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第二部 1章 気になるあの子
第7話
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ユースケはナオキの部屋に来るたびに、ナオキが書いている小説を読んでいた。初めはナオキも、得体の知れず、いかにも間抜けですというような顔をしたユースケに読ませるつもりなど微塵もなかったのだろうが、隣同士ということでそれなりに交流を深め、学年が上がってアルコール飲料を飲める年齢になった際に部屋で記念に飲んでいたときに、ナオキもぽろっと小説を書いていることを零してしまった。それを耳聡く聞いていたユースケがしつこく読ませろと言うのでナオキも渋々ユースケに読ませていた。ユースケとしても、ナオキが一体どんな小説を書くのか気になったが、蓋を開けてみると、本当に作者がナオキであるのかと疑問に感じるほど、繊細で優しい物語だった。一つ目の小説でそんな感想を抱いて以来、ユースケは好んでナオキの小説を読みたがるようになった。ナオキとしても読者は欲しかったのか、まんざらでもなさそうに次作以降の小説も読ませてくれるようになった。今読んでいる小説は四作目で、ユースケが「なんか刺激があるもの読みてえなあ」と言ったことで出来た小説であったが、だからといって中盤で犠牲者四人はいかがなものか。
「……あー、じゃあ何かないわけじゃないから言うけど、このミステリー?小説、もう四人も死んでるんだけど」
「おーそうか。それがどうしたんだ」
「まだ半分ぐらいだぞ。ミステリーってこんなに人が死ぬものなのか?」
「まあミステリーがどうかというより、刺激が欲しいって言ってたからな。こんぐらいやってもいいかって」
そんなことを平然とした顔で言ってくるナオキに、これが本当のサイコパスかとユースケはもはや感動していた。
「ってか、俺に合うような小説書くのって、何か本末転倒じゃね?」
「…………確かに」
それまでまったく痛くもかゆくもないという態度だったのが、そのユースケの指摘にはナオキも口を噤んだ。確か、初めてアルコール飲料を飲み明かした日には、「綺麗な世界を表したり人の心を洗えるようなストーリーを描きたい」と抜かしていたはずであったが、それもやはり普段のナオキの荒っぽい性格からは考えられない台詞であった。今回の小説では、やはりナオキの本性が全面に現れたのか、それともユースケの言ったことを意識しすぎた故なのかは、ユースケには判断がつかなかった。
「ユースケもたまには鋭いよな。正直、初めて会ったときはすぐに退学させられるタイプの奴かと思ってたけど」
「まったく、俺も舐められたもんだぜ」
しかし、そうは言ってもやはり例の女性のことを思い出してしまい、ユースケは小説の続きを読むことが出来ないでいた。床に寝そべって悶々としているユースケに不気味さを覚えて、ナオキは再び身体を起こす。
「なんかそわそわして鬱陶しいな……そういや先週、何かよく分からんが例の女に会いに行ったんだろ? 何かなかったのか?」
「あっ……」
ユースケの耳はどこまでも耳聡く、その話に触れた瞬間に小説をぱたりと閉じてナオキの顔を床から見上げていた。ナオキも「あっ」と何か勘づいたようで、今の会話をなかったことにしようと背を向けてベッドに寝っ転がるが、スイッチの入ったユースケの前では些細な抵抗だった。ユースケはすっと急に立ち上がったかと思うと、小説を先週と同じように机の上に置いてナオキの足を持ち上げる。
「おい、俺は行かねえからな、その手離せ」
「頼むって~一緒に来てくれって~一生に一度のお願いだからさ~」
「人に物頼む分際で足掴むんじゃねえ、おわ、馬鹿止めろ、のわっ!」
ユースケも強引で頑固な性格で、頼んでるくせにナオキの意志も無視して足を引っ張っていく。ナオキもベッドから転げ落ちそうになり悲鳴を上げ、掴まれていないもう片方の脚を暴れさせる。結果、ナオキの足がユースケの腹にのめり込みユースケは膝から崩れ落ち、その際にユースケが手を変な風に離したものだからベッドから落ちそうになっているナオキもバランスを崩して変な体勢で転げ落ちた。
一週間経って残暑もそろそろ去っていき、学府棟が建ち並ぶ道に植えられているメタセコイアの葉も赤く色づいてきていた。休日ということもあり、自転車で駆けていくとそこかしこで高い声ではしゃぐ男女の賑やかさや、遥か遠くの運動場の方から野太い掛け声でサークル全体を盛り上げようとする体育会系の頑張りが耳に届いてくる。それらを置き去りに校門の方へ向かうと、葉を落とさぬセコイアの樹々が大学校を出入りする人たちを静かに見守るように佇んでいた。
校門を抜け、先週リュウトたちが連れてってくれた方へ向かって行く。ユースケの後ろを渋々ついてくるナオキは興味なさそうにぼんやりと前を見つめているだけだったが、ユースケは早速あの女性がいないかどうかきょろきょろと顔を動かしていた。
「まったく、今度何か奢れよ」
「やだよ、俺もうバイト辞めちったし」
「例の本屋のとこでバイトすれば良いじゃねえか」
「校内でバイトなんてしたくねえよ」
不毛な言い争いをしている間に噴水の広場に出て、例の「かえで倶楽部」が見えた。ユースケはもう一度きょろきょろと辺りを見渡して、「かえで倶楽部」とは向かいの建物から六軒ほど離れた建物と建物の間の路地裏へと向かう。ナオキも不審がって、周りの視線が気になってきょろきょろと見てしまうが、二人してそんな風にしながら路地裏へ入る方がよっぽど怪しい。
路地裏へ滑り込むと、陽の光に遮られ微かにひんやりとした空気が肌に触れる。それを心地よく思いながら、ユースケは壁にへばりついて「かえで倶楽部」をじっと睨む。ナオキはユースケの後ろで自転車に腰かけてのんびりしている。
「んで、こんなとこでこそこそしてるってことは、先週は上手くいかなかったってことか」
「まあ、まだな。今日こそ決めるぜ」
「よくもまあ、めげないねえ。女子なんていくらでも大学校にいるだろうに。それも建築だろ? 女子の比率高そうじゃん」
「うるせー、俺はあの子が良いんだよ」
ユースケの頑なさは相変わらずである。ナオキもこの二年半ですっかりユースケの性格を把握しており、仕方なしに持参してきた手帳を開いて小説のネタや構想についてメモしていくことにした。
時間が経ち、陽が真上近くに上ってきた頃に二人の腹が鳴った。ナオキはクールな顔をしつつも手帳を閉じて自転車を押して道へ出て行こうとする。ユースケが慌てて背中の服を掴む。
「おい待ってくれ、どこ行くんだよ」
「どこって、飯」
「あの子が出てくるまで待ってくれって!」
「やだよ」
残暑と涼し気な空気の入り混じる空の下、くだらない押し問答を続けた末、今度はユースケが珍しく折れて一緒にどこかへ食いに行こうという話になったが、ユースケは早速「かえで倶楽部」に向かおうとしていた。ナオキが慌てた様子でユースケの肩を掴んだ。
「何考えてるか知んねえけど、そこはキャバクラ店だぞ」
「うそっ!?」
豪華な看板や、大学校からそう遠くない場所にあるところからてっきり敷居の高いレストランかと思っていたユースケは、二重の意味で驚いた。そして、どうしてナオキはここがキャバクラであることを知っていたのかが気になり、目線で訴えると「友達に無理やり連れられた」と不機嫌そうに答えた。
「……あー、じゃあ何かないわけじゃないから言うけど、このミステリー?小説、もう四人も死んでるんだけど」
「おーそうか。それがどうしたんだ」
「まだ半分ぐらいだぞ。ミステリーってこんなに人が死ぬものなのか?」
「まあミステリーがどうかというより、刺激が欲しいって言ってたからな。こんぐらいやってもいいかって」
そんなことを平然とした顔で言ってくるナオキに、これが本当のサイコパスかとユースケはもはや感動していた。
「ってか、俺に合うような小説書くのって、何か本末転倒じゃね?」
「…………確かに」
それまでまったく痛くもかゆくもないという態度だったのが、そのユースケの指摘にはナオキも口を噤んだ。確か、初めてアルコール飲料を飲み明かした日には、「綺麗な世界を表したり人の心を洗えるようなストーリーを描きたい」と抜かしていたはずであったが、それもやはり普段のナオキの荒っぽい性格からは考えられない台詞であった。今回の小説では、やはりナオキの本性が全面に現れたのか、それともユースケの言ったことを意識しすぎた故なのかは、ユースケには判断がつかなかった。
「ユースケもたまには鋭いよな。正直、初めて会ったときはすぐに退学させられるタイプの奴かと思ってたけど」
「まったく、俺も舐められたもんだぜ」
しかし、そうは言ってもやはり例の女性のことを思い出してしまい、ユースケは小説の続きを読むことが出来ないでいた。床に寝そべって悶々としているユースケに不気味さを覚えて、ナオキは再び身体を起こす。
「なんかそわそわして鬱陶しいな……そういや先週、何かよく分からんが例の女に会いに行ったんだろ? 何かなかったのか?」
「あっ……」
ユースケの耳はどこまでも耳聡く、その話に触れた瞬間に小説をぱたりと閉じてナオキの顔を床から見上げていた。ナオキも「あっ」と何か勘づいたようで、今の会話をなかったことにしようと背を向けてベッドに寝っ転がるが、スイッチの入ったユースケの前では些細な抵抗だった。ユースケはすっと急に立ち上がったかと思うと、小説を先週と同じように机の上に置いてナオキの足を持ち上げる。
「おい、俺は行かねえからな、その手離せ」
「頼むって~一緒に来てくれって~一生に一度のお願いだからさ~」
「人に物頼む分際で足掴むんじゃねえ、おわ、馬鹿止めろ、のわっ!」
ユースケも強引で頑固な性格で、頼んでるくせにナオキの意志も無視して足を引っ張っていく。ナオキもベッドから転げ落ちそうになり悲鳴を上げ、掴まれていないもう片方の脚を暴れさせる。結果、ナオキの足がユースケの腹にのめり込みユースケは膝から崩れ落ち、その際にユースケが手を変な風に離したものだからベッドから落ちそうになっているナオキもバランスを崩して変な体勢で転げ落ちた。
一週間経って残暑もそろそろ去っていき、学府棟が建ち並ぶ道に植えられているメタセコイアの葉も赤く色づいてきていた。休日ということもあり、自転車で駆けていくとそこかしこで高い声ではしゃぐ男女の賑やかさや、遥か遠くの運動場の方から野太い掛け声でサークル全体を盛り上げようとする体育会系の頑張りが耳に届いてくる。それらを置き去りに校門の方へ向かうと、葉を落とさぬセコイアの樹々が大学校を出入りする人たちを静かに見守るように佇んでいた。
校門を抜け、先週リュウトたちが連れてってくれた方へ向かって行く。ユースケの後ろを渋々ついてくるナオキは興味なさそうにぼんやりと前を見つめているだけだったが、ユースケは早速あの女性がいないかどうかきょろきょろと顔を動かしていた。
「まったく、今度何か奢れよ」
「やだよ、俺もうバイト辞めちったし」
「例の本屋のとこでバイトすれば良いじゃねえか」
「校内でバイトなんてしたくねえよ」
不毛な言い争いをしている間に噴水の広場に出て、例の「かえで倶楽部」が見えた。ユースケはもう一度きょろきょろと辺りを見渡して、「かえで倶楽部」とは向かいの建物から六軒ほど離れた建物と建物の間の路地裏へと向かう。ナオキも不審がって、周りの視線が気になってきょろきょろと見てしまうが、二人してそんな風にしながら路地裏へ入る方がよっぽど怪しい。
路地裏へ滑り込むと、陽の光に遮られ微かにひんやりとした空気が肌に触れる。それを心地よく思いながら、ユースケは壁にへばりついて「かえで倶楽部」をじっと睨む。ナオキはユースケの後ろで自転車に腰かけてのんびりしている。
「んで、こんなとこでこそこそしてるってことは、先週は上手くいかなかったってことか」
「まあ、まだな。今日こそ決めるぜ」
「よくもまあ、めげないねえ。女子なんていくらでも大学校にいるだろうに。それも建築だろ? 女子の比率高そうじゃん」
「うるせー、俺はあの子が良いんだよ」
ユースケの頑なさは相変わらずである。ナオキもこの二年半ですっかりユースケの性格を把握しており、仕方なしに持参してきた手帳を開いて小説のネタや構想についてメモしていくことにした。
時間が経ち、陽が真上近くに上ってきた頃に二人の腹が鳴った。ナオキはクールな顔をしつつも手帳を閉じて自転車を押して道へ出て行こうとする。ユースケが慌てて背中の服を掴む。
「おい待ってくれ、どこ行くんだよ」
「どこって、飯」
「あの子が出てくるまで待ってくれって!」
「やだよ」
残暑と涼し気な空気の入り混じる空の下、くだらない押し問答を続けた末、今度はユースケが珍しく折れて一緒にどこかへ食いに行こうという話になったが、ユースケは早速「かえで倶楽部」に向かおうとしていた。ナオキが慌てた様子でユースケの肩を掴んだ。
「何考えてるか知んねえけど、そこはキャバクラ店だぞ」
「うそっ!?」
豪華な看板や、大学校からそう遠くない場所にあるところからてっきり敷居の高いレストランかと思っていたユースケは、二重の意味で驚いた。そして、どうしてナオキはここがキャバクラであることを知っていたのかが気になり、目線で訴えると「友達に無理やり連れられた」と不機嫌そうに答えた。
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