。
あれ?
俺はいったいいつの間に……。
だが安定感はばっちりだ。
それに俺の手が
ヴィンセントから離れたくないと言っている。
頭ではすぐにヴィンセントから
離れるべきだと理解しているのに
指がぎゅーっとヴィンセントに
しがみついて離れないのだ。
そんな俺の耳元で
ヴィンセントは低く笑った。
「構わない。
驚いたのだろう。
指先がまだ震えている」
そうか。
俺の恋心が暴走してるんじゃなくて
怖くて指を離せないのか。
よかった。
いや、良くないけど。
無自覚だったけど、
確かに俺の指は震えていた。
ヴィンセントは俺の髪を撫で
「しばらくはこのままでいい」
と言う。
無性に気恥ずかしかったが、
俺の指は動きそうにないし
甘えさせてもらうことにした。
「……好き」
はぁ?
俺、何言ってんだよ。
「なんだ、膝に座るのが
そんなに好きだったのか」
ヴィンセントが笑う。
「そういえばイクスは昔から
にーさま、にーさまって、
良く僕の膝に乗って来たよね」
なんて兄が話に乗ってくれるから
俺は羞恥に悶えずにすんだが。
落ち着けよ、俺。
なんで指と口と理性が
バラバラで動くんだよ。
おかしいだろ。
子どもだからか?
お子ちゃまだから、
自分の行動が制御できないのか?
お子ちゃまと言えど、
この体はもう10歳だぞ。
しっかりしろっ。
と、俺は自分で自分を叱咤したのだが。
結局俺はヴィンセントの領地に
着くまでずっとヴィンセントの膝に
座らせてもらった。
……だって俺の指が、
ヴィンセントから離れたくないって
主張したんだ。
仕方が無い………と思う。
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