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第一部 3章 それぞれの
第18話
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「まあ、あんたでもいないよりはマシだから、ちょっと一緒に来てくんない? 念の為ね」
「あ、おう……いや、俺は、うん、外から見てるから」
「はあ、何それ? まあどっちでも良いけど」
ユズハは依然として時計をちらちら見ながら、手紙をぺらぺらと振り回していた。もはや勉強する気はないようである。ユースケも、これからユリの退院に立ち会う興奮もすっかり収まり、代わりにストーカーじみた人物の行く末が早速気になり出していた。先ほどから黙々と勉強していたタケノリが「何でも良いけど、手紙の中身読み上げるの可哀想じゃね」と今更なことを呟いた。
手紙に記された時間の十五分前になって、よほど気が散って仕方ないのかそれともせっかちなのか、ユズハは立ち上がって「それじゃ、そろそろ行ってみるわ。ユースケ一応よろしくね」と手早く荷物をまとめて図書館を出て行こうとする。マイペースにタケノリが「行ってらっさーい」と答えるも立ち上がろうとはしない。颯爽と図書館を去っていくユズハの背中を見送ってから、ユースケも荷物をまとめてタケノリに耳打ちする。
「なあ、タケノリも来いって」
「んん? 何にだよ」
「ほんと話聞いてないな」
きょとんとするタケノリにユースケは全力で呆れるが、黙々と真面目に課題に取り組んでいたタケノリにとっては理不尽以外の何物でもない。
「ユズハが手紙で呼び出された現場を見に行こうってことだよ」
「あー……え、何で?」
「良いから行くぞ」
なかなか動こうとしないタケノリにユースケが首根っこ掴まえて連れて行こうとする。流石にタケノリもそこまで強情ではなかったのか、ユースケがそうすると荷物をまとめて大人しく従った。
図書館を出て、ユースケたちは校舎には入らずにそのまま建物伝いにユズハの呼び出された教室を目指した。その教室が近づいた辺りでユースケがしゃがんだので、タケノリもそれに従い、地面を這うように移動し窓の下まで辿り着いた。窓から中の様子を覗き見ると、ユズハがぽつんと適当な椅子に腰かけながら例の呼び出しの手紙をじっと読んでいた。
「なあ、良いのかここで?」
「ああ、良いんだよ」
しばらくして、五時を知らせる学校のチャイムが鳴ると共に教室の中で激しい物音が聞こえた。ユースケも一瞬ヒヤッとしてタケノリと一緒に教室の中を覗き込むが、どういう登場の仕方をしたのか、セイイチロウがロッカーから出てきてそのまま机に激しく倒れ込む光景が見えた。ユズハは駆け寄りもせず、逞しいことに悲鳴も上げず、その成り行きをぽかんと見つめているだけだった。事態を把握してユースケたちも窓の下にもう一度隠れる。
「へえ、セイイチロウも勇気出してきたなあ」
タケノリも何が起きているのか一通り把握したらしくセイイチロウの行動に感心していたが、肝心のセイイチロウは感心も呆れに変わるぐらい派手にやらかしている。ユースケはおよそ一年前、手芸部の前をうろうろしていたセイイチロウの姿を思い出した。ユースケが積極的に行くように言ったにもかかわらず、あれからほとんどそれらしい行動は見せなかったが、ついに、ようやくそのときが来たのかと、ユースケは小心者なセイイチロウに多少呆れながらもその勇気が微笑ましくなり、その行く末が上手く行くことを密かに祈った。
頭上からかすかにセイイチロウの低く呻く声と、ユズハの笑い声が聞こえてきた。タケノリと見合い、何があったのかと互いに想像してみるも、答えが出る間もなく頭上で窓の開く音がした。見上げると、セイイチロウの顔が逆さまに現れた。
「よっす」
「どうだったよ、なあなあ」
タケノリとユースケは軽い感じでそう問いかけるが、セイイチロウはすぐには答えずじっとユースケを睨みつけて来た。どうしたのかとユースケは訝しむが、何となく、セイイチロウのそののんびりとした表情の背後に怒気のようなものがめらめらと燃えているような雰囲気を感じ取った。
「あちゃーダメだったか……」
「………………だってよ」
「はい?」
ぼそぼそと何か喋ったかと思うと、セイイチロウは窓から外に飛び出てきて、その勢いのままユースケの胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「ユースケの友達は無理だって言われたんだよ! お前のせいで振られたんだぞ、どうしてくれるんだ!」
「はあ? それ俺どうしようもねえっていうか、ユズハもいい加減すぎんだろっ!」
「だって、あんたの友達って、ねえ? あんたの顔がちらつくような人とはお付き合いしないことに決めてるんです」
ユズハも気づけば傍にやってきて、ため息をつきながら乾いた笑いをした。ユズハのその言葉がダメ押しとなったのか、セイイチロウは聞き苦しい雄叫びを上げながらユースケを脇に抱えて締めあげてきた。ユースケは猛然とセイイチロウやユズハに抗議するも、セイイチロウの怒り(?)は収まらず、ユズハは暢気に笑っているだけで助けてくれる気配は微塵もなかった。タケノリももはや爆笑していたが、流石にセイイチロウの怒りに触れたのか、セイイチロウは空いている腕の方でタケノリを抱えて同じように首を絞めてきた。ユズハの笑い声と、セイイチロウの情けない叫び声とが不協和音に響き続けた。
セイイチロウの怒りも静まった頃にユリの病院へと向かったのだが、ユリは既に母親が退院に付き添った後らしく病室はもぬけの殻で、ユースケたちは無駄足を踏んだ。タケノリとユズハ、それとユズハに振られに学校に来たセイイチロウから批難されるも、ユースケも「仕方ねえだろ!」と声を張り上げながら家を目指した。
家に着くと、ユリは退院したてとは思えないほどリビングのソファに太々しく座っていた。八か月以上振りだというのに、ユリはリビングにすっかり溶け込んでいた。扉が開く音にユリは振り返る。照れ臭そうに頭を掻きながら「ただいま」と言った。
「ユリ~!! やったな~!!」
ユリのいる風景に感極まったユースケは、荷物もほっぽってユリに飛び掛かっていったが、ユリはさっと横にスライドして避けた。ユースケの身体がソファによってくの字に曲がり、「ぐえ」と小さく呻いた。
「ユリ、頑張ったね。本当におめでとう!」
「やっぱユースケの妹だけのことはあるな。本当に……退院、おめでとう」
ユズハもユースケと同じようにユリに抱き着こうとすると、ユリも頬を緩ませながら大人しく抱かれていた。タケノリもいつものように気軽な口調で祝おうとしていたのに、最後の方になってその言葉が涙声に変わっていった。セイイチロウも、ユズハに振られたばかりだというのに、その感傷も忘れて無口でありながらも口元が大きく緩んでいた。
すっかりユリの退院を祝う雰囲気になり、母親が台所で夕食の準備を進めている間、ユースケたちは地べたに座ってソファに座るユリを囲んだ。ユズハはともかく、家で夕ご飯も用意されているであろうタケノリとセイイチロウも急な退院祝いに乗ってくれたのがユースケには涙腺が緩むほど嬉しかった。
「今日はその……成功するにしろ失敗するにしろどっちにしろユースケとタケノリ連れて商店街のところで飯済ませようって考えてたからな」
「おいおい、俺たちの意志を無視するなー」
「というか、失敗ならともかく、成功したら俺たちじゃなくてユズハ誘えよ」
ユースケがそう言うと、タケノリが小さく「あっ」と漏らした。ユースケもタケノリの漏らした声に「あっ」と思わず声に出していた。ここまでならまだ傷も浅かっただろうに、ユリの頭を撫でていた当のユズハがそっぽ向いて豪快に吹き出したことでユリが興味を持ってしまった。無口なセイイチロウが珍しく饒舌になってユリを宥めようとしていたが、本調子に戻ったユリはすっかり気になってしまい、結局ユズハ本人の口から説明されるというセイイチロウの傷が最も深くなる形でユリにも知られてしまった。何故かセイイチロウが再びユースケの首を絞めてきてユースケも呻いたが、視界の端に映るユズハがユースケたちを見て朗らかに笑っているのを見て、少なくとも嫌われてはいないんだし良いじゃないかと物申したくてしょうがなかった。
「あ、おう……いや、俺は、うん、外から見てるから」
「はあ、何それ? まあどっちでも良いけど」
ユズハは依然として時計をちらちら見ながら、手紙をぺらぺらと振り回していた。もはや勉強する気はないようである。ユースケも、これからユリの退院に立ち会う興奮もすっかり収まり、代わりにストーカーじみた人物の行く末が早速気になり出していた。先ほどから黙々と勉強していたタケノリが「何でも良いけど、手紙の中身読み上げるの可哀想じゃね」と今更なことを呟いた。
手紙に記された時間の十五分前になって、よほど気が散って仕方ないのかそれともせっかちなのか、ユズハは立ち上がって「それじゃ、そろそろ行ってみるわ。ユースケ一応よろしくね」と手早く荷物をまとめて図書館を出て行こうとする。マイペースにタケノリが「行ってらっさーい」と答えるも立ち上がろうとはしない。颯爽と図書館を去っていくユズハの背中を見送ってから、ユースケも荷物をまとめてタケノリに耳打ちする。
「なあ、タケノリも来いって」
「んん? 何にだよ」
「ほんと話聞いてないな」
きょとんとするタケノリにユースケは全力で呆れるが、黙々と真面目に課題に取り組んでいたタケノリにとっては理不尽以外の何物でもない。
「ユズハが手紙で呼び出された現場を見に行こうってことだよ」
「あー……え、何で?」
「良いから行くぞ」
なかなか動こうとしないタケノリにユースケが首根っこ掴まえて連れて行こうとする。流石にタケノリもそこまで強情ではなかったのか、ユースケがそうすると荷物をまとめて大人しく従った。
図書館を出て、ユースケたちは校舎には入らずにそのまま建物伝いにユズハの呼び出された教室を目指した。その教室が近づいた辺りでユースケがしゃがんだので、タケノリもそれに従い、地面を這うように移動し窓の下まで辿り着いた。窓から中の様子を覗き見ると、ユズハがぽつんと適当な椅子に腰かけながら例の呼び出しの手紙をじっと読んでいた。
「なあ、良いのかここで?」
「ああ、良いんだよ」
しばらくして、五時を知らせる学校のチャイムが鳴ると共に教室の中で激しい物音が聞こえた。ユースケも一瞬ヒヤッとしてタケノリと一緒に教室の中を覗き込むが、どういう登場の仕方をしたのか、セイイチロウがロッカーから出てきてそのまま机に激しく倒れ込む光景が見えた。ユズハは駆け寄りもせず、逞しいことに悲鳴も上げず、その成り行きをぽかんと見つめているだけだった。事態を把握してユースケたちも窓の下にもう一度隠れる。
「へえ、セイイチロウも勇気出してきたなあ」
タケノリも何が起きているのか一通り把握したらしくセイイチロウの行動に感心していたが、肝心のセイイチロウは感心も呆れに変わるぐらい派手にやらかしている。ユースケはおよそ一年前、手芸部の前をうろうろしていたセイイチロウの姿を思い出した。ユースケが積極的に行くように言ったにもかかわらず、あれからほとんどそれらしい行動は見せなかったが、ついに、ようやくそのときが来たのかと、ユースケは小心者なセイイチロウに多少呆れながらもその勇気が微笑ましくなり、その行く末が上手く行くことを密かに祈った。
頭上からかすかにセイイチロウの低く呻く声と、ユズハの笑い声が聞こえてきた。タケノリと見合い、何があったのかと互いに想像してみるも、答えが出る間もなく頭上で窓の開く音がした。見上げると、セイイチロウの顔が逆さまに現れた。
「よっす」
「どうだったよ、なあなあ」
タケノリとユースケは軽い感じでそう問いかけるが、セイイチロウはすぐには答えずじっとユースケを睨みつけて来た。どうしたのかとユースケは訝しむが、何となく、セイイチロウのそののんびりとした表情の背後に怒気のようなものがめらめらと燃えているような雰囲気を感じ取った。
「あちゃーダメだったか……」
「………………だってよ」
「はい?」
ぼそぼそと何か喋ったかと思うと、セイイチロウは窓から外に飛び出てきて、その勢いのままユースケの胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「ユースケの友達は無理だって言われたんだよ! お前のせいで振られたんだぞ、どうしてくれるんだ!」
「はあ? それ俺どうしようもねえっていうか、ユズハもいい加減すぎんだろっ!」
「だって、あんたの友達って、ねえ? あんたの顔がちらつくような人とはお付き合いしないことに決めてるんです」
ユズハも気づけば傍にやってきて、ため息をつきながら乾いた笑いをした。ユズハのその言葉がダメ押しとなったのか、セイイチロウは聞き苦しい雄叫びを上げながらユースケを脇に抱えて締めあげてきた。ユースケは猛然とセイイチロウやユズハに抗議するも、セイイチロウの怒り(?)は収まらず、ユズハは暢気に笑っているだけで助けてくれる気配は微塵もなかった。タケノリももはや爆笑していたが、流石にセイイチロウの怒りに触れたのか、セイイチロウは空いている腕の方でタケノリを抱えて同じように首を絞めてきた。ユズハの笑い声と、セイイチロウの情けない叫び声とが不協和音に響き続けた。
セイイチロウの怒りも静まった頃にユリの病院へと向かったのだが、ユリは既に母親が退院に付き添った後らしく病室はもぬけの殻で、ユースケたちは無駄足を踏んだ。タケノリとユズハ、それとユズハに振られに学校に来たセイイチロウから批難されるも、ユースケも「仕方ねえだろ!」と声を張り上げながら家を目指した。
家に着くと、ユリは退院したてとは思えないほどリビングのソファに太々しく座っていた。八か月以上振りだというのに、ユリはリビングにすっかり溶け込んでいた。扉が開く音にユリは振り返る。照れ臭そうに頭を掻きながら「ただいま」と言った。
「ユリ~!! やったな~!!」
ユリのいる風景に感極まったユースケは、荷物もほっぽってユリに飛び掛かっていったが、ユリはさっと横にスライドして避けた。ユースケの身体がソファによってくの字に曲がり、「ぐえ」と小さく呻いた。
「ユリ、頑張ったね。本当におめでとう!」
「やっぱユースケの妹だけのことはあるな。本当に……退院、おめでとう」
ユズハもユースケと同じようにユリに抱き着こうとすると、ユリも頬を緩ませながら大人しく抱かれていた。タケノリもいつものように気軽な口調で祝おうとしていたのに、最後の方になってその言葉が涙声に変わっていった。セイイチロウも、ユズハに振られたばかりだというのに、その感傷も忘れて無口でありながらも口元が大きく緩んでいた。
すっかりユリの退院を祝う雰囲気になり、母親が台所で夕食の準備を進めている間、ユースケたちは地べたに座ってソファに座るユリを囲んだ。ユズハはともかく、家で夕ご飯も用意されているであろうタケノリとセイイチロウも急な退院祝いに乗ってくれたのがユースケには涙腺が緩むほど嬉しかった。
「今日はその……成功するにしろ失敗するにしろどっちにしろユースケとタケノリ連れて商店街のところで飯済ませようって考えてたからな」
「おいおい、俺たちの意志を無視するなー」
「というか、失敗ならともかく、成功したら俺たちじゃなくてユズハ誘えよ」
ユースケがそう言うと、タケノリが小さく「あっ」と漏らした。ユースケもタケノリの漏らした声に「あっ」と思わず声に出していた。ここまでならまだ傷も浅かっただろうに、ユリの頭を撫でていた当のユズハがそっぽ向いて豪快に吹き出したことでユリが興味を持ってしまった。無口なセイイチロウが珍しく饒舌になってユリを宥めようとしていたが、本調子に戻ったユリはすっかり気になってしまい、結局ユズハ本人の口から説明されるというセイイチロウの傷が最も深くなる形でユリにも知られてしまった。何故かセイイチロウが再びユースケの首を絞めてきてユースケも呻いたが、視界の端に映るユズハがユースケたちを見て朗らかに笑っているのを見て、少なくとも嫌われてはいないんだし良いじゃないかと物申したくてしょうがなかった。
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