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第二部 2章 未来を、語る
第8話 ユズハの家
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大学校近くの停留所からは空飛ぶバスが出ている。それぞれのバスが向かう場所は異なり、また一般の人にとってはほとんど需要がないらしく、毎年決まった日に数本しか飛んでいないという。学生がそれを利用するときのほとんどは帰省するときであり、そのため同じ、もしくは近しい地方の帰省者とは同じバスに乗ることになり、それで交友が深まる例もあるらしい。冬休みの途中とはいえ、まばらに人が乗っているバスの中を眺めながら、ユースケはそんなことを思い出していた。誰もが周囲に座る人と仲睦まじげに話している中、ユースケだけがぽつんと一人用の席に座っていた。
ユースケの故郷は望遠大学校の学生の中でもかなり田舎の方らしく、朝はそれなりに乗っていた人も全員いなくなり、やがてユースケ一人だけになった。しかし、バスの速度は早いらしく、そんな遠くのユースケの地元にも昼前には到着した。バスが静かに地上に降り立ち、ユースケも運転手に律義に頭を下げながら降りて行く。
降りた先は、何度もお世話(?)になっている街である。ユースケの冒険途中で通りがかり、ユリの手術が行われ、タケノリの最後の試合が行われた街は、何も変わらない風景を保っていた。ユースケは、地方に出る人用の自転車置き場の中から愛用の自転車を見つけ出して、早速家へと向かう。
初めて街に辿り着いたときはそれなりに長く感じた道だったが、当時よりは重い荷物を抱え、研究生活がすっかり板について体力が落ちているにもかかわらず、その道が何だか狭く、小さく感じられ、あっという間にかつて何年も通った学校近くまでやって来た。学校の前の並木道を過ぎ去っていくと、あの時の日々が聞こえてきそうな錯覚に陥る。そのまま寒風を浴びながらその道を抜け、森に入っていくと、相変わらずでこぼこと自転車のタイヤが跳ね、尻が浮く。森が開けると、昔と変わらずもう使われていない飛行機が平原のど真ん中で堂々と構えていた。家が見えてきて、ユースケは自転車を急がせる。
いよいよ到着し、扉を開けようとするが、はっとしてポケットをまさぐる。しかし、どこをまさぐっても鍵の感触がしてこないことで、ようやく実家ではろくに鍵すら使っていなかったことを思い出す。大学校で、しかも研究室生活に馴染んだ今になって考えてみると、なんとセキュリティ意識の低いことかと、ユースケは途端にユリと母親が心配になって、勢いよく家に入る。
「ただいまーっ!」
ユースケが感極まって声を震わせながらそう言うも、しんと寂しく静まり返っている。「あれ、マジでヤバい?」と慌ててどたどたと家の中へ上がっていき、リビングへ上がったところでようやく気がつく。ユリと母親は、今頃田んぼや畑に出ているのだ。
「それで私のところ来たの? あんたってそんなに寂しがり屋だっけ?」
いつもと違う帰省の感覚に胸が詰まり、そわそわと落ち着かなかったユースケは、話し相手を求めにユズハの家へ向かうと、開口一番にユズハはそう言ってきた。相変わらずの皮肉っぷりですら、ユズハの家で聞くとまるで学校に通っていた時期に戻ったような気がして、なかなかどうして感慨深いものがあった。
「寂しがり屋というか、ちょっとこの想いを言葉にして消化したいと言いますか……分かるだろ!」
「ちょっと、逆ギレしてこないでよ」
ユズハは虫でも払うようにしっし、と手を払ってくるが、台所へ引っ込むとコップを取り出し、冷蔵庫からお茶を取り出す。なんだかんだでユズハも素直じゃないなあ、とユースケは一人勝手に感心していると、ユズハは驚くことにそのコップに注いだお茶を自ら飲み始めた。どうやら自分のためのだったらしい。ユースケも発狂しながら、勝手の分かっているユズハの台所で自分の分のお茶を図々しくも用意する。ユースケはあっという間に飲み干して、そのまま勝手にソファに寝っ転がった。「勝手に使うな」とユズハが文句を言うも、どかそうとまではしてこない。そんなユズハはというと、テーブルに着いてぼんやりと宙を見つめているだけである。その虚ろな瞳は、ユズハにしては珍しく葛藤の色が浮かんでいた。
「何だよ、どうしたんだよユズハ」
「うーん……あんたに話すのも癪だけど、まあいっか」
「いちいち一言多いんだよお前はっ」
ユースケが噛みつくもユズハは依然として憂いた表情のまま「この家どうしよっかなって」と口にした。あまりにもあっさりと言ったので、ユースケは意味が飲み込めず、聞き間違えたかのかと疑うが、ユズハは変わらず宙を見つめている。
「家って、この家はユズハの家だろ。もしくはユズハの両親の家」
「私、このまま付き合ってる人と結婚することになったら、この家どうしようかなって。お母さんとお父さんはどうするんだろうなって、考えてた」
「けっ、結婚!?」
思ってもない話の方向性と進み具合にユースケは阿呆みたいに口も開きっぱなしに驚きっぱなしである。流石のユズハもあまりのユースケの驚きっぷりにそれまでの表情から一変して、すっかり見慣れた呆れたような冷めた目をユースケに向けた。
「そうよ。大学校に行った人は皆どこかしらの施設や研究機関に所属することになるだろうけど、それ以上にこれから結婚することになったらいよいよここに戻ってくることが難しくなるもの。お母さんたちが私に合わせて近くに住むことになるのか、それともここに留まるのか、今のうちに話しとかなきゃなあって」
「ほえ~~……俺たちってもうそんな年になるのかあ……」
「……ほら、あんたに話したところでどうしようもないでしょ? それに、あんたのとこはユリのこともあってあんたの両親はここに居座るのは間違いないだろうから無縁でしょうし……結婚は、知らないけど」
ユズハはつまらなそうに最後にそう言い捨てると、再びコップにお茶を注ぐ。そしてまた、ぼんやりとした瞳に戻る。先ほどまで学校に通っていた時期に戻ったかのような感覚に浸っていたが、そんなユズハのアンニュイな様子を眺めていると、何だか少しだけユズハも大人の女性になったんだなあという感じがゆったりと湧いてくる。ユースケはソファから起き上がって、自分のコップをもう一度持ってきて、残り少なくなってきたお茶を遠慮なくコップに注ぐ。ユズハがじろっと睨んでくるが、ユースケは構わずにコップを仰いで一気飲みする。「ぷはあ」と一気飲みしている間吸えなかった息を吸いこんで爽快感に浸っていると、ユズハが「アカリに会いたいなあ」と寂しそうに呟いた。アカリはもちろん、カズキやセイイチロウに会いたいというのはユースケも同意だった。
ユースケの故郷は望遠大学校の学生の中でもかなり田舎の方らしく、朝はそれなりに乗っていた人も全員いなくなり、やがてユースケ一人だけになった。しかし、バスの速度は早いらしく、そんな遠くのユースケの地元にも昼前には到着した。バスが静かに地上に降り立ち、ユースケも運転手に律義に頭を下げながら降りて行く。
降りた先は、何度もお世話(?)になっている街である。ユースケの冒険途中で通りがかり、ユリの手術が行われ、タケノリの最後の試合が行われた街は、何も変わらない風景を保っていた。ユースケは、地方に出る人用の自転車置き場の中から愛用の自転車を見つけ出して、早速家へと向かう。
初めて街に辿り着いたときはそれなりに長く感じた道だったが、当時よりは重い荷物を抱え、研究生活がすっかり板について体力が落ちているにもかかわらず、その道が何だか狭く、小さく感じられ、あっという間にかつて何年も通った学校近くまでやって来た。学校の前の並木道を過ぎ去っていくと、あの時の日々が聞こえてきそうな錯覚に陥る。そのまま寒風を浴びながらその道を抜け、森に入っていくと、相変わらずでこぼこと自転車のタイヤが跳ね、尻が浮く。森が開けると、昔と変わらずもう使われていない飛行機が平原のど真ん中で堂々と構えていた。家が見えてきて、ユースケは自転車を急がせる。
いよいよ到着し、扉を開けようとするが、はっとしてポケットをまさぐる。しかし、どこをまさぐっても鍵の感触がしてこないことで、ようやく実家ではろくに鍵すら使っていなかったことを思い出す。大学校で、しかも研究室生活に馴染んだ今になって考えてみると、なんとセキュリティ意識の低いことかと、ユースケは途端にユリと母親が心配になって、勢いよく家に入る。
「ただいまーっ!」
ユースケが感極まって声を震わせながらそう言うも、しんと寂しく静まり返っている。「あれ、マジでヤバい?」と慌ててどたどたと家の中へ上がっていき、リビングへ上がったところでようやく気がつく。ユリと母親は、今頃田んぼや畑に出ているのだ。
「それで私のところ来たの? あんたってそんなに寂しがり屋だっけ?」
いつもと違う帰省の感覚に胸が詰まり、そわそわと落ち着かなかったユースケは、話し相手を求めにユズハの家へ向かうと、開口一番にユズハはそう言ってきた。相変わらずの皮肉っぷりですら、ユズハの家で聞くとまるで学校に通っていた時期に戻ったような気がして、なかなかどうして感慨深いものがあった。
「寂しがり屋というか、ちょっとこの想いを言葉にして消化したいと言いますか……分かるだろ!」
「ちょっと、逆ギレしてこないでよ」
ユズハは虫でも払うようにしっし、と手を払ってくるが、台所へ引っ込むとコップを取り出し、冷蔵庫からお茶を取り出す。なんだかんだでユズハも素直じゃないなあ、とユースケは一人勝手に感心していると、ユズハは驚くことにそのコップに注いだお茶を自ら飲み始めた。どうやら自分のためのだったらしい。ユースケも発狂しながら、勝手の分かっているユズハの台所で自分の分のお茶を図々しくも用意する。ユースケはあっという間に飲み干して、そのまま勝手にソファに寝っ転がった。「勝手に使うな」とユズハが文句を言うも、どかそうとまではしてこない。そんなユズハはというと、テーブルに着いてぼんやりと宙を見つめているだけである。その虚ろな瞳は、ユズハにしては珍しく葛藤の色が浮かんでいた。
「何だよ、どうしたんだよユズハ」
「うーん……あんたに話すのも癪だけど、まあいっか」
「いちいち一言多いんだよお前はっ」
ユースケが噛みつくもユズハは依然として憂いた表情のまま「この家どうしよっかなって」と口にした。あまりにもあっさりと言ったので、ユースケは意味が飲み込めず、聞き間違えたかのかと疑うが、ユズハは変わらず宙を見つめている。
「家って、この家はユズハの家だろ。もしくはユズハの両親の家」
「私、このまま付き合ってる人と結婚することになったら、この家どうしようかなって。お母さんとお父さんはどうするんだろうなって、考えてた」
「けっ、結婚!?」
思ってもない話の方向性と進み具合にユースケは阿呆みたいに口も開きっぱなしに驚きっぱなしである。流石のユズハもあまりのユースケの驚きっぷりにそれまでの表情から一変して、すっかり見慣れた呆れたような冷めた目をユースケに向けた。
「そうよ。大学校に行った人は皆どこかしらの施設や研究機関に所属することになるだろうけど、それ以上にこれから結婚することになったらいよいよここに戻ってくることが難しくなるもの。お母さんたちが私に合わせて近くに住むことになるのか、それともここに留まるのか、今のうちに話しとかなきゃなあって」
「ほえ~~……俺たちってもうそんな年になるのかあ……」
「……ほら、あんたに話したところでどうしようもないでしょ? それに、あんたのとこはユリのこともあってあんたの両親はここに居座るのは間違いないだろうから無縁でしょうし……結婚は、知らないけど」
ユズハはつまらなそうに最後にそう言い捨てると、再びコップにお茶を注ぐ。そしてまた、ぼんやりとした瞳に戻る。先ほどまで学校に通っていた時期に戻ったかのような感覚に浸っていたが、そんなユズハのアンニュイな様子を眺めていると、何だか少しだけユズハも大人の女性になったんだなあという感じがゆったりと湧いてくる。ユースケはソファから起き上がって、自分のコップをもう一度持ってきて、残り少なくなってきたお茶を遠慮なくコップに注ぐ。ユズハがじろっと睨んでくるが、ユースケは構わずにコップを仰いで一気飲みする。「ぷはあ」と一気飲みしている間吸えなかった息を吸いこんで爽快感に浸っていると、ユズハが「アカリに会いたいなあ」と寂しそうに呟いた。アカリはもちろん、カズキやセイイチロウに会いたいというのはユースケも同意だった。
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