上 下
78 / 124
第二部 1章 気になるあの子

第12話 食事

しおりを挟む
 受付の間も、すっかりのぼせ上ったように体が熱くなっていたユースケは、珍しく訪問客がやって来てもまともに受け答えが出来ず、隣に座るアンズが時間差で代わりに応対していた。ちなみにケイイチはあまりにも無口すぎて、そのケイイチの実態を把握していた先生によって受付の役割からも外されていた。そのことに対してそれまで何とも思っていなかったユースケだったが、今ばかりはケイイチがズルいとひたすら羨ましくてしょがなかった。客足がなくなったところで、「おーい、しっかりしろよ?」とアンズに文句を言われるが、それすらもユースケの耳に入ってこなかった。
 二日目の大学校祭の終了を知らせる校内放送が入ると、ユースケは口早に「すみません、お先に失礼します」と言って受付の場所から飛び出していった。背後でアンズが悲鳴のような怒鳴り声のような判別つかない叫び声をあげているが、ユースケにそれを気にしている余裕はなかった。工学府棟を出て、未だに祭り気分の余韻を持て余している人垣をかき分けていき、寮へ帰って自室に戻ってきた。すぐさま自室に備わっているシャワーを浴びて、汗を拭きとりながら、固く閉ざされた棚を開けた。中には、床に乱雑に散らかっている服たちと違って、大切に保管されているユリからのプレゼントがあった。その服に着替え、ユースケは再び自室を出て、寮を飛び出た。
 フローラとの待ち合わせは、ユースケの覚悟に反して大学校の食堂で、ということになった。誘いに応じてくれた喜びですっかり浮かれていたユースケは食堂というチョイスを全く疑っていなかった。食堂の前に立って、校門の方角を眺めると、開放的な気分になっているのか愉しそうにはしゃいでいる集団たちが、それぞれ思い思いの場所に消えていこうとしていた。祭り気分ということで、普段は重宝されている食堂も利用客が少なかった。ユースケは、その人たちに向かって自分がこれからフローラと食事することを自慢したい衝動に駆られて胸が裂き破られそうだった。
 どんな話をしようか、そもそもフローラはどういう人なのか、それを想像しているだけでユースケは時間が気にならなくなった。日に日に日が短くなっていき、辺りがすっかり暗闇に包まれてもユースケは何も気にならなかった。工学府棟の隣に建っている医薬学府棟や、その向かいにある生命科学府棟では、ところどころに明かりが点いており、その明かりの下では今も誰かが研究活動しているのだろうと、ユースケは予想して、何となく祈りたい気分になって、あの明かりの下にいる人の今後が上手く行くことを心の中で祈っていた。
 そんな祈りを捧げていると、前方から誰かが駆けつけてくるのが見えた。その人影に目を凝らすと、確かに待ち望んでいたフローラの姿があった。ユースケもカッコつける余裕もなく、感激のあまり食堂の傍から飛び出してフローラの方へ駆けつけていた。フローラは驚いたように足を止め、肩で息をしながら目を見開いてユースケを呆然と見つめていた。
「いやあ、本当にありがとうございますっ。じゃ、行きましょ行きましょ」
 ユースケはフローラの手を引いてゆっくり食堂へと向かって行った。決して強い力で握っていたわけではなかったが、フローラはされるがままにユースケの後をついて行った。
 食堂に入り、昼間と同じメニューが並ぶ中、ユースケは日替わりの照り焼き定食を頼み、フローラは素うどんを頼んでいた。しかし、食事が出来上がり、それを持って席に着いたところで、ユースケは途端に緊張してきた。寮に住む学生のほとんどは夕食は寮で出されるものを頼む上に、今日は祭りの二日目でどこか特別な店でご馳走をいただく人たちも多い。そのため、だだっ広い食堂は何故夕食や夜食の時間帯もやってくれているのか分からないほどがらんとしており、ユースケたち以外には一人でいる人が数人いるだけであった。
 喉が渇いてきて、ユースケはコップに入れた水を一気に飲み干す。それでもやけに喉が渇く気がして、二杯目を用意しようとして、フローラの方を窺ったときである。湯気の立つ素うどんを、恐る恐る掬い上げ、短めのブロンドの髪を耳の後ろに押さえながらそっと口に運ぶところであった。その所作に、ユースケはすっかり目を奪われて、喉の渇きも忘れたような気がして、このまま席を立つのすら惜しい気がして、照り焼き定食に手をつけ始めた。互いに無言であったが、ユースケはうどんを啜る音が聞こえるたびに先ほど見惚れていたフローラの所作を思い出し、不思議と胸が満たされていた。
 随分とゆっくり食べているようで、ユースケが照り焼き定食を食べ終わってもフローラは丁寧に一本一本掬い上げて食べていた。ユースケはその様子をじっと眺めることにした。すると、しばらくしてフローラが顔を上げて、もう何度目かの顰め面を見せた。
「ねえ、貴方、全然話しかけてこないけど、それで良いの」
「んえ、どういうこと?」
 表情に反して意外に柔らかい声音に、ユースケも何とかどもらずに返答するので精一杯であった。
「普通、もっと、ああだこうだって、男の人はうるさいもんじゃない」
「あ、ああ、そういうやつはね、マナーがなってないんだよ。食べるのに集中できない奴は、人にも失礼なことするよ、うんうん」
 ユースケは自分でも何を言っているか分からず、とりあえずうんうんと頷いておくが、フローラはユースケの適当に言ったことに何か思うところがあったのか、不思議そうにユースケの食器を見つめていた。
「貴方、私をどうしたいの? 私と、どうなりたいの?」
「ふんふふーん……んえっ!?」
 いきなりの核心を突くような問いかけに、ユースケも間抜けな声を出して口をぽかんと開ける。自分でもどうしたいのかと自分に問いかけるばかりだったので返答に詰まった。しかしフローラは、相変わらず迷惑そうな顔をしているものの、その瞳はむしろ、本当にユースケがどうするつもりなのか、ということに対する興味が勝っているような色をしていた。
「ここの食事、安いし、貴方といても別に疲れないし、しつこくされる方が疲れるし……」
「……しつこくしてすみませんでしたっ」
 ユースケは思わずテーブルに頭をぶつけんばかりに下げるが、フローラはそれには取り合わず続きを話した。
「もうしつこくしないなら、またここで一緒に食べてあげても良いけど、それで良い?」
「いやあ本当にすみません……んえっ!? もっちろん、そりゃもちろん良いっすよ、今後も末永くよろしくお願いしますっ」
 ユースケが再び、テーブルに手をつけて土下座するように頭を下げた。末永く(?)お願いされたフローラは、頭を下げたまま動こうとしないユースケの頭頂部を不思議そうに見つめていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

世界に輝く未来を

きなこ
青春
幼なじみが虐待を受けているにもかかわらず、助けることができなかった主人公。 戦争が始まってからはもうどうすることも出来ずに、過去の自分を後悔するばかり。 今、ある幸せに手を伸ばし、精一杯今を生きる。主人公や幼なじみの「あの子」が伝えたいこと。正論だけで固められたこの世界に、私は伝えたい。

手繋ぎサンタ

幻中六花
青春
戦争が生んだ、ある老夫婦の幸福。 戦争を別々に経験し、やがて結ばれた三之助とタツ。 現代の人が思い描く『幸福』を他所に、自分達の『幸福』をマイペースに守っている、日常。 この作品は、『カクヨム』『小説家になろう』にも掲載しています。

翠名と椎名の恋路(恋にゲームに小説に花盛り)

jun( ̄▽ ̄)ノ
青春
 中2でFカップって妹こと佐藤翠名(すいな)と、中3でDカップって姉こと佐藤椎名(しいな)に、翠名の同級生でゲーマーな田中望(のぞみ)、そして望の友人で直球型男子の燃得(もえる)の4人が織り成す「恋」に「ゲーム」に「小説」そして「ホットなエロ」の協奏曲

【完結】ツインクロス

龍野ゆうき
青春
冬樹と夏樹はそっくりな双子の兄妹。入れ替わって遊ぶのも日常茶飯事。だが、ある日…入れ替わったまま両親と兄が事故に遭い行方不明に。夏樹は兄に代わり男として生きていくことになってしまう。家族を失い傷付き、己を責める日々の中、心を閉ざしていた『少年』の周囲が高校入学を機に動き出す。幼馴染みとの再会に友情と恋愛の狭間で揺れ動く心。そして陰ではある陰謀が渦を巻いていて?友情、恋愛、サスペンスありのお話。

メビウス・ロード

武智亜弓
青春
 夏至の日の出から日の入りまでに、淡路島と琵琶湖を自力でそれぞれ一周すれば、どんな願いも叶う。古事記に秘された無限のパワーを手に入れるのは誰か?  異世界ファンタジーに飽きた方、生きづらさを抱えながら毎日を頑張っている方、そして、取り返しのつかない大事なものを失った方に贈る、本格ロードバイク小説の決定版!

光のもとで1

葉野りるは
青春
一年間の療養期間を経て、新たに高校へ通いだした翠葉。 小さいころから学校を休みがちだった翠葉は人と話すことが苦手。 自分の身体にコンプレックスを抱え、人に迷惑をかけることを恐れ、人の中に踏み込んでいくことができない。 そんな翠葉が、一歩一歩ゆっくりと歩きだす。 初めて心から信頼できる友達に出逢い、初めての恋をする―― (全15章の長編小説(挿絵あり)。恋愛風味は第三章から出てきます) 10万文字を1冊として、文庫本40冊ほどの長さです。

死亡ルートを回避せよ!

水無月 静琉
恋愛
ちょっと待って!? これって夢でしょう? えっ、私の未来なの!? ここって乙女ゲームの世界? マジで!? どうにかしないと私の将来絶望的……。 ※※※ 転生したことに気がついたヴィクトリア。しかし、そこが乙女ゲームのような世界で自分が悪役令嬢なポジションで……何もかも最悪な未来に愕然とした。 そんな未来を破綻させようとヴィクトリアは奮闘する。

意味がわかるとえろい話

山本みんみ
ホラー
意味が分かれば下ネタに感じるかもしれない話です(意味深)

処理中です...