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第二部 1章 気になるあの子
第12話 食事
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受付の間も、すっかりのぼせ上ったように体が熱くなっていたユースケは、珍しく訪問客がやって来てもまともに受け答えが出来ず、隣に座るアンズが時間差で代わりに応対していた。ちなみにケイイチはあまりにも無口すぎて、そのケイイチの実態を把握していた先生によって受付の役割からも外されていた。そのことに対してそれまで何とも思っていなかったユースケだったが、今ばかりはケイイチがズルいとひたすら羨ましくてしょがなかった。客足がなくなったところで、「おーい、しっかりしろよ?」とアンズに文句を言われるが、それすらもユースケの耳に入ってこなかった。
二日目の大学校祭の終了を知らせる校内放送が入ると、ユースケは口早に「すみません、お先に失礼します」と言って受付の場所から飛び出していった。背後でアンズが悲鳴のような怒鳴り声のような判別つかない叫び声をあげているが、ユースケにそれを気にしている余裕はなかった。工学府棟を出て、未だに祭り気分の余韻を持て余している人垣をかき分けていき、寮へ帰って自室に戻ってきた。すぐさま自室に備わっているシャワーを浴びて、汗を拭きとりながら、固く閉ざされた棚を開けた。中には、床に乱雑に散らかっている服たちと違って、大切に保管されているユリからのプレゼントがあった。その服に着替え、ユースケは再び自室を出て、寮を飛び出た。
フローラとの待ち合わせは、ユースケの覚悟に反して大学校の食堂で、ということになった。誘いに応じてくれた喜びですっかり浮かれていたユースケは食堂というチョイスを全く疑っていなかった。食堂の前に立って、校門の方角を眺めると、開放的な気分になっているのか愉しそうにはしゃいでいる集団たちが、それぞれ思い思いの場所に消えていこうとしていた。祭り気分ということで、普段は重宝されている食堂も利用客が少なかった。ユースケは、その人たちに向かって自分がこれからフローラと食事することを自慢したい衝動に駆られて胸が裂き破られそうだった。
どんな話をしようか、そもそもフローラはどういう人なのか、それを想像しているだけでユースケは時間が気にならなくなった。日に日に日が短くなっていき、辺りがすっかり暗闇に包まれてもユースケは何も気にならなかった。工学府棟の隣に建っている医薬学府棟や、その向かいにある生命科学府棟では、ところどころに明かりが点いており、その明かりの下では今も誰かが研究活動しているのだろうと、ユースケは予想して、何となく祈りたい気分になって、あの明かりの下にいる人の今後が上手く行くことを心の中で祈っていた。
そんな祈りを捧げていると、前方から誰かが駆けつけてくるのが見えた。その人影に目を凝らすと、確かに待ち望んでいたフローラの姿があった。ユースケもカッコつける余裕もなく、感激のあまり食堂の傍から飛び出してフローラの方へ駆けつけていた。フローラは驚いたように足を止め、肩で息をしながら目を見開いてユースケを呆然と見つめていた。
「いやあ、本当にありがとうございますっ。じゃ、行きましょ行きましょ」
ユースケはフローラの手を引いてゆっくり食堂へと向かって行った。決して強い力で握っていたわけではなかったが、フローラはされるがままにユースケの後をついて行った。
食堂に入り、昼間と同じメニューが並ぶ中、ユースケは日替わりの照り焼き定食を頼み、フローラは素うどんを頼んでいた。しかし、食事が出来上がり、それを持って席に着いたところで、ユースケは途端に緊張してきた。寮に住む学生のほとんどは夕食は寮で出されるものを頼む上に、今日は祭りの二日目でどこか特別な店でご馳走をいただく人たちも多い。そのため、だだっ広い食堂は何故夕食や夜食の時間帯もやってくれているのか分からないほどがらんとしており、ユースケたち以外には一人でいる人が数人いるだけであった。
喉が渇いてきて、ユースケはコップに入れた水を一気に飲み干す。それでもやけに喉が渇く気がして、二杯目を用意しようとして、フローラの方を窺ったときである。湯気の立つ素うどんを、恐る恐る掬い上げ、短めのブロンドの髪を耳の後ろに押さえながらそっと口に運ぶところであった。その所作に、ユースケはすっかり目を奪われて、喉の渇きも忘れたような気がして、このまま席を立つのすら惜しい気がして、照り焼き定食に手をつけ始めた。互いに無言であったが、ユースケはうどんを啜る音が聞こえるたびに先ほど見惚れていたフローラの所作を思い出し、不思議と胸が満たされていた。
随分とゆっくり食べているようで、ユースケが照り焼き定食を食べ終わってもフローラは丁寧に一本一本掬い上げて食べていた。ユースケはその様子をじっと眺めることにした。すると、しばらくしてフローラが顔を上げて、もう何度目かの顰め面を見せた。
「ねえ、貴方、全然話しかけてこないけど、それで良いの」
「んえ、どういうこと?」
表情に反して意外に柔らかい声音に、ユースケも何とかどもらずに返答するので精一杯であった。
「普通、もっと、ああだこうだって、男の人はうるさいもんじゃない」
「あ、ああ、そういうやつはね、マナーがなってないんだよ。食べるのに集中できない奴は、人にも失礼なことするよ、うんうん」
ユースケは自分でも何を言っているか分からず、とりあえずうんうんと頷いておくが、フローラはユースケの適当に言ったことに何か思うところがあったのか、不思議そうにユースケの食器を見つめていた。
「貴方、私をどうしたいの? 私と、どうなりたいの?」
「ふんふふーん……んえっ!?」
いきなりの核心を突くような問いかけに、ユースケも間抜けな声を出して口をぽかんと開ける。自分でもどうしたいのかと自分に問いかけるばかりだったので返答に詰まった。しかしフローラは、相変わらず迷惑そうな顔をしているものの、その瞳はむしろ、本当にユースケがどうするつもりなのか、ということに対する興味が勝っているような色をしていた。
「ここの食事、安いし、貴方といても別に疲れないし、しつこくされる方が疲れるし……」
「……しつこくしてすみませんでしたっ」
ユースケは思わずテーブルに頭をぶつけんばかりに下げるが、フローラはそれには取り合わず続きを話した。
「もうしつこくしないなら、またここで一緒に食べてあげても良いけど、それで良い?」
「いやあ本当にすみません……んえっ!? もっちろん、そりゃもちろん良いっすよ、今後も末永くよろしくお願いしますっ」
ユースケが再び、テーブルに手をつけて土下座するように頭を下げた。末永く(?)お願いされたフローラは、頭を下げたまま動こうとしないユースケの頭頂部を不思議そうに見つめていた。
二日目の大学校祭の終了を知らせる校内放送が入ると、ユースケは口早に「すみません、お先に失礼します」と言って受付の場所から飛び出していった。背後でアンズが悲鳴のような怒鳴り声のような判別つかない叫び声をあげているが、ユースケにそれを気にしている余裕はなかった。工学府棟を出て、未だに祭り気分の余韻を持て余している人垣をかき分けていき、寮へ帰って自室に戻ってきた。すぐさま自室に備わっているシャワーを浴びて、汗を拭きとりながら、固く閉ざされた棚を開けた。中には、床に乱雑に散らかっている服たちと違って、大切に保管されているユリからのプレゼントがあった。その服に着替え、ユースケは再び自室を出て、寮を飛び出た。
フローラとの待ち合わせは、ユースケの覚悟に反して大学校の食堂で、ということになった。誘いに応じてくれた喜びですっかり浮かれていたユースケは食堂というチョイスを全く疑っていなかった。食堂の前に立って、校門の方角を眺めると、開放的な気分になっているのか愉しそうにはしゃいでいる集団たちが、それぞれ思い思いの場所に消えていこうとしていた。祭り気分ということで、普段は重宝されている食堂も利用客が少なかった。ユースケは、その人たちに向かって自分がこれからフローラと食事することを自慢したい衝動に駆られて胸が裂き破られそうだった。
どんな話をしようか、そもそもフローラはどういう人なのか、それを想像しているだけでユースケは時間が気にならなくなった。日に日に日が短くなっていき、辺りがすっかり暗闇に包まれてもユースケは何も気にならなかった。工学府棟の隣に建っている医薬学府棟や、その向かいにある生命科学府棟では、ところどころに明かりが点いており、その明かりの下では今も誰かが研究活動しているのだろうと、ユースケは予想して、何となく祈りたい気分になって、あの明かりの下にいる人の今後が上手く行くことを心の中で祈っていた。
そんな祈りを捧げていると、前方から誰かが駆けつけてくるのが見えた。その人影に目を凝らすと、確かに待ち望んでいたフローラの姿があった。ユースケもカッコつける余裕もなく、感激のあまり食堂の傍から飛び出してフローラの方へ駆けつけていた。フローラは驚いたように足を止め、肩で息をしながら目を見開いてユースケを呆然と見つめていた。
「いやあ、本当にありがとうございますっ。じゃ、行きましょ行きましょ」
ユースケはフローラの手を引いてゆっくり食堂へと向かって行った。決して強い力で握っていたわけではなかったが、フローラはされるがままにユースケの後をついて行った。
食堂に入り、昼間と同じメニューが並ぶ中、ユースケは日替わりの照り焼き定食を頼み、フローラは素うどんを頼んでいた。しかし、食事が出来上がり、それを持って席に着いたところで、ユースケは途端に緊張してきた。寮に住む学生のほとんどは夕食は寮で出されるものを頼む上に、今日は祭りの二日目でどこか特別な店でご馳走をいただく人たちも多い。そのため、だだっ広い食堂は何故夕食や夜食の時間帯もやってくれているのか分からないほどがらんとしており、ユースケたち以外には一人でいる人が数人いるだけであった。
喉が渇いてきて、ユースケはコップに入れた水を一気に飲み干す。それでもやけに喉が渇く気がして、二杯目を用意しようとして、フローラの方を窺ったときである。湯気の立つ素うどんを、恐る恐る掬い上げ、短めのブロンドの髪を耳の後ろに押さえながらそっと口に運ぶところであった。その所作に、ユースケはすっかり目を奪われて、喉の渇きも忘れたような気がして、このまま席を立つのすら惜しい気がして、照り焼き定食に手をつけ始めた。互いに無言であったが、ユースケはうどんを啜る音が聞こえるたびに先ほど見惚れていたフローラの所作を思い出し、不思議と胸が満たされていた。
随分とゆっくり食べているようで、ユースケが照り焼き定食を食べ終わってもフローラは丁寧に一本一本掬い上げて食べていた。ユースケはその様子をじっと眺めることにした。すると、しばらくしてフローラが顔を上げて、もう何度目かの顰め面を見せた。
「ねえ、貴方、全然話しかけてこないけど、それで良いの」
「んえ、どういうこと?」
表情に反して意外に柔らかい声音に、ユースケも何とかどもらずに返答するので精一杯であった。
「普通、もっと、ああだこうだって、男の人はうるさいもんじゃない」
「あ、ああ、そういうやつはね、マナーがなってないんだよ。食べるのに集中できない奴は、人にも失礼なことするよ、うんうん」
ユースケは自分でも何を言っているか分からず、とりあえずうんうんと頷いておくが、フローラはユースケの適当に言ったことに何か思うところがあったのか、不思議そうにユースケの食器を見つめていた。
「貴方、私をどうしたいの? 私と、どうなりたいの?」
「ふんふふーん……んえっ!?」
いきなりの核心を突くような問いかけに、ユースケも間抜けな声を出して口をぽかんと開ける。自分でもどうしたいのかと自分に問いかけるばかりだったので返答に詰まった。しかしフローラは、相変わらず迷惑そうな顔をしているものの、その瞳はむしろ、本当にユースケがどうするつもりなのか、ということに対する興味が勝っているような色をしていた。
「ここの食事、安いし、貴方といても別に疲れないし、しつこくされる方が疲れるし……」
「……しつこくしてすみませんでしたっ」
ユースケは思わずテーブルに頭をぶつけんばかりに下げるが、フローラはそれには取り合わず続きを話した。
「もうしつこくしないなら、またここで一緒に食べてあげても良いけど、それで良い?」
「いやあ本当にすみません……んえっ!? もっちろん、そりゃもちろん良いっすよ、今後も末永くよろしくお願いしますっ」
ユースケが再び、テーブルに手をつけて土下座するように頭を下げた。末永く(?)お願いされたフローラは、頭を下げたまま動こうとしないユースケの頭頂部を不思議そうに見つめていた。
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