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第二部 2章 未来を、語る

第10話 同級生たち

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「あれ……ああ、やっぱりユースケ君だ、早いね」
 そんな不審な行動を取っていると懐かしい女性の声が聞こえてきて、ユースケはベンチの上で立ったままさっと振り向く。赤いコートに身を包んで怪訝そうな顔をしているユズハと、白いダウンコートに包まれてニコニコしているアカリの顔があった。アカリは寒さのためか、頬を赤くさせながら「久し振り~」と小さく手を振る。
「夏はユースケ君も忙しかったんだね。会えなくて寂しかったよ」
「お、おおう……」
 そう純粋そうなアカリの表情を見ていると、どこか胸がズキンと痛む気がした。ふとフローラの顔が過って、アカリにもフローラにも申し訳なく感じる。浮気をしている人間がこの世にいるなど信じられない気持ちであった。
 その後ユズハに目で威圧され、悠々とベンチを独り占めしていたユースケは身体をどけて、三人で窮屈に座ることになった。ユースケが店主に気づいてもらえないかと色々試していたことを素直に白状すると、ユズハにひどく呆れられるもアカリが明るく笑って「ねえ私たちもやってみよ」と何故か乗ってきたのだった。ユズハも心底嫌そうにしていたが、アカリの頼みは断れないらしく、ユースケと一緒になって三人で念でも送るみたいに店主の方をじっと見つめていた。しかしそれでも店主はマイペースに箒を掃き続けたかと思うと、寒そうに腕を抱きながら店の中へと引っ込んでいった。
 ユースケとアカリがいつまでも店主に気づいてもらおうと睨みつけていると、早々に諦めてきょろきょろと見渡していたユズハが「あ、カズキたちだ」と声を上げる。その報告を受けながらも、ユースケがなおもじっと店の方を見ていると、頭にぽんと何かを乗せられる感触がする。手に取ってみると、滑らかな感触で黒色のコップが艶々とその表面を光らせていた。
「それ、ユースケの分。夏に帰ってこなかったからなお前、渡せなかった」
「度々もらうけど、何か悪くね? 金なら払うぞ」
「んなけち臭いこと言わねえっての。ありがたく受け取っておけ」
 ちなみに卒業のときから数えて今回で三個目である。二個目と同様、来客用に使うか、とユースケはリュウトやユキオの顔を思い浮かべ算段を立てていた。三個目ともなるとそのアップグレードの具合は凄まじく、ますます申し訳なくなるがカズキは決まって遠慮するなと言う。何だかかっこいい大人になったようでユースケは一人感動していた。
 あとはタケノリだけか、とユースケが未だに店の方を眺めていると、頭上で「これで全員揃ったね」という声と頷き合う気配を感じて、ユースケは慌てて立ち上がる。ベンチの上で立ち上がるものだから隣に座るアカリがよろめき、ユースケも「あ、わりい」と謝る。
「タケノリは? アイツまだ来てないぞ」
「タケノリはちょうどユースケが帰ってくる二日前ぐらいに大学校に戻ったぞ。何でも、教育実習?とか、シンポチーズ?だとかで冬休みの後半は予定が入ってるらしい」
「それを言うならシンポジウムね。もうしっかりしなさいよカズキ」
 ユースケとしてはシンポジウムだろうとシンポチーズだろうとそんな話は聞いておらず、タケノリに「何で俺にだけそれを知らせないんだ」と軽くキレそうになったが、自身も前回の夏にユズハに何も言ってなかったので、これもまあ因果応報(?)なのかもしれないと、ユースケは寛大な心で許すことにした。
 事情を把握して、ユースケたち一行は一度いつも利用していた飲食店に入ろうとしたが、ユースケの「俺あんま空いてねえなあ」という一言をきっかけに皆の足が止まる。初めは、ユースケも「また余計なこと言ったと批難囂々かもしれん」と思い恐る恐る皆の方を振り向くが、予想していたような不機嫌顔はなく、皆が気まずそうな表情を浮かべて、互いの顔を見合わせていた。それで全員の意志が通じ合ったのか、互いに頷き合うと、ユズハが「適当に弁当買ってどこかぶらぶらしましょうか」と言った。どうやら皆もユースケと同じようにそこまでお腹が空いていなかったらしい。
 結局、商店街の適当な店で適当に弁当を買い、お腹を空かせるためにぶらぶらとその辺を歩いた。先ほどからずっと気づいてくれるかと期待していた店主に会いに行くと、いつものように「おうお前ら」と破顔した。改めて近くから見ると、顔に刻まれた皺が増え、深くなっているような気がした。
「最近どうだ。こっちは悪ガキどももいなくなって学校は少なくとも平和そうだぜ」
「こっちも平和だよ。俺がいるからと言っても過言ではない。だからここの学校が平和じゃなくなってるんじゃないかと心配だったけど、そりゃ良かった」
「お前さん、相変わらずだなあ」
 相変わらずなのは店主の呆れたような口調であったが、それに反して表情はやけに柔らかい。
 それからとりとめもない会話をしばらくしてから店主と別れた。そのまま商店街を抜け、自然と皆の足は学校に向かっていた。
「なあなあ、ユースケは学校どんな感じなんだよ。宇宙船はきちんと作れるんだろうな」
「あたりめえだろ。同級生の中で一番研究者気質と言っても過言ではないほどの実力を発揮している」
「それは流石に盛りすぎだろ」
 カズキはいつものようにユースケの近況を訊きたがり、セイイチロウも相変わらず寡黙ではあったがユースケが質問に答える度に頬を緩ませている。毎回会う度に、ユースケは「もしかしたら以前までのカズキたちじゃないかもしれない」と言ったような、自分でも良く分からない不安を抱えるのだが、実際に会って話していると、まるであの頃に戻ったかのような気分になってすらすらと調子の良い言葉が出てくる。そのことに、ユースケは毎度のことながら不穏な澱が取り払われて心が軽くなった。
 学校の塀を回り、校門のところまで出て、誰もいない校庭を眺めていると、不思議と、違うグラウンドで行われたタケノリのフットサルの試合の光景が蘇ってくるようであった。あの試合も、もう三年以上も前の出来事なのかと思うと、時間の流れの速さを実感できた。
「なあ、ちょっと校庭入って行かね?」
「え、あ、おい」
 ユースケはそう提案すると、皆の返事も聞かずに校門をさくっと乗り越えていく。望遠大学校の塀を何度も越えてきているユースケにとっては楽な障害であった。ユズハたちも呆れたり動揺したような顔で互いの顔を見合わせるが、カズキが意気揚々とユースケに続いて入っていった。それを機に、皆も仕方がないとばかりに校門を越えてくる。
 地面を踏む感触を噛みしめながら、ゆっくりと校庭を練り歩いているうちにお腹も空いてきて、一行は校内に入ってみようということになった。不思議なことに、誰も止めようとはせず、何かに導かれるように扉を開けて入っていく。
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