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第一章

第七話

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「急ぎの仕事? 何があった」
 ワイルドは、これまでの柔和だった表情を真剣な顔に変化させ、後からアジトに入ってきた三人のメンバーらしき男たちに状況を問うた。
「隣町にあるデカいビルの近くで、夫婦と見られる男女が大喧嘩しているようだ。それだけなら俺たちが出る幕は無いんだが……。実は、その二人は喧嘩している場所の周囲に、デタラメに建造物を創りまくっているらしいんだ」
「それで近隣の住民が迷惑をこうむっているわけだな」
 なるほど、確かに迷惑だ。
 僕は一旦自己紹介を諦め、突如舞い込んだ仕事の話を横から聞いていた。
 僕が「野生会」を始めとした新しい環境に慣れようとしている間にも、世界は絶えず動き続けている。いくら都合の良い世界であるとはいえ、さすがに僕一人のために待ってくれるほど生温なまぬるいわけではない。
 僕は仕事の連絡という日常的な出来事を通じて、「この世界」と「元の世界」に共通することわりを確認した。
 そのことわりを裏付けるかのごとく、僕が考えごとをしていても周りは介意せず、仕事の話が足早に進んでいく。
「よし、わかった。早速出動しよう。案内は頼んだぞ」
 ワイルドはそう言うと、他のメンバー三人と共に外出するべく動いた。しかし、僕の存在を忘れていることに気が付いたのか、ワイルドは僕の方に向き直った。
「ちょうど良いついでに、お前も来るか? 『野生会』での仕事を覚える良いチャンスだぜ。初めてにしては厄介そうなケースだから、取り敢えず俺たちの後ろで見学するだけでも良いぞ」
「え?」
 ワイルドからの思わぬ提案に、僕は一瞬思考を停止してしまった。
 しかし、「これではいけない」と反射的に感じたのか、即座に思考を再開する。
 ──ワイルドの言う通り、実際のケースを間近で見ることは、仕事を覚えるという点において極めて重要かつ有効だ。
 かつて「元の世界」で新入社員だったときにも、座学の研修とは別に「OJT(On the Job Training)」を行っていた。つまり、実際の業務の中で業務に必要な知識や技術を習得していくということである。
 どうせこれから仕事に関わっていくことになるのは目に見えているのだから、こういう案件は早いうちに経験しておいた方が良いのかも知れない。
 そうして僕は今回の仕事に参加する意思を固め、ワイルドに返事をした。
「ああ、行くことにするよ。何かしら、今後の役に立つだろうしな」
「その心意気だぜヨーイチ。そうと決まれば、一緒に出動だ!」
 僕とワイルド、そして僕がまだ名前さえも知らない「野生会」のメンバーらしき三人を加えた計五人は、急ぎ足でアジトを後にした。
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