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番外編<SIDE勇>
9:キスされた、キスされた、キスされた!
しおりを挟む僕は頭がいっぱいになった。
そして突然、真翔さんが、
あの男の姿と重なった。
僕に……小学生の僕を
母の代わりにしようとした
あの男のことを。
ガタガタ震えてきて
怖くなって。
逃げようとしたけど
真翔さんの腕の力は強くて
逃げれなかった。
それがまた、
あの男のことを思い出させた。
泣いても、暴れても。
簡単にねじ伏せてきた大人の男の手。
怖い、怖い、怖い。
僕の言うことなんて通じなくて。
あの男が無理やりしようとしたって
お母さんにどんなに言っても信じてもらえなくて。
あんたなんか生まなきゃよかった!って
吐き捨てるように言われて。
僕は死んでも、変われなかったんだ。
また同じ。
おんなじことの繰り返しなんだ。
悠子ちゃんの体に入っても、
僕は悠子ちゃんにはなれない。
僕は僕にしかなれなくて。
やっぱり僕は「いらない子」で。
震えが止まらなくて、怖くて
涙がでてきて。
声を出したら殴られる!って思って
必死で声を押さえた。
そしたら、ごめん、って
頭の上から真翔さんの声がした。
ぎゅっと抱きしめられて、
そんなに嫌がられるとは思ってなかったって
身体を離してくれた。
でも僕は何も答えられなくて、
ただ、自分の腕で、体を抱きしめる。
怖い、怖い、怖い。
しゃがみ込んで震える僕に、
真翔さんの視線を感じる。
真翔さんも僕を殴る?
「いらない子」は邪魔だって
蹴ったりする?
僕が黙っていると、
真翔さんは、そっと僕の前に座った。
地面の上に。
服が汚れるのも気にせずに
膝を付いて、僕の顔に両手を添えた。
「僕は…君を傷つけたりしない」
綺麗な目が、僕を見た。
真翔さんの後ろには大きな月があって、
その光が、僕と真翔さんに
降り注いでいるような気がした。
「だから…そんなに脅えないで」
とても優しい瞳だった。
そして優しい色の奥に、
真翔さんの傷ついた心が見えた気がした。
なんで?
真翔さんが傷付く必要なんてないのに。
僕が怖がったから?
真翔さんを嫌がったから?
僕が悪いだけで、
真翔さんは何も悪くない。
「君を抱きしめたい。
いいかな。
絶対に、君を傷つけないから」
真翔さんはそういって、
しゃがんだままの僕の腕を引き、
地面に膝を付いたままの状態で僕を抱きしめた。
僕の膝も自然と地面に着いてしまって。
でも嫌だとは思わなかった。
真翔さんの腕の中は温かくて。
広い大きな胸は、安心できて。
あんなに怖いと思った腕は
僕を拘束なんてしていなかった。
優しく僕の腕に触れているだけで、
傷つける意図など、どこにも感じられなかった。
「う……ぇ…っ」
涙が出た。
そんなつもりじゃなかったけど、
あの男と真翔さんを同じだと思ってしまった。
あの男のように真翔さんを拒絶して、
あんな男と同じ最低最悪なことを、
真翔さんもするんじゃないかって思ってしまった。
そんなわけないのに。
この人は、こんなに優しいのに。
僕を傷つけないって言ってくれたのに。
泣いていいよ、って優しく言われて、
髪を撫でられて。
僕は子どものように泣いてしまった。
悠子ちゃんの前でしか泣いたことはなかったのに。
わんわん泣いて、
落ち着いたころ、真翔さんは
僕をベンチに座らせてくれた。
あったかいレモンティーを
自動販売機で買ってくれて、
僕は素直にそれを受け取った。
恥ずかしかったけど、赤の他人に、
あんなに感情を出してしまったのは初めてで、
なんか、恥ずかしいとか、怖いとか、
苦しいとか。
なんか、いろんな感情が
振り切れてしまったみたいだ。
あったかいレモンティーを飲んだら
物凄く落ち着いてきて。
僕はなんであんなに
泣いちゃったんだろうって
思えるようになっていた。
「泣いて、ごめんなさい」
謝ったら、真翔さんが俺の方こそごめん、
って言ってくれた。
何のことかと思ったけど、
そういえば、キスされたんだった。
それすらもどうでもいいぐらい、
僕はパニックになっていたんだと思い知らされる。
あの男のことは…忘れたいと思って、
ずっと無かったことにしようと思ってたのに。
僕はまだ、あの男のに囚われている。
「落ち着いた?」と聞かれ
僕は頷いた。
「はい」
と僕は頷いて。
「あの…」
どうしよう。
そういえば、好きって真翔さんに
言ってもらったんだった。
昨日会ったばっかりなのに。
ん?
そういえば、おかしいよね。
昨日会ったばっかりなのに。
好き、ってそんなことあるのかな?
もしかして、友情の好き、だったのかも。
友情のキスとかあるし、
僕も悠子ちゃんとなら、何度もキスをしたことがある。
大好きで、大切で、世界で一番大事な家族だもん。
もしかしたら真翔さんもそうだったのかな。
僕が「お母さんのこと大好きです」って言ったから。
あんなお母さんがいてうらやましい、とか
言ったから、家族みたいになろうって
思ってくれたのかな?
そうなのかな?
そうだったら、嬉しいけど。
嬉しいけど…。
でも、僕は。
真翔さんの瞳は優しくて。
「僕は…ダメなんです」
真翔さんの優しさには甘えられない。
「ダメ? どういうこと?」
真翔さんは相変わらず
僕の髪を撫でてくれている。
優しい仕草に胸が熱くなる。
どうしよう。
言ってしまっても…いい…かな。
言ったら嫌がられるかな。
でも、どうせ離れてしまうなら
嫌われるのなら、早い方がいいよね。
「ぼ…僕、施設の子、なんです」
僕はレモンティーをぎゅっと握った。
ずっと母から「いらない子」と
言われて育ったこと。
あの男に…母の代わりに
性的暴行をされそうになったこと。
それから他人が怖くて、
引きこもっていたこと。
唯一、施設で出会った姉のような
存在に癒され、なんとか学校を卒業して
就職できたこと。
でも、やっぱり自分は「ダメな子」で
他人が怖くて…
向けられる好意は嬉しいけれど、
怖くて応えられないこと。
そして。
さっきは、真翔さんが
あの男と重なって、怖くて
パニックになってしまったこと。
ちゃんとしゃべれたかどうか
わからないけれど。
僕は思っていたことを全部吐き出した。
「僕、真翔さんが優しくて、
昨日は真翔さんに沢山、
幸せにしてもらって。
嬉しかったんです。
だから、家族みたいに
好きって言われて嬉しかった。
僕も真翔さんのお母さんの子どもに
なれるかも、とか思って。
でも、やっぱり僕は、他の人が怖い。
僕は、あの男から逃げられない」
僕の救いはレモンティーの
ぬくもりだけしかなくて。
ただ必死で、あったかいペットボトルを握りしめる。
そんな僕の手を、真翔さんは
優しく握ってくれた。
「俺も…やっぱり、怖い?」
僕は首を振った。
「じゃあ、さっきの店長は?」
「店長さんは…お父さんみたいだから」
「そっか、お父さんか。
じゃあ、一緒にいた女性は?」
「OLさんは、お姉さんみたいだから」
「お姉さんね」
「じゃあ、俺の母は?」
「工場のおばちゃんたちは…
本当のお母さんみたいで、
大好きです」
「そっか」
真翔さんは、僕の手を
両手で包み込むようにして
僕の目を見た。
「お父さんに、お姉さんに、
お母さんみたいな人は大丈夫なんだね。
じゃあ、俺のことはお兄さんみたいに
思ってもらえないかな?」
「お兄さん?」
「そう。俺の…あの母の子どもに
なるんだったら、俺はお兄さんだろ?」
そうかもしれないけど。
おばちゃんの子どもになれるはずないし、
それば僕が勝手に思っていることだし。
「俺も…君の家族になりたい」
真剣に言われて…戸惑う。
「君の辛かった気持ちはわかった。
理解した、なんて言えないけど、
俺も父親がいないから…
少しぐらいは、家族が欲しい気持ちは
俺にも理解できると思う」
「真翔さんも…?」
お父さんがいないなんて。
おばちゃんの旦那さんがいないって
ことだよね?
そんなの、感じたことなかった。
おばちゃんはいつも元気で、
明るくて、優しい人だった。
「俺は君のことを、いらない子、なんて
思ったりはしない。
家族みたいに、そばにいて欲しい。
俺が勉強してるのを、昨日みたいに
すごいって言ってくれて、
応援してくれたら、それだけで嬉しい」
真翔さんも、僕と同じなのかな。
寂しかった?
頑張るのが疲れちゃった?
僕が一緒にいて、いいのかな。
「僕…一緒にいていいの?」
「もちろん、そばにいてくれたら嬉しい。
君がいてくれたら、安心するし、
試験も頑張れる気がする」
そんな風に言ってもらえて嬉しかった。
抱きしめてくれる腕も、
優しい声も、何もかもが嬉しくて。
「ぼ、僕も一緒にいたいです~」
って、泣いてしまった。
また泣いて、
僕は「僕」って言ってることに気が付いて。
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って、服を涙で濡らしたことを謝ったら
「僕って言ったらいいよ」って
優しく言われた。
「普段は僕って言ってるなら、
無理に変えなくてもいいんじゃないか?」
でも、それだと悠子ちゃんと
身体が入れ替わったときに、
またおかしくなってしまう。
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真翔さんの前だけは「僕」って
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僕は悠子ちゃんの身代わりだけど。
少しだけ。
悠子ちゃんが戻ってくるまで
ほんの少しだけ、おばちゃんや
真翔さんたちと【家族】になってもいいよね?
ごめんね、悠子ちゃん。
僕は悠子ちゃんにあやまりながら、
また真翔さんの腕の中で泣いてしまった。
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