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第二部 1章 気になるあの子

第10話 大学校祭

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 望遠大学校では、一年に一度、校内で祭りが三日間に渡って行われる。通称大学校祭というらしい。生命系を専攻している学生や海外の研究者と交えて行われる学会と被っている学生、そして一部の学生たち以外の大体が参加し、この祭りのためにサークルごとだったり有志同士が集まったり研究室単位だったりの団体が、その期間限りの売店や展示会を開く。その例に漏れず、ユースケも新環境建築学研究室の一員として受付の前に座らされていた。研究室で参加するところは大体が自分たちの研究室の研究内容を紹介する展示会を開くことになっており、ユースケの先輩たちはそれぞれ研究テーマを紹介する資料を準備していた。研究テーマをまだ持っていなかったユースケとケイイチは装飾や当日の展示物の配置決めを手伝った。受付は交代でやることになっていたが、ユースケ以外の人が受付をやるときは、その人の研究テーマを説明するために、この時期に及んで忙しい先生たちの代わりにレイが説明することになっていた。ユースケとしては、ますますレイを尊敬する一方で、一緒に祭りを見て回ることが出来ないのが残念な気持ちもあった。
「あーあ、早く遊び行きてーなー」
 いかにもつまらなそうに独り言を言って、椅子を揺らしながら足を机に乗っけんばかりにだらっとしているノリアキを、横目で認めながらもユースケは返事に困り無言のままでいた。ノリアキも何かしら返答を期待していたわけでもないらしく、人通りの少ない廊下をつまんなそうに眺めていた。この祭りにおける研究室による研究紹介の展示は研究室にとって、まだ研究室配属の決まっていない学生の興味を引くための貴重な機会ではあるのだが、ほとんどの学生が研究室以外の団体の開く催しに目移りしてしまうため、研究紹介を行わず開き直って違う催しを開く研究室もあるほどであった。実際ユースケも、今の研究室の展示に来たことはなく、昨年おととしはリュウトたちや、タケノリたちと一緒に気の向くままに回っていた。
 全く来なさそうだなと、ノリアキの目を盗んで欠伸をしようとしていると、唐突に肩を叩かれる。随分と馴れ馴れしい奴だなと、欠伸をかみ殺さなければならなくなった恨みを込めた目で見上げると、タケノリと見知らぬ数人の姿があった。形の整った眉がご機嫌そうに上がる。
「よっす、暇そうじゃん」
「暇じゃねえよ、俺これでも超忙しいから」
 ユースケが得意げな顔を作って自信たっぷりに言うも、タケノリは無視して看板を眺めて「へえ、ここがユースケの研究室かあ」としみじみと呟いていた。冷やかしに来たなら帰れと言うと、タケノリたちはノリアキの方で受付を済ませてそそくさと中へ入っていった。
 しばらくしてタケノリたちが出て行くと、タケノリが集団から抜けてユースケの方に寄ってきた。
「そういや、ユースケってユズハと連絡とってなかったんだな。夏休みのときごちゃごちゃ訊かれたから、ユースケにも彼女が出来たからって言っといたぞ」
「お、それはナイス……いやちょっと待て、お前、それユリにも言ってねえだろうな」
「いいや、言ったけど」
 受付の机に縛られていなければ殴りに出ていたかもしれない。それをタケノリも承知の上で嫌に口角を上げる。
「いい加減妹離れしろって。ユリも『お兄ちゃん、彼女とか出来たのかなあ』って心配そうに言ってたぞ」
「俺が問題なんじゃなくて、ユリが兄離れできてないんだよ。それに嘘は教えんなよ」
「はいはいそーですか。とりあえず、次会うまでに実現させとくぐらいの気概は見せろって」
 それ以降、ユースケが抗議してもタケノリはそれに取り合おうとはせず、他の友人たちと一緒に違う場所へと向かってしまった。その集団が去っていくのをユースケが恨みがましく見ていると、横でノリアキが「俺も彼女欲しいー」と零して、ユースケの肩に絡みついてきた。ユースケも渋々ノリアキの愚痴に付き合った。
 結局タケノリの訪問を最後に新しく人が入ってくることなく一日目を終えた。来年は新入生は入って来ないのかもなあと失礼なことを考えながらユースケは寮の自室に戻るが、ここ最近研究室での活動に集中できていた頭が、タケノリの言葉のせいですっかり例の女性のことでいっぱいになってしまっていた。研究室に集中していたおかげで薄れていたその女性との記憶が鮮明に浮かび上がり、そのときの感情までもが蘇ってしまい、眠れなくなったユースケはとにかく話がしたくなって部屋を飛び出した。どこに向かおうかと悩み、タケノリもユキオも寮暮らしだが部屋が遠く、結局隣に住むナオキが重宝するのであった。しかし、インターホンを押しても返事がない。時刻を確認したわけではないが、流石にまだ日付も超えていないだろうと、ユースケは扉の前で何度もインターホンを押して粘り続けていた。すると、廊下の先からナオキが、頭を抱えながらよろよろと歩いてきた。顔はすっかり赤くなっており、目も虚ろで足取りも怪しい。
「おい、こんな遅い時間まで何してたんだよ」
「あー……なんだお前、こんなところで何してんだよ」
 ナオキのその声はしゃがれていて、疲れ切っていた。何か団体でこの祭りに参加していたのだろうかとユースケが考えていると、ナオキはそのままユースケの存在も無視して自分の部屋に入ろうとする。ユースケは慌てて肩を掴む。
「なあ、ちょっと話しようぜ。俺すっかり眠れなくてよ」
「あー……? おめえ、今何時だと思ってんだよ」
「こんな時間なのに眠れないから困ってんだよ。なあ、ちょっとだけ、な?」
 ユースケの主張もおかしいのだが、大分頭が鈍っているようで、ナオキも何故か納得したように「ああ」と零す。ユースケもすっかりその気になって、ナオキの部屋に侵入すると例の女性のことを話し始めるが、ナオキも随分と聞き分けよく話を聞いている。ナオキの柔らかい態度に寒気すら覚えそうになったが、ユースケはこんなチャンス二度とないと思いここぞとばかりに思いの丈を語る。
「そんなにその人のこと想ってんならよう……そんじゃ、今からあの店行ってみね?」
「あの店って、どこ?」
「『かえで倶楽部』だよ」
 すっかり熱に浮かされた二人は、ハイテンションになって寮を抜け出て、自転車を勝手に借りて、静まり返った道を走りながら校門を目指した。しかし、校門はしっかりと閉ざされていた。二人は怯んだものの、どちらからともなく自転車を放棄して門の横の塀から越えていくことにした。セコイアの樹を登り、上手く枝につかまりながら塀に手をかけ、一気に塀の上に登ってそのまま向こう側へ飛び降りる。その辺りで、ユースケは校則スレスレの行為に手を掛けていることに対する興奮に、自分は何をやっているんだという冷静な気持ちが混ざって来たのだが、ナオキはすっかりそんな情緒もないらしく「おら行くぞ!」とやけにテンションが高い。やはりナオキの本性は荒々しい。総裁認識しながら、ユースケも乗り掛かった舟だと割り切って静かな夜の街を走って行く。
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