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7「祝福」

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 ハガネに水城マリの事件の一報が入る少し前、アオは一人でラーメンを食べていた。
 この地域によくあるチェーン店で、店内はかなり広い。時間が微妙な事もあって客は疎らで、その中でも周りに誰も居ないテーブルを選んでいた。
 アオは豚骨ラーメンを啜りながら、誰かに電話を掛けている。

「スイ、聞きたいことが有るんだ。三色駅の事故についてなんだけど」
「アオか。こんな時に掛けてくるなよ」
「こんな時だからだよ。証拠が残るメッセージはマズいでしょ?」
「ったく……ちょっと待て、人のいないところに行くから」
「了解」

 アオはチャーシューを咀嚼しながら、スイが移動するのを待つ。
 電話の向こうでは、けたたましくサイレンが鳴っている。詳しくは聞き取れないが、怒鳴り声とざわめきから、かなりの人数が集まっていると思われた。

「………………大丈夫だ。で、駅の事故だっけ?」
「そう」

 程なくして、電話口からスイの声が返ってくる。アオが応えると、スイは祝福を送った。

「喜べ、アオ。水城マリは死んだ。要するに、お前の復讐は終わったって事だよ。取り敢えず、めでてえよな」
「事故で解決しそう?」
「自殺かね。出来るだけそういう方面で済ませる」
「本気でそういう方面にしてよ」
「つっても、最近の犯行と同じ手口だ。お前が犯人になる事は無いんだろ?」
「ないね。でも、僅かな可能性も残したくない」
「そりゃそうだな。俺も足が付かない程度に、全力でやらせてもらうよ」
「ありがとう。ところでスイ。俺の復讐が終わりって言った時に、引っかかる言い方しなかった?」
 
 アオは軽く水を飲んだ。『取り敢えず、めでてえよな』という、スイの言葉の引っ掛かりを問い詰める。

「気付いたか。流石だな」
「どういう事?」
「確かにお前の親父さんを自殺に追い込んだ連中は、全員殺した……というか、死んだ。でも考えてみろ。当時高校生だか中学生だかの奴らだぞ。あいつ等だけで大逸れた事できると思うか?」
「……言いたい事は分かったけど、なんでそれを今まで言わなかったの?」
「お前の役割は実行犯を家出させる事だ。それ以上でもそれ以下でもなかった」

 また役割だ。
 スイは役割に拘る。女子大生を殺す役割。学生という役割。女子高生を紹介する役割。自分の言うことを聞く駒という役割。指示を出す側としては、それが楽だからなのか?スイはアオに役割を振り、それを逸脱する事を異常に嫌う。
 今回についてもパパ活グループの元締めへの干渉の役割を与えていなかったから、そこに到達できる情報を割り振らなかったのだろう。

「あくまでも実行犯は女子大生共だ。お前だってプロじゃねーんだから、実行犯共を家出させるだけで十分と思ったのさ」
「事情が変わったの?」
「パパ活の元締めやってた奴が、お前の犯行に感付いているらしい。そいつを放っておけば、いずれお前に辿り着く」
「でも売春グループの元締めなんて、ヤクザか半グレの組織でしょ?俺の手には負えないよ」
「いや、お前に近付いて来てる奴自体は、元チンピラだ。グループにも属していない。白崎ハガネって名前に聞き覚えはないか?」

 聞き覚えのある名前が出てくる。酷く口が乾く。
 アオは生唾を呑んだことを悟られないように、一息に残りの水を飲みほした。

「ハガネって、俺を付け回してる探偵?」
「探偵……そういや探偵の真似事なんてしてたな。会った事が有るのか?」
「まあ……」

 キツネのような顔をした、背の高い男を思い出す。
 荒事に慣れた雰囲気の男だった。尾行も殆ど気配が無く、慎重な男のように思えた。

「俺に大の男を殺すなんて、無茶だよ」
「ま、テメーはか弱い女専門だしな」
「嫌味だね」
「ま、厳しいとは思うが、殺らなきゃ殺られる状態だ。お前がやるしかねーんだよ。正味の話、手助けもできねーし」
「なんでさ?」
「白崎は元チンピラとは言え、今は立派な社会人だ。暇な女子大生達と違って、社会的な役割ってものがある。だから、居なくなったら騒がれるんだよ。俺はそれのフォローで手一杯」
「じゃあ、無理じゃないか。自分より力が強くて、荒事に成れてて。フラフラ遊び回ってる女子大生と違って、簡単には近づけないし、消せない。何よりこっちのモチベーションが……」
「モチベーション?」
「大した意味じゃない。復讐は女子大生達だけだと思ってたから」

 アオは慌てて誤魔化した。

「一休みしたいってか?まあ、いいから聞け。一応白崎には弱点があるんだよ」
「弱点?雷属性に弱いとか?」
「ふざけずに聞けや」
「分かったよ」

 アオはラーメンを啜りながら話を聞く。
 スイが得意気に披露する白崎の暴露話を、麺と一緒に飲み込んでいく。始めは真面目に聞いていたアオだったが、話が進む内に微妙な顔になっていった。

「考えただけで、不安になる策だね」
「そうか?使い易いじゃないか、色々と」
「いや、闇が深いなと思って」
「ま、人間なんてそんなもんだ」

 アオが溜息を吐くと、スイは楽しそうに笑った。

「取り敢えず、今日取りに行くよ」
「今からか?」
「こういうのは、いつ必要になるか分からないから。不測の事態に備えたい」
「…分かった。仕事抜け出せるようにしとく。近くに来たら、ワン切りしてくれ」
「ん?家にあるんじゃないの?」
「今、持ってる。不測の事態に備えてな」
「趣味が悪いね。駅に行けばいい?」
「ああ。じゃあ、またな」
「了解」

 アオは電話を切ると、残っている麺を急いで食べ切った。麺は伸びていたが、マズいと感じる余裕も無かった。
余韻も無く会計を済ませ、足早に自動ドアを潜る。寒空に舞う風に、一つ身震いした。
 ふと空を見上げ、思い出す。アカネの捕食を見たのも、こんな寒い日だった。状況が1つ進んだことに気が緩みそうになるが、環境が変わった訳でもない。

 まだまだ透明な水底に閉じ込められたまま。重苦しく支配されたままだ。

「大人の塞いで身動きできなくされて、大人に都合よく使われるなんて我慢ならないよ。それが自由というヤツなのかは分からないけど、好きに生きさせてもらうさ」
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