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第二部 2章 未来を、語る
第16話 間が抜けている
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リュウトは苦しそうに川の方を振り返る。揺れる瞳は、静かに流れる川の水の動きに重なった。
「チヒロも分かってくれるだろ。それこそ、結婚すれば色々分かってくれんじゃねえか?」
「ぶっ! お、お前、いきなり何言うんだよ」
「結婚すれば、苦しい研究生活も不安な未来も乗り越えられるだろ。そんなに不安でも、二人でなら乗り越えられるだろ。俺の妹も言ってた」
「……お前んとこは兄妹そろって変な奴らだな」
すっかり弱り切っているリュウトは、何も言い返せぬまま向こうを眺めていた。
その弱り切った佇まいに、何故か、昔のアカリの姿が重なった。惑星ラスタージアを観測しに行き、家庭のことや将来に対するどうしようもないやるせない想いを告白した、あの儚げなアカリの姿が、目の前のリュウトに確かに宿っていた。あのときにアカリが何を得て、あそこまでユースケの宇宙船を信じられるようになったかを考えて、思い出すのは、卒業式のことだった。
「なあリュウト、将来に必要なのは、何もお前が悩んでいることばかりじゃねえって」
「……どういうことだ?」
「これは俺の母校の卒業生代表の言葉だがよ……将来を怖く思い、それでもそれをどうにかするために必要なのは、能力や環境じゃなくて、何よりも、変わりたいと願って行動する勇気……なんだってよ」
ユリは、身体も弱く医者にも手術のリスクを説明されたが、迷うことなく手術を決断し、ユースケの将来を応援したいと言ってくれた。アカリは、どこにも行けなくなる寂しい将来を怖がっていたが、将来ユースケが宇宙船を造ると信じて楽しみにしていると言ってくれた。その想いが、直接彼女たちの生活の物理的な豊かさに繋がることはないだろう。しかしそれでも、そうと分かっていても、彼女たちの背中を押してくれたのは、きっと、あの日のユミが語ってくれた勇気なのだろうと、彼女たちの決断に偶然にも立ち会っていたユースケはそう確信していた。
「なあ……リュウトがどうしたいのか分からないけど、とりあえず動かなかったら何も起きないぞ。まずはチヒロともう一回話してこいって」
「……んなこと言われてもよ……」
「良いから探しに行くぞ、ほれ、立てって」
「お、おい……」
「うだうだ言うな! 行くぞ!」
ユースケに半ば強引に立ち上がらされたリュウトは、わざとらしく寒そうに腕を擦りながらユースケの後を渋々ついて行った。ユキオと並び、土手に上がったユースケは、そこでふと結局どこに行けば良いのか分からないことに気がついた。
「……なあリュウト、そういえばチヒロってどこにいるんだ? 俺たちそういやそれ訊きに来たんだったわ」
「はあ? ……まあそうだよな、だから俺のところ来たんだよな。それにしてもお前、あんな啖呵切っといて……」
「うっせー! 元はと言えばリュウトがいつまでもうだうだ言ってたのがいけねえんだろうが! リュウトが悪いからな、俺は悪くねえ!」
「はあ? どんな責任転嫁だよ、俺はどこも悪くねえだろ!」
「いいや、リュウトが悪い。おら、さっさとチヒロどこにいるか言えってんだ」
「俺も知らねえっての、このやろっ」
土手を上がり、街に瀕する道の真ん中で、ユースケとリュウトの醜い争いはその後もしばらく繰り広げられた。しまいには互いに掴みかかって罵り合うようにまでなったが、その二人の争いをユキオはほっとしたように微笑みながら見守り続けていた。ユキオがそうやって止めてくれないので、二人の争いは中々止まらなかった。
何とかリュウトの重い腰を上げさせたのはいいものの、本当にチヒロの行方については知らないようで、結局三人で手分けして地道に探すほかなかった。リュウトには主にこれまで二人のデートで訪れた場所に探すように頼んだが、「そんなところにいるとは思えねえんだけどな……」と女々しくぼやいていたので、ユースケはリュウトの尻に蹴りをお見舞いしてさっさと向かわせた。
結局誰からもチヒロの発見報告は上がらないまますっかり陽も暮れて辺りは暗くなっていた。一度皆と合流しようかと迷い、ユースケたちの寮に囲まれた広場にある時計に目をやって、ふとあることを思い出し、ユースケは血の気が引いていった。
今日帰省から戻ってくることを、フローラにも言ってある。直接約束を交わしたわけではないが、別れ際に「戻ってくるの待ってるね」と純粋そうに呟いていたので、もしかしたらそれを覚えていて今日も食堂に来てくれているかもしれない。時間は、そのいつもの時間をほんの五分ほど過ぎていた。
ユースケは自転車に跨り、人を轢いたら重傷を負わせそうなほどの勢いでかっ飛ばした。皆がチヒロを探しているだろうに自分だけこんなことをしてていいものかと一瞬だけ悩んだが、「いや、これはあくまで情報収集の一環だから」と心の中で内なる声を黙らせた。
あっという間に食堂が見えてきて、ユースケは駐輪場に停めるのも煩わしく、自転車をそのままの勢いで走らせながら飛び降りて、食堂に駆け込む。運転主のいなくなった自転車は勢いの止まらないまま派手に吹っ飛んでいき、茂みの中へと突撃していた。茂みの中に人がいれば間違いなく重傷を負うだろうが、ユースケにそれを気にする余裕はなかった。
扉を開けてすぐ、決して扉から近い席にいるわけではないのに、一目でフローラの姿を発見した。フローラも嬉しくも恐ろしいことに、ユースケが入ってきたと同時にすぐに気がついてくれ、途端に眉を顰め唇をキュッと結んだ。ユースケは恐る恐るカレーを注文するが、カレーが出てくるまでの時間が恐ろしく長く感じられた。
ようやく出てきたカレーを持ってフローラの向かいに座ると、開口一番「忘れてたでしょ」と言われて、ユースケのハートはブレイク寸前になった。
「本当にすみません……」
「……今日早めに来たのに」
「本当にごめん!」
しかし、ユースケが恐れていたのに反して、フローラは思ったほど問い詰めてこず、さっぱりと流してくれた。複雑そうな表情を浮かべながらも、「久し振り」と声を高くしてくれた。フローラの目の前にあるうどんからは湯気は出ておらず、見慣れているものより少しだけ麺が太く感じられた。ユースケは申し訳なくなって、カレーに手がつかなかった。
「ユースケ、実家はどうだった?」
「え、ジッカ? あ、ああ実家ね、うん、まあ楽しかったよ。相変わらず人は少ねえし、飛行機も撤去されないまま放っとかれてるけどな」
「ヒコウキ? ユースケ、ヒコウキって何?」
すっかりいつもの調子でフローラはユースケに分からない単語について質問してきた。ユースケは意識したことなどなかったが、フローラにとっては些細なことまで新鮮らしく、それらはこの国らしさを表しているのかなあ、などと思ったりしていた。
「チヒロも分かってくれるだろ。それこそ、結婚すれば色々分かってくれんじゃねえか?」
「ぶっ! お、お前、いきなり何言うんだよ」
「結婚すれば、苦しい研究生活も不安な未来も乗り越えられるだろ。そんなに不安でも、二人でなら乗り越えられるだろ。俺の妹も言ってた」
「……お前んとこは兄妹そろって変な奴らだな」
すっかり弱り切っているリュウトは、何も言い返せぬまま向こうを眺めていた。
その弱り切った佇まいに、何故か、昔のアカリの姿が重なった。惑星ラスタージアを観測しに行き、家庭のことや将来に対するどうしようもないやるせない想いを告白した、あの儚げなアカリの姿が、目の前のリュウトに確かに宿っていた。あのときにアカリが何を得て、あそこまでユースケの宇宙船を信じられるようになったかを考えて、思い出すのは、卒業式のことだった。
「なあリュウト、将来に必要なのは、何もお前が悩んでいることばかりじゃねえって」
「……どういうことだ?」
「これは俺の母校の卒業生代表の言葉だがよ……将来を怖く思い、それでもそれをどうにかするために必要なのは、能力や環境じゃなくて、何よりも、変わりたいと願って行動する勇気……なんだってよ」
ユリは、身体も弱く医者にも手術のリスクを説明されたが、迷うことなく手術を決断し、ユースケの将来を応援したいと言ってくれた。アカリは、どこにも行けなくなる寂しい将来を怖がっていたが、将来ユースケが宇宙船を造ると信じて楽しみにしていると言ってくれた。その想いが、直接彼女たちの生活の物理的な豊かさに繋がることはないだろう。しかしそれでも、そうと分かっていても、彼女たちの背中を押してくれたのは、きっと、あの日のユミが語ってくれた勇気なのだろうと、彼女たちの決断に偶然にも立ち会っていたユースケはそう確信していた。
「なあ……リュウトがどうしたいのか分からないけど、とりあえず動かなかったら何も起きないぞ。まずはチヒロともう一回話してこいって」
「……んなこと言われてもよ……」
「良いから探しに行くぞ、ほれ、立てって」
「お、おい……」
「うだうだ言うな! 行くぞ!」
ユースケに半ば強引に立ち上がらされたリュウトは、わざとらしく寒そうに腕を擦りながらユースケの後を渋々ついて行った。ユキオと並び、土手に上がったユースケは、そこでふと結局どこに行けば良いのか分からないことに気がついた。
「……なあリュウト、そういえばチヒロってどこにいるんだ? 俺たちそういやそれ訊きに来たんだったわ」
「はあ? ……まあそうだよな、だから俺のところ来たんだよな。それにしてもお前、あんな啖呵切っといて……」
「うっせー! 元はと言えばリュウトがいつまでもうだうだ言ってたのがいけねえんだろうが! リュウトが悪いからな、俺は悪くねえ!」
「はあ? どんな責任転嫁だよ、俺はどこも悪くねえだろ!」
「いいや、リュウトが悪い。おら、さっさとチヒロどこにいるか言えってんだ」
「俺も知らねえっての、このやろっ」
土手を上がり、街に瀕する道の真ん中で、ユースケとリュウトの醜い争いはその後もしばらく繰り広げられた。しまいには互いに掴みかかって罵り合うようにまでなったが、その二人の争いをユキオはほっとしたように微笑みながら見守り続けていた。ユキオがそうやって止めてくれないので、二人の争いは中々止まらなかった。
何とかリュウトの重い腰を上げさせたのはいいものの、本当にチヒロの行方については知らないようで、結局三人で手分けして地道に探すほかなかった。リュウトには主にこれまで二人のデートで訪れた場所に探すように頼んだが、「そんなところにいるとは思えねえんだけどな……」と女々しくぼやいていたので、ユースケはリュウトの尻に蹴りをお見舞いしてさっさと向かわせた。
結局誰からもチヒロの発見報告は上がらないまますっかり陽も暮れて辺りは暗くなっていた。一度皆と合流しようかと迷い、ユースケたちの寮に囲まれた広場にある時計に目をやって、ふとあることを思い出し、ユースケは血の気が引いていった。
今日帰省から戻ってくることを、フローラにも言ってある。直接約束を交わしたわけではないが、別れ際に「戻ってくるの待ってるね」と純粋そうに呟いていたので、もしかしたらそれを覚えていて今日も食堂に来てくれているかもしれない。時間は、そのいつもの時間をほんの五分ほど過ぎていた。
ユースケは自転車に跨り、人を轢いたら重傷を負わせそうなほどの勢いでかっ飛ばした。皆がチヒロを探しているだろうに自分だけこんなことをしてていいものかと一瞬だけ悩んだが、「いや、これはあくまで情報収集の一環だから」と心の中で内なる声を黙らせた。
あっという間に食堂が見えてきて、ユースケは駐輪場に停めるのも煩わしく、自転車をそのままの勢いで走らせながら飛び降りて、食堂に駆け込む。運転主のいなくなった自転車は勢いの止まらないまま派手に吹っ飛んでいき、茂みの中へと突撃していた。茂みの中に人がいれば間違いなく重傷を負うだろうが、ユースケにそれを気にする余裕はなかった。
扉を開けてすぐ、決して扉から近い席にいるわけではないのに、一目でフローラの姿を発見した。フローラも嬉しくも恐ろしいことに、ユースケが入ってきたと同時にすぐに気がついてくれ、途端に眉を顰め唇をキュッと結んだ。ユースケは恐る恐るカレーを注文するが、カレーが出てくるまでの時間が恐ろしく長く感じられた。
ようやく出てきたカレーを持ってフローラの向かいに座ると、開口一番「忘れてたでしょ」と言われて、ユースケのハートはブレイク寸前になった。
「本当にすみません……」
「……今日早めに来たのに」
「本当にごめん!」
しかし、ユースケが恐れていたのに反して、フローラは思ったほど問い詰めてこず、さっぱりと流してくれた。複雑そうな表情を浮かべながらも、「久し振り」と声を高くしてくれた。フローラの目の前にあるうどんからは湯気は出ておらず、見慣れているものより少しだけ麺が太く感じられた。ユースケは申し訳なくなって、カレーに手がつかなかった。
「ユースケ、実家はどうだった?」
「え、ジッカ? あ、ああ実家ね、うん、まあ楽しかったよ。相変わらず人は少ねえし、飛行機も撤去されないまま放っとかれてるけどな」
「ヒコウキ? ユースケ、ヒコウキって何?」
すっかりいつもの調子でフローラはユースケに分からない単語について質問してきた。ユースケは意識したことなどなかったが、フローラにとっては些細なことまで新鮮らしく、それらはこの国らしさを表しているのかなあ、などと思ったりしていた。
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