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第二部 2章 未来を、語る

第12話 故郷

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「んー、でも私皆ほどまだ何かやってるわけじゃないなあ……勉強や足りない部分山積みって感じね。マスター学生には進学するけど」
「そういやタケノリは心理学の分野って聞いてるけど、ユズハの専攻って何だ?」
 ユースケとしては至極当たり前の疑問として尋ねたつもりだったが、ユズハには何故かジト目で睨まれる。会ってないからしょうがないだろ、という文句を目に込めて睨み返していると、それが伝わったのか口を尖らせたまま「国際教養学よ」と答えた。それだけ聞いてもユースケは正直、どんなことをする分野なのかはまるで分からなかったが、ユズハが続けて「私外交官になりたいからさ」と続けたことで何となくイメージが掴めてきた。それと同時に、昔ユズハがそのような話をしていたのもうっすらと思い出してきた
「もっと世界の情勢とか、各国の内情とか知る必要があると思ってね、それでよ。けど、そんな分野だからか、その分野に興味持つ人も変わった人が多くてね、ユースケほどじゃないけど変わった人も多くて、たまに疲れるのよね」
「おい」
「うわあ……そりゃユズハご愁傷さまだ」
 カズキとセイイチロウが大袈裟に合掌して憐れんでいるのが腹が立ち、ユースケは二人の弁当からおかずをひょいひょいと奪った。アカリは冷酷(?)なことに、二人が弁当のおかずを盗まれているのをニコニコしながら眺めていたかと思うと、身体ごとユースケに向いてぱあっと顔を華やがせた。
「ねえねえ、ユースケ君は宇宙船造れそう? どう?」
「ん? まあもちろん造るつもりだけどよ、思ったより研究って大変みたいでよ。まずは造るための材料の性質について突き詰める研究だけでもいくらか時間がかかりそうだ」
「へえ……すごい、何か難しそう」
 本気で感心したようにそう呟くと、何かが琴線に触れたらしくアカリは嬉々としてユースケを質問攻めした。ユースケとしてもまだ研究室に入って二ヶ月ぽっちしか経っていないので、研究の大変さや研究がどういうものなのかといったこともあまり実感できていないが、それでもユズハ含めて皆が興味深そうにユースケの話を聞いていた。ユースケも初めは上手く説明できているか自信がなかったが、皆のその聞いている態度に気分が良くなってきてすらすらと言葉が出てきて、シンヤに賭けトランプで騙し取られていることへの文句といった研究に直接関係のない話まで口から余計に出てきた。
「へえ……本当に凄いユースケ君! うん、ますます宇宙船が出来るの楽しみになってきちゃった」
 あれだけ聞ければそりゃあ満足するよな、と思うほど質問攻めしてきたアカリはふうっと嬉しそうに息を吐きながら水筒に口づけた。しかし、上気してうっすら赤い頬が、ただ満足しただけでは浮かべられそうにない遠い目をした不思議な笑みに、ユースケはその言葉に別の想いが秘められていることを何となく感じ取った。
「……へ、だから言っただろ? 俺に任せてくれってよ。楽しみにしててくれ」
 ユースケはなんて事のない、いつもの調子でそんな風に答えるとアカリが水筒からそっと口を離してはっと息を呑みながら勢いよくユースケの方を振り向く。じっとユースケの目を見つめ、その姿に動揺したようにかすかに揺れ動くアカリの瞳は、瞬く間に涙で溢れそうになった。それにユースケの方が動揺してあたふたし手を無意味に動かしていると、途端にアカリは破顔した。
「はあ……やっぱりユースケ君はユースケ君だねっ。変わらないねっ、嬉しいなあ」
「え、いやいやいやいや、俺も少しは変わってるって。なあ?」
 アカリの言葉にユースケが反論しながら周りに同意を求めるも、誰もユースケの言葉に頷きはしなかった。おもむろにカズキがユースケの肩に寄りかかってきた。
「お前は昔も今も馬鹿っぽいところが変わってないってよ。そういうことだよな、アカリ?」
「はあ? 俺はあっちで賢さが滲み出てますねえとか言われるほどのインテリになってるんだぞ?」
 ユースケも否定したくて出鱈目を言い出す始末である。しかし、そんな言葉を信じる者は誰もおらず、アカリもカズキの言葉にうんうん頷きながら「そんなユースケ君嫌だなあ」と泣き笑いのような表情になった。それにつられてユズハも「あたしもそう思う」と同意しながら笑い始めた。アカリが何だか嬉しそうだからこれで良いのかなと思いつつも、何だかこのままだと丸っきり成長していないと思われているんじゃないのかと気になって、ユースケは渋い表情をした。カズキが乱暴に「お前は宇宙船頑張れば良いんだよ」と文句を言うように言ってきたので、ユースケも「お前も宇宙船の中でも使えるコップ作れよ」と言い返した。それから言い合いがヒートアップしていき、何故か「お前の方が先に宇宙船造れよ」と「お前が先に宇宙でも使えるコップ作れ」という相手を持ち上げる言い合いが始まり、その争いに何故かセイイチロウも巻き込まれていった。その三人の阿呆な言い争いをユズハはバカにするように、アカリは焚きつけるようにして見守り続けた。

 今までの帰省と違い、半月という時間はそれまで以上にあっという間に過ぎ去っていった。大学校に戻る日になり、ユースケがせっせと自転車に跨って行かんとしている様を、ユリとユースケの母親は並んで見守っていた。身体が弱いユリであったが、母親と並ぶほどの背になり、並んで立っているとまるで姉妹のようだと、ユースケは二人を振り返ってそんな感想を抱いた。
 そんな姉妹のように並んでいたうちの片割れが、そっとユースケの手を握ってきた。
「あっという間だったねえ」
「そうだな。あ~また研究室生活が始まるのか~だり~まだまだゴロゴロしていたいぜ」
「情けないこと言ってないで、しっかりやってきてね」
 ユリはユースケの手を握る力を強めて、小さくぶんぶんと振った。すっかり健康体となって力強く自身の手を振るユリの手が頼もしく感じられ、気力を分けてもらっているような気がしてきて、ユースケもシャキッと背筋を伸ばす。
「よし、ユリのおかげで元気出てきた。来年は……卒業研究もあるし帰って来られる保証はないけど、まあそうしたらしっかりやってくるわ」
「あらそうなの? そういうことならもっと色々持たせたのに、早く言いなさいよ」
 自分としては親切心でそう言ったつもりだったのに、何故か母親が不機嫌になってしまいユースケも不本意であった。
 いつまでも握られていたくなる温かく優しいユリの手をそっと離す。ユリも素直に手を離し、優しい眼差しで以てユースケを見送ろうとしていた。ユースケが自転車を走らせながら二人に向けて手を振ると、二人も控えめに手を振り返してきた。帰省して、大学校に戻るたびに見てきた、見慣れた光景だったが、この光景に見慣れているということ自体がとんでもない幸福なことなのだと、今になってまざまざと実感して、心が温かさに溢れた。
「じゃあ、行ってくるわー!」
「はーい行ってらっしゃーい! 前見て前見て!」
「お兄ちゃん行ってくるわ、頑張ってくるからな! ユリとお母さんも身体に気を付けるんだぞ!」
「っ、もう、良いから前見てってっ! ありがとうねっ!」
「なにかあったらいつでも戻ってくるからな! 絶対駆けつけるからな!」
 ユースケは今しがた感じた想いを伝えようと言葉を重ねるが、母親はもちろん、ユリにも様子に変化がないので、ユースケも諦めて前を向こうとした瞬間、視界の端にユズハが自転車に乗ってやって来ようとしている姿を捉えた。ユースケは力いっぱいペダルを踏みしめて、変わらない景色に別れを告げながら駆け抜けて行った。
 しかし、ユースケの努力(?)も甲斐なく、道中ユズハを大きく引き離したのは良いものの、結局望遠大学校行きのバスを待っている間にユズハが追いつかれてしまった。思わず舌打ちしてしまうと、ユズハが露骨に眉を下げて不機嫌そうな表情を作った。その癖に、ユズハはユースケの隣に座ってきた。
「おい」
「何よ、なんか文句でもあるわけ?」
「……いや、ないっす」
「それでよろしい」
 ユズハはふんと鼻を鳴らして、そっぽを向いて窓の外を眺めた。ちょうどそのタイミングでバスが浮き上がっていき、見慣れた街並みが遠くなっていく。やがて緑一面の世界に街がぽつんとあるだけのように見えるぐらい高く浮かび上がると、ぐんと背中が引っ張られる感覚がすると共にそれらの風景が後ろへ流れていく。しかし、偉そうな態度のユズハと同じようにその風景を眺めるのも何だか癪に障る気がして、ユースケは研究室から借りてきた参考書を開いて読むことにした。
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