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第二部 2章 未来を、語る
第3話 電話
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まっすぐに自分の部屋に向かい、一瞬だけナオキの部屋に侵入しようかと企むも、面倒臭さとよく分からない脱力感が勝ってそれも辞めて、部屋に戻ってすぐにベッドの上にダイブした。
今日はもう早く寝た方が良い。そう判断してベッドの上で蹲るが、電気を消すのを忘れているのに気がつき、葛藤する。もうすっかり身体は眠ろうとしているのだが、この明るさで果たして眠れるのだろうかと、ユースケが布団にくるまってもぞもぞしていると、電話が鳴った。寮の部屋に備わっている電話は、寮長と寮に住んでいる人にしか繋がらないようになっており、ユースケにかかってくる電話の半分ぐらいが寮長からの名指しの注意喚起だった。そのためますますベッドから動く気力がなくなり、大きな図体を小さく丸めてその電話の音を無視しようとするが、電話は何故かいつまでも頑固になり続ける。その頑固さにユースケも折れて、布団にくるまりながら電話に出た。
『あ、やっと繋がった。もーあんたいつになったら電話に出るのよ』
「は?」
電話の相手は、ユズハだった。
『こんな遅くまで何してたって訊いて……いや、その話は今はいっか。もしもし、ユズハだけど。ユースケ?』
「あ、ああ。ユズハの知ってるユースケだけど」
しどろもどろで返答すると、「なにそれ」とユズハが耳元でケラケラと笑う。その笑い声が妙にくすぐったい。電話越しに聞く声は生で聞く声とは違うと聞いていたユースケだったが、そのユズハの笑い声を聞いてかつてユズハと一緒に登校したり図書館で勉強したりした風景が脳内にありありと蘇ってきて、ユースケは胸が詰まって言葉が出てこなかった。
『ユースケ、久し振りだけど、生きてる? どう最近は?』
「お……お前は俺を舐めてるのか。俺は全然、生きてるぞ」
『まあ生きてるのは分かるわよ。いちいち律義にそれ答える必要ないわよ。ほんと相変わらず変なんだから』
生きてるかと訊いてきたのはそっちだろと、ユースケは言い返そうとして、ふと、そんな減らず口が、こんなやり取りが懐かしくなって目の奥が熱くなった。
『んで、最近どう? あんた元気?』
「元気……」
『……やっぱり元気ないね。あんたもあの噂聞いたんだ』
短いやり取りだけでユズハはユースケの心境を即座に見抜いた。電話口でユズハが「ふむ……」と息を漏らすが、本当に息を吹きかけられてるようで耳がこそばゆくなった。
『ユースケ、昔からあんたは行動力の塊だけど……でも、だからってまだ見ぬ自殺を考える人を探し出して止めようだなんて、考えないでよ』
「な、なんだよ急に。別にそんなことしねえよ……」
『どうだか。ラジオの話を聞いて学校二週間もサボってどっか行ってたあんたなら、またそういうことするんじゃないかって思ってね』
「いや、本当にそんなこと考えてねえって」
ユースケとしては怒っているつもりなどなかったのだが、何故か語気が荒くなってしまい、申し訳なくなった。しかし、ユズハは特に気にした様子はなく、冷静にユースケの言葉を受け止め「ふうん」と言うだけだった。
「……でもさ、人ってなんか、簡単に自殺しちまうんだな」
『……そうみたいね。私も、少しショック受けてる。あんたほどじゃないだろうけど』
「……もしかしたら、俺の知ってる奴の中からそういう奴が出てくるかもしれないんだよな」
『……それはー……大丈夫じゃない?』
「は? なんでだよ」
『だって、あんたの知り合いだもの。あんたのふざけた生態知ってる人なら、死ぬなんてバカバカしく感じるわよ。絶対』
何だか随分と罵倒されているような気がするが、胸を埋め尽くす郷愁と、自殺者の噂で確かに落ち込んでいたユースケは十分に頭が働かなかったので、そこには突っ込まないことにした。ユズハが、何をそんなに面白いのかと思うほど楽しそうに話を続ける。
『だからアカリも、あんたの妹のユリも、カズキやセイイチロウも、生きることを選んだのよ。あんたと関わった人は、大丈夫よ』
「……俺ってすごい奴?」
『何バカなこと言ってんのよ。あんたより敬うべき人間なんてたくさんいるわよ。でも、そうね、とりあえず言えることは……あんたは何も心配しないで、しっかり宇宙船作りに励みなさいってことぐらいね。あんた頑張ってるんでしょうね?』
「そっちこそ何バカなこと言ってんだよ。俺は日々ちゃんと進化し続けてるぞ」
電話の向こう側で、ユズハが嬉しそうに笑うのが聞こえた。それから互いの研究室の話になり、そこからどんどん話は脱線していき雑談がひたすら続いた。一番驚いたのは、ユズハに恋人がいるということだった。
「ユズハ、嘘ついてるんじゃないだろうな」
『そんなわけないでしょ。あら? ユースケさんはもしかしてまだ付き合ったことないんでしたっけ?』
「……分からん」
『……分からんってのが意味分かんないんですけど』
ユズハの困惑もごもっともなのだが、ユースケとしては自身とフローラとの関係のことなど自分でも本当によく分かっていなかったので、こう答えるしかなかった。
『もうこんな時間ね。もう切るわよ』
「ああ、もう二度と掛けてこなくても良いぞ」
『じゃあまたいつか電話するわね、嫌がらせするために』
ユズハは最後にそう言い残して電話を切った。気づけば二時間ほど電話していたようだが、ユースケはすっかり眠気が覚めてしまい、受話器を置いたまま動けずにいた。このまま寝る気にもなれず、ユースケは電話の履歴を確認する。すると、今日だけで何度もタケノリとユズハの留守電が入っていることが分かった。
途端に、実家に帰りたくなった。ユリと戯れ、母親にお小言を言われたくなった。今すぐにタケノリとユズハを連れて、再びアカリとカズキ、セイイチロウにセイラを集めて惑星ラスタージアを見に山へキャンプをしたくなった。リュウトやユキオ、チヒロとまた大学校を飛び出してどこかへ遊びに出かけたくなった。ナオキの部屋で朝から晩までだらだら過ごしながら小説に文句を言いたくなった。レイに夜通しで研究についての話をしてもらいたくなった。そして、フローラと一緒に一日を過ごしたくて仕方がなくなった。まだ二十前後しか生きてない人生だったが、それでもこれだけのしたいことが自分の中に出来ていることに、ユースケは感謝しなければならないような気がした。これらの想いだけで人は生きていけるのだろうと強く実感できるほど、それらを夢想するだけでユースケの胸の内が急速に満たされていった。
絶対に惑星ラスタージアへ行かなければならない。そこへ行くことで、世の中の人が皆、ユースケのようにしたいことで溢れるなら、絶対に目指さねばならないと、強く確信した。ユースケは明日からの研究のためにもしっかり眠ろうとするが、興奮した頭はしばらく収まりそうになかった。眠れぬ間、ユースケはひたすら皆との出来事を思い返して、大切に胸の中にしまった。
「ユズハ、サンキュな」
今日はもう早く寝た方が良い。そう判断してベッドの上で蹲るが、電気を消すのを忘れているのに気がつき、葛藤する。もうすっかり身体は眠ろうとしているのだが、この明るさで果たして眠れるのだろうかと、ユースケが布団にくるまってもぞもぞしていると、電話が鳴った。寮の部屋に備わっている電話は、寮長と寮に住んでいる人にしか繋がらないようになっており、ユースケにかかってくる電話の半分ぐらいが寮長からの名指しの注意喚起だった。そのためますますベッドから動く気力がなくなり、大きな図体を小さく丸めてその電話の音を無視しようとするが、電話は何故かいつまでも頑固になり続ける。その頑固さにユースケも折れて、布団にくるまりながら電話に出た。
『あ、やっと繋がった。もーあんたいつになったら電話に出るのよ』
「は?」
電話の相手は、ユズハだった。
『こんな遅くまで何してたって訊いて……いや、その話は今はいっか。もしもし、ユズハだけど。ユースケ?』
「あ、ああ。ユズハの知ってるユースケだけど」
しどろもどろで返答すると、「なにそれ」とユズハが耳元でケラケラと笑う。その笑い声が妙にくすぐったい。電話越しに聞く声は生で聞く声とは違うと聞いていたユースケだったが、そのユズハの笑い声を聞いてかつてユズハと一緒に登校したり図書館で勉強したりした風景が脳内にありありと蘇ってきて、ユースケは胸が詰まって言葉が出てこなかった。
『ユースケ、久し振りだけど、生きてる? どう最近は?』
「お……お前は俺を舐めてるのか。俺は全然、生きてるぞ」
『まあ生きてるのは分かるわよ。いちいち律義にそれ答える必要ないわよ。ほんと相変わらず変なんだから』
生きてるかと訊いてきたのはそっちだろと、ユースケは言い返そうとして、ふと、そんな減らず口が、こんなやり取りが懐かしくなって目の奥が熱くなった。
『んで、最近どう? あんた元気?』
「元気……」
『……やっぱり元気ないね。あんたもあの噂聞いたんだ』
短いやり取りだけでユズハはユースケの心境を即座に見抜いた。電話口でユズハが「ふむ……」と息を漏らすが、本当に息を吹きかけられてるようで耳がこそばゆくなった。
『ユースケ、昔からあんたは行動力の塊だけど……でも、だからってまだ見ぬ自殺を考える人を探し出して止めようだなんて、考えないでよ』
「な、なんだよ急に。別にそんなことしねえよ……」
『どうだか。ラジオの話を聞いて学校二週間もサボってどっか行ってたあんたなら、またそういうことするんじゃないかって思ってね』
「いや、本当にそんなこと考えてねえって」
ユースケとしては怒っているつもりなどなかったのだが、何故か語気が荒くなってしまい、申し訳なくなった。しかし、ユズハは特に気にした様子はなく、冷静にユースケの言葉を受け止め「ふうん」と言うだけだった。
「……でもさ、人ってなんか、簡単に自殺しちまうんだな」
『……そうみたいね。私も、少しショック受けてる。あんたほどじゃないだろうけど』
「……もしかしたら、俺の知ってる奴の中からそういう奴が出てくるかもしれないんだよな」
『……それはー……大丈夫じゃない?』
「は? なんでだよ」
『だって、あんたの知り合いだもの。あんたのふざけた生態知ってる人なら、死ぬなんてバカバカしく感じるわよ。絶対』
何だか随分と罵倒されているような気がするが、胸を埋め尽くす郷愁と、自殺者の噂で確かに落ち込んでいたユースケは十分に頭が働かなかったので、そこには突っ込まないことにした。ユズハが、何をそんなに面白いのかと思うほど楽しそうに話を続ける。
『だからアカリも、あんたの妹のユリも、カズキやセイイチロウも、生きることを選んだのよ。あんたと関わった人は、大丈夫よ』
「……俺ってすごい奴?」
『何バカなこと言ってんのよ。あんたより敬うべき人間なんてたくさんいるわよ。でも、そうね、とりあえず言えることは……あんたは何も心配しないで、しっかり宇宙船作りに励みなさいってことぐらいね。あんた頑張ってるんでしょうね?』
「そっちこそ何バカなこと言ってんだよ。俺は日々ちゃんと進化し続けてるぞ」
電話の向こう側で、ユズハが嬉しそうに笑うのが聞こえた。それから互いの研究室の話になり、そこからどんどん話は脱線していき雑談がひたすら続いた。一番驚いたのは、ユズハに恋人がいるということだった。
「ユズハ、嘘ついてるんじゃないだろうな」
『そんなわけないでしょ。あら? ユースケさんはもしかしてまだ付き合ったことないんでしたっけ?』
「……分からん」
『……分からんってのが意味分かんないんですけど』
ユズハの困惑もごもっともなのだが、ユースケとしては自身とフローラとの関係のことなど自分でも本当によく分かっていなかったので、こう答えるしかなかった。
『もうこんな時間ね。もう切るわよ』
「ああ、もう二度と掛けてこなくても良いぞ」
『じゃあまたいつか電話するわね、嫌がらせするために』
ユズハは最後にそう言い残して電話を切った。気づけば二時間ほど電話していたようだが、ユースケはすっかり眠気が覚めてしまい、受話器を置いたまま動けずにいた。このまま寝る気にもなれず、ユースケは電話の履歴を確認する。すると、今日だけで何度もタケノリとユズハの留守電が入っていることが分かった。
途端に、実家に帰りたくなった。ユリと戯れ、母親にお小言を言われたくなった。今すぐにタケノリとユズハを連れて、再びアカリとカズキ、セイイチロウにセイラを集めて惑星ラスタージアを見に山へキャンプをしたくなった。リュウトやユキオ、チヒロとまた大学校を飛び出してどこかへ遊びに出かけたくなった。ナオキの部屋で朝から晩までだらだら過ごしながら小説に文句を言いたくなった。レイに夜通しで研究についての話をしてもらいたくなった。そして、フローラと一緒に一日を過ごしたくて仕方がなくなった。まだ二十前後しか生きてない人生だったが、それでもこれだけのしたいことが自分の中に出来ていることに、ユースケは感謝しなければならないような気がした。これらの想いだけで人は生きていけるのだろうと強く実感できるほど、それらを夢想するだけでユースケの胸の内が急速に満たされていった。
絶対に惑星ラスタージアへ行かなければならない。そこへ行くことで、世の中の人が皆、ユースケのようにしたいことで溢れるなら、絶対に目指さねばならないと、強く確信した。ユースケは明日からの研究のためにもしっかり眠ろうとするが、興奮した頭はしばらく収まりそうになかった。眠れぬ間、ユースケはひたすら皆との出来事を思い返して、大切に胸の中にしまった。
「ユズハ、サンキュな」
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