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第一部 1章 ラジオ
第10話
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「どうしたんだ、ユースケ」
「えっと、あのー手芸部の部室が知りたくて……」
「手芸部?」
学術的な質問や何かとんでもないことをまたやらかしたのではないかと予想していた者がそこでまず興味を失い、さっさと自分の業務に集中し始めた。残りの見守っている者は単なる物好きでしかない。
「手芸部に、何の用があるんだ?」
「ちょっと、ユズハを探してて。あいつ、手芸部ですし」
「ユズハ……はあ」
先生は呆れたように息を漏らす。そこで残りの見守っていた物好きも用が済んだとばかりに興味を失う。
「手芸部の部室がどこにあるかは知らないけど……活動しているなら、邪魔しちゃいけないんじゃないか?」
「……ああ」
ユースケは納得したように息を漏らす。
「お前たち幼馴染みなんだし、帰ってから用事を済ませるのでも良いんじゃないか」
すっかり気の抜けた先生は「職員室では大声出さないように」とだけ言い残して、ぽかんとするユースケを置いて戻っていった。結局何の成果も得られなかったユースケは、せめて手芸部の入部希望なんです!ぐらい言えば良かったのかなと全く懲りていないことを考えながら職員室を後にした。
苦労したのに手がかりを得られてなかったユースケをどっと眠気が襲い、このまま帰宅しようかと考え始めて廊下を歩いていると、廊下のど真ん中で挙動不審にうろつくセイイチロウの姿を目撃した。ユースケは次のターゲットが見つかったとばかりに、嬉々としてセイイチロウに近づいていった。
「よ!」
「うお!」
背後から近づいてくるユースケに声を掛けられたセイイチロウは堪らず尻餅を着きそうになった。あまりにもセイイチロウが動揺するので、ユースケも何か悪いことをしたのではないかと戸惑う。
「お、おい。そんなに驚くことないだろ」
「バカ、声でけえって」
セイイチロウは慌てた様子でユースケの口を覆い、教室の前から少しだけ移動する。もごもごと口を暴れさせるユースケがセイイチロウの必死さに圧倒されて落ち着くと、セイイチロウは手を離して、先程離れた教室の方をちらりと見る。
「お前、何か様子変だぞ」
「様子が変だったのはお前じゃないか。今日の昼」
「……ああ。って、それは置いといて、ここで何してたんだよ」
「ちょ、ちょっとだけ静かにしててくれ」
セイイチロウがしーっと人差し指を口元まで運ぶのを見てユースケも大人しく問い詰めるのを中断する。静かになったのに満足すると、セイイチロウは再び教室の方に近づき、扉の窓からちらりと中の様子を覗いていた。その一連の動作はまさしくストーカーだとユースケは感じたが、普段物静かでぼやっとしているセイイチロウの妙に真面目な表情に、言っていいものなのか判断に迷った。
何かに満足したのか、セイイチロウはしばらく様子を窺ったのちにほっと一息つき、ユースケの方まで戻ってきた。
「はあ……お前に見られちまったし、正直に言うよ」
「おう、話せ話せ、このストーカー」
「……ああ、俺、ストーカー、なんだろうな」
「は?」
ちょっとした冗談のつもりで口にしたユースケは意表を突かれ開いた口が塞がらなかった。
「ここじゃ話せないから、帰りながら話すわ」
諦めたようにうなだれるセイイチロウはユースケを促しながらこの場を去ろうとした。ユースケもそれに倣ってセイイチロウの後を追いかける。ストーカーと口にしたセイイチロウだったが、そのときのセイイチロウは何故かちょっとだけ大人になったような雰囲気があったとユースケは思った。
「俺、ユズハ……アイツのこと好きなんだ」
桜と入れ替わりに植えられた木の道を歩いているとき、セイイチロウはそんな告白をした。適当に聞き流すつもりではなかったユースケだったが、もっと順序立てて話されるものだと思ってうんうん頷こうとしたら、初っ端から結論めいた、驚愕の内容が耳に飛び込んできたものだからユースケはまず自分の耳を疑った。一応自分の耳を引っ張ってみても痛みは走る。痛みが走るからといって耳が正常かどうかには関係ないのだが、ひとまず自分の耳はまともだということにした。
「え、俺が?」
「なんでだよ。俺が……だよ」
「え、誰を?」
「ユースケ、真面目に話を聞いてくれる気はあるのか?」
「俺は人との会話で真面目じゃなかったことはないぞ」
ユースケは憤慨するもセイイチロウはそれどころではないようで先ほどからため息をついてばかりである。それが余計にユースケの神経を逆撫でする。
「何回も言わせないでくれ。俺……ユズハのこと、好きなんだよ」
「お、おう。え?」
「いい加減殴るぞ」
セイイチロウはユースケと同じぐらいの背を、まるで威嚇でもするかのように大きく見せてきた。ユースケと違って普段は大きな草食動物のように寡黙で低い声をしているため、いざってときの威嚇は余計に迫力が増すものであった。ユースケはセイイチロウを宥めようととりあえず鞄の中を漁るが、ろくなものは入っていなかった。
「いや、まあ、分かったけどよ……って、じゃああの教室って手芸部の部室か」
「……そうだけど。俺の話聞く気、本当にある?」
「あるある。それとは別に、あそこ、そうだったのか。くそーユズハ呼び出してくれば良かった」
「……はあ」
絶句するセイイチロウを置いてけぼりにしてユースケは地団太を踏み鳴らす。しかし今から部室に戻るのも面倒に思え、第一部室の場所を覚えているかと言われるとあまり自信がなかった。
「まあいっか。んで、それで、そっから話はどうなるんだ」
「ん、……まあだから、俺があそこにいたのは、ちょっと、もっとよく話せるようにするために共通の話題を作りたくなったというか」
「うんうん」
切り替えたユースケはここぞとばかりにぐいぐいとセイイチロウに迫る。セイイチロウはユースケの勢いに押されて気恥ずかしそうにすっかり体を縮こませてしまった。
「手芸部、俺も入ろうかと思って……でもあそこほとんど女子しかいないし、声かけ辛いんだよ」
「なるほど、それでストーカーになったと」
「やっぱ、俺ストーカーみたいだよな」
「うんうん」
ユースケのその相槌に悪意はないのだが、セイイチロウにはそれがトドメになったようで再び深いため息をついた。別にストーカーだからと言って差別したり何か変に思ったりすることはないのに、とユースケは俯くセイイチロウの後頭部を見つめながら思った。せめてもの慰めに、セイイチロウの肩に手を置いた。
「ストーカーがなんだよ。好きならそんぐらいしょうがねえじゃねえか」
「え……そ、そう思うか?」
「おう。というか、別にユズハに迷惑かかってないんだし、別によくね」
「そ、そうか…………いや、お前は普通とはずれてるからダメだ。ストーカーするのはやめとくよ」
セイイチロウは急に悪魔の催眠から目を覚ましたかのように、ユースケの甘やかす言葉を突っ撥ねた。せっかく励ましてやったのに無下にされて納得がいかなかったが、セイイチロウの決意と恋路はそれはそれで応援したくなったのでユースケも深くは追及しないことにした。
「でも、ユズハに気づいてくれなきゃ何にもなんねえだろ。何かアクション起こそうぜ。手芸部入るのは、ちょっとあれだけど」
「お、おう……今更だけど、お前、ユズハのこと好きだったりしないのか?」
「はあ?」
ユースケのその声があまりにも大きかったのでセイイチロウは思わずびっくと体を震わせた。
「あいつにそんな感情持ってねえよ。もはや口うるせえ家族みたいなもんだし。胸も小さいし」
「……胸、見たことあんのか」
「……? いやないけど。なんかお話の中の幼馴染みだと小さい時は風呂も一緒に入ったことある、みたいなことあるけどあんなん嘘だぜ、嘘。あいつ小さいときから変な羞恥心持ってたし」
ユースケが憎たらしそうに話すのを見ていたセイイチロウは再び盛大にため息をついた。そして何故か空を見上げて「風呂かあ」と意味深なことを呟いた。邪な妄想を膨らませているのではないかと予想したユースケはセイイチロウの背中を叩いて妄想の世界から現実に引き戻そうとした。それからセイイチロウと別れるまで、セイイチロウがユズハに近づくための作戦についてだらだらと話し合った。
「えっと、あのー手芸部の部室が知りたくて……」
「手芸部?」
学術的な質問や何かとんでもないことをまたやらかしたのではないかと予想していた者がそこでまず興味を失い、さっさと自分の業務に集中し始めた。残りの見守っている者は単なる物好きでしかない。
「手芸部に、何の用があるんだ?」
「ちょっと、ユズハを探してて。あいつ、手芸部ですし」
「ユズハ……はあ」
先生は呆れたように息を漏らす。そこで残りの見守っていた物好きも用が済んだとばかりに興味を失う。
「手芸部の部室がどこにあるかは知らないけど……活動しているなら、邪魔しちゃいけないんじゃないか?」
「……ああ」
ユースケは納得したように息を漏らす。
「お前たち幼馴染みなんだし、帰ってから用事を済ませるのでも良いんじゃないか」
すっかり気の抜けた先生は「職員室では大声出さないように」とだけ言い残して、ぽかんとするユースケを置いて戻っていった。結局何の成果も得られなかったユースケは、せめて手芸部の入部希望なんです!ぐらい言えば良かったのかなと全く懲りていないことを考えながら職員室を後にした。
苦労したのに手がかりを得られてなかったユースケをどっと眠気が襲い、このまま帰宅しようかと考え始めて廊下を歩いていると、廊下のど真ん中で挙動不審にうろつくセイイチロウの姿を目撃した。ユースケは次のターゲットが見つかったとばかりに、嬉々としてセイイチロウに近づいていった。
「よ!」
「うお!」
背後から近づいてくるユースケに声を掛けられたセイイチロウは堪らず尻餅を着きそうになった。あまりにもセイイチロウが動揺するので、ユースケも何か悪いことをしたのではないかと戸惑う。
「お、おい。そんなに驚くことないだろ」
「バカ、声でけえって」
セイイチロウは慌てた様子でユースケの口を覆い、教室の前から少しだけ移動する。もごもごと口を暴れさせるユースケがセイイチロウの必死さに圧倒されて落ち着くと、セイイチロウは手を離して、先程離れた教室の方をちらりと見る。
「お前、何か様子変だぞ」
「様子が変だったのはお前じゃないか。今日の昼」
「……ああ。って、それは置いといて、ここで何してたんだよ」
「ちょ、ちょっとだけ静かにしててくれ」
セイイチロウがしーっと人差し指を口元まで運ぶのを見てユースケも大人しく問い詰めるのを中断する。静かになったのに満足すると、セイイチロウは再び教室の方に近づき、扉の窓からちらりと中の様子を覗いていた。その一連の動作はまさしくストーカーだとユースケは感じたが、普段物静かでぼやっとしているセイイチロウの妙に真面目な表情に、言っていいものなのか判断に迷った。
何かに満足したのか、セイイチロウはしばらく様子を窺ったのちにほっと一息つき、ユースケの方まで戻ってきた。
「はあ……お前に見られちまったし、正直に言うよ」
「おう、話せ話せ、このストーカー」
「……ああ、俺、ストーカー、なんだろうな」
「は?」
ちょっとした冗談のつもりで口にしたユースケは意表を突かれ開いた口が塞がらなかった。
「ここじゃ話せないから、帰りながら話すわ」
諦めたようにうなだれるセイイチロウはユースケを促しながらこの場を去ろうとした。ユースケもそれに倣ってセイイチロウの後を追いかける。ストーカーと口にしたセイイチロウだったが、そのときのセイイチロウは何故かちょっとだけ大人になったような雰囲気があったとユースケは思った。
「俺、ユズハ……アイツのこと好きなんだ」
桜と入れ替わりに植えられた木の道を歩いているとき、セイイチロウはそんな告白をした。適当に聞き流すつもりではなかったユースケだったが、もっと順序立てて話されるものだと思ってうんうん頷こうとしたら、初っ端から結論めいた、驚愕の内容が耳に飛び込んできたものだからユースケはまず自分の耳を疑った。一応自分の耳を引っ張ってみても痛みは走る。痛みが走るからといって耳が正常かどうかには関係ないのだが、ひとまず自分の耳はまともだということにした。
「え、俺が?」
「なんでだよ。俺が……だよ」
「え、誰を?」
「ユースケ、真面目に話を聞いてくれる気はあるのか?」
「俺は人との会話で真面目じゃなかったことはないぞ」
ユースケは憤慨するもセイイチロウはそれどころではないようで先ほどからため息をついてばかりである。それが余計にユースケの神経を逆撫でする。
「何回も言わせないでくれ。俺……ユズハのこと、好きなんだよ」
「お、おう。え?」
「いい加減殴るぞ」
セイイチロウはユースケと同じぐらいの背を、まるで威嚇でもするかのように大きく見せてきた。ユースケと違って普段は大きな草食動物のように寡黙で低い声をしているため、いざってときの威嚇は余計に迫力が増すものであった。ユースケはセイイチロウを宥めようととりあえず鞄の中を漁るが、ろくなものは入っていなかった。
「いや、まあ、分かったけどよ……って、じゃああの教室って手芸部の部室か」
「……そうだけど。俺の話聞く気、本当にある?」
「あるある。それとは別に、あそこ、そうだったのか。くそーユズハ呼び出してくれば良かった」
「……はあ」
絶句するセイイチロウを置いてけぼりにしてユースケは地団太を踏み鳴らす。しかし今から部室に戻るのも面倒に思え、第一部室の場所を覚えているかと言われるとあまり自信がなかった。
「まあいっか。んで、それで、そっから話はどうなるんだ」
「ん、……まあだから、俺があそこにいたのは、ちょっと、もっとよく話せるようにするために共通の話題を作りたくなったというか」
「うんうん」
切り替えたユースケはここぞとばかりにぐいぐいとセイイチロウに迫る。セイイチロウはユースケの勢いに押されて気恥ずかしそうにすっかり体を縮こませてしまった。
「手芸部、俺も入ろうかと思って……でもあそこほとんど女子しかいないし、声かけ辛いんだよ」
「なるほど、それでストーカーになったと」
「やっぱ、俺ストーカーみたいだよな」
「うんうん」
ユースケのその相槌に悪意はないのだが、セイイチロウにはそれがトドメになったようで再び深いため息をついた。別にストーカーだからと言って差別したり何か変に思ったりすることはないのに、とユースケは俯くセイイチロウの後頭部を見つめながら思った。せめてもの慰めに、セイイチロウの肩に手を置いた。
「ストーカーがなんだよ。好きならそんぐらいしょうがねえじゃねえか」
「え……そ、そう思うか?」
「おう。というか、別にユズハに迷惑かかってないんだし、別によくね」
「そ、そうか…………いや、お前は普通とはずれてるからダメだ。ストーカーするのはやめとくよ」
セイイチロウは急に悪魔の催眠から目を覚ましたかのように、ユースケの甘やかす言葉を突っ撥ねた。せっかく励ましてやったのに無下にされて納得がいかなかったが、セイイチロウの決意と恋路はそれはそれで応援したくなったのでユースケも深くは追及しないことにした。
「でも、ユズハに気づいてくれなきゃ何にもなんねえだろ。何かアクション起こそうぜ。手芸部入るのは、ちょっとあれだけど」
「お、おう……今更だけど、お前、ユズハのこと好きだったりしないのか?」
「はあ?」
ユースケのその声があまりにも大きかったのでセイイチロウは思わずびっくと体を震わせた。
「あいつにそんな感情持ってねえよ。もはや口うるせえ家族みたいなもんだし。胸も小さいし」
「……胸、見たことあんのか」
「……? いやないけど。なんかお話の中の幼馴染みだと小さい時は風呂も一緒に入ったことある、みたいなことあるけどあんなん嘘だぜ、嘘。あいつ小さいときから変な羞恥心持ってたし」
ユースケが憎たらしそうに話すのを見ていたセイイチロウは再び盛大にため息をついた。そして何故か空を見上げて「風呂かあ」と意味深なことを呟いた。邪な妄想を膨らませているのではないかと予想したユースケはセイイチロウの背中を叩いて妄想の世界から現実に引き戻そうとした。それからセイイチロウと別れるまで、セイイチロウがユズハに近づくための作戦についてだらだらと話し合った。
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