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第二部 2章 未来を、語る
第22話 ナオキ
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結局タケノリの提案に賛成したユースケは、いつものように夕食を一緒にするフローラにどこか休める日はないかを尋ねた。途中でユースケは、「そういえば朝に行ければそれで良かったんだよな」と本来の目的を忘れていたのに気がついたが、それでもフローラと一緒に出掛けられるならその方が良いと判断した。
「うんうん、私もユースケの友達とオハナシしてみたい」
フローラは二つ返事で了解してくれた。初対面のときは、人を寄せ付けようとはせず、仕事以外では笑みを見せることもなかったなあと、フローラの白い歯を見てしみじみと感じていた。じろじろと歯を見てくる視線に気がついたフローラは、恥ずかしがるように口元を覆って、ユースケに非難の目を向けるがユースケは気にせずにマイペースに箸を動かした。
タケノリと、タケノリの彼女に会う。フローラにも話をつけていよいよその話が実現しそうになると、途端に意識がタケノリたちに向けられ、変な緊張を覚えた。大学校に来て初めの方は右も左もすべてが新鮮でタケノリやユズハと一緒に行動していたが、いつの間にかそれぞれがそれぞれの交友を持つようになり、過ごす時間もそれに比例して減っていった。その上、タケノリは以前の帰省では不在で、夏休みではユースケが帰省していなかった。最後に会ったのは、大学校祭のときのほんの一瞬だけで、タケノリの最近の様子も分からぬまま別れてしまった。
タケノリはどんな風になっているのだろうか。自分はタケノリから見てどんな風になっているだろうか。そんなことを考えると、怖さとは異なる感情で身体の奥から震えてくるような感じがして、勝手にそわそわしてしまう。そのせいで、研究室でもちょっとした休憩を取ったときについそのことを考えてしまい、休憩が長引いてしまいレイに心配され、シンヤにからかわれた。
フローラが休みを取れるのは、一週間後となった。そのことをタケノリにも伝えると、『いつでも大丈夫だぞ』と答えてくれたので、一週間後の休日に学生寮の前で集合ということになった。タケノリと会うというぼんやりとした約束が明確な形になったことで、このそわそわはなくなるかと思いきや、案外変わらず休憩時間にはついそのことを考えてしまい物思いに耽ってしまっていた。
「んで、いちいち俺に報告するのは何でなの」
タケノリたちと会う前日、いつものようにナオキの部屋に訪れると、ナオキは真剣な表情で机に向かい合っていた。手元には大量の原稿用紙と、図書館から借りてきたのかいくつかの分厚い本が、ノートの横で並び重ねられていた。
「いやあ、俺も暇だから、遊びに来ちゃうんだよねえ」
「遠足の前日にそわそわして眠れないガキかよ」
ユースケの言葉にナオキも軽口を叩き返すが、今日のナオキは基本的に自分から喋ろうとはしなかった。口数が少なく、目の前の原稿用紙とノートを睨みつけるように向き合っている。ユースケも何だか邪魔しない方が良いような気がして、極力話しかけずに、本人曰く暇だったという冬休みを利用して書き上げたナオキの新しい小説を読んでいた。小説の内容は、随分と文明の進んでいない時代を舞台に、幼馴染みの女の子との青春物語が繰り広げられるかと思いきや、途中から主人公が別の国に引っ越すことになってしまい、何やら雲行きが怪しかった。
結局そのまま昼過ぎぐらいになるまで特に会話らしい会話もなく、ユースケが「腹減った!」と主張したことでナオキがうんざりしたような顔をしつつも「昼飯食いに行くか」と作業を中断してくれた。そのときになって初めて、ユースケは一度もナオキにベッドを追い出されなかったことに気がついた。
「……もしかして、今まで邪魔しちゃってた?」
「何だよ、今更だな」
「んで、邪魔じゃなかったんだよな?」
「別に来なくても良いんだけどな」
寮を出ると、日に日に勢いを増していく寒風がユースケたちを震わせた。それでも寮の前の広場では、相変わらず活発な女性たちが、見ているこっちが寒く感じるほど丈の短いスカートを着て、曲に合わせて踊っていた。露出する脚に気を取られながらもその女子たちの気合にはユースケも感服した。
「今までは別に俺もそんなに真面目にやっていたわけじゃねえからな。お前が居て作業が進まないなんて、それこそ言い訳だろ」
「ほーん……? でも、ということは、最近からはそうでもないってこと?」
「まあ、多少は力入れてやろうかなとは、思ってるな」
ナオキはこれまで、何故小説を書くのか、という理由について、ユースケには教えてくれなかった。しかし、何やら今までと違う様子のナオキを見ていると、今なら何か答えてくれるかもしれないと、ユースケは少しだけ期待して訊いてみたが、
「なあ、何で小説書いてんの?」
「ああ? んなの教えるかよ」
ナオキは以前聞いたときと全く同じトーンで即答してきた。期待して損したという落胆の気持ちもありつつ、ナオキらしいと言えばナオキらしいとも思えてユースケは納得したが、今度はナオキが「お前はどうして研究者目指してるんだよ」と訊き返してきたので、流石にユースケも驚いた。
「どうしたの、急に? 変な物でも食べたのか?」
「お前じゃねえんだ、んなわけあるか。まあでも、お前も即答できなかったし、そんなすぐ言えることじゃねえってことだ。俺が答えなかったのであんま文句言うなよ」
「……俺は、惑星ラスタージアに行ければ皆喜ぶと思って、それでだけど」
「……ふうん。やっぱりユースケは単純だな。ま、言ってくれたところ悪いけど、俺はそれでも答えないけどな」
ナオキがなんでそんなことを訊いてきたのかは分からなかったが、ユースケの返答にナオキはニヤつきながら鼻を鳴らしていたので、ユースケも何だか気分が良くなった。食堂では二人そろってカツカレーを注文し、ナオキが食べる三倍もの時間をかけてユースケも食べ終わった。ナオキもユースケのことを置いて行けばいいのに、「早く食えよ」と急かすばかりでその気配は見せなかった。自分の隣人は相変わらず変な奴だと、ユースケはしみじみ思いながらカツを頬張る。
「うんうん、私もユースケの友達とオハナシしてみたい」
フローラは二つ返事で了解してくれた。初対面のときは、人を寄せ付けようとはせず、仕事以外では笑みを見せることもなかったなあと、フローラの白い歯を見てしみじみと感じていた。じろじろと歯を見てくる視線に気がついたフローラは、恥ずかしがるように口元を覆って、ユースケに非難の目を向けるがユースケは気にせずにマイペースに箸を動かした。
タケノリと、タケノリの彼女に会う。フローラにも話をつけていよいよその話が実現しそうになると、途端に意識がタケノリたちに向けられ、変な緊張を覚えた。大学校に来て初めの方は右も左もすべてが新鮮でタケノリやユズハと一緒に行動していたが、いつの間にかそれぞれがそれぞれの交友を持つようになり、過ごす時間もそれに比例して減っていった。その上、タケノリは以前の帰省では不在で、夏休みではユースケが帰省していなかった。最後に会ったのは、大学校祭のときのほんの一瞬だけで、タケノリの最近の様子も分からぬまま別れてしまった。
タケノリはどんな風になっているのだろうか。自分はタケノリから見てどんな風になっているだろうか。そんなことを考えると、怖さとは異なる感情で身体の奥から震えてくるような感じがして、勝手にそわそわしてしまう。そのせいで、研究室でもちょっとした休憩を取ったときについそのことを考えてしまい、休憩が長引いてしまいレイに心配され、シンヤにからかわれた。
フローラが休みを取れるのは、一週間後となった。そのことをタケノリにも伝えると、『いつでも大丈夫だぞ』と答えてくれたので、一週間後の休日に学生寮の前で集合ということになった。タケノリと会うというぼんやりとした約束が明確な形になったことで、このそわそわはなくなるかと思いきや、案外変わらず休憩時間にはついそのことを考えてしまい物思いに耽ってしまっていた。
「んで、いちいち俺に報告するのは何でなの」
タケノリたちと会う前日、いつものようにナオキの部屋に訪れると、ナオキは真剣な表情で机に向かい合っていた。手元には大量の原稿用紙と、図書館から借りてきたのかいくつかの分厚い本が、ノートの横で並び重ねられていた。
「いやあ、俺も暇だから、遊びに来ちゃうんだよねえ」
「遠足の前日にそわそわして眠れないガキかよ」
ユースケの言葉にナオキも軽口を叩き返すが、今日のナオキは基本的に自分から喋ろうとはしなかった。口数が少なく、目の前の原稿用紙とノートを睨みつけるように向き合っている。ユースケも何だか邪魔しない方が良いような気がして、極力話しかけずに、本人曰く暇だったという冬休みを利用して書き上げたナオキの新しい小説を読んでいた。小説の内容は、随分と文明の進んでいない時代を舞台に、幼馴染みの女の子との青春物語が繰り広げられるかと思いきや、途中から主人公が別の国に引っ越すことになってしまい、何やら雲行きが怪しかった。
結局そのまま昼過ぎぐらいになるまで特に会話らしい会話もなく、ユースケが「腹減った!」と主張したことでナオキがうんざりしたような顔をしつつも「昼飯食いに行くか」と作業を中断してくれた。そのときになって初めて、ユースケは一度もナオキにベッドを追い出されなかったことに気がついた。
「……もしかして、今まで邪魔しちゃってた?」
「何だよ、今更だな」
「んで、邪魔じゃなかったんだよな?」
「別に来なくても良いんだけどな」
寮を出ると、日に日に勢いを増していく寒風がユースケたちを震わせた。それでも寮の前の広場では、相変わらず活発な女性たちが、見ているこっちが寒く感じるほど丈の短いスカートを着て、曲に合わせて踊っていた。露出する脚に気を取られながらもその女子たちの気合にはユースケも感服した。
「今までは別に俺もそんなに真面目にやっていたわけじゃねえからな。お前が居て作業が進まないなんて、それこそ言い訳だろ」
「ほーん……? でも、ということは、最近からはそうでもないってこと?」
「まあ、多少は力入れてやろうかなとは、思ってるな」
ナオキはこれまで、何故小説を書くのか、という理由について、ユースケには教えてくれなかった。しかし、何やら今までと違う様子のナオキを見ていると、今なら何か答えてくれるかもしれないと、ユースケは少しだけ期待して訊いてみたが、
「なあ、何で小説書いてんの?」
「ああ? んなの教えるかよ」
ナオキは以前聞いたときと全く同じトーンで即答してきた。期待して損したという落胆の気持ちもありつつ、ナオキらしいと言えばナオキらしいとも思えてユースケは納得したが、今度はナオキが「お前はどうして研究者目指してるんだよ」と訊き返してきたので、流石にユースケも驚いた。
「どうしたの、急に? 変な物でも食べたのか?」
「お前じゃねえんだ、んなわけあるか。まあでも、お前も即答できなかったし、そんなすぐ言えることじゃねえってことだ。俺が答えなかったのであんま文句言うなよ」
「……俺は、惑星ラスタージアに行ければ皆喜ぶと思って、それでだけど」
「……ふうん。やっぱりユースケは単純だな。ま、言ってくれたところ悪いけど、俺はそれでも答えないけどな」
ナオキがなんでそんなことを訊いてきたのかは分からなかったが、ユースケの返答にナオキはニヤつきながら鼻を鳴らしていたので、ユースケも何だか気分が良くなった。食堂では二人そろってカツカレーを注文し、ナオキが食べる三倍もの時間をかけてユースケも食べ終わった。ナオキもユースケのことを置いて行けばいいのに、「早く食えよ」と急かすばかりでその気配は見せなかった。自分の隣人は相変わらず変な奴だと、ユースケはしみじみ思いながらカツを頬張る。
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