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章間<…if>
19:懺悔<カーティスSIDE>
しおりを挟む領主の館に行ったのは間違いだった。
クリスの視線を見て、
私はそれを実感した。
ユウを拒絶した冷たい瞳。
それは侮蔑か忌避か、
恨みなのか。
なんにせよ、好意的とは見えない。
神殿も王宮も拒絶している
クリスにとって、
ユウは憎む対象なのだ。
幸い私は、王族と言えど
幼いころに交流があったので
まだ拒絶はされてはいないが、
それは私が『王子らしく』していないからだ。
私が王族として行動するようになれば、
途端に拒否されるのが
すぐにでも予想できる。
ユウを守らなければ。
そう思った目の前で、
ユウはまっすぐにクリスの視線を受け止めた。
「可愛らしい愛し子さまは、
ただ、守られているだけではないらしい」
ユウの行動が意外だったのは
私だけではなかったようだ。
「守られてますよ?
いつも。皆私を大事にしてくれています」
ユウは穏やかに笑った。
まるでクリスの視線のことなど
気が付かなかったかのように。
「私が守るから
ユウは守られているだけで良い」
ユウが戦う必要はない。
ユウはか弱くもないし、
世界を救うぐらい膨大な
力をもっているのかもしれない。
だが、私がユウを守りたいのだ。
私に守らせてほしい。
その思いを込めて、
ユウの肩を引き寄せた。
「はは。ケインといい、
あなたといい、女神の愛し子さまは
かなりの人たらしのようだ」
侮蔑の言葉も、
ユウはやんわりと笑顔で受け止める。
私はそんなユウを
戦いの舞台から下すことにした。
「さぁユウ、そろそろ宿に戻ろう」
「いえ、部屋を用意させましょう」
すぐにクリスが提案をしてきた。
だが、もちろん、断った。
断ることはクリスだって想定内のはずだ。
私はユウの肩を抱いたまま、
早足で館と後にした。
馬車はすでに準備されていて、
私たちは馬車に乗って宿に向かった。
何か言いたかったが、
結局、何も言えなかった。
御者はクリスの手の者だろうし、
うかつなことは言えない。
ただ、宿に着き、
部屋に入ったら
私は我慢ができなくなって
ユウを抱きしめた。
「すまない、ユウ。
行くべきではなかった」
ユウを傷つけるつもりはなかった。
「大丈夫、気にしてないよ。
私はケインをたぶらかす悪女になってるのかな」
なのに、ユウは何でもなかったように言う。
アクジョという意味は
わからなかったが、
良い意味ではないことはわかった。
もっとも、ユウになら
いくらでもたぶらかされたいけれど。
ユウが愛しくて
私は小さな体を抱き上げると
頬に口づけた。
「さて、遅くなってしまったな。
夕食は…」
少し腹が減ってきたのだが、
ユウはどうだろうか。
随分と夢中で菓子を食べていたようだが。
もしユウが食べたくないというなら
部屋で何か食べれるように
宿の者に命じても良いだろう。
そう思ったけれど、
ユウは私の腕の中で楽しそうに言った。
「ちょっとだけ、食べに行こう?
せっかくだから、
この街をもっと見てみたい」
よっぽど、この街が気に入ったみたいだ。
楽しそうなユウを見ていると、
憂鬱な気分が薄れて来た。
すぐにでも行きたそうなユウに
私は一応、服を着替えるように言った。
昼間、騒ぎを起こしてしまったので
同じ服を着ていたら目立つと思ったのだ。
もちろん、私も着替えた。
簡素な服にして、
宿の近くにあった食事処に行くことにする。
この宿は大通りに面していて、
宿を出たら左右にも正面にも
店が所狭しと並んでいる。
今日、ユウに芸を見せようと
並んでいた列も、この大通りにそって
随分と長い列を作っていた。
私がユウと一緒に入る店を
この食事処にした理由はいくつかある。
お酒を飲むためだけの店でないこと。
宿から近いこと。
そして、明るい照明の店だったからだ。
明るい照明の店は
酒を飲むよりは、
家族連れ向きの店になる。
暗い照明は子どもが嫌がるから
親子連れや家族連れは自然と
照明が明るい店を選ぶのだ。
店に入って私は、
すぐに食べれそうな大皿料理と、
ステーキとワイン。
ユウはあまり食べなくてもいいと言ったので
シチューを頼んだ。
店側が取り皿を持ってきたので、
大皿料理をユウと分けて食べる。
温かい料理を食べているせいか
ユウの表情がどんどんやわらかくなっていく。
すると、ユウがいきなり
私の飲んでいるワインを飲みたいと言ってきた。
ユウが酒に興味を示すのは珍しい。
ただ、肉に合わせて選んだワインなので
ユウが飲むには渋いのではないかと思う。
「うーん。でも、これ、渋いよ?」
「渋い?」
ユウは味が想像できなかったようだ。
「ちょっとだけ舐めさせて?」
甘えた顔が、可愛い。
しかも私が飲んだものを舐めたいなど
嬉しいと言うか可愛いと言うか、
否定する理由が見つからない。
「いいよ」
とグラスを手渡すと、
ユウは少し舐めて。
うえーって舌を出した。
ネコみたいだと思った。
可愛い。
ただ、慌てて水を飲む姿に、
お酒は美味しいものもあると
知って欲しくて、
甘いフルーツ酒を店員に頼んだ。
「甘い果実酒だから
これならユウも気に入ると思うよ」
甘いジュースのようなお酒だ。
ユウは恐る恐ると言った様子で飲む。
「美味しい!」
満面の笑顔が見れた。
「成人前の子どもが
お祝いの時に良く飲む食前酒なんだ。
アルコールも強くないし、
これならユウも大丈夫だろう。
気に入ったのなら、
宿でも飲めるように、持って帰ろうか」
フルーツ酒は、貴族が自分の子が
成人するぐらいの年になると
アルコールに慣れさせるために
飲ませるようなお酒だ。
成人していきなり酒を飲んで
失態を犯さないように
酒を飲む練習するためのジュースみたいなものなのだ。
アルコール度数も低いし、
慣れてくると、ジュース代わりに
飲む子どももいる。
ユウも気に入ったようなので、
宿でも飲めるように手配をした。
ユウにはこの世界のものを
1つでも多く、好きになって欲しい。
これからもずっと、
この世界で私と一緒に過ごして欲しいからだ。
元の世界への未練など
一切持たないように。
ユウはフルーツ酒を
3杯飲んで、ご機嫌だった。
そろそろ宿に戻ろう、と
声を掛けると、ユウは…
酔っていた。
立ち上がるのも困難で、
まっすぐに歩けないようだった。
可愛いが…
可愛すぎるが。
「もしかして、酔った?」
フルーツ酒で酔ったという話を
今まで聞いたことが無かった。
子どもでも酔わないと
言われる程度のアルコール度数しか
ないというのに、こんなにも
酔うとは、想定外だ。
私はユウを抱っこした。
ふらふら歩く姿は可愛いが、
周囲の人間たちが、顔を赤くして
ユウを見ている。
そうだろう、ユウは可愛いし、
こういう姿を見ると欲情する。
わかってはいるが、
他人がそういう目で
ユウを見るのは、気分が悪い。
「おやおや、大丈夫かい?」
会計時に店主が心配そうに声を掛けてきた。
店主もまさかフルーツ酒で
酔うとは思っていなかったのだろう。
ユウに飴玉が入った袋を
おまけだと渡していた。
「ありがとう」
とユウが満面の笑みでお礼を言う。
「可愛いな。
旅の人かい?
人さらいに合わないように気を付けてな」
店主の言葉に、
ユウは「カーティスがいるから大丈夫」
って笑った。
私を頼っている姿が嬉しくて、
私はユウを抱きしめる。
宿に着いてもユウは
私から離れなかった。
「ここが一番安心なの」
と言われて、
嬉しくないわけがない。
「酔ってるユウも、可愛いな」
私はユウの額に、頬に唇に
唇を落とした。
「このまま抱きたい」
と、耳元で囁いた。
もうベッドに行きたい。
だが、まだダメだ。
ユウに話をしておきたい。
クリスのことを。
そして王家や神殿の裏の顔のことも。
私も王家の人間だ。
ヴァレリアンも、いずれは国のために
正義ではなく、打算にまみれた
決断をする日がくるかもしれない。
神殿も女神を戴いているにもかかわらず
汚い面を持っている。
民衆の信仰を集めるために
裏で動くこともあれば
王宮と敵対し、
権力のために動くこともある。
ユウにはそんな人間の汚いところを
見せたくはない。
何も知らたくないし、
ユウが気づかないうちに、
そういったものは、私がすべて
処理したいとも思う。
だが、今日のユウの様子を見て
ユウはただ守られたいわけではないのだと
気がついた。
だから、私はユウに話をすることにした。
ユウの意志を尊重したいからだ。
だが、ユウが酔っている時に話をすれば、
もしかしたらユウは会話を覚えていないかも
しれないという打算が無いとは言わない。
ユウには話をしたという
事実があればいいと思っていたからだ。
だから、私は素直に胸の内を伝える。
「酔っててもいいから。
というか、すべて忘れていいから
とにかく私の話を聞いて欲しい。
ユウに何も伝えずに動きたいけど
そうしたらユウに嫌われそうだから。
だから、聞いて?
聞くだけでいいから」
聞いてくれさえすればいい。
あとはすべて私に任せて欲しい。
ユウは私の膝の上で頷くと、
水が飲みたい、と言う。
私はユウを膝から下し、
ユウに水が入ったカップを渡した。
ユウは水を受け取り、
私と向かい合わせになるように
椅子に座る。
私も水を飲んだ。
酔ってはいなかったが、
ユウに話をするので緊張していたのだ。
ユウは私の話を真剣に聞いてくれた。
明日、私がクリスの館に行くと告げると
一緒に行くと言ってくれる。
だが、それは無理だ。
何があるかわからない。
クリスがユウに直接危害を
与えるとは思わないが、
ユウが傷付く可能性はある。
それに、クリスが領主を
一時的とはいえ交代しているのだ。
そして王宮に応援要請まで
しているこの街の問題が
どんなものかわかるまでは
ユウを関わらせるわけにはいかない。
ユウが楽しみにしていた旅だから、
この部屋に閉じ込めるのは
可哀そうだと思い、
大通りならば外に出てもいいと
許可を出すと、ユウは嬉しそうな顔をした。
可愛い。
だからこそ、ユウに汚い世界は見せたくない。
私の気持ちを汲んだのだろう。
ユウが、私の前に立ったかと思うと、
身をかがめて抱きしめて来た。
いつだって、抱きしめるのは私からだった。
抱きたいのは私で、
抱きしめたいのも私で。
だから、優しくユウに抱きしめられ
私は固まった。
「カーティスは優しいから
苦しくなったりするんだね」
なんて。
私のことを腹黒王子と呼ぶ者はいるが
優しいと評価するのはユウぐらいだと思う。
「私は、カーティスが大好きだから。
どんな顔を見ても嫌いにならないし、
何があっても、傷付いたりもしない」
大丈夫、って、ユウが笑う。
その顔を見て、泣きたくなった。
「だから、私が一緒に
行動できるってわかったら
また一緒にいてね。
危険な真似はしないで、
私のそばに戻ってきてね」
ユウの言葉が嬉しくて。
涙を隠したくて、ユウを抱き寄せた。
「ユウ、ありがとう」
「うん」
背に回ったユウの腕に力が入る。
ユウに、抱きしめられている。
たったそれだけのことで、
胸があたたかくなった。
私も抱きしめ返すと、
ユウが私の方に、すり、っと
甘えた仕草ですり寄った。
良くバーナードにしていた仕草だ。
それからユウは私の顔を見て、
ふふっと笑う。
空気が、やわらかくなった。
この空気をもう少し味わいたくて、
私はユウに酒を勧めることにした。
私も、飲みたくなった。
「もう少し…飲む?」
と言葉足らずに聞くと、
「うん、飲む」とユウは即答する。
ユウもこの空気を楽しんでくれているのだろうか。
それだと嬉しい。
ユウにカップを渡して、
フルーツ酒を注ぐと、
ユウは私の隣に引っ付くように座った。
私も酒を入れたグラスを持つ。
会話はあまりなかったけれど、
甘い香空気が満ちている。
なんとなく、唇が重なった。
恋人たちの…
自然な甘い口づけだった。
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