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第一部 3章 それぞれの

第19話

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 セイイチロウも一通りユースケを責めつつ悲しみ終えたところで「そういえば」と切り出してきた。散々家主の首を絞めてきたものの、お邪魔しに来ていることは忘れていないのか正座してやけに背筋がピンと伸びている。
「俺、司書になれそうだわ。この間試験受けたんだけど、昨日合格通知届いた。それの報告も兼ねて今日来たんだ」
 良い知らせだというのに相変わらず低いテンションで話すセイイチロウだったが、その報告にタケノリとユリが「おおー!」と嬉しそうに反応した。ユズハは恐らく告白されたときに聞いたのか、微笑みながら頷くだけであった。
「ええっと、なれそうってどういうことだよ。なるんじゃないのかよ」
「ああ。何か最初の三年間は研修と言うか、まあ本職の司書を補佐する仕事をするらしい。それ終わったら、もう一回試験?みたいなのがあって、まあほとんどの人が合格して改めて司書になるらしい」
「なんかふわふわしてんなあ」
「というか、司書ってどういうことだよ。セイイチロウって本読むっけ?」
 ユースケも中々素直に祝おうとしない。セイイチロウもそこで急に言葉に詰まって、もじもじし始めた。気色悪い奴だなと、ユースケは先ほど首を絞められた仕返しとばかりにドン引きしてみせると、ユズハが何か納得がいったように手をポンと叩いていた。
「ああ~だからあのとき私に話しかけてきたのね……」
「は? おいおい、自惚れんなってユズハさんよ?」
「うっさいわね、あんたには関係ない話よ、すっこんでなさい」
 いったいどんな関係があるのか、ユースケは皆の顔を見回すが、ユズハはそれ以上言及するつもりはないようで、顔をにやけさせながらもつんとそっぽ向いており、セイイチロウも大きい図体に似合わず恥ずかしがるばかりで説明しようとしない。タケノリもきょとんとしており、ユリと見合って肩を竦めてみせていた。真相はユズハとセイイチロウの心の中に秘められたまま明かされることはなかった。
 セイイチロウたちはその後図々しくもユースケの母親の振る舞った料理をきっちりいただいてから帰った。その後しばらくはユズハは残ってユリと一緒に風呂に入ったりしていたが、やがて髪を乾かしてから帰っていった。久し振りの訪問者で賑やかになった家も再び静かになったが、ユースケはリビングのソファでうとうとしながら座るユリの姿だけで十分だった。母親はテーブルでチラシと新聞とを交互に睨みながら明日以降の献立を考えているようであった。
「ユリ、もう眠いんなら寝ようぜ。こんなところで寝るとまた病院送りになっちまうぞ」
 ユースケが肩を揺すりながらユリを連れて行こうとするが、ユリは何故か頑なにソファから離れようとしなかった。ユースケもどうしたものかと手をこまねいて考えていると、ユリがふっと袖を掴んできた。
「ねえお兄ちゃん。私、退院できたんだよね」
 ユースケのことを見上げてきたユリの顔は神妙な面持ちで、何かを訴えるような瞳をしていた。
「……ああ、本当によく頑張ったぜ。流石は俺の妹だ」
「……本当、夢みたい……本当、ほんっと……」
 ユリの潤んだ瞳から、一筋、二筋と綺麗な涙が流れ出た。ユースケも慌てて拭く物を探すが、テーブルの上に置かれているのは雑巾だけで、台所で使うタオルも何だか違うような気がして、わざわざトイレにまで行って新品のトイレットペーパーを取り出してきた。それを目撃した母親が「ちょっと、新しいの封切んないでよ」と咎めてきたが、ユースケはかまわず乱暴に千切ってユリの涙を拭いた。
「何だよ、俺は信じてたぜ。ユリなら大丈夫だってさ」
 ユースケが声を柔らかくして慰めようとするも、ユリは涙を流しっぱなしにしながら首を横に振った。今日のユリはやけに頑固だなとユースケが考えていると、ユリは俯きがちだった顔を上げた。
「違うの……私が嬉しいのは、お兄ちゃんが、卒業する前にってこと……お兄ちゃんが大学校行くまでに、退院したかった、から……先生にも、むずかしいって、言われてた、けどっ、きちんと退院できた、から……それがっ、うれ、しいのっ……」
 ユリの告白してくれた想いに、ユースケのトイレットペーパーを持つ手も止まった。ユースケがソファに座るユリの目線にまで腰を下ろすと、ユリは静かにユースケの手を取って、手術をすると決断したときのように祈るように手を組んだ。そのまま、ユリは歳相応に泣きじゃくった。ユースケは、ユリが泣き止むまでその震える手を握りながら、「今度はお兄ちゃんが頑張るからな」と繰り返しユリに伝え続けた。ユリの頑張りと、ひたすらに兄を想う気持ちは、確かにユースケの心に届いていた。




「……それでは次の方、お願いします」
「はい、失礼します……」
「……はい、どうぞおかけください」
「ありがとうございます」
「……ああ、緊張なさらずユースケさん、リラックスしてくださいね」
「は、はい」
「それでは、これが最後の面接になりますが、まず簡単に貴方がどんな人なのかというのを教えてもらえますか?」
「はい。ワタクシは、○○地方の△△という学校に通っています。友人からは間抜けだとかバカだとかよく言われますが、自分では真面目で、やると決めたことは最後までやり切ろうとするしっかり者だと考えています」
「ふふっ、なるほど、そうなんですね。では、自分のことをしっかり者だと思う理由か何かエピソードはありますか?」
「そうですね……こうして望遠大学校を目指して勉強を続けてきたことが、ワタクシは少なくともしっかりやってきたことだと思います。五学年でのある出来事を機に、人生をかけてでも叶えたい目標が出来まして、その目標のために望遠大学校に行く必要があると知り、それまでサボってきてしまった勉強を今日に至るまで人一倍やってきました。先生たちの間でも割とワタクシは勉強の出来ない人間だと認識されていましたが、ワタクシの頑張りも認められ、無事に三人の先生から推薦状を貰うことも出来ました」
「ふむふむ……確かに、学校のときの成績を提出してもらいましたが、成績も先生たちからの評価も五学年の途中から急激に伸びていますね」
「目標があると仰ってましたが、それでは大学校に来てからどういう風に目標に向けて頑張ろうと考えていますか? 学修計画書はいただいてますが、それとのつながりがそれもあればお願いします」
「はい。ワタクシの目標は、惑星ラスタージアへの渡航です。そのため……違う惑星に行く上で必要なものとしてワタクシは宇宙船が必要だと思い、二年時の学府配属では機械に強くなる必要があると考え工学府への配属を希望しています。その後、実際に宇宙船を作るのに関われると考えた機械工学の領域を専門にしようと考えた次第であります」
「ふむ……なるほど、そういうことでしたか。それにしても惑星ラスタージアですか……夢が大きいですねえ」
「は、はあ……」
「……ユースケさんは、この世界に希望は存在すると思いますか?」
「……申し訳ありません、もう一度お願いできますか?」
「はい。ユースケさんは、この世界に希望は存在すると思いますか?」
「……それは人の心持ち次第なのではないかと思いますし、ワタクシは、皆の希望を作るために望遠大学校を目指してここまで来ました。ワタクシは今日に至るまで、自分の人生を不安に思ったことはありませんしこれから先もきっと思いません。でも同時に、この世界にはそう思えず、将来を不安に思う人だらけなのだということも、最近になって知りました。ワタクシも、他の多くの人も、きっと環境はそれほど違わないのにここまで人生に対する考えが違うのは、きっと環境だけでなく、その人の心の持ちようにも関係があるからだと思います。だからワタクシは、どんな人でも希望を持てるようにするために、無理やりにでも皆の希望を作るために、惑星ラスタージアを目指しています」
「……分かりました、ありがとうございます」
「……ユースケさんの好物は何ですか?」
「へ? ああ、いや、すみません。えっと……カレー、です……」
「はは、そう堅くなさらず……なるほど、カレーですか。良いですね。私も好きですよ」
「は、はあ……」
「……それでは最後の質問になります。ユースケさんが今一番感謝を伝えたい相手は誰ですか? 差支えがなければ、理由も交えてお願いします」
「はい。もちろん家族や友人、先生など感謝したい人は山ほどいますが、一人だけ、そして伝えることが出来るならば、ワタクシのばあ……祖母です。祖母はワタクシがずっと幼いときに亡くなってしまいましたが、最後までずっとワタクシに、望むように生きろ、こんな世界でも夢や希望は失わないで、思ったように生きて良いんだって言い続けてくれました。それがワタクシの原点になっていると強く思います。祖母のその言葉があったから、今のワタクシがいます。感謝を伝えると同時に、大きくなった今のワタクシの姿を是非見てもらいたいです」
「……なるほど! ありがとうございます。本日はわざわざ遠いところからありがとうございます」
「こちらこそありがとうございます」
「……ぶっちゃけて言ってしまうと、ユースケさんはこれまでの試験を無事に乗り越えられましたので望遠大学校には問題なく入学できます。それは安心してください。まさにこのご時世ですしね。来る者は拒みません。この最後の面接は本当にほとんど形式上、といった感じですね」
「あ、はあ…………いや、ありがとうございます!」
「……そう、このご時世だからこそ、望遠大学校に来る学生たちの多くもどちらかというと将来に対して後ろ向きに考えています。面接をしていると分かります。仕方のないことですが、それでも私たちは、国や世界の将来を背負って引っ張って行けるような学生たちに来てもらいたいと考えています……私たちは、心からユースケさんを歓迎しますよ。本校での活躍を期待しています」
「……勿体ないお言葉です。ありがとうございます!」
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