上 下
97 / 124
第二部 2章 未来を、語る

第18話 作戦会議

しおりを挟む
「ユースケがそう言うなら……まあ、大事な用なんだろうな。休んででもきっちり済ませて来いよ」
 それまでずっとパソコンと睨み続けていたレイが、ノートを片手に立ち上がりながらそう言った。ユースケも「うっす!」とシンヤに対してと違ってやけに良い返事をする。その返事にレイは満足したように小さく頷くと、忙しなさそうに研究室を出て行った。
「よし、メリハリつけてやるぞ。お前が論文紹介のスライド作ってる間、横から色々口出ししてやる」
「ええ~シンヤさんも研究したらどうっすか」
「生意気な口言ってられんのも今の内だぞ」
 どうやらシンヤはすっかりそのつもりらしく、ユースケも諦めて、まずは先ほどのシンヤのせいで変な操作が行われた部分を修正するところから渋々作業を開始させた。

 ケイイチや今年で大学校を卒業してマスター学生にもならずに働くことになっているアンズたちが来ると、皆がパソコン作業を開始させるためカタカタという音が騒がしく研究室内に満ちた。それに伴ってシンヤの支配が弱まってきたことで、ゆるゆると作業を進めていたユースケは、論文を読み込み大体のプレゼンの下書きを終えたところで研究室を出ることにした。悔しいことに、シンヤが付きっきりだったときの方が圧倒的に進みが早かった。
 工学府棟を出ると、遠くの運動場の方で雄々しい掛け声が聞こえてきた。冬休みを明けてもまだまだ日が短いため、夕方の時間頃でもすっかり辺りは暗くなっているのだが、それでもこの暗闇の中運動場で走っている部活の人たちの姿を想像すると、ユースケは頭が上がらない想いだった。
 工学府棟を出て寮を目指そうと方向転換するとすぐに、リュウトとユキオの姿があった。二人ともユースケの存在に気がつくと、手を振って手招いていた。
「リュウトごめん! 昨日すっかりすっぽかしちまって」
 開口一番、ユースケが頭を下げると頭上で「お前らしくないから上げろって」とリュウトは苦笑した。
「大体のことはユキオから聞いた。むしろ俺が礼を言わなくちゃいけねえよな、ありがとう」
「じゃあ今度ラーメン奢ってくれ」
 先ほどは謝っていたくせに抜け抜けと図々しい注文をするユースケに、リュウトはあっさり「いいよ」と了承してくれた。一瞬、何かの罠かとユースケは警戒したが、それほどリュウトも参っているのかもしれないと考え、むしろラーメンを奢らせる行為が恥ずかしいことのような気がしてきた。
「んで、俺たちはどうすれば良い? 俺はかえで倶楽部に行けば良いのか?」
「うーん、どうなんだろうな。ちょっとフローラの話を聞いた方が良いかもしれない」
 ユースケは何も気にせずにフローラの名を出したが、リュウトとユキオは絶句して呆けていた。どうしたことかとユースケはきょろきょろと二人の顔を見比べる。
「いや、お前……本当にあの人と付き合えたんだなって。改めて聞くと、すげえなって」
 リュウトの感心したような発言に、ユキオもうんうんと頷く。
「それもリュウトのおかげだからな。今度は俺がリュウトに借り返す番だって」
「……ありがとうな」
 その後、三人は外にいるのは寒いからと、食堂に集まることにした。リュウトは贅沢にも夕食とは別に軽食を摂ることにしたらしく、購買部に向かい、ユキオもそれに便乗した。ユースケはフローラと一緒に食べるからと先に食堂内でいつもフローラと一緒に座る席に着くと、二人からじろっと胡乱な目つきで見られた。
 食堂内は人がそこまでいないからなのか、隙間風が思ったよりも寒く、そのせいか戻って来たリュウトたちもいつもよりも口数が多くさせた。ユースケも何も口にしていないせいか、いつもより声を大きくさせて話した。
 リュウトが買ってきたホットドッグを食べ終えて少ししたタイミングで、強い風が足下を勢いよく通り抜けていきユースケたちは身震いした。その直後に、「ユースケ~」という声が聞こえて、ユースケも身震いが収まって食堂の入り口に向けて勢い良く手を振る。そのユースケを、リュウトとユキオが目を丸くして見ている。
「フローラ~」
「ユースケ~。あら、そちらのお二人は?」
 一応ちょうどユースケたちのいる食堂の上階にある本屋でもフローラは働いているため、ユースケから散々話を聞かされていたリュウトたちも容姿を知っているが、そんなフローラが普通にやって来て話しかけてくる状況に戸惑っているのか、二人してあたふたしていた。フローラが二人の様子を不思議そうにじっと見つめているので、ユースケが「二人とも照れてるだけだから」と言ってやるとフローラは分かりやすく「そうなんだ」と照れる様子もなくケロッとしていた。それで納得したフローラは、持ってきたうどんを当然のようにユースケの向かいに置いて座った。
「は、初めまして、こいつ……ユースケとよく遊ぶリュウトです」
「ゆ、ユキオです……」
「リュウトさんに、ユキオさん、ね。ユースケから話は聞いてるよ。初めまして」
 律義に頭を下げるフローラに、二人も素早く頭を下げる。緊張して堅くなっている二人に対してケロッとしているフローラのやり取りは、傍から見ると不思議な感じがして面白かった。
「それで、チヒロさんのことなんだけど……」
 ユースケがフローラと一緒に注文をしに行き、戻ってきたところで早速、フローラがうどんもほどほどに食べながら、がちがちに固まっている二人よりも先にその話題を切り拓いた。フローラによると、かえで倶楽部にバイトとして新しく入ったチヒロは、胸は大きく、銀髪のショートヘアに一重の瞼で背丈もユキオより少し低いぐらいらしい。銀髪以外の身体的特徴は一致しているように思われるが、化粧はほとんどされていないほどすっぴんであるらしく、店長との面接やその後の希望では、派手な衣装を嫌い地味な衣装を希望しており、授業やゼミがあるはずであろう日中のシフトも多く申請しているというのが、ユースケは引っかかっていた。
「なんか、ちょっとチヒロさんっぽくないね」
 ユキオもユースケが抱いたのと同じ疑問を抱いたようで、困ったように眉を下げながらいつもと同じ昆布おにぎりを小さく口に含んだ。ユキオはいちいち昆布を美味しそうに食べる。
「そうなの? なあんだ、それじゃあユースケの早とちりだったんだね」
「おかしいな、俺の直感が外れるなんてな」
「ユースケの直感が凄いって思ったことないケド」
 ユースケがムッとフローラを睨みつけるも、フローラはその視線から逃げるようにうどんを食べるために視線を下ろしていた。ユースケもフローラへの反論はさておき、チヒロだと思った人物の予想外の人物像に混乱し、今後どうすれば良いか考え直すことにした。先ほどから黙っているリュウトに意見を窺おうと視線を向けると、真剣な表情で空になったホットドッグの袋を睨んでいた。
「二人の言うことも分かるけど……それでも、一応会っておこう」
 リュウトの発言にユースケもユキオもあまり気は乗らなかったが承知した。そうと決まればと、リュウトは早速フローラにそのチヒロと思しき人物についていくつか質問を繰り返して、それからチヒロと会う作戦を企て始めた。ユースケとしては、その人物が本当にチヒロかどうかは半信半疑であったが、リュウトの瞳は何かを確信しているように揺らぎなく、意思が固そうなのを見て、ユースケももしかしたらそうなのかもしれないという想いが傾き始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男だけど女性Vtuberを演じていたら現実で、メス堕ちしてしまったお話

ボッチなお地蔵さん
BL
中村るいは、今勢いがあるVTuber事務所が2期生を募集しているというツイートを見てすぐに応募をする。無事、合格して気分が上がっている最中に送られてきた自分が使うアバターのイラストを見ると女性のアバターだった。自分は男なのに… 結局、その女性アバターでVTuberを始めるのだが、女性VTuberを演じていたら現実でも影響が出始めて…!?

【本編完結】実の家族よりも、そんなに従姉妹(いとこ)が可愛いですか?

のんのこ
恋愛
侯爵令嬢セイラは、両親を亡くした従姉妹(いとこ)であるミレイユと暮らしている。 両親や兄はミレイユばかりを溺愛し、実の家族であるセイラのことは意にも介さない。 そんなセイラを救ってくれたのは兄の友人でもある公爵令息キースだった… 本垢執筆のためのリハビリ作品です(;;) 本垢では『婚約者が同僚の女騎士に〜』とか、『兄が私を愛していると〜』とか、『最愛の勇者が〜』とか書いてます。 ちょっとタイトル曖昧で間違ってるかも?

光のもとで1

葉野りるは
青春
一年間の療養期間を経て、新たに高校へ通いだした翠葉。 小さいころから学校を休みがちだった翠葉は人と話すことが苦手。 自分の身体にコンプレックスを抱え、人に迷惑をかけることを恐れ、人の中に踏み込んでいくことができない。 そんな翠葉が、一歩一歩ゆっくりと歩きだす。 初めて心から信頼できる友達に出逢い、初めての恋をする―― (全15章の長編小説(挿絵あり)。恋愛風味は第三章から出てきます) 10万文字を1冊として、文庫本40冊ほどの長さです。

満天の星の下、消えゆく君と恋をする

おうぎまちこ(あきたこまち)
青春
 高校2年生の朝風蒼汰は、不運な事故により、人生の全てを捧げてきた水泳選手としての未来を絶たれてしまった。  事故の際の記憶が曖昧なまま、蒼汰が不登校になって1年が経った夏、気分転換に天体観測をしようと海へと向かったところ、儚げな謎の美少女・夜海美織と出会う。  彼を見るなり涙を流しはじめた彼女から、彼は天文部へと入部しないかと誘われる。  2人きりの天文部活動の中、余命短い中でも懸命に生きる美織に、蒼汰は徐々に惹かれていく。  だけど、どうやら美織は蒼汰にまつわるとある秘密を隠しているようで――?  事故が原因で人生の全てを賭けてきた水泳と生きる情熱を失った高校3年生・朝風蒼汰 × 余命残り僅かな中で懸命に生きる薄幸の美少女高校生・夜海美織、ワケアリで孤独だった高校生男女2人の、夏の島と海を舞台に繰り広げられる、儚くも切ない恋物語。 ※12万字数前後の完結投稿。8/11完結。 ※青春小説長編初挑戦です、よろしくお願いします。 ※アルファポリスオンリー作品。

紅葉色の君へ

朝影美雨
青春
不幸なのは、自分だけ。 澪は線路の真ん中で止まった。 何それ、腹立つな。 碧は澪を突き飛ばして助けた。 そんな二人の、一年間の物語。 【いろの】シリーズ、第一作目。(四作あるよ)

世界に輝く未来を

きなこ
青春
幼なじみが虐待を受けているにもかかわらず、助けることができなかった主人公。 戦争が始まってからはもうどうすることも出来ずに、過去の自分を後悔するばかり。 今、ある幸せに手を伸ばし、精一杯今を生きる。主人公や幼なじみの「あの子」が伝えたいこと。正論だけで固められたこの世界に、私は伝えたい。

ここは私の邸です。そろそろ出て行ってくれます?

藍川みいな
恋愛
「マリッサ、すまないが婚約は破棄させてもらう。俺は、運命の人を見つけたんだ!」 9年間婚約していた、デリオル様に婚約を破棄されました。運命の人とは、私の義妹のロクサーヌのようです。 そもそもデリオル様に好意を持っていないので、婚約破棄はかまいませんが、あなたには莫大な慰謝料を請求させていただきますし、借金の全額返済もしていただきます。それに、あなたが選んだロクサーヌは、令嬢ではありません。 幼い頃に両親を亡くした私は、8歳で侯爵になった。この国では、爵位を継いだ者には18歳まで後見人が必要で、ロクサーヌの父で私の叔父ドナルドが後見人として侯爵代理になった。 叔父は私を冷遇し、自分が侯爵のように振る舞って来ましたが、もうすぐ私は18歳。全てを返していただきます! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

意味がわかるとえろい話

山本みんみ
ホラー
意味が分かれば下ネタに感じるかもしれない話です(意味深)

処理中です...