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番外編<SIDE勇>
8:恋……なのか…?【真翔SIDE】
しおりを挟む俺は悠子ちゃんと出会ってから、
モヤモヤした気持ちを持て余していた。
司法試験の勉強もあるのに、
なんだか手に付かない。
もう一度彼女と会いたい、
話がしたい。
そんな気持ちが膨れ上がって、
俺は居ても立っても居られなくなった。
仕事から帰ってきた母に
「出かけてくる」というと、
夕飯は?と声を掛けられた。
いらない、と言って、
外に出て。
当てもなく、街をうろついて。
偶然、悠子ちゃんと出会えたらいいな、とか
そんなことを考えていた。
冷静に考えれば、
母と悠子ちゃんは毎日職場で会ってるし、
きっと連絡先だって交換しているだろう。
なんたって駅まで待ち合わせを
したぐらいなのだから。
でも俺は、そんなことも
考えることができずに、
街をさまよい、意味もなく駅前の…
時計台の下でぼんやりしたり。
そして、昨日の彼女の顔を思い出していた。
化粧っ気が全然なくて。
フレーバーティーも知らなくて。
あんなケーキでさえ、
初めて食べたみたいで。
俺の母を手放しで褒め、
俺をうらやましいとまで言った。
それがお世辞ではないことは
表情を見ればすぐにわかった。
自分は幸せになれないと、
そんな風に思っているような顔だった。
欲しいものはあっても、
じぶんは手にすることはないと、
どこかあきらめているような顔だった。
笑っているのに、寂しそうで。
楽しそうなのに、あきらめた表情で。
俺は彼女の、もっと幸せそうな、
本当に楽しいと笑っている顔がみたいと
不意にそう思った。
そうか。
俺は…彼女の幸せな顔が見たいんだ。
そう思って、また違う、と思う。
俺が、彼女を幸せにして、
その顔を見たいんだ、と思い直す。
たったあれだけの出会いだったのに、
俺は彼女のことが気になって仕方がない。
もしこれが【恋】だと言うのなら、
ほんとに恋愛はやっかいだ、と思った。
だから恋愛は司法試験に
受かってからするべきだと
周囲の皆は言っていたのか。
勉強よりなにより、
彼女のことが気になって何もできない。
これはまずい。
彼女のことは、とにかくなんでもいい。
気持ちに決着をつけないと、
このままだと絶対に試験に落ちる。
俺は家に走った。
母に彼女の連絡先を聞こうと思ったのだ。
家に走って帰ると、
母は驚いた顔をして、笑った。
「悠子ちゃんの連絡先?
知ってるけど、電話しても出ないわよ」
「なんで?
知らない番号は着信拒否してるとか?」
「それは知らないけど、
あの子、工場の後、居酒屋でバイトしてるの。
深夜まで働いてるみたいだから
仕事中は電話は繋がらないのよ」
母は軽く言うけれど、
工場で働いて、それからまた
深夜までバイトだなんて。
お金に苦労をしているのだろうか。
いやそれより、飲み屋でバイトだって?
酔っ払いに絡まれるとか、
帰りが遅くて危ないとか。
もっと心配していいんじゃないのか?
母に不満をぶつけると、
じゃあ、あんたが言ってあげなさいよ、
なんて軽く言う。
だから、連絡先が分からないんだと言うと
母は一枚の名刺を俺に渡した。
お店の名前が書いてある名刺だ。
「悠子ちゃんのバイト先よ。
前に悠子ちゃんにもらったのを持ってたの。
良い母でしょ?」
なんて、にんまり笑われて、
俺は不本意だったけど、そうだな、と
返事をして家を飛び出した。
居酒屋の場所は意外と近くて、
こじんまりとした店だった。
駅から少し離れていたけど
逆に人通りが少なくて
女性一人では危ないんじゃないか、って思う。
いきなり店に押しかけて
悠子ちゃんは嫌がるんじゃないか、とか。
たまたま来た客を装えばいいのか、とか。
色々考えて、思い切ってドアを開けた。
すると、目の前に
真っ赤な顔をして…
でも俺の時とは違って、
うつむくわけでもなく嬉しそうな顔で
体格のいい男に笑いかける悠子ちゃんが目に入った。
え?
もしかして、悠子ちゃんの彼氏?
一瞬、脳がフリーズして。
でも、いらっしゃいませ、の声に
一応は正気に戻った。
どう声をかけていいかわからずに、
悠子ちゃんに誘導されるまま
俺はカウンターの席に座る。
悠子ちゃんは近くにいた
OLっぽい女性と仲が良いみたいで
コソコソと小声で何かを話している。
どうやって悠子ちゃんに
話しかけようか。
とりあえず、
夕飯を食べてなかったことを
思い出したので、すぐに食べれそうなものを
注文することにする。
悠子ちゃんが料理を運んでくるタイミングで
話しかけよう。
そうだ。
夜は遅いし、帰りは送ってこう、って
そう声を掛けよう。
俺はそう決めた。
もともと、そのつもりだったし、
俺は母の息子だし、何も問題はない。
……たぶん。
俺は悠子ちゃんが料理を
持ってくるのをドキドキしながら待った。
でも、タイミングを探っていたら
悠子ちゃんが先に、
「こんばんは」と声を掛けてきた。
「偶然ですね」と言われて、
「そうだね、偶然だね」と言う。
本当は違ったけど。
偶然会えたって思われた方が、
運命っぽくていいかな、と思ったからだ。
でもそんな考えが脳裏に浮かんで、
自分にも『運命』なんて甘い考えが
あることに気が付いて、笑ってしまった。
俺は人間は神が決めた『運命』を
歩くのではなく
自分で人生を切り開いて生きていくものだと思っているからだ。
そんなことを考えて
悠子ちゃんを見ると、悠子ちゃんが
嬉しそうに笑っていた。
この前は見れなかった楽しそうな顔に
「僕と会えて嬉しい?」
なんて聞いてしまった。
そんなわけないのに。
でも悠子ちゃんは「はい」って
笑いながら言ってくれて。
その声には社交辞令は感じられなくて。
俺はすぐに有頂天になった。
だから勇気を出して
送って行こうか、って
できるだけ軽く言ったのに。
返事は悠子ちゃんではなく
後ろにいた女性から聞こえてきた。
「送り狼」
と言う言葉に、俺まで一瞬、うろたえる。
別に悠子ちゃんを襲う気持ちはないし、
逆に襲われないように守ろうと思っていたわけで。
女性の声が大きかったからか、
奥からさっきの男…おそらく店長なのだろう。
体格の良い男が飛び出してきた。
そしてまた、悠子ちゃんの頭を撫でる。
大事な従業員とか言ってるけど、
距離が近いんじゃないか?
悠子ちゃんは嬉しそうな顔をしてるけど、
それは絶対、店長と従業員の距離じゃないぞ。
というか、車で家まで送る?
そんなの了承できるはずがない。
冗談じゃない、と俺は思った。
閉店時間が近いということで
俺は急いで食事をして、それから
先にお金を払う。
悠子ちゃんに拒否される前に
店の前で待っていると伝えて外に出た。
ここまでしたら、
さすがに悠子ちゃんでも
断らないだろう。
案の定、数分待ったら
悠子ちゃんは店からでてきて、
お待たせしてスミマセン、と頭を下げる。
出会った時から、
彼女はこうして良く頭を下げる。
そんなにあやまらなくてもいいのに。
そう思って、さっきの男がしていたように
悠子ちゃんの頭を撫でてみた。
悠子ちゃんは驚いた顔で
俺の顔を見たけれど。
でも、嫌がっている感じは無くて、
照れたように笑う彼女に、俺は、ほっとした。
今日の悠子ちゃんは、
ジーンズにトレーナーだった。
やっぱり昨日会った時は
俺のためにおしゃれしてくれてたのだと嬉しくなった。
俺はできるだけゆっくり歩く。
彼女との時間を、引き伸ばしたかったからだ。
悠子ちゃんは、さっきの男と、
女性の話をし始めた。
どうやら、
あの二人は付き合い始めたばかりらしく、
今日は新車でドライブデートらしい。
そうか。
あの男が好きなのは
悠子ちゃんではなかったのか。
安心した。
でも、だからといって
仕事の後に、あの男の車で家まで
送られるというのは、了承しかねる。
ゆっくりと歩いていると、
小さな公園に出た。
「家はこの先なんです」
と、悠子ちゃんは言う。
もうすぐ家に着いてしまうのか。
俺は寂しさを感じた。
公園の前で立ち止まると、
大きな金色に輝く月が空に浮かんでいる。
まるで月だけが切り取られたかのように
空から浮いて見えた。
「真翔さん?」
急に立ち止まったからか、
悠子ちゃんから、不思議そうな声がした。
「いや…その。
綺麗な月だな、と思って」
「ほんとだ。
綺麗な月ですね」
俺の隣で空を見上げる悠子ちゃんは
とても綺麗に見えた。
初めて見た時に感じた
儚げで、あやういような美しさ。
俺はたまらず、悠子ちゃんの腕をつかんだ。
そばにいるのに、
こんなに不安になるのだ。
ちゃんと捕まえていないと、
俺は不安で、生きていけなくなりそうだ。
「え…っと、真翔さん?」
金色の月が、俺たちを見下ろしている。
月の光が、俺の背中を押したような気がした。
胸が熱くなって、俺は彼女を引き寄せていた。
悠子ちゃんの体がこわばる。
でも、手は離せない。
「好きだ」
するり、とそんな言葉が口を突いて出た。
自分でも驚いた。
昨日出会ったばかりの女性に
言うべき言葉じゃない。
そう思ったのに、彼女の驚いた視線と
俺の視線が絡んだ時。
俺はたまらず、彼女にキスしていた。
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