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第一部 2章 指差して
第15話
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朝食を済ませた後はユズハの家に行こうかと考えていたユースケだったが、ユリのことを思い今日は一日家にいることに決めた。何をしようかとリビングで寝転んでいると、ユリがソファにもたれかかってきて、料理の本を広げて読み始めた。野菜がたっぷり使われた料理の載っているページで手を止め、うーんと悩んでいるユリの横顔をユースケは優しく見守った。視線に気がついたユリが振り向き、そのページを近づけてきて昼食をどうしようかと話しかけてくる。先ほど朝食を食べたばかりのユースケとしては考えるだけでもお腹が苦しくなってくる思いだったが、それを口にすることなくユリの話に付き合う。ユリはやはり熱があるようには見えないほど明るく話している。時折、「お兄ちゃん、彼女さんいらないの?」と尋ねてくるが、彼女というものがどういうものかも分からず、どう答えれば良いか分からなかったユースケは返答に窮した。とりあえず、彼女はいらないやという態度を決め込むと、ユリは疑るわけではないが「ふうん?」と不思議そうに首を傾げていた。
改めて考えて、自分の周囲にも恋人がいるような人はいないと、ユースケは思った。セイイチロウこそ不思議なことにユズハに恋しているが、それ以外に浮いた話は特に思いつかず、当のユズハも特段誰かそういう関係の人がいるようなことはなさそうであった。自分の周囲の人間があまりにも無頓着なのか、それともこれが今の世の中では当たり前なのかは、ユースケには分からなかった。
結局休日は二日間ともユリを見守り続けて終わった。散歩以外で外に出かけることもなく、幸いなことにユリも特に体調を崩すことなく無事に熱も引いていった。二週間ほどコトネのところで忙しく過ごして以来の休日は、ひどく穏やかに感じられ、ユースケは改めて自身の境遇が比較的恵まれていることを自覚した。
休日明け、いつものようにユズハに玄関先で出迎えられ一緒に登校しているときだった。
「ねえ、あれの見える日が決まったみたいだし、そろそろ日程決めない?」
いつもは朝をマイペースに過ごすユースケに文句の一つや二つ言ってくるユズハなのだが、今日はその文句よりも先にそんな話を切り出してきた。ユースケもその話が出てくるのは予想していたが、こんなにも早くしてくるとは思っておらず、石を蹴る力も強くなった。
「夏休みで良かったなあ」
「ねえ、ユリはどうなの? 大丈夫そう?」
「何で知ってるんだよ。ストーカーか」
「あんたじゃあるまいし。昨日お母さんがユースケのお母さんからその話聞いてきたの」
本当にストーカーなのはセイイチロウの方だけどな、とユースケは心の中で呟く。
「そういえば、ユズハは好きな人とかいるのか?」
「はあ? 何、急に」
「いや、何となく」
セイイチロウのことを思い出して、すぐにユズハにそんなことを聞くユースケもユースケだが、ユズハの白い目も辛辣で、本物の不審者を目にしたときのように大袈裟に自身の身体を抱いて怖がる素振りをしてみせる。互いに牽制するように睨み合うが、先に折れたのはユズハの方で、やれやれといった感じでため息をつく。
「なんであんたに言わなきゃいけないんだか。ご想像にお任せします」
「そういうこと言う奴は大体いないんだよなあ」
「はいはいそうですね」
森に入っていき、暑い時期になり湿気が籠るようになってきた道を歩いていく。じんわりと汗を掻くようになり、ユズハはハンカチで首元や額の汗を拭う。ユースケは何となく無防備なその仕草が艶めかしく感じられ、直視しないように足元に視線を落とす。
ユズハは何かに思いついたように「あっ」と声を上げるので、ユースケは思わず身体を強張らせた。ぎこちなくなったユースケを訝しく思いながらも、ユズハは「ねえ」と口を開いた。
「話脱線してるじゃない。ユリは今度は来られそうなの?」
「んんー? ああ、その話か…昨日の夜にはもう大丈夫になってたし、多分大丈夫だろ」
「あ、もしかして、夏休みの予定聞くがてらにさっきあんなこと聞いたの?」
「いや、違うけど」
普段は勘の鋭く、隠し事を看破してくるユズハであったが、自身のことになると途端に鈍くなるらしく、頓珍漢な考えを自信満々に披露した。自分なりに納得のいく考えだったのだろうか、自信ありげだったユズハの表情も違うと言われて「あら、そうなの。じゃあ本当になんだったのよ」と怪訝そうな表情に変わった。
それでもよほど楽しみにしているのか、それ以上追及してくることはなく、「じゃあタケノリたちにも訊いてきてね」と話を続けてきた。ユースケは足元に無造作に生えている雑草を見つめ、欠伸を掻きながら小さく頷いた。
学校に到着すると、案の定学校中が惑星ラスタージアの話題で持ち切りとなっていた。低学年から六学年まで、学校の至る所でその話題についての話が聞こえてきた。毎回ユースケたちがしているのと同じように、他の人たちもどこかでキャンプして、惑星ラスタージアを眺める計画を囁き合っている。自分が幼き頃から慣れ親しんだ習慣のような行事を他の人も、それこそ自分の知らない人や自分以外の国でも行われているのかと思うととても不思議な気がすると同時に、同じ時間に、どこか違う土地にいる人も同じ空を見上げ、同じ星を眺めているというのはとても素敵なことのように思えた。その惑星ラスタージアを通じて人と人が繋がっているとユースケは感じた。
授業中はその鳴りも潜め、却って静かすぎるくらいになっていたが、昼休憩になるといつもの雑談も半分ほどは惑星ラスタージアの話題にすり替わっていた。タケノリは特に触れてこずに落ち着いた様子であったが、カズキは周りがそんな話をしているのを見てそわそわしており、セイイチロウも何故か窓の外から覗かせる空をじっと見上げていた。
「惑星ラスタージア、かあ……」
セイイチロウはおにぎりを食べるのも中途半端に、さっきから惑星ラスタージアの単語を口にしては意味深なため息をついていた。初めは気にならなかった呟きだったが、セイイチロウがおにぎりを中途半端に食べかけては何度も繰り返し同じように呟くので、次第に耳につくようになり、マイペースに食べていたユースケもセイイチロウが言う度に吹き出すようになってしまった。
「さっきから何なんだよ、気持ち悪いなあ」
吹き出すユースケにつられて笑うカズキがセイイチロウに突っ込むが、セイイチロウはちらりとカズキを見ただけで再び窓の外に視線を戻し、また深く息を吐く。カズキがセイイチロウの背中を思いっきり叩き、その拍子にセイイチロウはおにぎりを落としそうになる。
「見に行く日も決めたけど、他に何か気になることがあるのか?」
落ちそうになるおにぎりを下に手を伸ばして受け止めようとしていたタケノリが、気を利かして声を柔らかくしてセイイチロウに尋ねる。セイイチロウは視線をタケノリに移し、次にユースケに移した。じっと見つめられるその視線にユースケが弁当のひとつ目を平らげてから顔を上げる。ふざけているとしか思えなかった物憂げな感じもどうやら本気らしく、セイイチロウの瞳には何かに踏ん切りがつけられないでいる迷いが表れていた。ユースケは、ユズハのことだと直感して、いい加減何かしらアクションを起こして欲しいと思っていたユースケは、煽てる意味で親指を立ててみせた。セイイチロウも乗せられやすいのか、それとも別の要因からか、ユースケが力強く立てる親指に押されるように頷く。
「決めたわ。俺、今度こそ決着つけてくるぜ」
「よし! よく言ったぜ、セイイチロウ」
決意を固めたのはセイイチロウなのだが、何故か本人よりもテンションの高くなるユースケである。その二人のやり取りを奇妙に思ったのか、カズキが二人の顔を交互に見て、「なあどういうことだよ」とセイイチロウの目を覗き込む。セイイチロウは肩の荷が下りたのか、おにぎりをいつものように静かに食べ始めた。無視されたカズキはセイイチロウの肩を強く揺するが、いつになくセイイチロウの態度は頑なで、決してカズキの質問には答えずに「終わったら話す」とだけしか言わなかった。
改めて考えて、自分の周囲にも恋人がいるような人はいないと、ユースケは思った。セイイチロウこそ不思議なことにユズハに恋しているが、それ以外に浮いた話は特に思いつかず、当のユズハも特段誰かそういう関係の人がいるようなことはなさそうであった。自分の周囲の人間があまりにも無頓着なのか、それともこれが今の世の中では当たり前なのかは、ユースケには分からなかった。
結局休日は二日間ともユリを見守り続けて終わった。散歩以外で外に出かけることもなく、幸いなことにユリも特に体調を崩すことなく無事に熱も引いていった。二週間ほどコトネのところで忙しく過ごして以来の休日は、ひどく穏やかに感じられ、ユースケは改めて自身の境遇が比較的恵まれていることを自覚した。
休日明け、いつものようにユズハに玄関先で出迎えられ一緒に登校しているときだった。
「ねえ、あれの見える日が決まったみたいだし、そろそろ日程決めない?」
いつもは朝をマイペースに過ごすユースケに文句の一つや二つ言ってくるユズハなのだが、今日はその文句よりも先にそんな話を切り出してきた。ユースケもその話が出てくるのは予想していたが、こんなにも早くしてくるとは思っておらず、石を蹴る力も強くなった。
「夏休みで良かったなあ」
「ねえ、ユリはどうなの? 大丈夫そう?」
「何で知ってるんだよ。ストーカーか」
「あんたじゃあるまいし。昨日お母さんがユースケのお母さんからその話聞いてきたの」
本当にストーカーなのはセイイチロウの方だけどな、とユースケは心の中で呟く。
「そういえば、ユズハは好きな人とかいるのか?」
「はあ? 何、急に」
「いや、何となく」
セイイチロウのことを思い出して、すぐにユズハにそんなことを聞くユースケもユースケだが、ユズハの白い目も辛辣で、本物の不審者を目にしたときのように大袈裟に自身の身体を抱いて怖がる素振りをしてみせる。互いに牽制するように睨み合うが、先に折れたのはユズハの方で、やれやれといった感じでため息をつく。
「なんであんたに言わなきゃいけないんだか。ご想像にお任せします」
「そういうこと言う奴は大体いないんだよなあ」
「はいはいそうですね」
森に入っていき、暑い時期になり湿気が籠るようになってきた道を歩いていく。じんわりと汗を掻くようになり、ユズハはハンカチで首元や額の汗を拭う。ユースケは何となく無防備なその仕草が艶めかしく感じられ、直視しないように足元に視線を落とす。
ユズハは何かに思いついたように「あっ」と声を上げるので、ユースケは思わず身体を強張らせた。ぎこちなくなったユースケを訝しく思いながらも、ユズハは「ねえ」と口を開いた。
「話脱線してるじゃない。ユリは今度は来られそうなの?」
「んんー? ああ、その話か…昨日の夜にはもう大丈夫になってたし、多分大丈夫だろ」
「あ、もしかして、夏休みの予定聞くがてらにさっきあんなこと聞いたの?」
「いや、違うけど」
普段は勘の鋭く、隠し事を看破してくるユズハであったが、自身のことになると途端に鈍くなるらしく、頓珍漢な考えを自信満々に披露した。自分なりに納得のいく考えだったのだろうか、自信ありげだったユズハの表情も違うと言われて「あら、そうなの。じゃあ本当になんだったのよ」と怪訝そうな表情に変わった。
それでもよほど楽しみにしているのか、それ以上追及してくることはなく、「じゃあタケノリたちにも訊いてきてね」と話を続けてきた。ユースケは足元に無造作に生えている雑草を見つめ、欠伸を掻きながら小さく頷いた。
学校に到着すると、案の定学校中が惑星ラスタージアの話題で持ち切りとなっていた。低学年から六学年まで、学校の至る所でその話題についての話が聞こえてきた。毎回ユースケたちがしているのと同じように、他の人たちもどこかでキャンプして、惑星ラスタージアを眺める計画を囁き合っている。自分が幼き頃から慣れ親しんだ習慣のような行事を他の人も、それこそ自分の知らない人や自分以外の国でも行われているのかと思うととても不思議な気がすると同時に、同じ時間に、どこか違う土地にいる人も同じ空を見上げ、同じ星を眺めているというのはとても素敵なことのように思えた。その惑星ラスタージアを通じて人と人が繋がっているとユースケは感じた。
授業中はその鳴りも潜め、却って静かすぎるくらいになっていたが、昼休憩になるといつもの雑談も半分ほどは惑星ラスタージアの話題にすり替わっていた。タケノリは特に触れてこずに落ち着いた様子であったが、カズキは周りがそんな話をしているのを見てそわそわしており、セイイチロウも何故か窓の外から覗かせる空をじっと見上げていた。
「惑星ラスタージア、かあ……」
セイイチロウはおにぎりを食べるのも中途半端に、さっきから惑星ラスタージアの単語を口にしては意味深なため息をついていた。初めは気にならなかった呟きだったが、セイイチロウがおにぎりを中途半端に食べかけては何度も繰り返し同じように呟くので、次第に耳につくようになり、マイペースに食べていたユースケもセイイチロウが言う度に吹き出すようになってしまった。
「さっきから何なんだよ、気持ち悪いなあ」
吹き出すユースケにつられて笑うカズキがセイイチロウに突っ込むが、セイイチロウはちらりとカズキを見ただけで再び窓の外に視線を戻し、また深く息を吐く。カズキがセイイチロウの背中を思いっきり叩き、その拍子にセイイチロウはおにぎりを落としそうになる。
「見に行く日も決めたけど、他に何か気になることがあるのか?」
落ちそうになるおにぎりを下に手を伸ばして受け止めようとしていたタケノリが、気を利かして声を柔らかくしてセイイチロウに尋ねる。セイイチロウは視線をタケノリに移し、次にユースケに移した。じっと見つめられるその視線にユースケが弁当のひとつ目を平らげてから顔を上げる。ふざけているとしか思えなかった物憂げな感じもどうやら本気らしく、セイイチロウの瞳には何かに踏ん切りがつけられないでいる迷いが表れていた。ユースケは、ユズハのことだと直感して、いい加減何かしらアクションを起こして欲しいと思っていたユースケは、煽てる意味で親指を立ててみせた。セイイチロウも乗せられやすいのか、それとも別の要因からか、ユースケが力強く立てる親指に押されるように頷く。
「決めたわ。俺、今度こそ決着つけてくるぜ」
「よし! よく言ったぜ、セイイチロウ」
決意を固めたのはセイイチロウなのだが、何故か本人よりもテンションの高くなるユースケである。その二人のやり取りを奇妙に思ったのか、カズキが二人の顔を交互に見て、「なあどういうことだよ」とセイイチロウの目を覗き込む。セイイチロウは肩の荷が下りたのか、おにぎりをいつものように静かに食べ始めた。無視されたカズキはセイイチロウの肩を強く揺するが、いつになくセイイチロウの態度は頑なで、決してカズキの質問には答えずに「終わったら話す」とだけしか言わなかった。
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