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章間<…if>

32:闇の魔素

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 クリスさんが研究室に戻って来た。

だが、フォルトさんもトラルさんも
私を<闇>の魔素の被験者とすることに
反対をした。

私が構わないと言っているにかかわらず、だ。

結局、私たちの話し合いは
夕方まで平行線だった。

クリスさんも二人に
「言うことを聞かないならクビだ」
とは言えないらしい。

まぁ、研究内容を知っていて
協力してくれる人間など
そう簡単に見つかるとは
思えないしね。

それに二人を開放して
研究内容を外部に
漏らされても困るだろう。

かといって、
彼らを殺すほど、
クリスさんは非情ではない。

ということで、
話し合いは夕飯を食べても
なお続いた。

ちなみに夕飯は
クリスさんが食材を持って来てくれたので
ありがたくいただいた。

私はただテーブルに
座っていただけだけど、
トラルさんが美味しい夕飯を
作ってくれた。

ご飯を食べながらも、
そして食べ終わっても
喧嘩をするように
話をしている大人3人を
横目に、私はそっと食堂を後にした。

音を立てないように食堂を出て、
研究室に戻る。

かつての礼拝堂は
食堂よりも寒い。

私は部屋の明かりを少し付けて
檻の中の人を見た。

相変わらず、檻の中の人は
じっと俯いているだけだ。

「こんにちは」

私は檻に近づいた。

反応はない。

檻の中の人は
足を曲げて三角座りをしている。

視線は床を見ていたが、
私はその手に何かを
持っていることに気が付いた。

目を凝らしてみると、
それは何かのカードだった。

「カード?」

私の声に、その人は反応した。

カードを持った指先が、動く。

まるでマジックをするかのように。

その人の視線は床を見たままだった。

だが、指先だけは器用に動いている。

私の目の前で、
その人の指先が…1枚だったカードを
2枚にした。

おぉ!
って思わず、声が出た。

その声に、初めて
床を見た視線が上を向いた。

指先のカードが3枚になる。

「すごい!」

私は拍手をする。

すると、視線がさらに動いた。

男の濁った瞳が、
私を見た。

バン!って大きな音がして
扉が開いた。

クリスさんとトラルさん、
そしてフォルトさんが
慌てた様子で部屋に駆け込んでくる。

私がいないことに
気が付いたのだろう。

だが、男の視線は
扉ではなく、私をじっと見ていた。

私と男の異様な様子に
部屋に入って来た3人も
何も言わずに近づいてきた。

男の指先が、カードを5枚にした。

「おーっ!」

私が拍手をした瞬間、
カードの色が白から真っ赤になる。

私は、はしゃいでしまった。

「すごい!すごい!」

男は無表情で…けれど、
カードの色を赤から青に変える。

魔素の香りはしないので、
魔法ではない。
マジックだ。

凄い!としか言えない。

いったいどこに隠していたのか、
カードが一瞬で消えた。

と、思ったら、
小さな造花が出て来た。

男は…その造花を持ち、
座り込んだまま、
私に差し出すように手を伸ばした。

「檻を開けて!」

私は振り返った。

「早く!」

今しかない、って思った。

この人を助けるのは今だって、
何故か、そう思った。

驚いたトラルさんが、
ポケットに入れていた鍵を
手元に出した。

それを奪い取るように
私は檻のカギを開けて中に入る。

トラルさんは慌てた声を出したが
私は無視して、檻を閉めた。

そして、差し出された造花を
丁寧に受け取る。

「すごいですね。
手品は今まで見たことが無いので
ビックリしました」

男の反応はない。

けれど、私が造花を受け取ると
濁った瞳に光が見えた気がした。

「こんなに近くで見ていたのに、
どうやって花が出て来たのか
まったくわかりませんでした。

たくさん、練習したんですね」

男の瞳から…濁った…黒い涙が出て来た。
<闇>の魔素だと思った。

だから私は、その涙を指先で拭う。

『器』の愛は、満タンだ。

浄化の力を指先に乗せる。

「頑張ったんですね。
そこまで努力されたことを
私は素晴らしいと思います」

男は…私の言葉を聞き、
私から飛び退くように離れた。

そして…光の宿った瞳で
私を見たかと思うと
ぽろぽろと、透明の涙を落した。

やがて涙は慟哭になる。

その辛い涙に、私は檻を出た。

なんで、と思う。

なんでこんなことになってしまっているのか。

部屋にいた3人は
言葉もなく私を見つめている。

私はその視線を見ずに、
私は部屋の奥へと視線を向けた。

天井のステンドグラスから
満月の光が差し込んでいる。

その下には、布をかぶせた
女神像がある。

私は…その像の下に立った。

扉も窓も閉まっている筈なのに、
何故か風が吹き、
布が落ちる。

女神ちゃんだ。

本物の女神ちゃんの姿ではなく、
男性的な、この世界の人たちが
考えた女神の姿だ。

私はその女神像に手を当てた。

教会なら、女神ちゃんと
話ができるらしい。

ならば。
この朽ちた教会でも
話ができるのではないかと思ったのだ。

「女神ちゃん」

私の声が、礼拝堂に響く。

「いいの?
こんな世界を、女神ちゃんは
望んでいたの?」

涙がにじむ。

「努力しても報われない。
理不尽に愛する人と引き別れる。

そんな世界は、私だって嫌だよ。

私は愛されたことが無かったから、
愛されて生きる幸せがわからなかった。

でも、こんな私でも、
今、皆と…女神ちゃんと
離れてしまったら、辛いし、寂しい。

頑張って『聖樹』を蘇らせても、
幸せになる人がいなかったら、
やっぱり辛い。

頑張ったのに、って思っちゃうよ」

満月の光が…女神像と
私に注がれた。

明るい…ステンドグラスを通している筈なのに、
とても明るい光だった。

「救ってあげてよ、女神ちゃん。
人間たちの運命を変えることはできないって
そんなことはわかってる。

だけど。
もう少し、人間たちを見てあげて?

皆が、女神ちゃんを信じて、
頑張って生きてるんだよ」

ぽた、と水が私の頬に当たった。

顔を上げると、
女神像の頬につーっと
水滴が伝っている。

「涙…」

クリスさんの声がした。

女神像が、確かに涙を流していた。

女神ちゃんに私の声が届いたらしい。

「女神ちゃん、力を貸して。
できるだけのことは…するから」

その言葉に、女神像が輝き出す。

暖かな光だった。

私の中の満タンだった『器』が
さらに大きくなったような気がした。

その大きくなった『器』に
どんどん力が溜まっていくのがわかる。

女神ちゃんの力だ。

私は『器』に力が溜まるのを待った。
そして、女神像の輝きが無くなったのを
見届けてから、振り返る。

クリスさんたちは呆然と私を見ていた。
檻の中の人も、私を見ている。

私は彼らに笑顔を見せた。

「浄化…します。
人間が<闇>の魔素を
操ることはできません。

何故なら、魔素は女神ちゃんですら
操作できないものだからです。

それがこの世界の理だから。

人間は魔素を操ることが
できないように、
作られているのです」

違うかもしれないけど、
そういうことにした。

そう言わないと、
この無理な実験が続けられそうだったから。

「無理に…<闇>を作るのは
女神ちゃんの本意では無いと思います。

だから…」

私は檻に向かって手を伸ばした。

『器』に溜まった愛を、
浄化の力にして放出する。

ゆっくりと。
まるで重たい気体が、空気中を這うように。

目を閉じて、両手を組み、
床に足を付けた。

徐々に放出する力を強め、
この礼拝堂を。
教会すべてを。

焼け落ちた村を。

<闇>の魔素が溢れた森を。

そして…
もっと遠くへと意識を向ける。

楽しく親切にしてくれたあの街を。

大道芸で楽しませてくれた街の<闇>も
すべてが浄化できるように。

私は輝く教会を、村を、街をイメージした。

通ってきた森も道も、
すべてが輝き、闇など一切ないイメージだ。


『器』の中の愛がどんどん減っていく。

けれど、私は浄化を続けた。

随分と力を使ったが、
さすが女神ちゃんの力だ。

意識を遠くへ、遠くへと移動させたが、
倒れるほどではない。

閉じた瞼の裏には、
この教会からあの街に続く光の道が見えていた。


私は息を吐いた。

まだやることは残っている。

少しふらつくが大丈夫だ。

私は立ち上がり、
クリスさんを見た。

「あなたの望みは…なんですか?」

突然聞いたからだろう、
クリスさんは目を見開き…
わからない、と言うように首を振った。



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